※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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男審神者と御手杵の関係※児童虐待をにおわす描写 審神者と刀剣男士と、マザーグースの話。
▼「Who is this?【男審神者+御手杵】」(novel/5017835)の続きです。そしてまだ続くんです。多分次あたりで決着つきます。
作中で審神者が御手杵に対していっている「好き」っていうのは親愛とか友愛とかそういうの。


What are ■■ ■■■■■■ made of?

What are little boys made of?

What are little boys made of?

Frogs and snails

And puppy-dogs'tails,

That's what little boys are made of.

 

「まーた本なんか読んでんのか」

 その扉が開かれた時、自身はその装丁本から顔を上げた。掛け布団の上、渡されたテーブルで開いた本。左腕には点滴が繋がっている。23世紀までの医学の発達により、医療用の針は粒子のように細かいものとなり、見た目は管の先にぶら下がったシールだった。それを左肘の内側に繋げた自身は、バットを片手に歩いてくる彼に微笑んだ。ここに来て、自身に良くしてくれるひとりだ。今もまた、野球に誘いに来てくれたのだろう。ここの他の子供達の姿を脳裏に浮かべながら、自身は「マザーグースだよ」と本を見せた。椅子に腰掛けた彼は、点滴の残りの量を見て座して待つ事にしたらしい。「マザーグースって英国の歌だっけ、物語だっけ」と首を傾げる。そうしてみると、年相応に見えた。普段はここの中でも兄のように振る舞っている彼は、年嵩に見えた。既に変声を経ている為もあるだろう。しかし実際は幼い事は、ここの施設の名からよくわかっていた。

「そう、米国なんかでも作られたりしたらしいけどね。起源は英国らしいよ。たくさんある童謡群。ナーサリーライムともいうね。皮肉がこめられてたりぞっとするような意味があったりして面白いよ」

「お前、本当そういうの趣味悪いよなー。子供が読むもんじゃねーよ」

「残念ながら、これは子供が歌う歌なんだよねー。怖い怖い」

「んで、お前の読んでんのは……英語かよ」

「勉強も兼ねてね。あんたもここを出たら学校に復帰するんでしょ、ついでにこれで英語の勉強しようか」

「うぇ~……」

 いいながらも、彼は椅子を寄せた。内容に興味はあるし、暇らしい。それに微笑みながら、自身は本を示した。

「"What are little boys made of?"っていう童謡だよ」

「あー……少年達は何で出来ている、か」

「大体合ってる。口語訳すると『男の子って何で出来ているの』ってところかな」

 いって、歌うように訳する。

 

What are little boys made of?

(男の子って何で出来ているの)

What are little boys made of?

(男の子って何で出来ているの)

Frogs and snails And puppy-dogs'tails,

(蛙に、カタツムリに、子犬の尻尾)

That's what little boys are made of.

(そんなもので出来ているよ)

 

What are little girls made of?

(女の子って何で出来ているの)

What are little girls made of?

(女の子って何で出来ているの)

Suger and spice And all that's nice,

(お砂糖と 香辛料と 素敵な何もかも)

That's What little girls are made of.

(そんなもので出来ているよ)

 

「……女尊男卑じゃね」

「はは、まあ昔から女王を認める国だったからね。そうでなくとも海外の女性は強いから」

 ややつまらなそうに唇を尖らせる、彼に本のページを捲って見せる。内容に相応しい、鉛筆画の挿絵が入っていた。古めかしい服装の少年少女が、虫や砂糖、動物や香辛料、泥と星を纏って笑っている。無邪気な笑顔だ。それを見下ろして、彼は肩を竦めた。

「ま、確かに俺らは甲虫とか悪戯とか大好きだしな」

「そうそう、俺なんてこの通り窓辺で大人しく読書をしているようなか弱い少年で」

「この施設の悪戯名参謀が何を抜かすか」

「痛い痛い」

 よよと口元を隠してみれば、頭を鷲掴みにされる。これから身長が大きくなるのだろう、その手はこの施設の子供達の誰よりも大きかった。やや揺さぶられ、吐き気が襲う直前でそれを止められる。ふらふらとする視界の中、点滴はもうすぐなくなりそうだった。そろそろ看護師の誰かが来るだろう。ここの施設は、規模と収容患者の数に反して職員が少ないから既に顔も名前も覚えてしまった。低迷した治安情勢、この国の東京の片隅にある小児特殊医療施設は、いざという時に子供を守る為に堅牢に囲われている。それの維持管理の大変さを思うと、何かと怒鳴る大人達に、自身は同情の念を寄せていた。それもかわいげがないと、後ほどいわれてしまうのだけど。

