※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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おて♂さに(+地味にたぬあつ)。人外の者と交接する事について※非公式というか捏造設定、下ネタ発言
▼どう考えてもこのおて♂さにがまともに恋愛してくれないので体からはじめさせる事にしました。御手杵がね……恋愛感情とか持ってるのとか書き手が想像つかなかったんです……
▼昔丘板関係だったかの話で、ほもぉな話でしたが「夢の中で変なのとヤってるうちにリアルで性欲がわかなくなったという同級生がいた、実際プレイして貰ったら物凄いうまかった」というのがあったので
▼カモノハシは哺乳類だけど卵を産む「原乳類」という種類だったかな 小学生の時に生物系の漫画で読んだ気がする あと人の皮で装丁した本って保存性はどうなんでしょうね、冷凍庫とか寒いところで保管した方がいい気がする


【刀×男審神者】審神者やってるけど最近俺の息子が立ち上がらない

 加州は執務室の障子を開いた。片手には茶を乗せた盆が乗っている。

「御手杵を手入れ部屋に入れたんだけど」

 事後報告はいつもの事だ。何かしら失敗しても、ほんの僅かでも手入れの必要な事態になったならば、それを終えてから話をする。それがうちの審神者の方針だ。

 しかし、この日の審神者の様子は違った。いつもよりかっちりと服を着込んだ審神者は、休憩しているところだったらしい。趣味の紙媒体の本――MRI捜査の歴史:2062年――を広げていた彼は、一瞬、口の端を引き攣らせたように見えた。見咎められたのは偏に加州が初期刀だからだろう。撲殺できそうな程に分厚い本を閉じた審神者は、加州を手招きする。案の定、本は重い音を立てて卓袱台の脇に載せられた。障子を閉めて歩み寄った加州に、審神者は低く問う。受け取った茶をすすった。

「何。誰かと喧嘩でもしたの。今日の内番に御手杵は入れてないし。それとも転んだ。トラップには引っ掛かってない筈だけど、どこも発動してないから」

「最近は博多と行動してるから長谷部も引っ掛からなくなったもんね。俺らにも御手杵にもよくわからないらしいんだけどさ……」

 渋面を作ったままの審神者に、加州は続ける。先程あった、些末な顛末だ。

 偶々御手杵が「暑い」と、上着を脱いでいた。気に入っているのか、彼はあの赤い炎のような模様のTシャツを出陣時も普段でも着ている。ちなみに背の高い彼に誂えられたものなので、短刀達の服が乾ききらない時に彼のTシャツが貸し出される事もある。閑話休題、加州は縁側は歩いていた。先程と同じように、茶の乗った盆を乗せて。御手杵は縁側に腰掛け、浦島と話していた。そちらに、無意識に目が行った。

 その為、気付かなかったのである。足下に、意外と大きくて頑丈な「亀吉」がいた事に。

 結果、蹴躓いた加州。湯飲みは運命を共にした――極端なカーブを描き、中身をまき散らしながら、御手杵の頭へ。軽く音を立てた湯飲みは、幸い浦島が掴んだので割れる事はなかった。亀吉も、咄嗟に蹈鞴を踏んだ加州により怪我をする事はなかった。唯一の被害は、冷たい茶であった為にTシャツと髪を濡らした御手杵だけである。

 これに対し最も慌てたのが加州である。一方、御手杵は「良い奴」であった。湯飲みを降ろしつつ、「お前らに怪我がないならよかった」と笑いながら、その場でTシャツを脱いだのだ。男所帯ゆえに、服の脱ぎ着に頓着がない事が、この時の最大の弊害だったろう。思わず拾っていた亀吉を浦島の顔に押しつけた加州は悪くない。そのまま御手杵を立たせ、「手入れ部屋に行くよ」と気迫に充ち満ちた顔で、広い背中を盆で覆いながら追い立てた加州は悪くない。途惑う彼を手入れ部屋に押し込んだのち、鏡台を背に、持ってきた大きな鏡を手に持たせ、彼の背中にあるものを確認させた加州は悪くない。

