▼作中で出てくる曲はあれです、黒鷺死体宅配便で出て来たやつです 元は多重人格探偵サイコか
pixivより転載
公務員とは、功績を上げれば上げるほど仕事が増えるものである。出世はそんなにできないのに。
いつかの事件の捜査において、
「いやいやよくやった。ところでそれができるんだったらこういう仕事もできないかな?」となるのがオチである。
ただ、菱潟は出世がしたかったので体調不良などの理由がなければ断らない。今回は健康でいつも通り自らの本丸でのノルマを熟したので、こうして事件現場を訪れたのだった。本来の彼は組織犯罪系ブラック本丸の摘発が政府での仕事だったはずだが、先述の通り彼は功績を上げ過ぎた。
場所は他所の本丸。このところ連続で起きている事件と関連性があると見られていることだ。
そこで菱潟は意外な人物と会うことになる。
「
「あぁ菱潟。力が戻ったからな、呼ばれたんだ」
鬼丸を伴った、スキンヘッドに片耳ピアスの女性。見た目は両者共に厳ついが事件捜査において彼ら――特に彼女ほど有力な存在はいない。
審神者名「八十一」。聴耳の家系である。
聴耳とは死者の声を聴く才能を持つ者。普通ならば単語程度しか聞き取れないものだが、彼女の場合それなりの文章を聴きとれる、聴耳の中でもやや特異な者だった。それゆえに政府では死者の出た事件が起きると彼女を引っ張りだこにする。今回の連続事件でもそのはずだったが……。
八十一は首の骨を鳴らしながら言う。
「しかし、政府に月経周期を把握されるってのもヤなもんだな」
「えっと……生理中は聴耳としての力を使えないんでしたっけ」
「原因も理由も不明なんだがな。2日目が1番しんどい。4日目ぐらいから徐々に能力が戻る。経血が残りカスぐらいになったらほぼ完全復帰だな」
「はあ……そうですか」
女性の生理について生々しい話を聞かされ、菱潟はやや困惑する。しかしそれどころではないのだ。
事件は既に何件も起きているのだ。
彼らは、役人がうろつく中、周りを見渡した。
――庭やら縁側やらで、刀剣が、何十振りと落ちている。
そして彼らが立っている傍の部屋を見やる。
そこでは、ペーパーナイフで喉を突いた若い男性の死体があった。
「遺書はなし。しかし状況的にどう見ても自殺……政府のサイコメトラーが刀剣の様子を視たところ、刀剣男士の状態で自らの刀で自害を図っています。再顕現は難しいとも」
「なるほど。それで私の出番と言うわけか」
「とりあえず至近の現場から来てもらいましたけど、既に政府に収容した遺体も聴耳してもらうことになりますよ」
「あぁ……連続集団自殺事件なんだっけ……」
そうなのだ。
このところ連続発生しているのが、本丸での集団自殺事件なのだ。
心中なのかと問われると、判断に迷う。なにせサイコメトラーは相手の生死どころか物品からでも情報を読めても、具体的に「何が起きたか」「何を考えていたか」までは詳細がわからないものだ。そこまで透視できるのは超度7のサイコメトラーだろう。
なので結局、「死者の声を聴く専門家」が必要となる。
現時点でわかっていることは、複数の本丸が謎の集団自殺をしていること。呪詛も疑われたがそれらしいものは見当たらない。これはいよいよ以て八十一の出番ということで、彼女の完調を待って捜査に当たることになったのだった。
彼女は捜査現場には必須のビニルシューズカバーを履いたまま縁側から上がり込む。鬼丸と菱潟と長谷部もあとからついていった。
死体を取り囲む中、八十一は近侍の鬼丸に尋ねる。
「鬼丸、録音機器はばっちり?」
「十全だ」
さて、聴耳と言うのは繊細な作業だ。死体から魂が離れてしまい残留思念すら残っていないということもある。なるべく新鮮なうちに急ぐべきものなのだ。それゆえ録音機器が欠かせない。1度言ったことを再現できないなどザラだ。そもそも平均的な高さの女性の声で低い男性の声を再現させられることもある。