「でも、俺らは構成物質が違うな。特に、お前がそうだろ」

 ページを繰った自身に、兄と慕う彼は人懐こい笑みを浮かべながら、そんな事をいった。

「『蛙に、カタツムリに、子犬の尻尾。それに、■■■■■。そんなもので出来ているよ』」

「ああ、確かにそうだね」

 部屋に、看護師が入ってくる。足早にやって来た彼女は、彼を退かすと、自身の点滴を取り去った。「■■■■■補給剤」と記されていたのを、ちらりと見た。

 そして、この日はあとは自由だった。

 

 今にして思えば、まだ平和な頃だった。

 

 

 

 

 忌まわしい言葉が、耳に入る。

「"Who killed Cock Robin?"」

 それは執務室。黙々と仕事を推し進めていた時、庭の方から聞こえてきた。思わず顔を上げる。見れば、池の畔。珍しい組み合わせの二振りがいた。青江と秋田だ。彼らは今日は休日だ。そんな彼らは、いつの間に親しくなったのだろう。青江がそれを語り聴かせていた。

「『誰がコマドリ殺したの』、という歌でね。起源は色々いわれているけれど、このフレーズはマザーグースの中でも有名だ。ねえ、主。博識な君なら知っているだろう」

「あれ、主君。お仕事の邪魔をしちゃいましたか」

 先手を取られる。内心で舌打ちした。目線をやれば、色違いの目と揃いの碧眼がこちらを見遣る。仕方ないので、モニターのホログラムを消して庭へと赴いた。「丁度良かったよ、そろそろ休憩を入れようと思っていたんだ」と、沓脱石の下駄に足を突っ込む。庭のほとりで泳ぐ鯉を眺めていたらしい。彼らの傍にしゃがんだ。鮮やかな鯉が、得意げにひれを靡かせ泳いでいる。水上の血腥い童謡など気にもせずに。執務室の縁側から降りた審神者は、丸い目で青江を睨め付ける。彼は何かと情操教育に悪い発言をする事で有名だ。その悪名を楽しんでいる節すらあるので手に負えない、と審神者は考えている。何となく秋田との間に割って入りながら、「で、お前らは何の話をしていたの」と問う。先に口を開いたのは秋田だ。

「マザー・グースの事を教わってたんです。テレビで紹介されてて」

「へえ」

「それで、僕がちょっと知っているよ、という事で、庭の散歩がてら歌ってあげてたんだよ。いけなかったかい」

「……ま、血腥い童謡とはいえ、お前らには今更だろうしね」

 いいながら、秋田を見下ろす。彼はとても戦国時代の気風を背負った主を嘗て持っていた。青江も歴史の長い刀剣である。更に日常的に戦を嗜んでいる今、色事ならともかく、血に纏わる事を厭わせる事は偽善的であるように思えた。なので、自身は離脱を図る事にする。出来れば、あまり聴きたくなかった。だがしかし、秋田の「それで、主君も御存知なんですよね」という声が引き留める。それを否定する事は出来なかった。振り返れば、青江が秋田の後ろでチェシャ猫のように笑っている。それが憎たらしかったが、腹を括った。狩衣の袖で腕を組み、「そうだね」と前置きした。

 幼い頃から読書が趣味で、マザーグースは審神者の趣味に沿うものだった。「悪趣味」は昔からの事だ。今は、忌まわしい記憶として残っているだけだけれど。

「そうだね。……『ソロモン・グランディ』っていうのは、もう青江に聴いたかな」

「いいえ、まだです。それって人の名前ですか」

「架空の人の名前だと思うよ。詳しい事は知らないけれど」

 いって、頭の中の「マザー・グース」と貼り付けられた抽斗を引っ張り出す。埃の侵入を許していたが、それでも辛うじて虫食いは避けられていた。

 そして審神者は、池の畔で諳んじる。

 

Solomon Grundy,Born on Monday,(ソロモン・グランディ、月曜日に生まれた)

Christened on Tuesday,(火曜日に洗礼を受け)

Married on Wednesday,(水曜日に結婚し)

Took ill on Thursday,(木曜日に病気になって)

Worse on Friday,(金曜日に病気が悪くなり)

Died on Saturday,(土曜日に死んだ)

Buried on Sunday:(日曜日に埋葬されて)

This is the end Of Solomon Grundy.(ソロモン・グランティは一巻の終わり)

 

「『ソロモン・グランディ』っていう歌だよ。人の一生を簡略化した歌だね。特に19世紀頃までの欧米は平均寿命が還暦に満たなかったらしいから、よく擬えられた歌だと思うよ」