 そこには、赤々とした爪痕が残っていたのだから。それも、幾重もの。

「……なんだこりゃ」

 しかも、当の本人が目を瞬くのだから質が悪い。この時の加州は、鏡を片付けながらも御手杵の言葉を正しく理解してはいなかった。浦島に見せずに済んだ事だけに安堵していたので。

「こっちが聴きたいよ! 浦島はあの蜂須賀と長曽祢さんの弟なんだよ!? 長曽祢さんも割と兄バカだしそんなもん見せたらあとが怖い!! 主にはいっておくからここでこのまま手入れしてってよね! 全く、お前は最近花街いってなかったし、何より俺達刀剣男士に跡を付けられるようなのっていったら同じ刀剣同士ぐらいしか……」

「あのさ、俺は誰ともヤってねーよ」

「は」

 濡れたTシャツを桶に入れる。やって来た妖精達に「悪いなー」と背中を診せながらも、御手杵は湯飲みを加州に手渡しながら首を傾げた。心底、不思議そうな顔だった。

「少なくとも最近は花街にも行ってねーし、あそこのお姉さん達に俺らに傷はつけられないだろ。加えてここの誰とも懇ろになった覚えはねーよ」

「……じゃあ、この情事の痕みたいな傷は」

「だから首傾げてんだよー。なんだっけ、思いこみで傷が浮かぶ事もあるんだっけか。最近は前はよく見てた変な夢も見ないし、覚えてないけど夢で激しい事したのかもなぁ」

 後半はほとんど独り言だ。背中の傷を「直」されていく御手杵を、口を空けながら加州は見遣っていた……。

「そんでよくわかんないまま茶を入れ直してここに来た訳なんだけど、主、あれって御手杵に変調があるって事。あいつ寧ろ最近は調子が良さそうだったんだけど」

 そして今。元来た道を戻り、道中で浦島に適当な言い訳をしつつも加州は考えていた。御手杵自身に覚えのないという、あの色の匂いの濃き爪痕についてだ。自分達は「神」といえど、付喪神とは妖怪の事でもある。何か間違いがあれば道を踏み外しやすい、そんな自分達なのだ。だから、些細とは思えない異変に、加州は心配する。目線を盆に落としていた。

 御手杵は嘗て、修復不可能な程に焼け落ちてしまった。21世紀にレプリカが作られ、それは盛況に愛でられたという。人々の記憶にたゆたう概念的存在の自分達刀剣男士にとって、本体が失われたり、あるいは行方不明になっていても、記憶や記録さえ残ればそれで用を足す。しかし歴史が完全に「本体が失われている」と定めている刀剣は、何かしら揺らぎが生じやすいのだ。御手杵と加州は、その一点で共通していた。御手杵はひたすらに戦を求め、自身は主に使われ続ける事を求める。ここの初期刀に選ばれ、未成年且つ病弱な審神者の為にほとんど保護者として動いている今はそんな不安すら感じる暇はない。しかし今回の事で、御手杵も加州と同様「失われている」刀剣だった事を思い出させた。失われているという条件は同様の自身には何事も生じていないのに、御手杵には一体何が起きているのか。もしかしたら新手の敵対勢力が、今現在の部隊で最も強い御手杵をハニートラップで引き寄せようとしているのか、などと突飛な事すら考えてしまう――そして不意に、顔を上げた。先程から、審神者の返事がないのだ。

 そして、見た。なぜかとても気まずそうに、顔を背けている審神者を。元々白い顔が、赤くなったり青くなったりしている。分厚い本を両手で握りしめていた。最近はとても握力がついてきたようで、本が握り潰されてしまいそうだった。

 それに、加州ははたと声を上げる。この少年の審神者が、何を思ってか御手杵に想いを寄せているのは周知だ。幕末以前の生まれの者ばかりで、色恋に対して性別にかかずらわない者ばかりだからそれ自体は受け入れられていた。だがしかし、御手杵の戦闘狂さゆえに今のところ日常会話程度しか進歩がなかった筈だが。

