※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

15 / 178
※1部微グロ、ホラー要素 ある部隊の主を勤めている審神者の少年の趣味は古書蒐集。そんな彼の書架に結びつく奇妙な本丸での生活について。
▼9割方諸/星/大/二/郎先生の漫画に出て来る本です。ちょっと捏造してるのもあります。


【とうらぶホラー?】主の奇妙な本棚【男審神者+鶴丸】

序章

 

 デジタルカメラが普及しても、フィルムのカメラはなくならなかった。写真が出てきても、絵画はなくならなかった。こういった賢人が21世紀にいたそうだ。

 それと同じように、電子媒体が主流の23世紀でも、紙媒体というのは愛され続けているらしい。ここの審神者は新聞は紙のものを届けさせているし、彼の私室から繋がる書庫は膨大だ。幼い頃から病弱だったという彼は、よく本を読んで過ごしていたという。それなりに頑丈になった今でも、紙媒体というものをこよなく愛しているのだそうだ。ある日、書庫の梯子に座り込んで本を読みふけっていた審神者に声をかけた。

「主。君がお勧めの本はあるかい」

 そうすると、審神者は本を栞で閉じ、立ち上がってある1冊を手にした。装丁本のそれは、年代物に見えた。題自体は審神者が頻繁に読んでいる本と同じものだったが、奥付を見れば、それが20世紀の発行だとわかった。「初版」ともある。それに目を瞬いていると、審神者はそれは爽やかに笑った。

「まず手はじめはそれからね。2204年度版までここにあるから、自由に読みに来ていいよ」

 そんな審神者との、書物に纏わる奇妙な生活を綴ろうと思う。

 

「主! 鶴丸に『人をおちょくる50の方法』を貸し出したでしょう!! あいつの部屋から20世紀から21世紀発行分までありましたよ!!」

「うーん、まずは最初の方から読ませようと思ったら思ったよりはまったらしくてねえ。一気に50冊ぐらいは貸したよ。道理で鶴丸の悪戯に磨きがかかったと思った」

 

 

 

 

 

あの池にいるのは

 

 

 

 それを見かけたのは、ある日の午後。日向が心地よく、縁側に座布団を持ってきた時だった。

「あっ」

 小さい声が聞こえたのは、池の畔。審神者の執務室の前にある、大きな池の方だった。肘を突いて見れば、そこには少年がしゃがみ込んでいた。橙色の、少年の気質を表すように元気のよい髪を括った脇差の少年だ。比較的最近やって来た彼の名を浦島虎徹。真贋に厳しい蜂須賀が、こよなく可愛がっている弟だ。彼自身は真贋に拘りはなく、贋物とされているがその切れ味は本物、といわれている長曽祢の方の兄にも懐いている。その辺りが面白いと思ったのは先日の話だ。そして人懐こい彼が、ひとりでいるのは珍しい姿だった。正確には肩に亀を乗せているが、少なくとも人影はない。鶴丸は、直ぐには声をかけずに、その姿を眺めていた。

 縁側に横たわる自身には気付かない様子で、夢中で池を覗き込んでいるようだった。肩の亀は、落ちないように絶妙なバランスを保ち、そしてついには主人の頭の上に乗ってしまった。それぐらい、浦島は夢中で池を覗いていたのである。それに、鶴丸は首を傾げる。そして、自身も金色の目を池に見遣った。

 鶴丸は、実装されている現行の刀剣男士の中では最も遅くにやって来た。なので、この城の内部の構造についてはまだ把握しきっていないところがある。この池の事もそうだ。この池が、果たしてあの茶室へと繋がる小さな赤塗りの橋の向こう。川となっている果てがどこに繋がっているかを鶴丸はまだ知らない。池の水面もそうだ。蓮の葉が浮き、何かが時折波紋を広げる。恐らく鯉でもいるのだろう。今まではそう思っていた。実際、浦島はああして覗き込んでいる。まるで堀端の川で泳ぐ鯉を覗き込む子供か観光客のようだ。しかし、ふと、鶴丸は思い出す。

(主が餌をやっているところを、見た事がないな)

 そもそも池が独立している訳ではない。どこかの川と繋がっているようなのだ。今も昔も鯉は高く、それを思うと気軽に放流も出来ないだろう。だとすると、この池にいるのはどういった魚だろう。

