pixivより転載
確かに呼ばれた気はしたのだ。
宮本伊織は現在英霊の座に刻まれている身だ。そうは言っても召喚されることは少なく、1番活動したのはカルデアのときだ。
なので、どこか「彼」と似た魂からの呼び声に、応えてしまったのだ。
どうやらそれが間違いだったらしいと知ったのは、屋内と思しき場所で桜が舞い散る中――ぶかぶかの狩衣の中に埋もれてながら指輪らしきものを落とさないように握っている少年と、顔を引き攣らせた長い黒髪を括った爪赤の青年の様子を見てからだ。ただ、一応念のために名乗り口上は上げておく。
「サーヴァントのセイバー、宮本伊織だ。貴殿がマスターか」
「はあ、多分、そうだね」
幼い声が答える。口ぶりはしっかりしていた。子どもと思えないほどに。……この場で異常事態が発生しているのには、さすがに気付けた。伊織が「あの」と声をかけかえたところで、爪赤の青年が「ほらもう主!」と声を上げる。
「だから明らかにヤバいっつったじゃん! サーヴァント召喚事故何度目!?」
「そう言われても政府には俺自体が触媒になってるみたいなこと言われちゃってんだから仕方ないじゃん……好きで召喚事故起こしてるわけじゃない……」
「そうじゃなくて! 鍛刀時間が明らかにヤバい数値してたって話!」
青年は言った。
「しかも子どもに戻っちゃってるじゃん主! 明らかにバグだよ!」
「元はいくつなんだ」
「23!」
思わず尋ねた伊織に、青年は叩き返すように答えた。それから伊織は少年を見て、「なるほど、一回り若返ったのか」と納得したのだった。
その後ぶかぶかの服のままの少年――審神者と言う役職らしい――を抱えた青年、加州は伊織をとある場所へ連れて行った。政府本局と言うところらしい。そこで色々と調べられた結果、とあることがわかった。
「サーヴァントの宮本伊織と縁を結んでいるうちは若返りバグは治らないが、彼を退去させるには相応に時間がかかる。具体的に言うと2週間。……そう言う訳で、本丸の皆にもそう言う前提で過ごしてね」
「迷惑をかける」
大広間だと言うそこで、一堂に会したこの本丸の戦力だと言う刀剣男士たちを前にして伊織は堂々としていた。元の気質である。一方、加州の膝に座らされている少年――短刀男士と言う、見目がどう見ても幼子たちから服を借りた――はどう見ても幼子だったので、これではどちらが主かぱっと見わからないだろうな、とは1部の刀剣男士が考えたことだ。閑話休題。
「はいはーい」
と、長い白髪の青年が手を挙げる。「はい、姫鶴」と加州が応えを返す。
「主ってどこまで若返ってんの? 中身は?」
「精神も記憶も大人のまま。身体だけ若返っちゃった」
答えたのは審神者の方だ。幼い声が響く。それに対し姫鶴は
「声かーいいねぇ」
と言う返答だった。
呑気なものだな、と思っていると、審神者は続けて言う。
「そうそう、出陣は平常通りだから。俺は指示するだけだからいけるだろって政府に言われちゃった」
「政府も人使いが荒いよね~」
「ちょっと待て」
思わず伊織がストップをかける。
「出陣とは……」
「あれ、鍛刀事故のサーヴァントだから知識降りてるかと思ったけど」
加州が言う。
「今は歴史修正主義者って言うのと戦ってるの。審神者って言うのは要は司令官だね」
「伊織、戦出たい? 宮本伊織が前線に出てるイメージないけど……」
「――いや、叶うなら、マスターの護衛がしたい」
「そう? それじゃよろしく」
……どうやらここは、己が真っ当に仕官していた世界線らしい。そう思いながら、伊織は前線に出ることを拒否した。
伊織は、戦うことには満足していた気がしたのだ。だから、それならせめて呼ばれた(誤召喚だったが)誼もあるマスターを守ろう。伊織はそう決めたのだった。
数日は平和だった。
万屋街と言う外に出歩くと、伊織は「新手の刀剣男士?」と首を傾げられたが概ね何もなかった。伊織としては自分は刀剣男士と言う華やかな見た目の者たちと同列に並べられるのは面映ゆかったが。伊織は自分の見目の良さと色気を英霊になってなお理解していなかった。
ただ、気になることはあった。
(なぜ、俺を呼び出したことで幼児化するんだ……?)