「え、主。まさか主に心当たりが」

「あー、うん。えーっとね、いっておくけど俺と御手杵は寝てないからね。まずいっておくけど。それに俺は普通の人間だから、御手杵の体に爪痕なんて残せないよ」

「あ、それもそっか。主、最近陸奥守の指導のお陰か腕っ節強くなってきたけど、人類だもんね」

「ちょっと待って、人類と人間じゃニュアンスが違う」

「あ、失敬。哺乳類だもんね」

「だいぶ分類が壮大になった! 場合によっては子供を卵で生むし腹のポケットで育てちゃうよ!! 最近お前のジョークもきつくなってない!?」

「主に薫陶を受けた結果だよ。……それで、主。御手杵は大丈夫なの」

 盆を膝に立て、赤い眼差しを向ける。審神者との心温まる会話で緊張は解れたが、やはり心配なものは心配だ。御手杵は戦以外の事はどうでもいい、という節のある刀剣男士だ。ゆえに、審神者とまともに会話を成立させるようになっただけ大分進歩した方なのだ。以前は直ぐに会話が途切れてしまっていた。審神者も思春期ゆえの反動形成――所謂ツンデレが激しいので、会話のドッジボールになっている事が度々だ。しかし考えてみれば情事の跡のような爪痕など、この主が1番気に入らない事態だろうに、落ち着いているところをみると本当に大丈夫なのかも知れない――加州が勝手に結論づけようとしたところで、審神者は微笑んだ。本を置いて湯飲みを片手に、「お茶を改めて淹れてくれて有難うね」と笑う。

「うん、御手杵のいっていた通りだと思うよ。強い思いこみによって傷が浮かび上がる……っていうのは昔からあった現象だよ。スティグマ現象っていうのもその一例とされてるんだ。ましてやお前らはお前ら自身の想念で出来上がっているような体だからね、御手杵が覚えてない夢で激しい情事でもしたんじゃないかな。ただ、欲求不満だと困るから、そのうち花街遠征に連れて行ってあげてよ。こんのすけ経由で許可は下ろすからさ」

「やった。居続けしてきていいかな、久しぶりに女の人達とお喋りしたいんだー」

「清光はジェンダーが限りなく女性だねえ……」

 茶をすする、審神者の声は感慨深そうだ。刀剣達のジェンダーを「男性」と定めた政府の意向は深いところは計り知れないが、時に女性に近いような気質の刀剣男士と接触する度に「付喪神を人間の男性という『型』に嵌めたのだろう」と審神者は内心で思っている。

 尤も、老若男女関係なく人を好きになってしまう彼にとっては、性別の設定など無意味だったのだけれど。だから尚のこと、口元を湯飲みで隠し続ける。

 胸をなで下ろした様子で立ち上がりかけた加州は、しかし、ふと顔を天井へ向ける。

「あ、でもさぁ。御手杵の奴、喋って帰っちゃう系男士みたいなんだよね。俺は自分でそうしたいからしてるんだけど、どうにも前に御手杵と一緒に行った時も、御手杵がモテてたのは『楽が出来るから』って理由だったらしいんだよねー。あいつの性欲ってないに等しいのかな。本当は。でも夢が気になるよなー」

「……そうだね。ああそうだ清光。俺は今日仕事はもう終わったから私室に下がってるよ。あとでこんのすけを俺の部屋に来るように呼んでおいてくれる」

「ん、わかった。主お疲れ様ー。話を聞いてくれてありがとね」

 湯飲みを口に添えたままの審神者が、早口でいう。その不自然さに、この時の加州は気付かずに退出した。こんのすけの居場所はどこだっただろうと思い出していたからだ。

 そして審神者は、湯飲みを卓袱台に置く。そして無言で、畳の上にのたうった。

 やばい、と。

 

 

 

 

