▼田沼意知を暗殺した佐野政言が用いたのは、なんと粟田口の刀だそうで。「一竿子忠綱」という刀工だとか(通称「万太夫」) 青江と同じ「大脇差」で刃渡り二尺一寸(一期と並ぶ長さ)、佐野が「世直し大明神」と呼ばれて以降は人気が出たそうな もし実装されたらこの一竿子は複雑な心境を抱いていそうだなぁ 「当時は誇らしく思っていた。けれど、長期的に見れば、自分が意知を暗殺した事で、開国が遅れた。彼が生きていればもっと穏当な開国が出来ただろうに」 元禄辺りの刀らしいので粟田口一家の中だと若い部類かな もし実装された時にログインボイスで「鉢植えて 梅か桜と 咲く花を……」とか言い出したらいやだ
その日の惨劇を、青江ものちに伝え聞いた。当時の主がひどく驚いていた事が印象的だった。400年以上経った今でも、その頃の桜を咲き散らすような騒ぎようは覚えている。
話に聴いたあの脇差は元気にしているだろうか。再び戦に身を移した今、それが不意に気に掛かるのだ。いつか、戦友となるかも知れないから。
出来れば、後顧の憂いのなきように。
「そのうち、江戸城内も戦域になるんじゃないかな」
とは、口元に食べ滓をつけた審神者の言葉だ。この日の審神者のおやつの相伴に与っていた青江は、ホログラムのモニター。それに浮かぶ巨大掲示板のスレッドを裏側から眺める。審神者の視線とかち合った。そのスレッドのタイトルは、裏側からでも辛うじて「審神者雑談スレ part***」と読み取れる。そこで触れられている内容らしい――現在、自分達刀剣男士は武家の記憶まで遡り、再び幕末で戦っている。歴史修正主義者の戦いはまだまだ長引きそうだ。それならば次に出そうな戦域を予想しておいた方が無難だろう。そう当たりを付けたらしい審神者は、青江がおやつとして持ち込んだ馬鈴薯のスフレケーキ(馬鈴薯が採れすぎた為に燭台切が作ったものだ)を頬張りながら彼を話し相手として呟いた。そして青江は、自身が呼び立てられた理由を察する。フォークを片手に、青江は肩を竦めた。
「その時は、大脇差として登城経験のある僕に部隊長を頼みたい、というところかな」
「そういう事。徳川家にいた刀剣男士は多いけど、部外者として、自分の主に江戸城中を持ち歩かれていた刀というのは大きいからね。主に任せるのはお前になると思うよ。あとは屋内戦になるだろうから打刀以下の寸法の奴ら、ってところかな」
「わかったよ。まぁ、本当に来るかはまだ不確定だけどね」
そう答えつつ、審神者のカップに紅茶を注ぐ。青江は、後半の言葉とは裏腹な予想図を脳裏に描いた。
十中八九、来るだろう。江戸城内、屋内戦で歴史修正主義者を相手取る日が――徳川家の治世は200年余。厳密には違えど、国を鎖していたといわれる時間も同じ程。そのうち、何度も何度も江戸城内で開国の動きが出る度に握り潰された。先進的になろうとすれば反動のように潰される。その繰り返しの200年。それを青江は見詰めてきた。
徳川幕府の治世。歴史を動かしていたのは江戸城内の事だ。どういう形をとってくるにせよ、歴史修正主義者が目をつけないとは思えない。武家の記憶を越え、幕末の京都にて局所集中的に襲うようになった今ならば尚更だ。それまでに自身の練度ももっと上げなければ。カップを差し出して結論づける。そして不意に、彼は思い出す。
江戸城内での刃傷沙汰。忠臣蔵で知られている通り、それは死罪に値した。だから滅多にない事ゆえに、記録に残る。そしてその反動で人々が揺れる。歴史修正主義者が襲撃するとすれば、この赤穂事件の阻止など、多くとも7件の事件についてだろう――その中で、ひとつ。青江がとても印象的に覚えている事がある。それを、青江は口にした。
「……江戸城内が戦場になるなら、特に、『世直し大明神』も襲撃の対象になるだろうね」
「ああ、佐野政言」
答えた審神者は、紅茶をすする。口を離すと、「そういえば」と表情を苦くさせた。