「なんだか『人生五十年』みたいな感じですね」

「ははは、秋田君も日本の刀だね。それは信長公の言葉だねぇ」

 ブラックジョークに満ちた歌を歌いながら、それでもその場にいたひとりと二口の刀は楽しげに会話する。しかし、その場にいた唯一の人間の内心が曇っていた。笑いながら、青江が「そういえば」と言い出した言葉を受ける。

「そういえば、ウチの資料庫は社会派から娯楽ものまでとても充実しているのに、マザー・グースもそうだけど海外の絵本はほとんどないね。君の興味の対象じゃなかったのかな」

「あー、ああ、そういえば入れてなかったね。……秋田、読みたいかな」

「はい、面白そうなので是非!」

 両手で拳を作る、秋田は無邪気に求めてくる。それに、脳内で政府への注文票を書き付けながら笑って受けた。

「わかったよ。来月には届くようにするから。海外の絵本コーナーを新設しておくよ」

「有り難う御座います、主君!」

「あ、そうそう秋田君。今日のおやつはババロアだっていっていたよ。そろそろ出来る頃じゃないかな。僕達の分も取ってきて欲しいな」

「はい、喜んで!」

 新しい絵本、というのが余程嬉しかったらしい。秋田はどさくさ紛れの青江の注文に笑顔で答えると、そのまま転げんばかりに厨の方へと駆け出した。

 敢えて止めなかった審神者は、「それで」と腕を組んだまま、改めて睨め付ける。自身の年齢は脇差男士達と同じ頃、といわれる。青江がその平均を上げていた。自身より10cm程高い位置にある色違いの目を見遣った。

「わざわざ執務室の前で、意味深な話をしてたけど。俺に何か用」

「ははは、さすがにわかるか。マザー・グースも他にもっと平和な歌があったから、そちらを紹介してもよかったんだけどね」

 どうやら「テレビでマザー・グースを紹介していた」というのは本当だったらしい。しかし、それにわざわざ、有名なものとはいえ「誰がコマドリ殺したの」を選択する辺りに、青江の底意を感じる。それに応えて、人が死ぬ歌を返した自身もだけれども。

 青江は簡潔に、それを告げた。

「御手杵君がね。君の事を調べているよ。切欠は三日月さんだけどね」

「……三日月と、御手杵が」

「『青髭』はフランスの詩人の作品だったっけ」

 心臓が、一瞬引っ繰り返る。それを、口を噤む事で堪えた。

 この男も、知っているのだ。この男の物言いは好きではない。こんな風に、嬲るように。けれどこれは屹度自分の言い方にも似ているのだろう――無意識に、心臓の辺りを掴む。それを見ないで、青江は池を見遣る。鯉が水紋を広げていた。

「22世紀末の青髭、センスのない呼び名だ。……被害者にとっては、事件名なんてどうでもいいのだろうけれど」

「……青江は、『青髭』のモデルがヘンリー8世とジル・ド・レのどちらだと思ってる」

 やや俯く、審神者の顔は、尻目に窺った青江からも見えない。代わりに、脳内で、顕現した際にダウンロードされた知識を引っ繰り返す。前者は色恋に纏わる逸話の多いイングランドの国王、後者はかのジャンヌ・ダルクの後援者にして、彼女の死後は大量殺人者として名を残してしまったフランス人だ。残忍な話の多さでは後者だろう。少なくとも100人以上の子供が殺された。そして、審神者は顔を上げる。曖昧な表情をした、幼い少年の顔がそこにあった。

「前者は世継ぎの男児を求めて次々と結婚と離婚を繰り返し、後者は自分の、錬金術という名の欲求の為に子供を殺した。前者は国王という地位に守られ、前者は政敵により追い落とされたともいわれる。でも、『食い物』にする事に、何の違いがあるんだろうね。大義名分さえあれば、どんな事も許されるのかな」

 最後の言葉は口の中でかき消えた。何をいおうとしたのか、青江にはわかるようで、わからなかった。

 この審神者と出会い、それなりの時間が経つ。そして知った事は、彼と自身はどこかとても似た気質で、そしてそれを敏感に悟っているのは向こうの方で、厭っているのも審神者の方だった。それでも悪いように扱わないのがこの審神者だとも、気付いていた。「いい人」なのだ。だから、それが気の毒でならない。彼が嘗て遭遇した事件でも、彼の気質が災いしたのだろうから。

 静けさが、庭を包む。池の畔、鳥が囀っていた。風が吹いて、木々をざわめかせる。そして、青江はいった。

「近いうちに、御手杵君が君の元に来るよ。君、御手杵君の事を避けていたからね。その理由があるんじゃないかと、君の過去を調べようとして、三日月さんに呼び水を示された。……僕はよく知らないけれど、そんなに似ていたのかい」