 大体、ここの「こんのすけ」は、そもそもここの審神者に好意的だ。それは彼が若いながらも優秀な軍略家であり、そしてその幼さこそが、まだ悟りきるにはいたらぬ半端な年齢の中年男性である「こんのすけ」を迷わせるのだ。だからこの時も、毛並みで覆われた四つ足で廊下を駆け、審神者の私室に駆けつけたのだ。執務室ではなく私室に呼ぶ事。それがここの審神者にとってプライベート且つナイーブな相談内容である事を示している。彼は善人だった。消極的な善人だった。彼の境遇を知っているものの、直接は手を貸せない。しかし、手を差しのばされたら差し出さずにはいられないのである。

「審神者殿、失礼いたします」

 声を掛けてから、障子を開く。そろそろ暑気が強くなってきたこの頃、障子を取り外しすだれに取り替えようと審神者は考えているという。そんな彼は、私室に――いない。卓袱台には湯飲みと日記帳と万年筆、それに分厚い本が数冊。駆け寄ってみれば、茶は飲みかけだ。今時珍しい紙媒体愛好家の審神者の卓袱台には、書庫から取り出してきたのだろう本や雑誌が数冊置かれている。散らばったそれらの表紙を見ると「セラエノ断章」「ザ・クィブラー」「魔王瑠死滅の生涯」……タイトルだけ見て中身を確認しなかったこんのすけは、そこで書庫の扉が開きっぱなしなのが見えた。灯りが点けられており、何やら不穏な物音と声がする。ぶつかるような音と、「くそ、入らない、入れない」――嫌な予感しかしなかったが、こんのすけは駆け込んだ。

 そして叫ぶ。それなりに背の高い冷凍庫。そこに頭から突っ込もうとしている狩衣姿の少年に。

「審神者殿! なぜ冷凍庫に入ろうとしているのですか! いえ以前からそもそもなぜ書庫に冷凍庫があるのかが不思議で仕方ありませんでしたが!! おやめください病弱な貴男には自殺行為ですよ!!」

「ええい離せこんのすけ、穴があったら入りたい気分の時に目の前に穴があったんだぞ、入らずにいらりょうか」

「よくわかりませんがその事で私を呼び立てたのでしょう?! 入るならまず私に話すべき事を話してからにしてください!!」

 必死で足を囓って引っ張る。「痛い痛い、狐の牙が痛い」と喚くが構うものか。三日月並みのマイペース、と称される彼がいつになく動揺しているのは興味深い。しかし、冷凍庫から落とされたと見える周辺の床に散らばる「ルルイエ異本」「聖蛇霊への連壽の書」「水神クタアト」などを見るととてもではないが冷静に観察は出来なかった。禍々しい。とてつもなく禍々しい。冷凍庫から放られたという事は、冷凍庫で保管する必要のある書物という事である。特に最初の本は人皮で装丁されたという事で有名な本ではないか。尚も冷凍庫に顔を突っ込みたがる審神者に「奇書蒐集もいい加減にしてください!!」とこんのすけは叫んだ。奇書の「奇」はこの場合は「奇妙」の意である。家の身代を持ち直させる為に政府に多額の報酬を受け取っている審神者が、自身が受け取る分の大半を古書蒐集に費やしている事はこんのすけにとって頭の痛い案件のひとつだった。特に、あまり趣味が宜しくないので。

 

「で、何があったんです」

「うん……こんのすけ、お前容赦ないよね」

 ひとまず冷凍庫から出させ、本を片付けさせた。しかし広い場所は落ち着かないらしい。本棚同士の狭い空間、頭に霜がくっついたままの審神者は膝を抱えている。こんのすけはその前にちょこんと鎮座していた。審神者の手や顔や足には噛み痕がついている。狐の歯形なので色気は全くない。ついでにいえばこんのすけに同性の子供に手を出すような趣味は微塵も持ち合わせていないので、教師と生徒の気分で審神者に問い詰める。相談があったからこそ自身を呼び出した筈だ。しかも、刀剣男士ではなく「こんのすけ」でないといけない事だ。