「浦島、何をしてるの」

「あ、主さん」

 通りすがったのは、この本丸の主だ。審神者である。咄嗟に、鶴丸は身を伏せる。何となく、起きて黙って眺めていたのは気が咎めた。そんな彼に気付いているのかいないのか、いつもの狩衣姿の少年は、そう見た目の年の頃が変わらぬ浦島の隣にしゃがみ込む。浦島は、頭の上で落ちないように振るえていた亀を自身の手に乗せると、「それ」を指差した。

 池の方。否、比較的岸辺の方だろうか。そこを指差して、浦島は審神者を見遣る。

「主さん。『これ』、何ていう魚なんだ」

「……おや、新顔だね」

 尋ねられた審神者は、目を瞬いて、そういう。「もう少し池から離れて」という彼は、どこかへと引き返す。見送る浦島と鶴丸。そういえばあちらは審神者の私室の方だった、と思い出したのは、彼の持つ本の為だ。その本の題に目を剥く。ル・コントスなる人物が著したらしいそれは「上巻」だった。という事は下巻もあるのだろう、それに。審神者は再び浦島の隣にしゃがむと、本を開く。そして、池と本を交互に見遣った。

「えーと……淡水で、鱗は……これは何色だろうな、虹色かな。それでひれが猿状に発達しており、先端が5本に別れている。……目玉の形は、これはヒトと同じかな。白目に瞳孔と虹彩がはっきり見える。瞼もあるみたい。ああ、でも尾ひれは……ネコ科かな。鍵尻尾だ」

「鍵尻尾って、確か生まれてくる時に兄弟に踏まれるせいで曲がるんだっけ」

「だとしたら胎生か。卵じゃ踏まれる事なんてまずないから。……危険度は『Euclid』、しかし捕まえるのはほぼ不可能、か。おーい鶴丸」

「お、おぉ。何だい」

 一体何の話をしていたのだろう。さしもの鶴丸も、不意に名を呼ばれて咄嗟に半身を起こす。まだ池の畔にしゃがみ込んでいた2人。浦島はこちらを見上げ、審神者があるものを取ってきて欲しいと請うてくる。

「俺の私室の抽斗に入ってるから。あとマジックペンも宜しく」

 審神者にいわれたものを持ってくる。池の底は見えない。澄んでいるようで、底まで見えるほどの透明度はないのだ。だから、果たして浦島がまだじっと見詰めているそこに何がいるのか、鶴丸にはわからない。だからひとまず持ってきたものを渡した。笑って礼をいう彼は、「それ」に何かしらを書くと、すぐさま池に向かってそれを閃かす。

「ほーれほれほれ、これやるよ」

 その時、水面に波紋が生じた。「何か」が飛び出てくる前、審神者はすぐさま、池の向こう――川の方へと放り投げる。

 たったひとつの、てるてる坊主が。

 水面が大きく揺れた。川の方で、てるてる坊主が浮かんでいたかと思えば、すぐさま沈む。まるで何かに引き込まれたようだ。

 それを眺めていて、どれぐらい経っただろう。

「ぎゃっ」

 そんな悲鳴が、川の向こうから届いた。それきり、音はしなくなった。

 それに肯くと、審神者は立ち上がる。そして、持っていた本を、しゃがみ込んだままだった浦島に渡した。審神者は穏やかに微笑む。

「こんな事をやってるところの本丸だからね。偶に変なのが入り込むんだ。亀吉にも気を付けさせてね。これを貸してあげるから。下巻が欲しかったらいってね」

 肯く浦島。彼が持っていたのは、「直立魚類」という名の本だった。

 

 一体、彼らが池の畔で見たものは何かはわからない。ただ、気になる点がある。直立魚類なる本は架空の動物を扱う、ジョークの類だ。更にいえば、審神者が投げたのはてるてる坊主。あれには、審神者が「毒」と書いて記していた。恐らく、それに中てられて、やって来た「何か」は死んだのだろう。

 ただ、てるてる坊主とは、時にヒトガタに見立てられる。もし審神者が機転を利かせなければ、果たして浦島は無事でいられたのだろうか。浦島が、鱗の生えた手によって池に引きずり込まれる様は、ぞっとしなかった。

 そういう訳で、俺は今日もあの池には近付かない。以前、審神者がピラニアを放つという悪戯をしたらしいと聞いた時は、正気を疑ったものだ。あんな池に、よく近づけるなという意味で。

