▼東京都「20区」に居を構える純喫茶「ほんまる」、店長は人間。従業員は全員喰/種(主要面子は新撰組男士)。店長は人の身でありながら喰/種に荷担している。本名不明、従業員からは「さにわ」と呼ばれている という審神者設定。恐らく極度の人間不信。
▼蛍丸はこれぐらいにしないとゲームでの強さを表せない気がしましたので…… 国行や愛染は何となく刀種と印象から。
お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。
兵庫にいた時、地元のCCG捜査官に見つかった。母はその時に殺された。今頃は、尾赫のクインケとなっているだろう。実のところ、その時の事は覚えていない。父に抱えられ、這々の体で逃げ延びた。落ち延びた先――そこは東京だった。
そこで、弟達は生まれた。名を、国俊と蛍丸。どちらも母の異なる子供だった。こと、後者は。
静かなBGMが流れる喫茶店。メニューにはコーヒーの名しか載らぬ純喫茶だ。東京の片隅にある、どこにでもあるような、それでいて独特な雰囲気のある店。そのカウンターで、頬杖を突いた青年が溜息を吐く。彼から漂うにおいは、どう嗅いでもヒトのそれだ。
「国行……弟にヒトの狩り方、躾してないでしょ。CCGに最近、よく通報がいってるよ。『路地裏に人間の肉片が飛び散ってる』って。力任せに叩き潰してばっかりじゃ証拠が残るって、ちゃんと叱っておいてよ」
大凡、内容はまともな人間のそれではなかったが。尤も、従業員全員が喰種の喫茶店・「ほんまる」を営んでいる人間の店長である。大多数の正義に準じた人間性は期待できるはずがなかった。明石国行は、この喫茶店オリジナルブレンドのコーヒーを啜りながら頭を振った。右目へと流した前髪が、眼鏡越しに揺れる。
「店長、さにわはん。いっときますけど、国俊はもうちゃんと一人前の喰種やで。羽赫やから力ないんで心配しとったけど、CCGに見つからんようしとるし、今はひとりできちんと狩りもしとるし。その証拠に、この店に『ご飯』を頼みに来てないでしょ」
「わかってんでしょ。俺がいっているのは、蛍丸。もうひとりの弟さんの事だよ」
「……俺も中々眼が届かないんですよ。国俊に任せてはいますけど」
頬杖を突く。今の時間帯は丁度客の入りがない。人間も、喰種もだ。カップをソーサーに戻し、明石は息を吐く。足下には鞄がある。今日の講義は午前中で終わった。同期に昼食を誘われたが、固辞して帰ってきた自宅近所のこの喫茶店。何か情報がないかとやって来てみれば開口一番に窘められて、明石は眉を顰める。
明石国行には弟がいる。腹の違う弟がひとりずつ。愛染と蛍丸だ。大学に通う自身より幼い彼らは、給食の出る小学校には通っていない。昼間は自宅で息を潜めている事の多い彼らの行動を、兄且つ保護者である明石が制限する事はとても難しかった。やんちゃ盛りの子供が2人だ。そうでなくとも、愛染は既に一人前の喰種といえた。だからこそこちらの弟には口出しをしない。明石と、それに愛染も眼に掛けている兄弟が蛍丸。彼の赫子は非常に強力だ。強力すぎるのだ。「さにわ」と呼ばれた青年は、新たにコーヒーを淹れながらいう。
「甲赫と鱗赫のハイブリッド、しかもあんなに大きい赫子じゃ効率よく狩れないのはわかるんだけどね。国行、お前は折角コントロールの良い尾赫なんだから、その辺で感覚を教えられないもんかね」
「気軽にいいはりますなぁ……蛍の赫子は強力すぎるんですよ、俺らには感覚を伝えるのはしんどいです。こればかりはやっぱり、本人に体得して貰うしかないんですわ。人間の店長にはわかんないかもしれないですが」
「うーん……じゃあせめて、暫くは狩りの練習を保護者抜きでやるのをやめるよう伝えておいてくれる」