 十中八九、刀剣男士に異変あり――ただ、それにしては深刻さに今ひとつ欠けていたが。おまけに「穴があったら入りたい」という事は、審神者自身が恥じ入るような事態という事だ。たしたしと肉球で床を叩く。審神者は膝を抱えながら、窓から注ぐ光で溶けていく霜を無視して話しはじめる。さも恥ずかしそうな様子で。

「うん、あのさ。ぶっちゃけ最近俺のちんこが全然勃起しない上に特定の刀剣にも同様の症状を呈してるんだけど、これって十中八九俺のせいだよね」

「いきなりちんことかいわないでください。っていうか特定の刀剣ってぶっちゃけ貴男なら御手杵殿でしょう。ちんことはいえる癖に相手に関しては変にぼやかさないでください。……両者共に性欲を全く覚えない、そういう事で宜しいですか」

 こんのすけの物言いに口籠もりながらも、審神者は肯く。今度ばかりは、少々真剣さが増していた。溶けた霜が顔にかかっていたが。審神者は膝を降ろすと、あぐらを掻いてぽつりぽつりと説明をしだす。

 本当は、加州にいわれる前から気付いていた事だ。ただ、「そこまで」深刻だと思っていなかった事実を。

「ヒトでないものと交わると、性欲を奪われるっていうよね。多分、それに相当する事態なんだと思う。……はじめは、自分が御手杵が好きすぎて『そういう』夢を見はじめたんだと思ってたんだよ」

 それは、御手杵への気持ちを自覚しだした頃に見はじめた夢。端的にいえば、御手杵と同衾する夢だ。既に四十八手からの裏四十八手もやり尽くした。最近ではシチュエーションもバラエティが増えてきている。そして決まって、自分は「女側」なのだ。こんのすけは「それは仮にも御手杵殿が神で、貴男が巫覡の血筋でもあるからでしょうね。神の花嫁の血筋ですから」と冷静に答える。それに複雑そうに目を顰めながらも、審神者は続けた。

(あれ、でも俺、こんな夢を見るのに全然夢精とかしないや。前はこっちに来てからも結構していたのに)

 それに気付いたのは、そんな夢を見ても何とか御手杵と挨拶は出来るようになった頃。洗濯の際、気まずそうに別の服の洗い場を尋ねてきた新入りの刀剣男士にこっそりと自身の私室の浴室を貸してやりながらも、ふと気付いたのだ。仮初めとはいえ、ヒトの身体を与えられている刀剣男士でさえ夢精する。しかし、思春期真っ盛りで、自他共に認める性欲旺盛。だが、このところ自らの体液といえば鼻水や涎、排泄物程度を不可抗力で見る程度だった。この年でEDか、と焦ったのもその頃だ。自身の気に入りの、何とはいわないが雑誌や本や動画。御手杵に似た俳優が出演しているゲイビデオまで入手した――が、それでも、審神者の息子は立ち上がる事はなかった。

 本気で医者にかかろうか……いや、こういうところじゃこっちの方が便利かも、などと内心で思い悩み続けていた時期の事だ。それ以前から、刀剣男士の士気向上の為に時に向かわせていた「花街」遠征。何度も行かせていた中で、同田貫が何かの拍子にいったのだ。「そういえば、御手杵の奴はモテるらしいぞ」。勿論、まともな恋心を抱いている身としては、わかっていても堪ったものではない。硬直した審神者に気付いたらしく、彼は慌てて続けた。

「モテるっていうのは、『楽が出来る』って意味だって。加州がいってたぞ。『お喋りしかしないタイプのお客さん』だって、他の女がいってたって」

「……御手杵、性欲はどこに置いてきたの。お前は頻繁にあっくんとヤってる癖に」

「うるせぇ、でけぇ声でいうな。……あいつもない訳じゃないと思うんだよ。本当に最初の頃は、春画とか青江に見せて貰ってたし。でも最近じゃそういうのも読まないみたいでよ」