 

 

 

 

 

「直立魚類(上巻)」

 

 

情操教育

(元ネタのほぼダブルパロディです)

 

 

 

 

 さて、そんな訳のわからない池のある本丸だ。所属する刀剣男士達も、どこか変わっている。

 第3部隊の短刀男士達が土産にしてきたのは、ひとつの生首だった。歴史修正主義者や検非違使などのものではない。見た目は……というより、どう見ても人間の男の生首だった。

「いやいやいやいやいやいや、何でそんなもんを拾ってきたんだ」

「えー、だってなんか落ちてたから」

「面白そうだったし」

「かわいいじゃん」

 偶々迎えた鶴丸の言葉に、短刀達は口々にそういう。鶴丸は頭が痛かった。主と共に葬られ、そして「鶴丸国永」欲しさに掘り起こされた時も頭が痛かった。尤も、あちらは人間の所業、こちらは自分達「刀の付喪神」の所業の訳だが。どこで拾ってきた、そう問いかけたところで審神者がやって来た。手にはいつも通り、書類と合わせて本がある。こちらにやって来た彼に、短刀の一振りが元気よくそれを掲げてみせた。

「見てくれよ大将、これ拾ったんだ。すげーだろ!」

「おや、立派な御首だね。でも困ったね、ウチには首を入れておくそば折敷はないんだよ」

 審神者のいいように、鶴丸は更に頭が痛くなる。確かに、討ち取った相手の御首を入れておくのはそば折敷である。しかし、それどころではない。いつ、どこの時代の首を拾ってきたのか。下手をすれば歴史修正に荷担する行為かも知れないのだ。自分達のアイデンティティを危ぶむ行為だというのに、短刀達はどこまでも無邪気だ。そういわれれば、切腹したり、討ち取った相手の首を削ぎ落とすのも短刀が用いられる事が多かった覚えがある。彼らにとっては何よりも身近なものかも知れない……混乱してきた鶴丸が頭を抱える横で、とんでもない事を言い出したのは乱だったと思う。

「ねぇ、主。これ、飼ってもいい」

「池は駄目だよ、あそこだと多分食べられちゃうからね、その首が。丁度良かった、今読んでる本が『生首の飼い方』なんだ。今から飼い方を教えるから、ちゃんと面倒を見るんだよ」

 誰だ、そんな本を書いたのは。叫びたい鶴丸の前で、短刀達があどけない声を上げる。確かに、書類片手の審神者の本には「生首の飼い方」などという面妖な題が記されていた。

 

 なぜ止めなかったのですか、と咎めたのは一期一振だ。鶴丸はあぐらを掻いて、ひたすらそっぽを向く事しかできない。彼らがいる場所は、短刀の部屋。床の間には、短刀男士達が集まっている。そこに飾られた、大きな水槽。万屋でセットで買ってきたという「金魚の餌」を、子供達がやっている光景が見られた。ポンプも何もない、ただの水道水に浮かぶ生首――中身が魚であれば、さぞ心和む光景だったろう。だが、生首だ。しかも「飼い方」を指南してきたのは審神者であるというから、鶴丸も一期一振も頭が痛い。屹度生首になっても痛いだろう。そんな薄暗い事を考えるのは、あの目玉を剥いている生首のせいもあるだろう。

 思い出すのは、あの日。万屋に付き合わされ、水槽と金魚の餌を買ってきたあと。がさつにホースから水を水槽に入れた審神者が、短刀達に生首を放らせた時の事だ。飛沫を上げた瞬間、生首が「生き返った」ように見えたのは気のせいだと思いたい。

 短刀達は、まるで夜店で掬った金魚を眺めるように、水槽を日がな眺めている。時に内番を忘れ、他の刀剣男士に引っ張って行かれる事もある程だ。何が楽しいのか、水槽の傍でゲームに興じたり、薬学に関する書物を繙いたりしている。時に餌をやる順番でもめる事もあるのだから、相当なものだ。五虎退の虎や、時折「藤四郎」の縁で短刀達の部屋を訪ねてくる鳴狐のお供も、特にその生首を意に介した様子がない。それが一向に可笑しかった。

 皆、気付かないのだろうか。あれは、どう見ても化けものの類だ――餌を、口を動かして食べ、時に目玉を動かす。黒い髪を靡かせて、水槽の中を気ままに泳ぐ。水槽の掃除の時などは、誰がその生首を預かるかでもめるが、その様をさも微笑ましそうに生首は見遣っているのだ。

