pixivより転載
審神者のことは、嫌いではないのだ。
それは決して、自分と同じ顔をしているからというわけではない。この本丸で過ごしていて気付いたことだが、まず戦略・戦術が名将と言っていいレベルだ。戦の引き際も弁えている。それに優しい。雲生にラテン語を基礎としてヨーロッパ各言語を教えていると言うぐらいだから、相当優秀なのだろう。この国の歴史だけではなく、それに関連した諸外国の歴史も憶えている。本丸の書庫とは別に、審神者の私室にも蔵書があるので読書家としても相当なものだろう。
ただし術の扱いは苦手。空間支配系の術は特に不得手で、聴けば最古参の審神者だというのに結界の調整はいまだにマニュアル片手だ。先日廃本丸に飛ばされたときも、結界はそうもたなかった。
それをもってしても、彼の将としてのカリスマは揺らがない。たとえ普段は鶴丸とつるんでブービートラップを仕掛けては長谷部などが引っかかって抜刀して追いかけられていても。この10年で誰一振り欠かさなかった信頼と自負がそこにあった。
雲生もそんな彼を主として信頼しているから、雲次も信じてみようかと思っているのだ。
「え? 雲生ってしかめっ面する? 俺の前だといつも笑ってるけど」
――こんなことを言われてしまっては、それも揺らぐが。
このときの雲次は、同室の雲生が朝も早くからしかめっ面していたことについて話していた。執務室で仕事をしていた審神者に3時のおやつを持って来た彼が休憩中の雑談として話したのだが、審神者はそんなことを言ってのけたのだった。
雲次としてはどういう顔をしていいかわからない。そして、そう言えば審神者は恋敵と言って良い相手だったのを思い出したのだった。
――雲次は、雲生が好きだ。恋愛的な意味で。
しかし雲生は審神者を見ている。1度など体を暴きかけたらしい。審神者は御手杵と結婚しているのに。
頭ではわかっている。雲生が悪いのだと。既に結婚している相手に横恋慕しているのだ。審神者は決して悪くない。
だが、黒い気持ちが胸の中でもやもやとして――
そんなとき、審神者は「ああ」と呟いた。
「雲次には素の自分を見せてるんだねえ、雲生は」
「――え?」
「よかったよかった。雲生は抱え込みそうなところありそうだから、素の自分を見せられる奴が来てよかったよ。有難うね、雲次」
そして、審神者は微笑んだ。
そのあと、審神者の執務室を辞したあとのことを、雲次はよく憶えていない。
雲次は、鵜飼派部屋に戻ってきて。そこで語学の勉強をしていた雲生が振り返ったところで、彼を押し倒した。
「ねぇ」
雲次は言った。
「僕、君のことが好きなんだけど。雲生は?」
雲生は雲次を見上げて、迷った末に――答えた。
「……考えさせてください」
「期待していい?」
「…………考えさせてください」
雲生は、雲次から目をそらした。雲次は眉を顰め――その頬に唇を落とした。
「期待してるからね」
ダメ押しして、それから体を退け、部屋を出た。
駆け足で去った雲次は、だから聞こえなかった。
「……答えなど、とうに決まっています」
雲生が、押し倒された姿勢のまま、唇の触れた頬を愛おしげに撫でながら呟いたことを。
了