「仮にも男、と設定づけられてるんだから、前線に立ってるお前らが性欲を覚えない訳がないよねえ……」

「俺もそれがマジで疑問でよ」

 などと話していた最中に、当の厚がやって来たので話は中断になった。しかし、審神者はある考えが浮かんでいたのだ。

 ここの御手杵は、浮いた話がない。というよりも、話が浮く前に全て審神者が叩き潰しているからだ。花街遠征も、体の欲求だけでも晴らさせてやりたいという妥協だった。だが、その妥協案どころか、そもそも性欲を覚えていないというのは意外だった。

 士気に関わる以上、刀剣男士達の関係は把握している。そして、それは、この当時。同じ状況下にあったのは審神者と御手杵だけだった。特定の相手がおらず、性欲が起きていない――そこでやっと思い出したのが、自身が審神者という神と対話する者であり、巫覡の血筋でもあるという事だ。こんのすけは肯く。

「それはそうでしょう。貴男、御手杵殿の恋愛フラグは全て叩き折る程の御手杵殿への執着ぶりではありませんか。神職の血筋の者がそれだけ強い想念を神に抱いていたら、そりゃ神は応えちゃいますよ。それがたとえ、本人が無自覚でも。相手が悪かったですね、彼は武器の『神』として今ひとつ自信に欠けている方です。毎晩のように夢でつながって若い貴男の相手を飽きる程抱いているのに、自信がないから覚えてない。でもお互いに精力を与え合って奪い合っている。加州殿は『最近は寧ろ御手杵の調子は良さそう』と仰有っていましたね。実際、彼が誉を取る率は格段に上がっています。……夢とはいえ、体の良い生贄が目の前に『食べて!』って寄ってくるんですから、そりゃ神の本能で食べちゃうでしょうよ。精力も増すでしょうよ」

「あの、こんのすけ。こんのすけさん。もうちょい控え目に」

「どう言いつくろっても貴男が心底御手杵殿に懸想しているし刀剣としての強さを求めている彼が好きだからとヒトとしての想いを告げない貴男の事も知っているから控えるもへったくれもありません」

「……あー、で。その、御手杵の体の方に、影響が出ちゃったみたいなんだよね。俺の方も、この通りなんだけど」

 こんのすけの遠慮も呵責もないいいように、目線を逸らす。そして、審神者は首元を緩めた。それを、こんのすけは凝視する。

 常よりもかっちりと着込んでいるとは思った。しかし、ここまで首筋に激しい噛み痕をつけるなど。ひとつ2つではなさそうだ。なるほど、夢逢瀬にてしるしをつけられたか――だが、御手杵にもとは。審神者は顔を逸らしながらいう。

「その、何でか知らないけど、御手杵にも爪痕が出来てたんだって。つけた覚え、あるんだよ。昨日の戦、激しかったからさあ……滅茶苦茶にされたし噛まれたし、こっちも獣を相手にしてるみたいで。滅茶苦茶に爪痕つけて抵抗した覚えがあるんだよ。そしたら、清光が……」

「御手杵殿も覚えがないのに爪痕がついていた、と。……あなた方、もうだいぶ深いところまで繋がってしまっていますよ。御手杵殿はここまできても無自覚でしょうが」

「へっ」

 首を傾げる審神者。顔色を忙しくさせる彼に、こんのすけは深い深い溜息を吐いた。

 厄介な事になっている。真名を知られるより、普通に恋仲になるよりも。これはこれから拗らせるだろう。こんのすけは告げた。

「つまり、あなた方は既に深い縁が出来てしまっています。それだけ、あなた方が同調してしまっているのですよ。特に貴男の思いが強すぎて、御手杵殿を引っ張り込んでいます。仮にも神をここまで引っ張り込むとは……」

「えっ」

「古来より、ヒトが神を呼ぶものでしょう。そして貴男は男性で、一夜妻として種を貰う事も出来ないから関係は永続する。つまり、そういう事です。……もう現実に既成事実を作ってきてください。その方があなた方には話が早いですよ」