(妖怪というより、ヒトの生首が化けものになったというべきか)

 短刀達の無邪気さは、いっそ恐ろしい。しかしその中でも、同じ皇室御物組として縁のある一期一振に「なぜあの場でとめなかった」と咎められれば、良心に刺さるものもある。なので、彼なりに、ひとまず生首の身元について考察してみる。

 数日と経っても膨らむ様子のない生首は、まず男のような顔だった。何せ首から下がないから確証がないが、これは勘としかいいようがない。次に、髪型。これは生前のものを若々しく保っているらしく、散切り頭であった。生え際も瑞々しく、こんな痛ましい姿になるには若すぎるだろう。この生首の生前も気になったが、ひとまずいえる事は、恐らく明治時代以降の生首ではないか……という事だ。髪を下ろして括っていた農民などならば、首を切った時に髪が切れたという可能性もあったが、そこまで可能性を広げると鶴丸には思考が追いつかない。

 さて、ならば、この生首は、なぜこの部隊の短刀達に拾われてきたのだろう。1ヶ月程経過していたが、こんのすけに咎められる事もなく、日々は穏やかに過ぎて行っている。自身と審神者とでコラボレーションした悪戯を披露して長谷部や大倶利伽羅とのリアル鬼ごっこに発展したりと、ごく平和な日々だった。それがかえって不気味だ。呪いを放つ訳でもなく、ただ短刀部屋で「飼われて」いる生首。正体不明のそれは、短刀部屋から足を遠ざけさせるのに充分だった。

 しかし、1ヶ月と1週間。一期一振の姿が見えなかったので仕方なく短刀部屋に入った時。日も暮れた頃。やはり乱を中心にして、彼らは水槽を取り囲んでいた。一期一振がその中にいるのを見て混じると、乱は改めて、困ったようにいった。

「ねぇ、この子のおうちってどこだろう」

 捜すべきは家よりも体ではないだろうか。そういいたかったが、野暮な事はいうまい。鶴丸は「主に相談してくる」とその場を駆け去った。

 

「そうだね。じゃあ、川から流そうか。この子も家に帰りたがっている頃だろうし」

 そういって、短刀部屋に呼びつけられた審神者が手にしていたのは、やはりあの本だった。最後の辺りのページを繰りながら、彼はいう。水槽を取り囲む短刀達に、穏やかに微笑んだ。

「飼えなくなったら、生首は川か海に放流してあげましょう。だってさ。みんなで放してあげにいこうか」

「おい、そんなやり方でいいのか」

 思わず小声で突っ込む。しかし、本を読む審神者の顔は涼しげだ。引き攣った笑顔で水槽を持ち上げる一期一振の横で、本のページを繰りながら事もなげにいう。

「今まで1ヶ月も飼えてたんだから、つまりそういう事なんじゃない」

「……そういうもんかねぇ」

 月明かりだけの暗い庭を歩き、川辺を歩く。出来るだけ下流の方から流した方がいいという。一期一振が水槽を川辺に置く。それを、短刀達が集まり、水槽を横倒しにした。中身――生首が川を流れていった。

 薄暗い中、月明かりで一瞬だけ生首がこちらを見た気がした。口々に、勝手につけた名を呼ぶ短刀男士達に見送られながら、そうしてこの本丸から生首はいなくなったのである。

 

 

 蛇足だろう。数日後、審神者が新聞を読んでいた。紙媒体を愛する彼は、新聞も紙媒体を取り寄せていた。こんのすけの頭を撫でながら新聞を広げていた審神者は、「ああ」と声を上げた。偶々執務室に同時に入ってきた鶴丸と一期一振は審神者を見遣る。審神者は新聞を畳みながら「何でもない」という。

 しかし、その後、2人で新聞を広げて気付いた。小さな一角の記事、「●●●年間行方不明だった●●●●●の首が、●●県の海辺にて発見」と。

 それはこの本丸の本拠地としている「国」の現在地にほど近いところであり、そういえばここはその人物とゆかりの深い土地だったと、鶴丸は一期一振と目を見合わせた。

 

 

 

 

「生首の飼い方」

 

 

その時代から何でも食べた

 

 

 

 

 