そういうわけで失敗は許されない。八十一は、男の死体にそっと触れた。
触れたのが偶々耳だったのが悪かったのか――聞こえて来たのは、音色だった。
『カァン ♪♪ カァン……カァン……』
「音楽……?」
「主、しっ」
「……終わったよ」
「録音終了、と」
鬼丸が滞りなく録音機器をしまう。あとで上層部に上げる予定だ。
そこではじまるのは雑談と言う名の推理タイムだ。
「今の曲が最期に聴いた曲なんだろうか……?」
「妙に忙しかったな」
「そうか? なんかいい曲だったよ。なんかこう風が吹いてきたっていうか、レッド・ツェッペリンかブラック・フラッグを初めて聞いた感じの……」
「主、最近古い洋楽にハマってますもんね。古道具収集や芸術作品収集よりはマシな趣味ですが」
雑談タイムは役人から声をかけられたことで終了し、音源は政府に回収された。
――その中で、不審な動きをしている役人がいることに、そのときの彼らは気づかなかった。
代わりに八十一たちと別れた菱潟と長谷部が囁き合う。
「それにしても立派な本丸だね……」
「設備も畑も充実してますしね。放送機器もありました。ランカーの可能性もあります」
確たる原因がわからなかったので、結局事件は再び起きてしまった。
「今回は池に飛び込んだりした刀剣男士が多いようだね。ここの池、池って言うか湖ぐらいあるし」
「深さもそこそこありそうですね」
「八十一さんも早めに来てくれるといいな」
今回は事件が起きて比較的早々に駆け付けられた。その本丸の特徴は先述の通り池というにはやや広い湖だった。慣れ親しんでいたからこそ刀剣男士たちはここで自殺を図ったのか――そして、審神者も。審神者の遺体は池の側でブルーシートの上に転がされていた。そう思いながら、本丸内を捜査する。
そこで、障子の閉まっている部屋を見つけた。――大抵、政府役人が来たあとの本丸はどこの障子も開け放たれているのに。
「開けるよー」
「!」
言うが否や、菱潟は容赦なく障子を開く。
そこでは、政府役人としてはごく平均的な黒スーツに狐面を被った男がいた。中年らしく頭はすだれ。パソコンを起動しているようだった。それを菱潟は見咎める。あえて敬語は外して。
「……何してんの」
「あ、あの、調査を」
「ふーん。それは俺がやるからあんたはあっち行って」
「は、はぁ……」
しっしと追い払う。菱潟はその際に首から下げたIDカードを盗み見た。記憶しておく。
長谷部が立ち去った役人を不審な目で見届ける。
「主、今の輩は……」
「気を付けた方がいいかもね。今回の事件、なんかキナ臭い。……ああ、ここの本丸も放送設備があるんだね。ここは執務室かな。ウチも途中から導入したけどここは最初から配線されてたみたいだね。それにパソコンと繋がってる……んん、そう言えばこれパスワードどうしたんださっきの役人」
「ハッキングしたのでは。不正にパスワードを入手したか」
「益々キナ臭くなってきやがった。……おや」
菱潟はマウスを動かしていて――気づいた。
「環境用BGM」というフォルダがある。
「ヒーリングBGMとかかな……」
「波音とか風の音か『本丸の喧騒』とかかもしれません」
「待って最後のは知らない」
「おや、1部審神者界隈では話題になってますよ」
「知らん界隈だわ……ん? 名前のないファイルがある」
それは「無題」とされた音楽ファイルだった。
菱潟はパソコン周辺を探った。そして、コードレスヘッドホンを見つける。スイッチを入れた。
「ちょっと聞いてみるわ。なんか手掛かりあるかも知れない」
「環境用BGMにありますかねぇ……」
菱潟は長谷部の声を無視して、音楽ファイルを開いた。
……それから数分。主の反応がないことを気づいた長谷部は、彼を見下ろした。