 一転、審神者は青ざめる。

「じょ、冗談でしょ」

「冗談もクソもありますか。そこまで縁が繋がってちゃあ政府にも切れませんよ。どっちかが死ぬか壊れるかしかしないと」

「御手杵が壊れるのは絶対やだ」

「なら、この半端に強すぎる縁がどれだけ危険か、わかるでしょう」

「……」

 こんのすけの物言いが段々ぞんざいになってきていた気がしたが、審神者にはそれどころではない。頭を抱える。御手杵の顔を思い浮かべた。知っていた。わかっていた。既に性欲は奪われ尽くしている。そして同時に自身も彼のそれを奪っているのだ。奪った証は彼の背中に残った爪の跡。そこまで深くなっていた縁。自身を、全く無自覚に受け入れてしまっている彼。危険だった。もし今自身に何かあれば、御手杵は対処のしようもないだろう。せめてわかっていれば。

 だが、意気地が出ない。ここまで既成事実を作ってしまっているというのに。

「……とりあえず、口実はあるでしょう。背中の謎の傷の件についてです」

 こんのすけが諦めたように溜息を吐く。ヒントをくれた。顔を上げると、こんのすけは後ろ足で耳を掻いていた。

「それについて、お茶でも菓子でも出して私室に呼び出したらいいんですよ。話しぐらい、出来るでしょう」

「………………頑張る」

「頑張ってください。何なら『性交渉しないと出られない部屋』も用意しますよ」

「マジで出来るのあれ」

「やろうと思えば」

「政府すげー」

 棒読みだが、審神者は上げた顔を少しだけ和らげた。それに内心で嘆息するこんのすけ。

 本質的に自信がない、というのはこの審神者もまたそうなのだろう。傷付いて立ち直れる自信がない。そして、それ程までに御手杵を想っている。そもそも、彼は10代の若者なのだ。まだまだ、学校で恋愛ごっこに興じている頃だろうに。なぜ現代の若者が神との色事のやり取りをせねばならないのか。彼が心から愛している相手らしいからこんのすけは実のところ安心しているが、彼は不憫に思っていたのだ。悪戯をして、好きなように振る舞いたい、大人の関心を惹きたい年頃の、まだ子供の審神者を。

 子供といえば、と、こんのすけは振り返った。開きっぱなしの書架の扉。向こうには湯飲みだけが置かれていた。そういえば茶菓子は今日はないのか。それを尋ねると、「清光が厨に忘れたからあとで持ってきてくれるっていってた」という返答が来た。今日のおやつは大きなまんじゅうらしい。

 

 加州が声を上げたのは、この日何度目の事か。

「あっ、御手杵! それ主の!」

「えっ、マジか」

 大皿いっぱいに広がった饅頭。それを持ち上げ、かぶりついた。途端、厨に入ってきた加州に抗議される。咄嗟に口を離したが、既に歯形がついていた。そのままずかずかと入ってくる加州は、皿と饅頭をふんだくる。僅かな噛み痕が残っており、全体的な規格の大きさの為に口も大きい御手杵相応のものだった。背の高い御手杵が頭を掻いて謝るのを睨め付けると、「これ主が楽しみにしてたんだからね」と皿を差し出す。持っていけ、という事らしい。腰に手を添える加州は、赤い眼をどこか企む風に光らせながらも、御手杵を睨み付けていった。