 誰に、誰が似ていたか。それについては具体的にはいわない。しかし、審神者は自嘲していう。

「顔や、声とか。そういう話じゃないんだ。同類項、収斂性というべきかな。そういう似方なんだよ。ただ、だからこそ俺は御手杵が苦手なんだ。嫌いじゃない、寧ろ好ましいぐらいなのにね」

 それは、青江にもわかる気がした。御手杵は「良い奴」だ。普段は穏やかで、おっとりした、育ちの良い青年だ。だが、戦場に出れば頼り甲斐のある刀剣男士としての本能を見せる。

 それが苦手なのだと、青江は気付いていた。

 

 

 

 

 

 テレビでマザー・グースを紹介されていたせいらしい。どこからか、声が聞こえる。耳から通って、この体に形成された脳が、勝手にそれを日本語訳する。趣味が良いとはいえない歌だ。

 

Lizzie Borden took an axe

(リジー・ボーデンは斧を取り)

And gave her mother forty whacks.

(母さんを40回打った)

And when she saw what she had done

(自分がした結果に気づき)

She gave her father forty-one.

(今度は父さんを41回打った)

 

 自分なら、1回刺せば済む。そんな事を思いながら、一室の卓袱台の前。新聞や雑誌、書物を広げた前で、彼は座り込んでいる。

 御手杵は、自分の手を眺める。握って、開いて。それは既に、馴染んで久しい体だ。ただ、当初は、槍だった頃の自身と、ヒトとしての身体の差異に途惑ったものだ。自身は正直な方だと自覚していた。自分以外にも中々馴染まない者もいたと、最初の頃に、審神者は笑って励ましてくれた。

 あの笑顔を見なくなってどれぐらいだろう。それを懐かしく、そして恋しく思う程度には、今の主を慕っている。その原因が「これ」にあると、教えてくれたのはここの審神者とまるで父子のように過ごしている三日月だ。

『この事件を調べれば、自ずと主の事がわかるだろう』

 そういった旨を告げていった、三日月の言葉も懐かしい。そしてわかったのは、恐らく、ここの審神者が嘗て遭遇しただろう、22世紀末に発生した事件の事だ。

 それが自分達の今の体を構成する物質に関わる事件だというから、罪悪感のようなものはいや増すばかりだ。ひとり、背中を丸め。胡座を掻いた御手杵は呟く。

「……エーテル体技術の進歩も促した、か。俺らの体が『ヒトそのもの』っていわれるのも、この事件のせい……いや、お陰なのか」

 エーテル体。刀剣だった頃は耳慣れないカタカナの言葉。本来は科学の元となった錬金術において架空の物質とされたものは、実在した。現在、御手杵達刀剣男士に、限りなくヒトと相似の体を形成しているものがそれだ。

 5年前の事件。提供された事件資料は、「有事」として政府に技術を徴用された。

 数十人の子供、ひょっとしたらそれ以上の命を奪った。数十人の子供に心身の傷を負わせた事件。端的にいえば、「狂った医者が、患者の子供でエーテル体の運用を人体実験した」。しかし、そのひと言におさまらないものが、今なお裁判を長引かせている一因だという。

 エーテル体の運用は、間違えればその部分が「空」となる。たとえば内臓の1部を形成して、それを移植する。しかし、その際に失敗、その後もある「スイッチ」を切れば、その内臓はこの世からかき消える。エーテル体の運用自体は21世紀後半に発見されて以来され続けていたものの、安定して運用されるようになったのは、この事件を経てからだ。いかにしてリスクを減らすか、コストパフォーマンスを良くするか。

 最初は、国の大規模な小児専門の医療施設として建設された施設だった。当時から治安情勢の不安定だった日本。この為に堅牢に作られた。施設の長は医療とエーテル体技術の研究に関して名を馳せていた初老の医者。数々の名声が、国から予算を引きずり下ろした。子供が専門だったのは、治安の不安なこれからの日本において子供の成人までの生存率を上げる必要があったからだ。まずは成人させる事から。それからでないと、話ははじまらない。そうして、施設は開かれた。

 最初から、「実験所的性質」というのは説明されていた。保護者達は当初は当たり前だと思っていた。まだ安定していない医療技術、それに任せてでも子供の命を繋がせたい。そういった親心で、のちの犠牲者達は柵の中へ放り込まれた。