 刀剣男士の集う本丸にて、料理当番といえば燭台切と歌仙の名が上がる。特に前者は、かの伊達政宗公が所持していた事でよく名が上がる。

 そんな彼自身も周囲のその声に影響されてか、以前から審神者に「蔵書の中にレシピに関する本があったら貸して欲しい」といっていた。実際に料理上手であったし、審神者が本を貸した日にはどんどん腕を上げていった覚えがある――とは、審神者の初期刀である加州の談だ。

 だからその日も、審神者の部屋で新たな悪戯を考案していた時。燭台切が入って来て「主、例の本を貸してくれるかな」といって来た時、鶴丸は挨拶をしただけで本の内容については触れなかった。燭台切が自ら「料理の本を借りに来たんだ。古い本らしくてね」といってくれたので、この本丸の厨事情がまた上がるのだと思ったぐらいである。鶴丸にひと言いってから書庫に姿を消した審神者は、直ぐに出て来るとそれを渡した。本当に古い本のようで、黒っぽい表紙には漢文に近い題が記されていたようだった。燭台切は笑顔でそれを広げる。

「よかった、これって有名な本なんだよね」

「うん、中国の明の時代の美食家が書いたレシピ本なんだってさ。燭台切はいつも丁寧に扱ってくれるけど、それも稀覯本だからあんまり汚さないでねー」

「わかってるよ、有難う。またあとで返しに来るね」

 燭台切と審神者が会話し、そして障子が閉まる音がする。鶴丸はといえば、審神者のこの私室。棚に置かれたそれを、じっと見詰めていた。

 審神者が卓袱台に戻ってくる。広げていた本丸の絵図面を見下ろしながらも、鶴丸の様子に気付いたらしい。審神者は尋ねてきた。

「どうしたの、鶴丸。なんか変なもんでもあった」

「主、君、あれってさっきの本と同じ本じゃないか」

「えっ」

 鶴丸は、いって示す。私室の方にある小さな書架。そこに、同じように黒っぽい表紙の本があった。心なしか、こちらの方が少しだけ新しい気がする。

 ここからの審神者は、本当に速かった。普段から長谷部と鬼ごっこをしているだけはある。その本に飛びつくと、すぐさま奥付を見た。そして最後の辺りのページを開く。その時、鶴丸はその本が、燭台切が持っていった本よりも薄い事に気付いた――が、止める間もなく、審神者は部屋を飛び出した。

「燭台切ー!!!! 御免! 間違えた! 貸すのこっち!!」

「えっ、な、なんだい?!」

 廊下の奥から2人分の男の声。鶴丸も立ち上がり、開きっぱなしの障子に手を掛ける。すると、廊下の突き当たり、角で白っぽい少年と黒っぽい青年がもめていた。前者は狩衣の審神者で、後者は燭台切である。審神者は慌てて燭台切の手から本を奪い返すと、持っていた本を押しつけた。そしてやっと安堵した表情で、しかし口早にまくし立てる。

「こっちの本は改訂前のでね! こっちが改訂版! こっちの方が比較的理解しやすいから!」

「え、でも別に僕は古くても」

「いいから! ね! さ、今日も美味しいご飯を期待してるよ! じゃ!!」

 そういって燭台切の背を押す。彼は戸惑いながらも、渡された本をしげしげと眺めながら、角を曲がっていった。

 そして数歩歩いた先。本の最後のページを捲っていた審神者は、自身の私室の前で目を瞬いている鶴丸に、疲れた様子で笑う。

「ああ、御免ね鶴丸。ちょっと渡した本に問題があってね。作戦の続きをしようか」

「それはいいんだが……主。君、その本とさっきの本は改訂前と改訂後といっていたな。何か大きな違いでもあるのかい」

 普段は何が起きても泰然自若と流してしまう審神者だ。そのマイペースさは三条派、特に三日月にも通じるものがある。その為か三日月とは、他の本丸での祖父と孫というより、親子といった方がしっくりくる。審神者の見た目は若い、寧ろ幼いが「本丸に男児有り、10代にして心已に朽ちたり」といった風情だ。明の時代より前の、中唐時代の詩人の絶唱を改変して審神者をこうたとえたのは小夜だっただろうか。そんな事を思い出しつつ、審神者は本を大事そうにしまう。大事そう、というよりまるで爆弾だ。それ程に、今の審神者は慌てていた。扉を開きっぱなしだった書架へと戻す為に歩いていくのをついていきながら問えば、審神者は奥の奥。書架の中でも一際薄暗いそこに本を仕舞う。「中国関係」と本棚にプレートが刻まれている。そして、その中で「三国志」を示した。審神者は苦笑しながらいう。

