pixivより転載
それは、ちょっとした「悪戯心」だった。
頻繁に手を出して来ようとする雲生に比べれば、自分はまだ信用されている方らしい。こうして、臨時の近侍として任命される程度には。尤も、雲生ももっと新入りだった頃は任命されることがあったそうだが……雲次はそんなことを思いながら、報告書を同期させていく。ふっと浮き上がるホロモニターに、手書きだったそれらが整った文字列になる。それが空中に浮いたマウスで引っ張られていく。
本体のパソコンを使っている審神者がデータを引き取ったのだ。
「まったく……10年も経つって言うのに、いまだに手書きの上に紙の報告書を上げて来る奴いるんだから……お前ら雲類を見習ってほしいよ。長谷部も本歌も吉行も早めに馴染んでくれたけど、お前らほどのスピードじゃなかった」
「飛行機動かすには機械に馴染まないとダメだからね~。それにしても、あれだけ雲生に害なされてるのに評価はするんだ」
「仕事は別だから。戦ってさえくれればそれでいい」
喋りながら、手は報告書を同期していく。審神者はそれを引っ張って行った。その背中を眺めながら、雲次は言った。
「……お優しいこと」
「戦力を失いたくないだけだよ」
「それじゃ、僕がこんなことしても大丈夫だね?」
「は?」
審神者の肩を叩いて、振り向かせる。
そして、キスをした。
触れるだけのそれだったが、審神者を呆けさせるには十分だった。
肝心の雲次は、「うーん」と舌なめずりしながら唸る。
「自分とそっくりな顔とこういうことするのって不思議な感じだな」
「……は!? ちょ、何するの!」
「うーん、反応が鈍い。だから雲生に付け入れられ――」
「――私が、何でしょう?」
冬の冷気が帰って来たかと思った。のちに審神者はそう語る。
ひたり、雲次の首筋に突きつけられる刀の切っ先。
縁側から菓子と湯飲みの乗った盆を片手に、もう片手に本体を雲次の頸動脈に擬した雲生が立っていた。きっちり雲次の背中を取って。これは純粋な練度差によるものだった。
雲次は大人しくホールドアップする。
「オッケー雲生。これ以上主に手出ししないからその本体退けて」
「誓えますか」
「誓う誓う。アモールとナルキッソスに誓う」
「誓い先が不誠実です」
「アモールとナルキッソスを真剣に信仰している人たちもいるかも知れないんだよ」
「あーもうお前ら!」
言い合う雲類を、審神者は怒鳴った。
「雲次はもういい下がれ、残りの仕事は清光……は遠征でいないから、長谷部にやってもらうから長谷部呼んで」
「えー」
「ごたごた言わない! 雲生お茶とお菓子持ってきてくれてありがとうね! 長谷部と食べるから!」
審神者に礼を言われて目を瞬く雲生。礼を言われるのは久しぶりだ。語学の講義は今でもやっているが(必ず一振り見張りがつく)、手を出して以降はたとえテストで100点取っても「よくできたね」と口頭で褒めるぐらいだ。
それに感動しつつも盆を卓袱台の上に置くと、雲生は雲次を引っ張って「それでは失礼します」と執務室から辞したのだった。
審神者はしばし雲次のいたところを睨んでいたが、溜息を吐いて仕事に戻った。やることはたくさんあるのだ。
「ちょっと、痛いよ雲生」
とりあえず長谷部の私室へと向かう最中、ずっと腕を掴まれ引っ張られていた雲次が文句を言う。雲生は既に本体を納刀していたが、殺気は出ている。それでも平然と話しかける雲次に、雲生は振り返った。
「……よく今の私に話しかけようと思いましたね。他ならないあんなことをしたあなたが」
「えー、って言うか主は雲生のものじゃないじゃん。御手杵のものじゃん。そこで咎めるのお門違いじゃない?」
「……正論は時に人を傷つけるんですよ」
しょんもりと項垂れた雲生。それでも雲次の腕を掴む力は緩めない。忠誠心と恋心(性欲ともいう)が織り交ざったような感覚なのだろう、と雲次は結論付けた。
そして、自分の気持ちも――
「っていうかさ」
「はい?」
「君が僕に構ってくれないからだよ」
「何を――」
振り返った雲生。彼の唇に、雲次の唇が重なった。
それは先程審神者にしたように軽いもので、でも雲生に衝撃を与えるには十分だった。思わず手の力が緩む程度には。
「このにぶちん」
雲生の手を振り払った雲次は、そう言い捨てて駆け出した。「長谷部! 長谷部どこー!? 主が呼んでるよー!!」と叫びながら。長谷部はなぜか粟田口部屋から出て来た。
「静かにしろ雲次! 今行く! ……雲生どうした? また主に何かやらかしたか?」
「今日は何もしてません」
「今日は」というところを強調する。雲次は「それじゃ僕おやつ食べて来る!」と言って既に退散していた。その後姿を見送った長谷部は、それから雲生を振り返る。
「全く、毎日何もするな。……主はご結婚なされているんだぞ。いつまでも不毛な恋をしてないで落ち着け」
「……善処します」
長谷部の小言を聞き流しながらも、雲生は仮初の心臓が跳ねる音を聞いていた。
――雲次を意識したことなどなかったのに。
「それではこれで」
と長谷部に軽く頭を下げて去る雲生は、顔が赤くなるのを感じながら洗面所へと向かった。顔を冷水で洗わないと、おやつの場には出られそうになかった。
――先に好きになったのは主。しかし雲次に対しても気持ちが動いている己に気付かざるを得なかったのだ。
(これこそ不誠実でしょう……)
自身の審神者への横恋慕は棚に放り投げた。
了