▼ここの本丸の火車切は猫みたいに何でも呑み込んでしまう性質ですが、魔よけの刀としての性質もちゃんと持ってるってことで
▼審神者の夢の番人はちゃんといたんですが(fgoマーリン)、審神者が大人になった今は縁が切れてんじゃないかなと……
pixivより転載
はあ、と吐いた息が不可思議な色をしていた。そもそもがここが暗闇なのだ、見えるはずがないのに見えていた。闇り通路ぐらい暗いかも知れない。自身は式神を通してしか見ていないけども――審神者はそんなことを思いながらその空間を歩いていた。
ここはどこなのだろう。自分は確か本丸にいたはずでは。いや、実家に帰っていたか、政府に行っていたかも知れない。記憶が定かではない。それを不思議にも思わなかった。そう言えば、こんなに暗いのに自身は灯りひとつ持っていない。ペンライトの1本も持っていなかった。それも不思議に思えなかった。ただ、暗闇を歩いた。……そう言えば、と審神者は気付く。自分は履物も何も履いていなかった。今はまだ寒くて雪が降っているから、外では雪駄を履いているはずなのに。足元は見えないけれど、ごつごつしているように思われた。石――川原だろうか。よくここまで転ばずに歩いて来られたものだ。審神者は自分自身に感心した。
ふと、香りが漂ってくる。審神者にとって好ましい匂いだった。行く当てもなかったから、審神者はそちらへ歩み寄ろうとした。
不意に、袖を引かれる。
そちらを向くと、温かい感覚がした。そこではじめて自分が寝間着のままだと気付いた。――光源がやって来たのだ。
光源は提灯で、それを携えていたのは――
「火車切?」
「……よかった、間に合って」
火車切は心なし、肩で息をしている気がした。不思議に思う審神者の手を、火車切が取る。小さな手が、成人男性である審神者の大きな手を握った。それは決して強い力ではないけれど、審神者の動きを制限するには十分だった。少なくとも、このときの審神者はふらりふらりと、方向が定まればそちらに向かってしまう状態だった。だからこそ「良い香り」がした方へ歩いて行こうとしたわけで――
審神者の手を握ったままの火車切に、審神者は話しかける。
「参ったよ、気が付いたらここにいてさ」
「うん」
「雪駄どころか下駄も草履も履いてないし、そもそも今気付いたけど寝間着だし。そう言えば足元石ころだらけだけど、火車切は平気?」
「俺は平気。主は気を付けて」
あのいい香りからはどんどん遠退いていると審神者は気付いたけど、火車切はそれに対しては無言だ。だからきっとよくないものなのだろう。魔よけの刀としての火車切を信じていた。そもそも相手を無条件に信じてしまうきらいのある審神者だけども。
川原らしき石ころの上を歩き続けると、舗装されていない土がむき出しの道に入ったようだった。湿り気がない乾いた土の上を歩く。
やがて、ある場所に行きついた。
「ここ」
「……押し入れの襖……だよね」
それは審神者にとって見覚えのあるものだった。これは審神者の私室の押し入れの襖だ。誤ってつけてしまった淵の傷まで再現されている。審神者が戸惑っていると、火車切は一旦提灯を足元に置いた。
そして、審神者の寝間着の背中側の帯をむんずと掴んだ。驚く審神者の前で、押し入れの扉を開く。
そして、審神者の身体を押し込んだ。あとは真っ暗闇。
審神者が目を覚ますと、そこは布団だった。
しばらく本当に夢だったのだろうかと体を見分するけども、足裏に土汚れなど一切なかった。ならばあの夢はなんだったのだろう。審神者がそう考えこんだところで、障子の向こうから声がかかる。
「主、起きた?」
やや幼い少年の声。それが夢の中でつい先ほどまで聞いた声だったからすぐにわかった。審神者がすぐに返事できずにいると、スーッと障子が開いた。
涼しい顔をした火車切が、審神者を見下ろす。
「どうしたの? 妖怪にでも出くわしたような顔をして」
「妖怪と言うか……あの、火車切?」
「起きたようならいいや。俺は用事があるからこれで」
審神者が夢の件について尋ねる前に、火車切はさっさと障子を閉めて立ち去った。仕方ないので、審神者は朝食の前に身支度をすることにした。
だから審神者は知らない。歩いていた火車切が、どんどん足早になり――しかし厠まで間に合わず、人気のない縁側でしゃがみ込み、嘔吐しそうになったところで――横合いから突き出されたエチケット袋を差し出され、それに思い切り吐瀉物を吐き出したことなど。
エチケット袋を差し出したのは大倶利伽羅だ。火車切の兄貴分である。火車切自身がエチケット袋を持ったのを確認してから背をさすってやる。そして、大倶利伽羅は彼を褒めた。
「よくやった、火車切」
大倶利伽羅にはわかったのだ。恐らく、火車切が何かしらの方法で自らの現在の主を守ったことを。げほげほと咳き込みながらも、火車切はぼやく。
「あの人……なんであんなに夢がふらふらしてるの。守護霊がいないとは聞いてたけど、あれだと下手すると異界や地獄に繋がるよ」
「もうその手の事件は起きている」
「マジかー……」
火車切は溜息交じりにエチケット袋の口を閉めようとする。そのとき、それがそう言えばやけに重いことに気付いた。
中身を覗き込んで、火車切は顔を顰める。
「……主は大人だよね?」
「今はな」
「じゃあ……なんで賽の河原の石が出て来たんだろう……」
言われて、大倶利伽羅も袋の中身を覗き込む。
――丁度、平積みに向きそうな平たい白い石が、エチケット袋の中で存在を示していた。そして、その中でよく見ると折られた線香がちりばめられており、2人は「主を守らなければ」と言う決意を固めた。
了