pixivより転載
年末年始恒例の連隊戦である。
審神者は第1部隊に極短刀及び七星剣を編成し、第2部隊に江雪を一振りのみ編成して演習場に送り出した。七星剣は最早いつも通り、と諦観の面持ちで出陣した。
それから数日。今回のノルマは最終的に40万個と高い。尤も、自動周回と言う便利な機能ができたので、審神者の負担は低い。偶に「七星剣が重疲労やぞ」「まだ続ける?」などと訊かれること以外はよそ事をしていた。
なので、第1部隊が安宅切を連れて来たときも、審神者は政府の仕事に頭を悩ませていたので心底驚いたのだ。
「わっ!?」
「わっ、はないでしょう。人、いや刀の顔を見て」
「ごめん完全よそ事してたから……えーと、君が安宅切だね?」
執務室の前に連れて来られた青年。彼の周りには桜が舞っている極短刀たちと疲弊しきった七星剣がいた。あとで一口団子を食べさせようと思いつつ、審神者は右手を差し出した。
「これから宜しく」
「……これはこれは」
そう言いながらも、安宅切は右手の手袋を脱ぐ。そして握手してきた。
それに、審神者の方こそが赤い眼を瞬いた。安宅切は不審そうにする。
「なにか?」
「いや、拵は一緒でも中身はやっぱり長谷部とは違うんだなーって」
「へし切様がどうかしたのです」
前髪越しの眼で尋ねて来る安宅切に、審神者は手を握ったまま笑って答えた。
「あいつさあ、最初に顕現したとき……もう10年前か。俺、最初から刀剣男士には握手を求める方針なんだけどね。あいつ、手袋を脱ぐそぶりすら見せなかったんだよね! あー警戒心強い奴かーってなったな。今はすっかり慣れてくれたけど」
「……うちの御刀様が無礼を」
恐縮して手を離そうとする安宅切に、審神者は握る力を強くした。
「当然の反応だよ。勿論、君の礼儀正しさも正しい。いろいろ手を尽くすのは審神者の義務だからね」
「……これから、どうぞよろしくお願いします」
「主、安宅切さんは任せたから周回に戻っていい?」
「待て……俺の体力が回復していない……」
「はい七星剣、一口団子」
「もういやだ……! 団子はいやだ……!!」
さて、事件はその日の昼時に起きる。
大広間の前を通り過ぎながら、日光と安宅切は会話していた。
「──以上が、この本丸の内部構造の概要だ。図面でこの本丸を確認したければ主のところに行くといい」
「有難う、日光」
「昼餉時だな。箸の使い方を教える」
「苦労をかけるな」
「黒田のよしみだ。まずは食事を取りに厨へ──」
──疾風が過ぎる。
日光と安宅切の前を過ぎ去り、大広間になだれ込んだ影があった。
安宅切はすわ敵襲か、と思って咄嗟に杖を出したが、日光は落ち着いていた。
「大丈夫だ安宅切」
向こうでは、昼食を摂っていた審神者がいた。
踊りかかった襲撃者──長谷部の刀を箸で受け止めていた。
「日常だ」
「これが?」
安宅切は思わず素で言った。
その間にも、広間の者たちは動揺した様子もなく、「謀反を起こしているへし切長谷部」と「その切っ先を食事中の箸で受け止めている審神者」という構図を妨害する様子もない。「あー清光呼べ清光」とやる気のない声がするのみだ。あとは談笑。
よく見ると、その長谷部の後頭部にはコブができていた。ぎりぎりと全力で刀を向けているようなのだが、審神者は平然と箸で受け止め続けている。みそ汁を啜った。
「どうしたの長谷部。なんかあった」
「俺の私室の前の濡れ縁に水をまいたのはあなたか鶴丸のどちらですか……!」
「あ、共同作業。その様子だとうまいこと凍ったみたいだね。いや~スケートリンク作る動画を参考にした甲斐があったよ」
「スケートリンクを作るなら庭にしてください! 池があるでしょう!! 今日という今日は貴様をこのへし切長谷部の錆にしてくれる……!」
「ガチギレじゃないか」
安宅切が思わずつぶやく。黒田にいた頃の長谷部はさすが織田の刀だったというべきか、鷹揚で懐深いところがあった。しかし、今の彼はその寛容さなど吹き飛んでいた。否、長谷部の言葉を聞くに審神者と鶴丸とやらの奇行は今にはじまった話ではないようだが。
不意に、審神者が「あ」と呟いて視線を逸らす。長谷部はそれにつられて視線を逸らした。
その隙を突き、どうしたものか、長谷部から箸のみで本体を奪った。部屋の中を弧を描いて、長谷部の本体が畳の上にすとんと置かれる。それは安宅切の目には妙義の極致に映った。
一方、本体を奪われた長谷部は、さらなる実力行使に出た。審神者の首を絞めにかかったようだ。