明石の皮肉も、青年は気にした様子はない。新たにコーヒーを注いで、明石に差し出す。「疲れてるようだし、これはサービス」と微笑んだ。そうしていると、ただの好青年だった。とてもではないが、CCGと喰種社会双方に深く根を張っている情報屋には見えない。不意に、奥の扉が開いた。ウェイターの加州だ。「店長、CCGからこんのすけが」、残りの言葉は明石を見て閉ざされる。青年は加州を手で制して頷き、そしてカップを取った明石にいう。深刻そうな眼差しだった。
「CCGの動きがこっちに向いてるみたいだからさ、最近。特に蛍丸の狩りの痕は『ミートソース』って名前でじわじわ広まってるみたいなんだ」
「本当、うまい事いわはるわぁ」
確かに、蛍丸のしなる鱗赫の一撃はあまりに強力だ。勢い余って、一撃で相手の全身を叩き潰す――はじめてその赫子を出した時、追い詰められていた自身も愛染も、呆然と兄弟を見遣ったものだった。色模様も形状も、確かに自分達と共通している。しかし、明らかに異質なその強さに。
だからこそ、親はいなくなったのだ。
生きる糧を得る為に、スマートフォンを取り出す。自身の食料入手の経路は女性だ。先日声をかけ、昨夜も泊まった相手がいる。彼女とはそれなりに付き合いを深めた。そして自身もそろそろ空腹だ。今夜にでも狩ろう。登録した番号にかけると、すぐさま自宅で待っているという旨の返事が来る。そしてアドレス帳からその番号を削除した。獲物は自らの巣で喰われるのを待っている。そして店長の厚意に甘え、きっちり1杯分だけの料金を彼に示したのだった。
この携帯電話もいつまで使えるだろう。この電話をくれた女性を喰い、随分と経つ。余った部分は弟達にやった彼女の死も失踪もまだ明らかになっていなかった。その方が都合は良かったし、駄目になればまた別の女性から貰えばいい。それにここの店長が名義を貸してくれている携帯電話もある。鞄を担ぎ店の扉を開く。店長の挨拶を背に、その店長名義のスマートフォンを取り出した。階段の前。LINEの通知に気付く。
愛染からだった。
自身の世界は、まだ狭い。喰種としては一人前と太鼓判を押されていても、人間社会の中では所詮まだ子供だ。だから家族だけが自分の接する世界だった。たとえ片親が違おうとも。
この兄ともだ。
「蛍が帰ってこぉへんてほんまか」
非常に珍しい。慌てて帰ってきたらしい明石は自宅前、扉を開いた自身の前で肩で息をしている。鞄とカーディガンは肩からずれていた。恐らく「ほんまる」から全力疾走してきたに違いない。蛍丸の事となれば彼我を忘れるこの兄がどうか人目についてない事を祈りながら、愛染も焦りを滲ませる。片手には、明石から「ほんまる」の店長を経由して与えられたスマートフォンが握られている。部屋の向こうのリビングでは、テレビがつけっぱなしだ。
数少ない連絡先のひとりである下の兄弟は、昨夜から連絡が途絶えていた。
「昨日、『狩りの練習に行ってくる、ちょっと暫く帰らないかも』って突然いって出て行って……飽きたら直ぐ帰ってくるだろうと思って待ってたんだけどよ。さっき、テレビで『ミートソース事件』の新しい情報が入ったってやってて。朝方、新しい人間の遺体が発見されちまったって」
「――」
明石は愛染の赤毛越しにテレビを見遣る。男性アナウンサーが忙しげに原稿を捲っていた。奥から手が出てきて新たに渡される。それと同じ事を、愛染はテレビに眼をやる兄にいう。
「現場に残された分泌液から同一喰種ってされてて……連絡がつかないのは夢中になってるだけなのかもしんねぇ。でも今頃ハトが出てきてるかも知れない、俺だけだと蛍は止められないんだよ」
「……一晩いなかっただけでこうなるとはなぁ」