「知ってるかな、鶴丸。歴史の本で有名な三国志だけど、日本では戦後に改訂された部分があるんだ」

「改訂」

「うちの父が高校生の時、国語の先生に教わったらしいよ。この話の主要人物達が、ある家でもてなされた時の話だ」

 曰く、その頃はまだ栄達していなかった彼らは、その家で、夫妻にとてももてなされたという。夫がたくさんの肉料理でもてなし、寝かせた。そして翌日、気持ちの良い旅立ちになったという。

 さて、彼らは去り際に、ふと気付いた。家畜小屋があった。しかし、貧乏な暮らしで家畜を養う事も出来なかったらしく、昨日と同様、誰もいなかった。そして、そんな彼らは、肉の出所に気付かなかった。

 更に、気付かなかったのだ。翌朝、自分達を見送った男性。彼が伴っていた筈の妻が、昨日の夕食前から姿を見せなかった事に。

「ちなみに、これは元は美談、とされているよ。戦後は日本では改訂されて削られた話だ。しかし随分と料理上手だったんだろうね、この夫は。まあもっとも、女は比較的肉が軟らかくて旨いという話だけど。俺はあんまり食べたくはないなあ」

「……主は、詳しいんだな」

「まあね。これも戦前改訂前のものだし」

 さらりと宣う。鶴丸は頬を引き攣らせた。古書の蒐集が趣味だとは知っていたが、ここまでくると――先程、燭台切に渡した本を示す審神者は、苦笑いする。

「いったでしょ、出来れば食べたくないって。知識としてだけで十分だ。これは明時代の宦官が書いたレシピ本なんだけどね。何かと流行ものとかに影響を受けやすい燭台切には、読ませたくないものだったんだよ。……鶴丸、読む? あまりお勧めはしないけど」

「いや、いい」

 即座に頭を振る。

 古いレシピ本。それに、今、審神者が話した、改訂された三国志の話。それらが全くの無関係とは思えなかったのだ。

 「陳氏菜経」。燭台切に新たに渡された方は、少しだけ薄かった。その削られたページに何が記されていたかなど、鶴丸は想像もしたくなかった。

 

 そういう訳で、戦前の奥付の方の「陳氏菜経」は今でも審神者の書架の奥底に眠っている。のちに新しい方も帰ってきて、料理はより豊かになった。ただ、「もう少し目先を変えた料理にしたいなぁ」と燭台切が呟いていたので、彼には審神者の書架に自由に出入りさせてはいけないと、鶴丸は心密かに定めた。

 人肉を美味しく調理した料理など、食べたくはなかった。

 

 

 

 

 

「陳氏菜経」(奥付:戦前)

 

 

偶には詩集でもどうぞ

 

 

 

 

 

「行儀が悪いよ、鶴丸」

 さて、鶴丸が審神者の私室で寝転びながら「人をおちょくる50の方法(2103年発行)」を読んでいた時だ。障子を開いた歌仙が、本を片手に立っていた。内番着の彼は、どうやら審神者に本を借りていたらしい。5冊程の本を小脇に抱えていた。鶴丸が答えるより先に、書架でマスクをしながら埃を叩いていた審神者が顔を出す。マスクをずらして「ああ、本を返しに来たの」と叩きを片手にいった。足下の鶴丸を避けると、歌仙は肯いてそれらを差し出す。そして感心したように笑った。

「しかし、君も意外に趣味が良いね。面白い本ばかりじゃないか」

「うーん、面白いといっても趣味が良いとは限らない本もあるけどね。で、また新しい本でも借りていくかな」

「あぁ、少し目先を変えたものが読みたいんだ」

「あー、それならこれだね」

 書架の方から会話が聞こえる。鶴丸は歌仙に叱られたので、ひとまず寝転がるのはやめて胡座をかいていたところ、こんな言葉が聞こえてきた。審神者の声だ。

「前から歌仙にならある意味合うんじゃないかってね。詩集だよ」

「へぇ、雅なものも持っているんだね」

「20世紀から21世紀頃の女流詩人の本だよ。限定500部の稀覯本だから大事にお願いね」

「わかっているよ。ふうん、面白そうだね。大事に読むよ」

 そういって、書庫から出てきた時には歌仙は借り受けたらしい本を懐にしまっていた。表紙は赤かった気がする。それだけで何となく嫌な予感を覚えながらも軽く挨拶をして見送った。