目つきが茫洋としており、ただでさえ白い顔が蒼い。そして、長谷部が声をかける前に、ヘッドホンを被ったまま駆け出した。
真っ直ぐに、池の方へ足袋裸足で走り出し――そこから拾い上げた短刀。
それで首を掻き切ろうとした。
それを阻止できたのは長谷部の機動ゆえである。まず短刀を手から取り落とし、当て身を食らわせる。周りから役人が集まってくる中、長谷部はぐったりと彼の腕に凭れ気絶した菱潟からヘッドホンを抜く。
用心しながら自身も耳に当てた。
『♪カァン……カァン カァン』
先日、八十一が再現した音楽と同じだった。
長谷部はすぐにヘッドホンから耳を外すと、慌てて手近にいた役人に指示した。
「そこのパソコンを押収してくれ。中に、恐らく自殺を誘発するBGMが入っている」
役人は目を丸くした。だが彼らはすぐに対応した。
菱潟は、ふと目覚めた。
消毒薬の匂い、白い天井と壁、白いカーテン。幼い頃から慣れ親しんだ様式の風景。病弱だった彼は、軽い風邪でも点滴を打ってもらうことがしばしばだった。
しかしなぜ今己は点滴を受けているのだろう。記憶が混濁していた。
不意にカーテンが開く。
「――あぁ、よかった。目覚められましたか、主」
長谷部だった。彼を見て、記憶が冴えて来た。
――そうだ、自分は、あのBGMを聴いて……。
「俺、自殺しそうになったよね? 池の短刀を拾い上げて」
「憶えていらっしゃいましたか。あなたはサイコメトラーが視た結果、一時的な鬱状態と診断されて、抗うつ剤を点滴で打ってもらっている状態です。パソコンは押収されました。とりあえず調査部にて。それと、事件がもうひとつ」
長谷部は人差し指を立てた。
「調査部で、八十一さんが再現したBGM……あれを調査のために、残業でイヤホンで聴いた役人がボールペンで喉を突いて自殺してしまったそうです。朝来た役人が発見したとか……それで今回のあなたとの事件を重ね、BGMの効果がはっきりしたと」
「人間はおろか刀剣男士すら自殺に導くBGMか……恐ろしいね。……ん? そう言えば今までの連続本丸集団自殺事件、どの本丸も放送機器があったよね」
「――あぁ、そう言えば」
タブレットを取り出しながら長谷部が調査データを調べると、そのような結果が見られた。
「でもこの連続事件の自殺者の審神者のパソコンも押収されたはずだけど、このようなBGMが出たという結果は、――」
不意に、長谷部と審神者の目線がかち合う。
彼らの脳裏には、あのすだれ頭の挙動不審な役人の姿があった。
「――IDと名前は憶えています。偽造かも知れませんが役には立つでしょう」
「――待って、俺の端末持ってる?」
「は? は……ただいま」
そう言って引き返した長谷部は、戻ってきて審神者に携帯端末を渡す。彼は片手が塞がっているのでやややりづらそうにロックを解除したのち、どこかに電話をかけた。
長谷部の耳には、電話に出たのは長義の声に聞こえた。
「ああ本歌? ごめんね、ちょっと緊急なんだけど。お前の方が伝手が強いと思ってね。――監査部に、これから本丸が宛がわれる予定の審神者、あるいは候補生を再監査するよう言ってくれる?」
「……?」
「――特に、暴力団やマフィアと関わっていないかどうか」
その一言で、長谷部も電話の向こうの長義も、「またか」と察した。
さて、その再監査の結果と調査部での調査の結果、以下のことが発覚した。
今回の連続本丸集団自殺事件は、結果としては殺人だ。それも政府役人及び高官によるものである。
菱潟が今回の真相に至った結果は、事件の起きたどの本丸も放送設備があったこと。つまり――大体は本丸自体が設備が非常に整っていることだ。
そんな設備の整った本丸を解体するのは政府も惜しい。――政府高官は「絶対に惜しいはずだ」と認識した。だから、審神者を宛がうことにした。