鞄を肩から降ろすと、愛染が受け取る。代わりに、愛染が明石の手に渡したのは、ひとつの袋だった。その中身が何であるかを、明石はわかっていた。愛染もまた自分の「それ」を手にして兄をせっつく。
「早く捜しに行こうぜ、万が一見つけられても、俺ひとりじゃ蛍を連れて逃げられない」
「せやな。ほんま、手のかかる弟達や」
鞄を玄関へ放る。そして扉を閉めると、兄弟達は廊下を駆け出した。
リビングでは、テレビが煌々と壁を照らしていた。
気がつけば、自身は兄に育てられていた。気がつけば、蛍丸は傍にいた。全員、腹が違う事を知ったのはいつだっただろう。
自身は1番父親似だと、明石にはいわれた。しかし、ぴんと来ない。自身にとっての父親とは、明石だった。恐らく蛍丸もそうだろう。東京で生まれ育った自分達に、気がつけば親はいなかった。明石が、時折「食事」を持って帰ってくるのを食べるのが幼い頃の日常だった。そのうちに明石に連れられ、「狩り方」を教わった。自身はすんなりと赫子を出せ、身軽さを助けてくれる羽赫は「狩り」を容易くこなさせた。
その中で、中々赫子を出せない蛍丸は、自身の庇護対象として見ていた気がする。
見てくれも女のような蛍丸は、母親似だったという。自身と年の変わらない蛍丸の母を見たのは、年の離れた兄の明石だけだ。それも1度や2度程度。何せその時に父は東京で後妻を作っていた。行きずりの女性との子供だった。どんな悶着があったのかは知らないが、十中八九今日の我が家の環境を作り上げた遠因には違いない。そんな蛍丸は、赫子をうまく出す事が出来なかった。人間を食べる事や、膂力や体質自体は喰種のそれだ。しかし狩る事の出来ない喰種は、今日の「ほんまる」のように、誰かから人肉を貰わないと生きていけない。早々に独り立ちの目処が立った愛染と異なる蛍丸に、明石もまた保護欲を駆り立てられたのだろう。鳥が雛に餌を与えるように、「はよう強うなれ」とせっせと肉を運んでやっていた。入手経路は最近はわかってきた。持ってくる人肉には、喰種の嗅覚にはきつすぎる香水と化粧のにおい。
父もまた、「女」を食い物にしていたという。「おとうはんのやり方をまねとるだけや」と、明石は嘯いていた。
そんな明石が執心しているもうひとりの弟は、その廃ビルにいた。
その一室。窓がいくらか割れているそこに、子供が座り込んでいる。灰がかった白の、癖のある髪。丈の長いマントを羽織っており、床に引き摺っている。その下で彼の赫子が蠢いている事は想像に難くなかった。血の臭気がフロア中を覆っていた。大して高くもない天井、代わりに壁が血肉に塗れていた。鱗赫で捕らえられ、壁に叩き付けられた相手は、更に甲赫で床に潰されたのだろう。薄暗い中、どこからかサイレンが響く。座り込んで、「それ」を貪る少年に、マスク越しの明石が溜息を吐いた。視力の悪い明石の為に設えられたそれは、マスクに強化ガラスで覆われたレンズが誂えられている。室内の惨状に、ただただ溜息を吐くばかりだった。ここもいずれ、土建会社の人間に見つかってしまうだろう。自分達が出来るのは、なるべく早く人目のつかないうちにこの「鬼神」と名高い兄弟を収容する事だった。出入り口の壁に凭れて溜息を吐く。
「蛍……連絡ぐらい返しぃや」
「……あー、国行。それに国俊も。2人ともどうしたの」
くるり、振り返る。マスクは血に塗れていた。そのマスクは、口元を覆うマスクだ。だから、蛍丸の双眸がよく見える。
片目のみ赫眼の子供の顔が、見える。そして、赫子を中途半端に出したまま事切れている、見知らぬ喰種の姿も。喰種だからこそ、辛うじて体の形状が保っているこの獲物は、恐らくつい最近この区に来た流れ者だろう――ハーフマスクに隻眼の喰種の子供といえば、既にこの区内では知られている。喰種の凶星、隻眼の喰種。はじめて赫子を出した当時、この界隈は「共食い」が盛んだった。蛍丸達兄弟もまた狙われた。幼い彼らは恰好の補食対象だった。