肉体に精神が引き摺られているのだろうか、ちょろちょろと動き回る審神者の首根っこをひっつかみながら、伊織は疑問に思う。
審神者は霊力で本丸と繋がっているから、バグが起きることはままあるとは聞いた。若返るのも今にはじまった話ではなく、巨大化、妖精化、樹木化などもしたことがあるという。随分忙しない主だな、と思いつつ、やはりなぜという気持ちが首を擡げる。
――子どもの頃に、あまりいい思い出がない。そう、丁度この年頃の……。
「っ……」
ずきりと痛んだ頭を押さえる。
「伊織? 大丈夫?」
審神者がそれに気付いて見上げてくる。赤く大きい目が伊織を映した。それに、まるで似ていないのに義妹を思い出し、伊織は苦笑する。
「大丈夫だ」
「本当に? 仮とは言え今は俺がマスターだからね、不調はしっかり言うんだよ」
幼い見目に反し、しっかりとしたことを言う。そう言えば中身は大人なのだと思い出させる。
伊織はこの戦の内容を知って、彼が10年近くも戦力を背負って指揮をする猛者なのだと同時に知った。元の年齢の姿の写真も見せてもらったが、やはり線の細い青年だった。見た目では判断できないものだ。なおその写真と言うのは昨年撮った結婚披露宴のものだという。相手は御手杵と言う刀剣男士らしい。同性婚が許される世情なのだな、と伊織は理解したものだった。初対面のときに握っていた指輪は恐らく結婚指輪だったのだろう、身体が縮んだことで指輪が取れてしまったに違いない。それを思い出し、脈絡がないと自分でも思いつつも伊織は尋ねた。
「そう言えば、マスター。結婚指輪は今どうしているんだ」
「ああ、どこかで落としそうだったから自室に置いてる。チェーンで首から下げることも考えたけど、何があるかわからないからね。それにしても指輪のことよく気付いたね」
「偶々だ」
そう答えつつも、伊織はさらに疑問に思う。
「何があるかわからない」。彼はそう言った。伊織が聞いた話では過去にも誤召喚はいくつも起こしており、その度にサーヴァントを一時的に従えていたらしい。だからサーヴァントの平均的な力量もわかっているはずだ。つまり自分がいれば大丈夫ではないか――伊織はそう思った。
それがどうやら慢心だったらしいと思い知らされたのは、その日のうちのことだ。
「すいませーん、簡単なアンケートにご協力してもらいたいんですけどー」
不意に声をかけられ、伊織は審神者から目を離した。離してしまったのだ。
それが罠だと気付いたのは、審神者が路地裏に引っ張り込まれたのを見たときだ。
「マスター!!」
伊織が駆けつけたときには、路地裏の奥で臨時ゲートが閉じられたときだった。
本丸に応援を頼むことも忘れて、伊織はラインを辿る。一時的なものとはいえ一応はマスターとサーヴァントだ。パスも繋がっている。ただ令呪はないから、向こうも伊織を無理矢理呼び出すと言う手段を採れないのだろう。それに歯噛みしながら、万屋街の裏通りを走り回って――やっと見つけたときは、3時間ほど経っていた。
万屋街の中でもうらぶれた、倉庫街と言っていい場所。
そこに突入すると、男たちがいた。いかにもヤカラと言った風体の――。
その中央には、裸の審神者がいた。サーヴァントとして強化された視力でわかる。明らかに暴行を受けていた。
「んだぁ? てめぇ」
掴みかかって来た男の手首を、伊織は刎ねた。
そこからは伊織の一方的蹂躙。1分後には、伊織と審神者以外に息をしている者はひとりしかいなかった。のちの事情聴取のためにひとりだけ生かしておいたのだ。伊織の心情としては皆殺しにしたかったところだった。手足は切り落としてある。この時代の技術では再生できるらしいとは聞いていたし、仮にできなくても伊織には関心がなかった。
刀から血を振り払い、納刀する。それから、審神者に近づいた。床に座り込む彼の回りには脱がされた衣服があり、彼の体には殴打の跡と、――精の痕跡。
伊織が「マスター」と呼ぶと、審神者はびくりと震える。それに一瞬手が止まった。それをどう思ってか、審神者は幼い顔に――頬にも殴られた跡があった。唇の端が切れている――苦笑を浮かべていた。
「俺、今、汚いから触らない方がいいよ」
「――」
「大丈夫。こういうことは昔からよくあったから」
「――」
「慣れてるよ」
そして、本当に何でもないように言うから。
伊織は、彼を抱き締めた。
「伊織?」
当惑した幼い声。それに、伊織は内心で葛藤する。
これは、余分だ。余分に違いない。余分なのだ。
けれど――必要なものだ。少なくとも、今は。
伊織は彼を強く抱き締めながら、絞り出すような声で言った。
