pixivより転載
フォン、と画像が宙に浮く。
立体のそれに示されたのは、日本史でも有名な布陣図だ。それも形成が乱れた頃の――
「見ての通り、そして皆も知っての通り、この戦は雨が上がると同時にはじまり、雨が止んだ頃に終わった。その中を、300人から80人に減るまで戦って『前進して』逃げのびた軍がいた……」
審神者の低い語り口に、一同は布陣図を眺める。それはゆっくりと動き、敵陣のど真ん中を駆け抜けていく。
彼の有名な「島津の退き口」である。
「今回考えておきたいのが、この島津義弘を無事に帰させる方法だ」
パン、と審神者が手を打つと布陣図は消えた。
代わりに浮かんだのは、関が原から薩摩への地図である。
「関が原から薩摩へ逃れるのに、島津軍は随分苦労したという。今のところ大きな動きはないそうだけど、落ち武者狩りに乗じて歴史遡行軍が義弘の命を刈りに行く可能性が高い。特に天候が悪いときに乗じて襲われるだろう。――雲次、この島津軍の行き先の天候はどう?」
突然話をふられた雲次は、しばし悩んでいたようだったが――彼は答えた。
「雨。――ただ、先行きは晴れだね。誰が望もうと望むまいと」
「そうか。仮にこの戦場に行くことがあったら、部隊は雨でも使える投石兵と弓兵を持っていくこと。また落ち武者狩りに紛れていくことから、民衆にも危害を加える可能性がある。そちらにも留意しておくこと。以上、何か質問は?」
「はい、主」
雲生は手を上げた。
「何を仰っていたかさっぱりわかりません」
「雲次、あとで説明してあげなさい。はい軍議終了ー、各自持ち場に戻って」
「はーい」
「きょうのおやつ、コークスゴヨーをつくってれいぞうこでひやしてあるからひとり3こまでとっていいよ」
「コークス……?」
「ハンガリー語だね。ココナッツボールのこと。あれ火を使わなくていいんだよね。ところで小豆、日本だとビスケットの粉のやつ売ってないよね? 勿論ビスケット使ったんだろうけど、どうやって……?」
「それはもちろん、ふくろにいれて、めんぼうでめったうちに」
「袋破けなかった? フードプロセッサーがあるんだからそれ使いなよ……」
――審神者と小豆らの会話を、雲生はじっと見つめていた。
「……」
彼の背中を、雲次が見ていた。
「あぁ、さっきの話だね」
厨から持って来たコークスゴヨーを雲類の私室で突いていた雲次は言う。飲み物は紅茶だ。残念ながら茶葉に拘る余裕は経済的にないのでティーパックである。もし拘りたいのならばポケットマネーを使うことになるだろう。閑話休題。
向かいで同じメニューを食べていた雲生が頷くと、雲次は答える。
「要は雲生がわからないのは、どうせ国に戻ったらすぐ引退して家督を譲って隠居する義弘を助ける意味があるのか、ということでしょ」
「……そうなりますね」
「義弘が薩摩まで生き延びると、それだけで『あれだけの激戦を経てなお生き延びた』という説得力が出る。ひいては島津義久が外交で渡り切り、領土を全部安堵させるという結果を導いた。ただひとりの命が、歴史に計り知れない影響を与えたんだ。データを積み重ねていくと、島津家が幕末まで生き延びたことで幕末に与えた影響は計り知れない。そういうわけで、主はまだ島津義弘暗殺大隊などという敵は今のところ出てないし、正式な出陣戦域にはなっていないけど、いずれ来るだろうと言うことで攻略を会議したわけだよ。わかった?」
「わかりましたが、なぜ私よりあとに来たあなたがそれを理解できるのか……」
「僕はお天気お兄さんだからねぇ。雲生、まだ不慣れ?」
「練度はカンストしましたが……どうにも戦には慣れなくて」
恐縮した様子で縮こまる雲生に、雲次は微笑んだ。
「大丈夫、そのうち慣れるよきっと。それに主は散々やらかしてる君にも軍議に参加させたりしてチャンスくれてるじゃない。学習する隙はあると思うよ」
「すべて事実ですが言われようがひどくないですか」
「事実でしょ」
「ぐう……」
フォークでコークスゴヨーを刺した雲生は、ぐうの音も出ない様子でそれを食べた。最後の1個だ。そして顔を上げる。
雲次は、その彼の様子を幸福そうに眺めていた。頬杖を突きながら。
――それに気付いた途端、雲生は顔を背けてしまう。
「どうしたの?」
「いえ……」
「あ、待って」
紅茶も飲み終えていたのでそのまま立ち上がろうとする雲生を、雲次が引き留めた。
彼の口の端に、雲次の手が触れる。
「ココナッツパウダー、くっついてたよ」
「………………有難うございます」
片手にティーカップ、片手にフォークの乗った小皿があるので何の抵抗もできない。恐らく赤い顔を隠すことも――。
雲次はくすりと笑った。手に付いたココナッツパウダーを舐めてから。
「……かわいい」
「……!」
「あーほら皿とカップ落としちゃうよ。落ち着いて」
そう言いながら障子を開く雲次。どうぞ、と微笑んで縁側への道を示す彼に、雲生はややむっとした。
なので、一旦皿とカップを置き。
橙色が浮き上がる青い目を覗き込み――口付けた。
ぽかんと呆ける彼に、即座に皿とカップを持った雲生は、早々に去った。
置いて行かれた雲次は、唇に手を触れながら少しばかり怒っていた。
「……やられた……!」
その頬の朱は、怒りだけによるものでないことが雲次は自分でもわかっていた。なので顔を洗いに行くことにした。とりあえず彼も皿とカップを片付けてから。
「雲生と雲次がなんとなくくっつきそうっていうのは俺にもわかるのよ」
「うん」
「それがいつになるのかがわからないんだよな~」
了