pixivより転載
本丸に来て、教えられたことがある。
『この本丸では何が起きても動揺しないこと』
それは比喩的な意味かと火車切は思っていた。
よもや文字通りのことだとは、彼は思ってもみなかったのだ。
厨の前を通りかかったら、丁度そこから顔を出した小豆に盆を差し出された。
「ちょうどよかった。主におちゃとおかしをとどけてきてくれるかい」
「いいよ」
丁度暇だったので、快く請け負った。
この本丸の環境は丁度いいと火車切は思う。運営は程よくホワイトで戦では程よく戦闘狂が喜ぶ。本来は霊刀に属する彼だが、怪異的なものを「飲み込む」性質を持っているため霊刀は半強制的に加入させられると言う対オカルト班に入れられることもなかった。この本丸で最もブラックな班だと兄貴分から聞き及んでいる。それは偏に審神者が怪異に対して被虐霊媒体質に近いものを持っているからだと言う。被虐霊媒体質に関しては政府にいた頃に聞いたことがあった。本来は悪魔祓いに際して有用な体質らしい。閑話休題。
「主ー、お茶とお茶菓子持ってきたよ」
寒いからだろう、暖かい季節は開きっぱなしだと言う執務室の障子は閉め切られていた。それでもいつもなら返事があるのだが……返事がなかった。火車切は不思議に思いながらも障子を開く。
「主?」
火車切が見たのは、白い布の塊。それが狩衣だと気付いたとき、真ん中から何かが出て来た。
「う?」
幼子だった。この本丸の誰よりも稚い、例えて言うなら幼稚園児よりも幼い。だから火車切は動揺する。動揺しつつも盆を落とさなかったのは彼のバランス感覚の賜物だ。
「だ、誰……?」
「か、しゃ」
「――!? ……まさか」
自身の名と思しきものを呼ばれたと思われた。火車切はそれで、その幼子を注視する。
雲を紡いだ白髪、ルビーを溶かした目、触れれば溶けそうな新雪の肌。こう形容できる者はこの本丸にほとんどいない。刀剣男士なら小狐丸だろうか。そして狩衣の中に埋もれている――そうなると、火車切にはひとりしか思い当たらない。
「主……?」
「んきゃー!!」
幼子は嬉しそうに諸手を上げた。
火車切は落ち着いて文机に盆を置く。
そしてがっと幼子を――推定審神者を狩衣で包んで抱き上げた。
「加州! 加州ー!!」
緊急事態に頼るべきはここの初期刀兼近侍であると、兄貴分から教わっていた火車切だった。
結論から言うとバグだった。
「あちゃー、またかぁ」
加州は狩衣に包まれた幼子を慣れた様子で抱えてあやしながら言う。1週間分の疲れに襲われた火車切が「また……?」と掠れた声で呟くと、加州は審神者の頬を突きながら答える。
「何度かあったんだよね、こんな感じのこと。ここまで心身ともに幼くなったのははじめてだけど。記憶はちょっとはあるみたいだけどね、誰が誰だかわかる程度かな。そう言うわけでこんのすけ、政府に報告宜しく」
「承知いたしました。なるべく早く戻りますね」
そう言ってこんのすけはその場で飛び跳ね、くるりと一回転すると煙と共に姿を消した。
「さて」
加州は懐から携帯端末を取り出す。ぽちぽちと何かしらを操作していたかと思うと、どしゃっと何かが落ちる音がした。火車切が見たのは、突如部屋に現れ落ちて来た段ボール箱。箱には「Sanizon」と印字されている。火車切が目を瞬いていると、加州は彼に「持ってて」と審神者を渡した。慄きながらも抱え上げる火車切。加州はちゃぶ台の上のペン立てからカッターナイフを取り出すと、段ボール箱をざくざくと切り開いた。
そっと火車切が覗き込むと、それは子供服だった。
「とりあえず3着。パジャマも買った。あとでおまるも買う」
「は、早いね……」
「この本丸で9年以上近侍をやっていればね、慣れちゃうんだよね……」
そう語る加州の目は遠い。この本丸で一体何が……と怯える火車切に、ころっと加州は笑った。