「そんなもの、慣れるな……!」
――その声があまりに悲痛だったので。
審神者の方が、彼の背中に手を回してあやす形になったのだ。
その後は一騒動。
1時間ほどで戻ると思われた審神者と伊織が2時間経っても戻らなかった時点で加州が審神者の携帯端末にコールしたが、返事が来なかった。伊織に携帯端末を持たせるべきだったと言う加州の後悔はひとまず伏せられ、審神者と伊織の捜索隊の編成と政府への掛け合いが行われた。
その結果、倉庫街の方で片手にはボロボロの審神者を抱え、片手に生きた達磨となった男を引き摺る伊織が発見された。
男の方は政府に引っ立てられ――とりあえず医療施設送りになったが――、審神者は検査と手当を受けたのち本丸に帰された。入浴の介助は乱と次郎太刀が行い――そして伊織は、加州と御手杵に頭を下げた。
「すまない。油断した」
「……主が許してるんだろうから、そのことはもういいよ。それよりよく皆殺しにしなかったね」
「事情聴取をする人間が必要だろうと」
「もう2,3人残しておいて欲しかったな。ねぇ御手杵」
「そうだな。偶には人間を刺すのもいいな」
そう語る2振りの目はまったく笑っていなかった。伊織は前髪の下の目を伏せる。
「正直皆殺しにしたかった」
「気持ちはとってもわかるよ。……仮初の主とは言え、そこまで強く想ってくれていること、主は嬉しく感じてると思うよ。今の治安が悪すぎるんだよ。伊織はよくやった」
両肩を叩かれる気配がする。片方は御手杵、片方は加州だった。
「政府の話じゃ、あのままだと主は殺されるところだった。……間に合ってよかったよ。ライン、だっけ。それが繋がっているからこそ不正ゲートで攫われた主のこと見つけられたんだよ。俺たちも縁で似たようなことはできるけど……サーヴァントの方が確実だ。だから、伊織がいてよかった。前から主のこと狙ってた暴力団関係らしいからね」
――暴力団が絡むようなことに、ここの審神者は関わっているのか。
しかしそれは、2週間ほどの縁しかない伊織には問えないことだった。彼は代わりに、再び謝った。
「あ、伊織」
その日の晩。縁側でひとり、月を眺めていた伊織の元にやって来た人物がいた。寝間着姿の審神者だ。顔に張られたガーゼが痛々しい。伊織が我知らず眉を顰めていると、「隣いい?」と審神者が言ってくる。黙って頷くと、審神者は少しだけ距離を置いて伊織の隣に腰かけた。
「今日は有難うね。助けてくれて」
「……サーヴァントだから、マスターを助けるのは当然のことだ」
「誤召喚なのにそうまで言ってくれる伊織は優しいね」
ふ、と審神者は月明かりの中で笑む。その笑みに本来の年齢を感じさせる。それに何とも言えない複雑さを感じていると、審神者は言う。
「本当はさ、他の刀剣にも散々言われてることなんだけど……」
審神者は苦笑する。
「『慣れるな』って言葉、嬉しかったよ。まるで過去の自分に言われてるみたいだった」
「――」
「……伊織の過去に何があったかは知らないけどさ。暴力は人の尊厳を奪うよ。俺はもう奪われ切って摩耗しちゃったんだけどさ」
その言葉が、伊織の心に刺さる。なぜ刺さるのか、それは今の伊織に判然としないところはあるけども。
「その尊厳をなかったことにするなって、そう言いたかったんでしょ?」
「――それは」
「多分これは、一生かけて回復させるものなんだろうね」
そう締め括った審神者は、立ち上がって「それじゃもう寝るね。おやすみなさい、伊織」と言って去って行った。
あとに残されたのは、伊織ひとり。
2週間経った。
審神者は再びぶかぶかの服に埋もれながら、鍛刀所に立っていた。
伊織を見送るためだ。傍らには加州が立っている。2週間前の再現のようだと、伊織は思う。
「伊織、有難うね」
「……役に立てたとはあまり思っていない」
「俺は死なずに済んだよ」
そう語る、審神者は政府からの話を聞いたのだろう。それに伊織は言葉が詰まる。
彼は幼い顔に成人男性の笑みを乗せた。
「この2週間が君にどんな影響を与えられたかはわからないけど、それが良い影響だといいな。……英霊の座は不変とも聞いてるけど、記録で多少変わることもあるでしょ」
「……そろそろだ」
その言葉には応えず、伊織は窓を見やる。
梅の花が咲き綻ぶ頃だった。
エーテル体が解けていく感覚を覚えながら、伊織は審神者に微笑んだ。
「マスター。貴殿の今後の人生に幸多からんことを」
そして、伊織の身体は完全にほどけ――その瞬間、審神者の身体は大人になる。
(あぁ、貴殿はそんな顔をした大人だったんだな)
それを告げることは、できなかった。
了