 そして鶴丸は、掃除中の為に埃っぽい書庫を覗き込む。審神者が何でもないように本をしまい、そして叩きを叩いていた。そんな審神者に尋ねる。

「なぁ、主。君、今、歌仙にどういう本を貸したんだ」

「詩集だよ」

「それは聞こえた。具体的に、どういう題だ」

「1部じゃ今でも有名なんだけどね、鬼才として」

 審神者はマスク越しに答えた。

「『殺戮詩集』っていうの。詩人の女性が自分の恋人を惨殺して、殺した際の描写を記したらしいっていう代物。ちなみに筆者はその後心神喪失として入院したってさ」

「歌仙ー!! その詩集読むな!! ろくでもないから!!」

「えっ大丈夫、普通に良い詩集だよ? ちょっと中原中也風で。特に『腸でなわとび』とか」

「歌仙ー!!!!!」

 

 その後、審神者は小夜と和泉守に叱られ、本は鶴丸が取り上げた。「面白い詩だったんだけどな」と頬を膨らませていた歌仙は、敢えて無視した。

 

 

 

 

 

「殺戮詩集」(限定500部発行。筆者は入院後、間もなく退院。精力的な活動を続ける)

 

 

 

 

終章

「全く。何で歌仙にあんな詩集を貸したんだい。君は」

「だって歌仙って、血腥いの割と似合うじゃん。本人も喜んでたし」

 新たに入手したという「完全な真空」を読んでいた審神者の頭には、和泉守に食らった拳のたんこぶがいまだに残っている。歌仙には、現行実装されている刀剣男士の中で縁のある者が少ない。数少ない身内枠の小夜と和泉守は、そんな彼に対してやや過保護だ。尤も、この審神者のいうとおり、「血腥いのが似合う」ゆえんかも知れない。出来ればそういった事から遠ざけたいと。

 だが、刀剣である以上、流血からは避けられない。現に自分達は、こうして本を読んでいる時以外には刀を、槍を、薙刀を振るい戦っているのだ。審神者自身も、「自分が手を下さないだけで、俺もたくさんの血を流させている」と自嘲した事もある。そんな審神者は、様々な書物の批評本だという本のページを繰りながら、畳の上に転がる鶴丸にいう。

「俺に出来るのは、精々、代わりに戦ってくれる刀剣男士達に少しでも過ごしやすい環境を整えるくらいだよ」

 柱に凭れ、座布団に座る審神者。稚い彼の横顔をちらりと見上げる。

 自分自身の事は構わないのだろうか。せめて、この奇妙な本の蒐集が彼の安らぎになっていればいいが。鶴丸は、老婆心ならぬ老爺心でそう願うのだった。

 

 どこかで金盥が当たり、水しぶきの音がした。刹那、審神者と鶴丸は本を置いて立ち上がる。長谷部が悪戯に引っ掛かったに違いない。間もなく抜刀して追いかけてくる長谷部を予想し、2人はすぐさま天井の板を剥がしてよじ登る事にした。「機動お化け」の足音が「主ぃぃぃぃ鶴丸ぅぅぅぅぅぅ」という低い怒鳴り声と共に近付いてくる。

 長谷部が駆けつけた時には、2冊の本だけが残され、誰もそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

End.

 

 

一応解説

大体全部諸星大二郎先生の漫画「栞と紙魚子」シリーズより。

 

「直立魚類」:二足歩行する魚について記した図鑑だとか。但しこの審神者が読んでいるのはちょっと違う本かも知れない

「生首の飼い方」:文字通り、生首を飼う方法について記した本

「陳氏菜経」:ありとあらゆる料理について記された明時代のレシピ本。但し戦前改訂前は人肉料理についても触れられていたそうです。

「殺戮詩集」:同じ漫画の中で恐らく人類最強の女流詩人の書いた本。ひょっとしたら23世紀になっても生きてそうで怖いです

 

 三国志で改訂されて削られた話は高校の時に古文の先生が教えてくれた話。「完全な真空」は架空のSF小説批評本だったかな。「人をおちょくる50の方法」はいつも通り「パタリロ!」より。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。