「大丈夫? この顔の主見るのはじめてでしょ。見慣れないかな」
「そもそもまだここの面々の顔が見慣れてないけど……この顔の主って?」
「主、確か18歳ぐらいまでずっとこの顔でさ。大学に入った辺りから徐々に今の顔になったんだって。現世近侍の御手杵が言ってた」
「童顔だったんだね……」
言いながら火車切は、ややぎこちなく審神者の身体を揺らす。確か人間はこうやって子どもをあやしていたはずだ。あやすもなにも、審神者はずっとご機嫌だったが。笑顔を浮かべる審神者は本当にずっと機嫌がよかった。それに由来するものがなんなのか、このときの火車切にはわからなかった。
「とりあえず服着せるからこっち連れて来て」
戻って来たこんのすけ曰く「やはりバグです。他の本丸でも似た事象が発生しているようです。1週間ほどで戻るそうです」と言う話を聞いた瞬間、加州が躊躇いなくおまると共に子供用品を注文した。
一連の流れを見ながら審神者をあやしていた火車切はと言うと、子守に任命されてしまった。
「なんで俺が……」
「そこにいたからだろ。まぁこの鶴さんも頼りにしてくれていいぞ」
「俺もな!」
「僕もね」
「……困ったら頼れ」
「有難う大倶利伽羅」
「俺たちは!?」
さて、今いるのは伊達組部屋である。兄弟刀よりも伊達組としてのつながりが強い4振りの元に審神者と共に火車切が身を寄せたのは、とてもではないが一振りでは子どもの面倒を見るなど不可能だと判断したからだ。何より兄貴分がいる。「冷静な判断力はさすが政府刀だね」とはのちの長義の談。
ただ、この中で父性ならぬ母性が1番強いと思われる燭台切は審神者の食事作りに忙しかった。鶴丸は必要以上に審神者を驚かせるため大倶利伽羅のストップがかかった。太鼓鐘が最もまともに幼児に接していたので、火車切は頼りになる人材の上位に太鼓鐘を置くことにした。
おまるでトイレをさせ、風呂に入れ、寝かしつける。そんな中でも、審神者は1度たりとも泣かなかった。それが、火車切には少し不思議だった。いくらどうやら自分たちの記憶があるらしいと言っても、大の大人の男たちに囲まれているのだ。もう少し怯えてもいいはずだが……火車切は、それを「大人物となる者の器だから」と判じるには、少し疑問を覚えた。
違和感に気付いたのは、3日目のことだ。
「……」
「どうしたの、主」
審神者は、絵本(審神者の私物である)を片手に火車切を見ていた。赤い大きな目でじっと彼を見つめる。何か言いたげにしていたが、審神者はうまく口にできないようだった。そもそもが口数の少ない子どもだ。それは子どもらしくないと言った方がいい。
審神者は胡坐をかいている火車切の周辺をうろちょろとした上で、諦めた様子で座布団に座った。そしてひとりで絵本を開く。
そこで、火車切はようやく、なんとなく気付いた。
絵本を開いたままの審神者を抱えると、膝に乗せる。ぱちくりと、火車切を見て瞬きする審神者。火車切は、彼にできるだけ優しく微笑んだ。
「膝に乗りたかったんでしょ。……あんたぐらいの重さなら平気だから」
すると、審神者はもぞもぞと座り直す。そして、火車切に笑った。
はにかむような笑顔だった。
「あぁ……主はほとんど病院育ちだったらしいからねぇ」
審神者代理として最低限の仕事を捌く加州に尋ねると、そんな答えが返って来た。
「病院だと大人に甘えることができないからね。看護師さんは忙しいし。特に主は遠慮がちな子どもだったみたいだから、膝に乗せてもらえたのは嬉しかったんじゃないかな」
「ふぅん」
火車切はそれを聞いて、あと4日間は甘やかしに甘やかしてやろうと心に決めるのだった。大人に戻ったときに、少しでも安らかな記憶ができているように。
なお、大倶利伽羅は有無を言わせず審神者を膝に抱えるので、火車切が(かっこいい……!)となる。
了