「主は今日はもう私室にいるから。ついでにお茶のお代わりも持っていってあげて」

「あー、俺にぶっかけたやつのお代わりのお代わりか」

「あれは悪かったから! ……御手杵、そういえば傷はもう直ったの」

「おぉ」

 盆に乗せられた饅頭と新たな湯飲み。それを手にしながらも、片手で背中を示した。

「戦の時に比べれば大した傷じゃなかったからな。しっかし、夜中に猫でも入り込んでんのかな」

「五虎退の虎にしちゃ爪痕が違ったしね。でもあんだけ引っかかれたらお前も痛かったんじゃないの、寝てる時」

「いやーそれがさっぱり覚えてなくて」

 はた、と頭を掻きながら思い出す。饅頭を見下ろした。

 見た目に反して大食漢の審神者のおやつらしい、大きな饅頭。その噛み痕には、奇妙な既視感があった。

 ――噛みついた気がする。夜、戦の熱が寝入ってから昂ぶり、目の前の少年の首に堪らず噛みついた。背中に火が走る。少年が爪を立てて抵抗した。しかし、逃す気はなかった。

 自分をこうも求める人間に、付喪神がなぜ拒絶をするか。「喪われたものに付く神」だというのに。武器として、神として。純粋に求めてくる人間を――

「御手杵、どうしたの」

 見上げられ、目を瞬く。盆を片手に周りを見遣った。周りは明るい。今は昼、厨だ。頭を振る。

「……あー、んにゃ。白昼夢かな」

「寝ぼけてさっきの俺みたいにこぼすなよー」

「わかってるよ」

 笑いながら厨から出る。審神者の私室は少し遠い。足下に気を付けて、御手杵は歩き出す。不意に気になったのは、扉を開けてくれた加州の手だ。

 審神者の手の大きさは、どれぐらいだっただろう。丁度、あの爪の跡ぐらいではなかっただろうか。

(……何でこんな事を思いついたんだ)

 首を傾げながらも、てほてほと縁側を歩く。

 

 審神者を押し倒して襟を剥き、首筋の噛み痕に自身の顎を重ねる、数十分前の事だ。

 

 

審神者やってるけど最近俺の息子が立ち上がらない

 

 

 

 

 

 

 

→Next stage...

 

 

 なぜ、否定するのか。

 

「ごめんねえ、好きになっちゃって。武器として純粋に戦いを求めるお前が好きなんだよ。だから、ごめんね」

「何でだよ」

 涙をこぼしたままの審神者に、御手杵は口元を引き締める。彼の内心にあったのは、怒りに近い執着心のはじまり。

「何で俺を肯定してくれるあんた自身がその気持ちを否定するんだよ。そのまま、ずっと俺を好きでいるのは出来ないのか」

 

 好きなのは本当で。武器として高みを目指す姿が好きで。でも、自分が関わる事でそれが鈍ったら、許せない。だってそれでも屹度、御手杵が好きだから。

 

 ただの良い主だと、思っていた。意外に立ち回りがうまく、そして下手くそなのだと知った。

 自分がこれ程までに、武器として、付喪神として、そして「今の自分」を求められる日が来ると思わなかった。

 

 腹をおさえて、笑う。それがせめての強がりだった。血で滑る槍を握り直す。

「だから、せめてお前らの仲間にはならないぞ、『ここの部隊の俺』は。突く事しか出来ない、俺はそんな俺である事を貫いてきた。そしてそれを肯定してくれた主がいるから、裏切る訳にはいかないんだよ。悪いな、『長柄槍』。俺はお前にはならない」

 可能性の自分が慟哭する。擦れ違い、穂で貫いた。

 

 

「なんだかうちの御手杵と違うね、兄ちゃんのところのは」

「具体的に?」

「なんか、ちょっと、自信が強そう」

 弟の言葉に、彼は微笑んだ。

「それなら、嬉しいな」

「えぇ。ですから貴男のところの御手杵殿は『リセット』する必要があります」

 刹那、弟が抱いていたこんのすけが狐の面を被った老爺に変ずる。悲鳴を、上げる間もなかった。

 

 

 

 

 

「歴史を否定して攻撃してくるのが歴史修正主義者。過去に関わるもんはすべて排除するのが検非違使。……でも、『これから』の俺達が変わったって、それは歴史の改変にはつながらないだろう。なぜ、それまで否定する。俺は、今の俺でありたい」

「『都合』が悪いのですよ、天下三名層の御手杵殿。あなた方には、常に『平均』でいて貰わなければ。『これから』の歴史が、変わってしまうでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな風に続いたらいいな

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