「あーはいはい、落ち着いて長谷部」
それを羽交い絞めにしたのは、長い黒髪を括った青年だった。そう言えば彼がここの初期刀兼近侍と聞いていた。確か加州清光と言ったはずだ。身長差は長谷部と10㎝以上ありそうだが、難なく彼を引き摺って行っている。大広間を引き摺られて出て行った加州は、「とりあえずたん瘤冷やそうか。主と鶴丸にはあとでお前に謝らせるから」と言っていた。「おのれ~」という長谷部の声が遠くなっていく。
一部始終を思わず見つめてしまっていた安宅切。日光は言った。
「食事を取りに行くぞ」
「あぁ、うん……」
そんな光景を見たあとに、箸の使い方を教わってなんとか昼餉は終えた。それはいい。
問題は、今現在、頭にでかいコブをこさえた審神者が長谷部と面突き合わせて会議をしていることだった。
「A本丸の件は●●さんのところで解決したんだっけ」
「えぇ。我々はそのA本丸の審神者が悪の道に誘い込んだB本丸の摘発をすることになるとこんのすけが」
「あ~それだとまた刀剣が何も知らんパターンだな……B本丸って刀剣どれぐらいいるの?」
「始動して1年ほどですので大した数ではない、と」
「それ本当? ちゃんとした刀剣数のソース示してもらわないとこちらも迂闊に戦力出せないよ。その辺突いて」
「は、仰せのままに。それはそれとして──安宅切、どうした?」
「あ、いや、その」
審神者の側仕えとして働こうと、まずは茶を淹れて運ぶところからはじめた安宅切だった。それが2人分だったので首を傾げたが、示された行き先が会議室だったので一応の納得はしたのだ。ただ、相手は初期刀かと思ったのに、まさかの長谷部だ。つい先ほど審神者に斬りかかっていた刀である。そう思いつつも、「お茶をお持ちしました」と言う。審神者は周囲に展開したホロモニターを叩きつつ、「ありがと~」と軽く礼を述べた。長谷部の手から湯呑をリレーされ啜る。
「これ歌仙が淹れたお茶?」
「いえ、私が」
「ほぉ、安宅切。歌仙並みの茶の淹れ方をするとは」
審神者の言に安宅切が素直に答えると、長谷部がどうやら遠回しに褒めてくれたようだった。歌仙とやらとはまだ面識がないが、どうやら茶の湯の心得がある刀のようだ。
それに頭を下げてから、厨に戻った。
丁度そこに、燕子花色の髪をした男士がいた。自己紹介すると、彼がその「歌仙」という刀だと知った。
「あなたに茶の味が似ている、と褒められました」
「おやおや。彼らは嘘が吐けないな」
得意げにする歌仙は、それから安宅切を見た。
「そう言えば君は新入りだったね。安宅切、だったかな?」
「はい。普段使いの刀です」
「ふふ、そうか。長谷部の拵の本歌とは聞いていたけど……昼にあったことは聞いたよ。そのあとであの2人が面突き合わせて会議をしてるところをみて混乱している、というところかな?」
「……千里眼ですか」
「そんな便利なものを持っているのは政府の特務エスパーとかだろうね」
そう答えてから、歌仙は言う。
「長谷部はね、今の主の元で切り替えを巧みにするようになったんだ」
「切り替え?」
「そう。どんなに直前まで、それほど謀反レベルで腹を立てていても、仕事の話になったら冷静さを取り戻してすぐさま対応する。それが彼の忠義」
「……」
「おや、黒田の馴染みの君にも理解できないようだね。まぁ、要は彼らの遊びのようなものだ。長谷部はいつでも本気だがね」
「……ウチの御刀様は弄ばれている、と?」
「それを言うには、長谷部の本気の殺意も受け止めてるから主を許してやって欲しいな。今日の昼の騒ぎのときだって、『箸で触った部分手入れしてくる』って長谷部の本体を手入れ部屋に持って行ってたし」
「……」
「正三位」
夜、他の者に指導されながらどうにか入浴を終えた安宅切は、風呂上がりにワンカップ焼酎を呷っている日本号に話しかけた。
「なんだ普段使い」
「……ここの御刀様は、幸せなのか……?」
それが、ごく真剣な問いかけだと、日本号は看取した。だから、彼は真剣に答えた。
「幸せだとは思うぜ。なんせ主にあそこまでこき使われているのはここぐらいだろ。政府の案件専門の近侍だしな。……これで満足か?」
安宅切は、眉間を顰めながら、不承不承に頷いた。そして宛がわれた部屋へと去っていく背中を見送った日本号は呟いた。
「まったく、心配性だな」
その後、しばらく審神者か長谷部の傍に貼りついて離れない安宅切の姿があったという。
了