 そこからの「惨事」は、生き残った子供のひとりの日記が民衆へ知らせた。

 元より少なかった施設の職員。彼らへの福利厚生の薄さも、事件を悪化させた要因だった。狂った方針から子供達を守ろうとした者達もいたという。しかし、彼らもそのうちに度重なる疲労から信念が摩耗していった。最後まで耐えきったものは一桁――そもそもの母数が少なすぎた。虐待に走る職員も出た。このまま実験体にされるならば、と子供を殺す職員もいた。医療施設の名を冠した牢獄。当然監視の目は厳しく、徒党を組んだ子供の中に走狗を入れ、逃亡者の芽は事前に潰されていった。日記には、あらゆる状況下で書いたと想定される筆跡がある。血の跡は日常。最初は身の上や友となった子供達の末路を嘆く文章もあった。だが、救出される直前。それはまるで捜査資料の報告書のように乾燥している感すらあったという。その日記を書いた少年は、状況に順応し、逆らわず、またあるいは生命を絶たれるような非道な目に遭わぬように敢えて自ら媚びを売り、時には子供が遭ってはならない事に自身を捧げ、自分と、次第に数を減らしていく他の患者達を守っていった様子が記されていた。その事すら淡々と記されており、当時の少年の精神状態を懸念する声もあった。

 少年や数少ない職員、他の子供達の連携もあり、「外」への連絡がつながった。数日、数日耐えればこの地獄から逃れられる。その間の日記は喜びに溢れていた。

 だがしかし、日記の最後は悲憤で終わる。

 その日、事件が起きた。施設に最も近い交番に、血だらけの職員が駆け込んだ。近くの医療施設から逃げてきたというその職員は、施設で殺人事件が起きた事を知らせた。

 その日、殺人者と被害者は立場が逆だった。殺したのは収容患者の当時13歳の少年。凶器はメス。被害者は職員。警察官達が、政府公認の医療施設ゆえに普段は近寄る事もなかったそこに駆けつけると、血が飛び散った現場で、メスを片手にした少年が、「あ、お巡りさん」と人懐こく笑った。彼が庇うようにして立っていたのは、10歳程の少年。顔には殴られた痕があり、両腕には、後ほど日記帳と判明する、奇妙な程にぼろぼろな本が抱きしめられていた。血だまりに倒れ伏すのは職員らしき男性。彼は首を正確に掻ききられていた。

 その殺害動機について、何冊もの本が書かれている。それらに目を通して、御手杵は顔をおさえる。

 リジー・ボーデン。斧で母を殺した。自分がしでかした事に気付き、今度は父を殺した。

 米国の記者が脚色して作ったという歌。この歌の怖さは後者だろう。それがわかる程度には、今の御手杵は、「人間」を理解してしまっていた。

 わからない頃の方が、幸福だった。

 だが、そうでなければ審神者の態度の理由もわからなかった。

 膝を突いて、立ち上がる。資料はあとで片付けよう。今は一刻も早く、審神者の元に話をつけに行きたかった。

「そういえば、まだ俺に対する態度について、話して貰ってなかったよな」

 言い訳は、それにして。

 

 

 

 

 

My mother has killed me

 

 

 池に足を浸す。あとで洗い場で足を洗わないと、そう思いながら足を水中でぶらつかせる。時折、鯉にぶつかりそうになって避けた。魚は繊細な生き物だ。それをわかっていたから、地面に手を突き、ぼんやりと空を見上げる。青江が去ったのち、ひとり、庭に残った。休憩をしたかったのは本当だ。ここのところは仕事を詰めていた。以前に三日月に憑依された事件の為に、一定期間の記憶を失い、それを補う為にも仕事をしていた。政府に対しても要求したい事は山程あるし、このところは早く23世紀に戻りたい、とも思っている。郷愁だった。なぜかこの頃は頻繁に弟の笑顔が夢に出る。あの笑顔の為にも、自身は審神者になったのだ。主要の任務を終えれば、予備役に編入されて23世紀に戻れるという。その際には学校にも復帰できる。政府との契約の為、生涯常任の近侍として、特殊なシステムで刀剣男士を置いておかなければならないものの、基本的には自由の身になる。――今も、楽しいし、幸せなのだけれど。日々の任務で傷付く彼らを見る度に、審神者は心配だった。

(戦いが日常、というのは健康的じゃないんだよなあ)

 戦う事がアイデンティティである刀剣男士には、決していえぬ事を心の中で思う。確かに今の日本は治安が悪い。東京都内でも、1部地域では銃弾飛び交う抗争が日常だ。それでもどこの国とも交戦している訳ではないし、他の国々に比べれば、これでもずっと平和なのだ。そして最近は、将来の展望を具体的に描きつつあった。刀剣男士の彼らを見て、これからも続くだろう歴史修正主義者や検非違使、更に発生するだろう勢力を考えて、審神者は勉強をしたかった。