その際に、蛍丸は赫子を出した。蛍丸の赫子は、4人を鱗赫で地面に叩き潰し、残ったひとりを甲赫で壁に叩き付けた。
この事件は「ほんまる」の店長に報告した。しかし、明石が彼に話していない事がある。その時、生き残っていた喰種がひとり、いたのだ。
その喰種が、「お腹が空いた」と訴えた蛍丸の腹にそのままおさまった事を、明石も愛染も話していなかった。
そしてそれを、今日もなお続けている事を。
先んじて蛍丸に近寄ったのは愛染だった。フルフェイスのマスクを頭から被った彼は、ジャケットの下のポケットからウェットティッシュを取り出す。そして目元や手を拭きだした。声がぷりぷりと怒っている。
「まーったく、心配かけさせやがって。お前また色々やらかしただろ。ニュースになってるぞ、『ミートソース事件』って」
「えー、CCGも警察も仕事が早いなぁ」
「国俊のいう通りやで。……『共食い』は、そんなに楽しいもんなん」
「まぁね。悪くないよ。戦う時も手応えがあって楽しいし」
追いついた明石が、腕を組みながら苦言を呈する。返す蛍丸は無邪気なものだった。目の前の惨状とはあまりに裏腹に。
「狩りの練習」は、文字通りだ。但し、蛍丸が食する対象は、あの一件以降、人間よりも喰種に偏っていた。大きな赫子は、人間にはあまりに大きすぎても、喰種ならばそれなりに良い勝負が出来ると蛍丸はいう。そしてその度に、確実に強くなっている事を、明石も愛染も肌で感じていた――取り出して見せる赫子は、嘗て見たものより明らかに異形化していた。最早、自分達との共通した色合いすらも消えかかっていた。
赫者に近くなっている――知識としてのみ知るそれ。先天的な隻眼の喰種は、喰種を食らっても大量のRc細胞を体が拒絶しないという。即ち、そうなってしまっても蛍丸が変わる心配はないとわかっている。明石はそう信じながらも、蛍丸の前にしゃがみ込んだ。愛染に神経質な程に頭なども拭かれるままにしていた蛍丸は、きょとり、丸ごと色の異なる眼で兄を見上げる。喰種の父が手を付けた人間の女性。彼女が産み落とした隻眼の喰種。生まれた時からその危険性を予知され、親達に恐れられ疎まれ、兄に育てられてきた蛍丸は、まだ人間の社会の常識をよくは知らない。いずれは愛染と共に学校に通わせる事も考えていたが、この頃はそれをよした方がいいかも知れないとも思っている。蛍丸は眼を細めた。赫い眼も、伏せられる。
「それに、俺はヒトを狩るのは相変わらず苦手だけどさ。こうして強くなれば、他の喰種に手出しされる事もないじゃん。あの時みたいに」
その言葉に、明石と愛染は目を合わせ――そして蛍丸に立ち上がるように促した。蛍丸が狩ったという喰種の体は、ほとんど残っていなかった。
あまりに無邪気な「暴力」だった。それも、自分達には決して向く事のない力だった。だからこそ、かなしい。
(こんなに強うなっても、俺達を「足手まとい」やなくて「家族」と思ってるんやな)
「……暫くは引っ込むで。今夜は俺が狩ってくるから、このまま一旦帰ろうな」
「また女のヒトの肉なの」
「偶には歯ごたえのある肉が食いてぇよー国行」
「悪いなー、甲斐性なしで。男を引っ掛けるんは難しいんねん」
清掃は不可能と判断し、その場を辞す。直ぐそこの屋上から出て、そこから自宅へ戻ろう。その前にどこかで着替えなければ――少なくとも、蛍丸や国俊がまだ出来ぬ思考を巡らせながら、明石は今夜の算段を練った。
(自分達にとっては、これが生き方だった)
「食べるものが違うだけなのにね」
店を閉める、青年が呟く。暗い夜、加州に付き添われた喫茶「ほんまる」の店長は、誰ともなく呟いた。
End.