暴力団やマフィアから金銭を授受し、彼らの息のかかった審神者が。
1度そういった審神者が入り込めば、充実した設備を自分に従順な刀剣男士を使いあらゆる不法手段を手に取れる。
その結果に持ち込むために、「自殺に導くBGM」を役人を取り込みあらゆるきっかけを以てメールなどで送り込んだ。
大体の文面はこのようなものだ。
『ご活躍なさっているようでなによりです。放送設備がありますよね? お疲れでしょうからヒーリングBGMをお贈りしますね。是非本丸でかけてください』
――BGM自体にウイルスはない。そう、それはただの音楽なのだから。
審神者はウイルスチェッカーにかけて「安全」と判断されたそれで疑いもせず、本丸の放送設備で曲をかけ――
そして事件が発覚したあと、真っ先に送り込まれたのが高官の息のかかった役人だ。パソコンをクラックして起動し、「ヒーリングBGM」のデータを消す。あとは適当に仕事をするふりをすればいい。そうして、彼らは順調に「立ち退き」をさせていったのだ。
彼らにとっての問題は八十一であった。死者の声を聴く者。彼女が聞いた音源がまさにその「自殺に導くBGM」だったのだ。
動揺は手先の役人にまで伝わり、クラッキングの手が慌てた。そこに駆け付けたのが「我々にとって蠅のように鬱陶しい」審神者――菱潟だった。ここで役人は賭けに出た。例のBGMを聞いて菱潟が自殺しないか、と。
結果は優秀な近侍により阻止された。
そして真相を突き止められ、手先の役人及び首謀者の高官の1部が縛につくこととなった。
「菱潟、大丈夫か?」
「ああ八十一さん。そろそろ退院です」
政府医療施設の精神・神経科に見舞いに来た者がいた。八十一である。彼女は事の顛末を聴いて、またその過程で菱潟が「被害」に遭ったとも知った。
菱潟は3日ほど医療施設で拘束されていた。例のBGMを聴いて自殺を図りなお無事だった貴重な人物として、様々な検査をされたのだ。無論、BGMの効果がどこまでいくかの経過観察も含めていた。
それも今日で終わりである。長谷部に持ってきてもらった荷物をまた長谷部が詰めるのを尻目に、審神者は患者服から着流しに着替え終えていた。いつもなら狩衣を着るところだが、長谷部の荷物が増えるので持って来る服は着流しだけにしてもらった。
八十一はどこか落ち込んだ風情だった。
「事件が解決してよかったが、私が聴耳したことで失われた人命もあるんだな……」
「主……」
彼女の側にいた鬼丸が、なんと声をかけていいかという様子で困っていた。
それに、菱潟は言う。
「八十一さん。俺ら、普段から人死にを見てきているじゃないですか。審神者として指揮するとき。俺たちの口先ひとつで、過去の人々の生き死にが関わっている。……いつもと何ら変わらないんですよ、こういうことも」
「菱潟……」
今度は八十一が気遣わしげになる。
――そういう思考に至るまで、彼は何があったのか。
八十一が考え込みそうになったとき、思考の沼から引きずり出したのはやはり菱潟の言葉だった。
「それにしても、あのBGMはなんだったんでしょうね。調査は続いてるらしいですけど」
「あぁ……どこから来たかわからないんだそうだな」
「高官や役人もどこで入手したか憶えてないとか言ってるらしいですけど、案外本当かも知れませんね」
「え?」
「ほらこれ」
そう言って菱潟は携帯端末を見せる。
いかにも「アングラです」というWebサイト。そこに、「自殺したくなるBGM」があった。
目を剥く八十一に、彼は言った。
「政府も片端から削除してるらしいから今見たサイトも閲覧できなくなるでしょうけどね。こうして転載に転載を繰り返してるみたいなんです。仕事が増えたとかって情報部の人が嘆いてました。……そのうち街中に流れ出すかも知れませんね」
そう言って、菱潟は携帯端末の表示を落とした。
了