 勉強をして、もっと体を鍛えて、そして将来は政府に入る。出来るだけ、もっと色々な事を良いようにする為に。

 生き残って、書類上に傷の付かなかった自分に出来る事はそういう事だと、彼は思っていた。自身に課せられた義務だと、感じていた。

「おいおい、足に臭いがついちまうぞ」

 ――この声の持ち主に、自身を生かしてくれた彼はよく似ていた。

 振り返り、笑む。普段着と変わらぬ内番着に身を包んだ長身の青年は、困ったように笑って自身を見下ろしていた。「洗うから大丈夫だよ」と笑う自身は、彼を――御手杵を手招きした。大人しくやって来た御手杵は、しゃがむ。そうすると、やっと目線が合った。微笑みを湛えたまま、審神者は隣に並んだ御手杵にいう。

「さっきねえ、青江にいわれたんだ。そのうち、御手杵君が来るよって」

「……」

「で、御手杵。聴きたい事があるんでしょ」

 水中で、足をぶらつかせる。人の話を聞く態度ではなかったが、御手杵は構う様子はない。その鷹揚さに微笑みを深めた。左足が鯉に突かれ、反射で引っ込めた。この足も、もう随分と馴染んだものだ。

「あのさ」

「うん」

「あんたが俺を避けるのは、22世紀末の青髭っていう事件。この事件で、患者の中で唯一殺人を犯した13歳の少年、っていうのに関係があるのか。『証拠』になったっていう日記は、あんたが書いたものなんだろう。この少年の『動機』が気になって仕方ないんだよ。……俺はあんたと仲良くしたいと思ってるんだよ。避けられてる理由ぐらい、聴かせてくれ」

 それから、長い長い沈黙があった。

 実際は、1分も経っていない。魚が泳ぎ、風が吹き、どこかで誰かが笑い、雲がさざめいた。

 そして、審神者が発したのはマザーグースだった。

「『母が私を殺したの』」

「は」

「マザーグースが流行ってるようだからね。こういうのもあるよって話」

 いって、審神者は口ずさむ。

 

My mother has killed me,(母が私を殺したの)

My father is eating me,(父が私を食べちゃったの)

My brothers and sisters sit under the table,(兄弟達はテーブルの下で私の骨を拾い)

Picking up bury them under the cold marble stones(冷たい大理石の下に埋めちゃったの)

 

「本当はね、あの事件まではマザーグースは好きだったんだ。俺の趣味が悪いのは知ってるでしょ」

「……えげつない悪戯はするし、ブラックジョークも言い放つし、政府に対してもそつのない取引するっていうしな」

 何の関係があるのだろう、しかし唐突に「事件」と関連づけられ、相槌を打つ。実際、審神者の趣味は悪い。奇書蒐集が趣味だし、最近こり始めた絵画収集も、大凡あまり理解できないセンスだった。その中で、マザー・グースのような一般的な「ブラックジョーク」に類するものを審神者が引用しないのは、いわれてみれば寧ろ不自然だ。審神者はいう。

「そ。一般的に趣味が悪いのが俺の趣味でね。昔からこうだった。笑って聴いてくれたのは、あの施設の『兄ちゃん』だった。あの人は、『いい人』だったよ。患者の中で年長で、最後まで俺達を弟として守ろうとした」

「……その人って」

「俺は、最初から弱味を握られていた。逆らえば、俺は内臓の1部を失って生命維持が出来なくなった。左足を失ったのは、1度だけ逆らったから。『膝下下肢の再生実験になった』って、寧ろ喜ばれたけどね」

 呼吸に失敗した。噎せこみそうになる。そして、まじまじと審神者の顔を見た。

 自身の身に起きた事を告げられた筈だ。だが、それにしては、あまりに淡々としていた。執着、自身への悲嘆。そういったものが、1部の欠片もなかった。池の中の左足も、揃いの右足と様子は変わらない。それは、自分達刀剣男士の体がヒトそのものであると裏付けるように。御手杵は、ただ目の前の存在が、科学の結晶である事を知った。自分達の存在が確立される前に、その前提となった1部。だがそれに関しては何の興味もなさそうに、審神者は話を続けた。

「『兄ちゃん』は、時に庇って殴られて、蹴られて、同じように体の悪くないところをエーテル体に入れ替えられたりして。それでも、俺達を背中の後ろに置いてくれた。……俺が証拠を残す為に日記を書いているのも知ってたから、それを隠す為もあったかも知れない。俺はね、皆と生きて家に帰ろうって、そう必死になって証拠を残し続けた。何とか外へも連絡を取れた。本当ならね、御手杵。『兄ちゃん』は、職員を殺す必要なんてなかったんだ。