「……[[rb:一竿子忠綱>いっかんしただつな]]が使われた、という話だったね。二尺一寸、これでも『脇差』として城内に持ち込まれて」
「粟田口の刀だったそうだよ」
当時の主が、こんな事は40年ぶりだといっていた。その時に使われた刀の見事さと、加害者の身分の差に首を傾げたものだった。青江は想像した。
一竿子忠綱、通称「万太夫」。元禄、刀工は粟田口国綱の末裔を称したそうだ。真偽は不明だが、彼らはそれに相応しい刀を作った。その大脇差の刀が、佐野の手により、老中・田沼意次の期待の嫡子に致命傷を負わせた。その切れ味は、日本の「穏やかな開国」の道をも斬り伏せた――その後の為政、諸外国への対応、騒がしい幕末、そして太平洋戦争。青江もまた、そこで流出した。丸亀に戻ってこられたのは50年後の事だ。彼は内心で苦笑する。
(成る程。そういえば遠からず、あの事件で僕にも累が及んだ訳だ)
「そうなったら、一竿子も実装されるかもね」
「……気にしてないと、いいんだけどな」
青江が答えたのは、一竿子自身が意知を殺すのに用いられた事だ。7度、江戸城内で刃傷沙汰は起きた。けれど、このような明らかに政治的意図が絡んだ殺人事件は他に中々ない。城内の衆目の前で殺されながら「暗殺」といわれるのも、下手人を差し向けた者の存在を口にする事が憚られたからだろう。その名をいえば、今度は自身がその手にかかる事は明白だった。加え、当時は嫌われ者だった田沼親子も、近年に至るにつれ優れた為政者だという説が目立った。そもそも為政者に対する言論の自由を許されていたのは、江戸時代でもこの頃ぐらいのものだ。更には、父と同等か、それ以上の手腕を持っていたとされる田沼の嫡子の意知が殺された事で、幕府は開明さを失い、より閉鎖的になっていったと当時の出島のオランダ商館長も世界に伝えた――畢竟、佐野政言の評判は落ちていく。
『あの時、田沼意知が殺されなければ』
諸行無常。戦う事、人を斬る事がアイデンティティの刀剣にとって、その行動を否定される事は動きを鈍らせる。「あの」一竿子が実装される日がくるとしたら、恐らく自身が彼の面倒を見てやる事になるだろう。登城に用いられた同じ大脇差として。
自身はずっと平穏に登城し続けたのに対した。しかし、彼は血に塗れ、一時は持て囃されど、時代を経るにつれてその汚れた姿を否定されている。それがどんな気持ちかを、青江には察する事は出来なかった。だが、つながりの薄い他の粟田口の刀剣よりも、同じ「大脇差」の自身の方が恐らくは立場が近いだろう。それを思いながら、自身もカップに注いだ紅茶を味わう。薫り高いが、渋さもある味だった。審神者は目の前でモニターのひとつを消す。先程のスレッドがもう見えなくなった。スフレを口にし、彼は嘆息する。
「悪いのはお前ら刀剣じゃない。いつだって、お前らを使う側の問題だよ。……屹度、一竿子も切れ味の良い刀だ。もし変な風に落ち込んでいたりしたら、青江。彼が変な道に逸れないようにしてやってくれ」
「その時は主、君も手伝ってくれよ」
「当然だ。大事な鉢植えを火にくべてやりはしないけど、口ならいくらでも出せるからね」
しれっと言い切る審神者に、青江は今度こそ苦笑を顔に出した。佐野政言は、「いざ鎌倉」ということわざの元になった謡曲「鉢木」に出て来る武士の子孫だという。真偽の程は定かでないにせよ、田沼家はその佐野家の家来筋に当たったそうだ。それが世渡りのタイミングに差が出、田沼家は老中の座にまで至った――そして、佐野は一竿子を握った。
江戸時代。刀の出番は、殺人事件などでしか存在しなかった。鎖された国といえど、確かに平和はそこにあり、栄達は口ひとつあればよかったのだ。
その口で、今はスフレを頬張る主を青江は見遣る。出来れば、万が一佐野の一竿子が実装されたら、田沼的な気質の審神者と相性が合えば良いのだが。杞憂と思いながらも、青江はそう願わずにいられなかった。
(自分を卑下するか、過剰に肯定するか。どちらにせよ、それは遠くない未来に思えた)
End.