pixivより転載
小豆長光だけが知っている。審神者のその行いを。
かぼちゃ大作戦である。大量の南瓜が食糧庫に運ばれて行くのを、小豆は見ていた。本日分のノルマは終えたが、既に南瓜の数は4万を超えた。最終的に30万までいく。パチンコ玉の計算機のように南瓜の数は本丸と政府に記録されているので、残りの南瓜の扱いに関しては「政府に提出してもいいし消費してもいい」というものだ。政府も適当なものである。このかぼちゃ大作戦が実施されるようになってから、この時期は政府公式のレシピサイトの南瓜のレシピが充実する。食事に使うなり、菓子に使うなり。なおジャック・オー・ランタン作りもされるので、短刀男士への知育に使われる。無論大きい男士が加わることもある。簡単に言って、かぼちゃ大作戦はお祭りだった。
お祭りでないのは、審神者だ。
……欠品の刀装の確認。出ずっぱりの刀剣男士の疲労管理。その他日常の業務も重なっている。審神者は、執務室の卓袱台に浮かべたホロモニターに向かってホロキーボードを叩いていた。しかし、ふと目を伏せ、眉間を揉む。険しい眉間の皺。開いた目は充血している。彼が首を左右に振ると、ボキィ、ボキィと痛ましい音がした。そして、深いため息をひとつ。
審神者は席を立った。そして片隅にある小型冷蔵庫を開くと、目薬を取り出した。クール度最強の目薬である。薬剤を目で受け止めた審神者は、それを冷蔵庫に戻してからゆっくりと立ち上がる。急に立ち上がると眩暈を起こすからだ。思い切り背筋を伸ばし、腕を伸ばし、さらに関節の音を立てる。
「……ふう」
審神者は、ふらりと執務室を出た。目指すは小豆の居場所だ。恐らく部屋だろう。
案の定、小豆は部屋にいた。今日は非番だから、新しい菓子のレシピを調べているだろうと思ってのことだ。そんな彼に、審神者は尋ねる。
「小豆」
「おや、どうしたんだい、主」
小豆にしては珍しく、座布団を下敷きにして寛いでいた。このところ彼も南瓜を使ったレシピを作り倒していたから疲れたのだろう。なんなら畑で採れた薩摩芋が、食糧庫で追熟を待っている。恐らくそれも菓子作りに回されるに違いない。小豆がそのレシピを脳内ではじき出していると、審神者は言う。
「冷凍パイシートとか小麦粉とかバターとか使っていい?」
「かまわないけど、つかったぶんはなるべくせいかくにかいだしめもにかきだしてほしいな」
「わかってるよ。それじゃ邪魔したね」
この時点で審神者が何をする気だったか把握した小豆は、3時間ほど後に厨へと行った。
まだ夕餉を準備するにも早い時間。厨には既に審神者の姿がない。しかし、名残はある。
南瓜の焼けた匂いとバターと砂糖の甘い香りが、厨に満ちていた。
並べられているのは、南瓜のクッキー、南瓜のミニパイ、南瓜のスコーン、南瓜のパウンドケーキ、南瓜のプリン……他様々な南瓜の菓子が所狭しと並べられていた。パイとクッキーやスコーンはクーラーに乗せられている。よくこれらをたった3時間で作れたものだと小豆は半ば呆れる。いつもに比べて今回は量が多かった。これなら少なくとも短刀男士が食いはぐれることはなさそうだった。
──審神者のスイーツテロ。それは彼のストレスが高じると突如として発生するイベントであり、彼の気が済むまでお菓子を作り続ける。そのときに畑で季節の収穫物があれば軒並みその菓子作りの犠牲となる。野菜クッキーやニンジンケーキも作るからだ。
なぜ審神者がそのような奇行を行うかは、小豆は知らない。ただ「甘味担当」と認識されているのはわかる。何せ毎回食糧庫の材料の量を尋ねられるからだ。今回のストレスも、これで発散できていればよいのだが──そう思いながら、クッキーを1枚手に取った。まだほんのり温かい。きれいな南瓜の黄色に染まったそれを口にすると、素朴な甘さがじんわりと歯に沁みた。
さて、この甘い匂いを嗅ぎつけないわけがない。包丁が真っ先に駆け付けて来て、「小豆! お前作ったのか!?」と目を輝かせて手を伸ばそうとするものだから、小豆は「まずてをあらってからだぞ」と蛇口へと手を向けさせるのだった。
審神者は気にしない。自分の作った甘味が、小豆の手柄になっていても。
審神者にとって手慰みなのだ。精々が自分が作った甘味を少しだけ回収して行って執務室で堪能するぐらいである。
そんな審神者を、小豆は「かわいらしいひとだなぁ」と思う。恋愛感情ではなく、純粋にそう思うのだった。
「小豆ー! このミニパイめっちゃ美味しい! サクサクしてる!」
「それはよかった」
了