 だって、通報しなくても、その直前には警察に俺達子供からの通報が確実に伝わって、極秘でガサ入れが入る筈だったんだから」

「――」

「あの職員が子供を殴るのはいつもの事だったし、寧ろ殴るだけで済ませてくれる人だった。だから俺が偶々気に障って殴ってきた時も、これももうすぐ終わるし、って思ってた。

 『兄ちゃん』も、それを知ってた。だって1番その人に殴られてたの、兄ちゃんだったんもん。だから、俺が殴られて倒れた時に、ぶつかって廊下に散らばったメス。……それを『兄ちゃん』が手にして職員に斬り掛かった時。本当に、目の前の光景がわからなかったよ。吃驚する程、鮮やかな斬り方だった。俺の脚が切られた時だって、あんなにきれいじゃなかった。今にして思えば、お前ら刀剣男士の技を見ているようだったよ」

 そういって、自らの首を指で切って見せる。思わず首を押さえた。本体の刀さえ無事であれば再生できる身とはいえ、痛いものは痛いのだ。その反応に、審神者は笑みに苦みを混ぜる。苦しそうな、笑みだった。

「……驚いたよ。みんなは騒いでるし、悲鳴を上げてる。俺はただ腰を抜かしてた。他の、殴られずに済んでて無事だった最後のひとりも、その時に泣き喚いて……あの時に生き残っていた奴であれから会えた奴はひとりもいない。『兄ちゃん』もだ。だって、この時は『兄ちゃん』は何もされてなかったんだから。日常的に暴力を振るわれていた状況だったし、14歳以下だったから裁判でも情状酌量を得てどこかで『更生』している筈だけど。多分、『兄ちゃん』は一生社会に出て来られないと思う。『兄ちゃん』の異常性は、元々あったものだって、親御さんが怖がっていってた」

「異常性……」

「『兄ちゃん』は、体の弱いサイコパスだった」

「――」

 母が私を殺したの。父が私を食べちゃったの。

 兄弟達はテーブルの下で私の骨を拾い、冷たい大理石の下に埋めたの。

 この歌の意味は。審神者の話を聞きながら、なぜか気になりだしたのはその事だった。審神者は話を続ける。あれ程御手杵が知りたいと思っていた真実はパンドラの箱だった。「全ての賜物を与えられた女」が、与えられた箱を開いてしまう。最後に残ったものは。

「親御さんが持て余した結果、あの施設で俺達と『兄ちゃん』は会う事になった。あそこはそういうところでもあった。『兄ちゃん』以外にも、親が持て余した子がいたようだよ。

 『兄ちゃん』はサイコパス、って言い方は正確じゃないらしいけど、罪悪感とかが欠如しているのは確かだったみたいだった。今にして思えば、俺達の為に傷付く事を厭わなかったけど、逆に、返り討ちにして傷付ける事も全然厭ってなかった。……気付かないふりをしたかったのかも知れない。動けない体の俺には、都合が良かったからかも知れない。俺は『兄ちゃん』を確かに頼りにしていた。

 でも、俺は、『兄ちゃん』に人殺しをさせるつもりはなかった。子供達の誰にも、自分達の手を汚させるつもりはなかったんだ。なのに、『兄ちゃん』は自らメスを取った」

 淡々と、しかし、心なしか審神者の口調が早まる。見れば、審神者の顔は下を向いていた。そろそろ、池から脚を引き出させないといけないかも知れない。御手杵は早まる仮初めの鼓動を感じながら、話を聞いた。

「俺はね、その事を叫んだよ。お巡りさんが来てから、叫んだよ。『殺す必要なんてなかった』『兄ちゃんが手を汚す必要なんてなかった』って。でも、『兄ちゃん』はけろっとした顔でいったんだ。

 『“弟分”のお前らが殴られそうになったんだ。それを止めるのに手段なんか選んでられないだろ。そこにメスがあったから、確実な止め方をしただけだ』。

 ……お巡りさんも唖然としてた。俺は自分の致命的な失敗に気付いた。『兄ちゃん』は、そういう人だって、もっと早く自覚していればよかった。

 

 あの人は、理由だけが欲しかったんだ。暴力を振るう理由が、欲しかっただけだったんだ。優しいのは本当、感情があるのも本当。あの人は、ヒトとして生まれた事自体が不幸だった。心底から不思議そうだったよ。『殺す事の何がいけないんだ』って。自分達を虐げていた医者や職員達を責めるんじゃなくて、飽くまで『どうして殺してはいけないのか』って。いっそ『刃物に生まれたかった』とまでいってた。

 

 刃物はヒトを殺して良いのに、なんで人間の自分はヒトを殺してはいけないのか、と。

 

 あの人は、心ある刃物だった。……俺が、お前らに出逢う前に会った、『刀の付喪神』として存在するべきヒトだったよ」

 

 母が私を殺したの

 父が私を食べちゃったの

 兄弟達はテーブルの下で私の骨を拾い

 冷たい大理石の下に埋めちゃったの

 

 それはなぜ。

 

 黙り込む御手杵に、審神者はいう。まくし立てるように、審神者はいう。

「御手杵。俺は不安だったんだよ。他の刀剣達とは違って、お前は戦いたいから戦う。……たぬきですら、お前より危機感を抱かせなかった。たぬきはお前ら刀剣男士の中でも集合体として経験が豊富だったから、危うさが薄かったからね。でも、御手杵。お前はずーっと、戦の為に存在して、大名の家で保管されて。戦を再び迎える事なくその本尊の身を終えた。最初は、それに気付かなかったよ。でも、お前と接しているうちに、『兄ちゃん』を思い出してしまった。

 『兄ちゃん』みたいになるんじゃないかって、ずっと不安だった。

 でも、逆だ。お前は『兄ちゃん』の理想の姿だ。お前は刀剣男士として正しい姿をしているんだ。

 その事実が耐えられなくて、俺はお前を避けてたんだ。……お前の事は嫌いじゃない、寧ろ好きだよ。だから、お前がヒトではない事を思い知らされて、勝手に打ちのめされてたんだ。他の奴には折り合いを付けられても、お前の事は1番好きだから、距離を置いていた。……御免、御手杵。こうして話していても、涙が出てきそうなんだ。あの時の事を思い出して。情けなくなって、俺はあの時、泣いてしまったから。

 お前は、『刃物』なんだ。刃物だから、敵を殺すのがアイデンティティだ。それを俺は咎められない。寧ろ、そうやって敵を屠る姿が頼もしいからそのままでいて欲しい。長谷部とかとも一緒だ。……御免ね。これは本当に、俺の未熟さによるものだったんだ。それに、まだ、やっぱり暫く、お前とは距離を置かせて欲しい。今も、泣きそうなんだ」

「あんた、は」

「御免ね、御手杵。そこまで俺に歩み寄ろうとしてくれたのに、俺はお前に機会を与えてやれない」

 池から脚を上げる。その脚は、やはり両脚ともに変哲もない肉の脚で、下駄を履いて立ち上がる仕種も全く不自然さがなかった。

 御手杵を見下ろす、審神者の顔。それは、精神的に老成したものの表情だったと、のちに御手杵は振り返る。

「さっきのマザーグースはね、親が子供を戒める為の歌だったって」

「……どこが」

「言う事を聞かないと殺して食べちゃうよ、っていう事なんだって。……怖いね。ただ、それだけで殺されちゃう。でも、ただ殺したい人間にとっては、ひょっとしたら理由はそれだけで充分なのかもね」

 ただ、戦いたいから、槍を振るう。そこに敵がいるから、敵を屠る。

 それが存在理由の御手杵にとって、審神者の言葉は硬直させられるに十分で――彼が去ったあと、審神者の言葉を反芻し続けた。

『そのままでいて欲しい』

「……っつっても、あんな事をいわれたら、やりづらいだろ」

 池の畔で頭を抱える。軽い髪が風に揺れた。

 戦う事に迷いはなくて。迷う事といえば、ヒトの身体を与えられた事。自分自身を自分で振るえ、それは自身の望みが永遠に叶わない事だった。御手杵の本当の望みは、槍の名手に振るわれて逸話を増やす事だ。自ら戦う事は次善策、妥協でしかない。

 しかし、自身程に単純な刀剣は他にはいない。友誼を得た同田貫や、好戦的な長谷部ですら理由があっての「戦好き」だ。自身はただ、満たされなかった部分を満たす為に戦を望む。その為の采配を惜しまない審神者を、自身は喜んでいたのに。

(屹度「そのままでいて欲しい」という言葉に嘘はない。けれど、主はそこまで大人になれていない)

 そして御手杵もまた、そんな審神者にどう接して良いかわからなくなる。刀剣男士としての自我に自信がなくなりそうだった。

 散らかしたままの部屋。まずはそこを片付けなければ。立ち上がる、その体がふらりと揺れる。あぁ、今までどうやって立って歩いていたか。「22世紀末の青髭」事件の被害者の足取りを思い出して、どうにか歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

What are an adults made of?

(大人は何で出来ているの)

(秘密と忍耐、それに妥協)

 

 

 

 

 

 

「御免ね、御手杵」

「口に出すべきじゃなかったね」

「こんな思いをさせるぐらいだったら、お前は槍のままでいさせた方がよかったんだ」

 

 

Next......

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