お題は「直青」(http://hitaao.blog121.fc2.com/)の「*上司→部下で5のお題*」より。
▼どうにも筆が進まないのでお題をお借りしました。練習練習
信頼すべき人物
最初に自身を選んだ理由を、恐る恐る聞いてみた。すると、彼はあっけらかんといってのけた。
「ああ、お前ら初期刀の中で1番話しやすそうだったから」
……そんな彼が、今の自身の主である。
厨の片隅。向こうでは燭台切や歌仙、長谷部が調理を進めている。椅子に腰掛ける、宗三が呆れる。ややぎこちないながらも、最初に比べれば手つきは滑らかになっていた。馬鈴薯の皮がエプロンから床に敷いた新聞紙へと落ちていく。
「加州。貴男、そんな理由で初期刀に選ばれたんですか……」
「ねぇ。変わってるよね、主」
相対する自身も、包丁で馬鈴薯の皮を剥く。50人弱分のカレーに使われる馬鈴薯の量は尋常でない。今日のおやつにおまけをしてくれるという条件で料理当番に駆り出された加州は、雑談の話題として彼が最初の刀剣として、政府で選ばれた時の話をした。■■国の●●部隊、この城にやって来てから、今の主に尋ねて返された言葉だ。加州は溜息混じりに頭を振る。
「第1印象が大事とはいっても、ああいわれると喜んでいいのかわからないよ」
「おや、加州は主に可愛がられたい方ではなかったですか」
「そう思ってたけど、主ってあの見た目で思い切り軍略家じゃん。生まれる時代を間違ってる程だよ。そんな人にただ話しやすいからっていう理由で選ばれたなんて最近じゃ複雑なんだよ」
意外そうに首を傾げる。ひょっとしたら宗三のそれは皮肉だったかも知れないが、今の加州にはそんな事は二の次だ。皮を剥いた馬鈴薯を盥に放って、彼は再び息を吐いた。
そう、当初はよかったのだ。
『それじゃまずはこの編成で第1部隊ね。第2隊と第3部隊はこの崖と竹藪からそれぞれ遠戦で挟撃して、残党は第1部隊が片付けて。第4部隊は刀装を装備して待機する事。残りの面子は本丸で補給支援に回って』
漸く刀剣の数が揃い、練度が高まりだした頃。それまでの大人しさをかなぐり捨てたように、戦略図を広げた審神者は刀剣男士達に向かって苛烈な指示を出すようになった。とはいっても、無茶をさせる事は決してない。その苛烈さとは、歴史遡航軍に向けられたものだ――遠慮呵責のない指揮。初期刀ゆえに、最初の槍男士の御手杵に次いで練度の高かった自身は部隊長に任された。そして彼は知った。
政府の施設で最初に顕現された時。笑って手を差し出すあどけない少年、か弱そうな審神者。頻繁に熱を出す病弱な彼は、守るべき存在だと思っていた。しかしそれはただの思い違いだ。この新たな主は名将だ――戦略の基礎に則り敵を殲滅させた作戦に、加州はそれを思い知ったのだ。だからこそ、今になって思うのだ。
自分はなぜ、選ばれたのか。
「気になるのなら、それを率直に聞きに行ったらどうです」
思案のループに陥りかけた。顔を上げる。眉間を顰めながら芋の芽を除く宗三は、しかし口は淀みなく加州に応える。
「今の僕にも貴男にも、ヒトと同じ口や脚があります。それに、今の主は捻くれた戦略家といえど、真っ直ぐな言葉を好む方でしょう。彼の言葉を借りるなら、『言ってくれなきゃわかんない』、ですよ」
「……それもそうなんだけどね」
内心で、捻くれた左文字兄弟の筆頭のような宗三の、着任以来からの変化に驚きながらも苦笑する。
宗三のいう通りだ。聴けば、答えは返ってくるだろう。けれど、加州にとって、それは望むべき行動ではない。口の端を釣り上げた。
「何だかそれは、最初に俺を選んでくれた主の信頼を裏切る気がしてさ。俺は、俺を最初に選んでくれた主を信じてる。だからそれを改めて問うのは、野暮かなって」
「あの主は粋よりも通よりも、士気の上下に拘る方ですよ」
「でも、俺達それぞれの意志も尊重してくれるヒトだから」
宗三の示した対義語に、加州は笑う。宗三のそんな物言い。それも、ここの主は許すのだ。
自分が選ばれた理由はわからない。それでも、初期刀であり近侍の自分の意志も尊重してくれる。そこを今は、信頼していた。
……休むといって、障子を開く。畳に腰掛けると、長谷部は自分で淹れた茶と、それに今日のおやつのリンゴの羊羹を傍らに置いた。黒文字を2つ、添えて。
障子の影から出てきた幼い手が、そっと黒文字を手に取った。羊羹を切り分けると、それが向こうに消える。それに、長谷部は含み笑いでささやきかけた。
「それで、主。加州に何かいってやったらどうです」
「……長谷部はかわいげがなくなったねえ」
「えぇ、おかげさまで。十中八九、おやつを貰いに来たら加州と宗三の会話に出づらくなったのでしょう。このまま持っていっていいですから、そのうち加州には改めて答えてやってください」
「あと仲間思いだねえ」
障子の影に潜みながら、それでも羊羹を食べる手を止めない審神者。成長期らしく食欲は旺盛だ。日頃、あれ程に「えげつない」と称されるような戦略を展開する男には見えなかった。長谷部がどこか遠い目で感慨に耽りそうになると、ぽつり、審神者はいった。
「……戦略的に考えて、意思の疎通がしやすい相手が近侍の方がいいでしょ。それに、俺だって最初は家族や友達と引き離されて寂しかったから、話しやすい相手の方がよかったし。俺を過大評価しすぎだよ、清光は」
「全く以てその通り。貴男は頭の良いだけの、ただの子供だという事を忘れてますよね」
「長谷部は本当に口が悪くなったね。……ただ、信頼には応えてくれそうな子だと思っただけだったんだよ」
成る程、見る目はある。長谷部は湯飲みを口に当て、その言葉だけは口に出さなかった。
失敗(ミス)も勉強のうち
その日はついていなかった。細かく書いていけばきりがないので省くが、決定打は遠戦で刀装を剥がされ、中傷を負わされ、真剣必殺を放ったものの重傷を負わされて戦線崩壊した事だ。
誤解を招く前に述べておくと、これは主の采配の失敗である。主本人がそういっているのだからそうなのだ。兵の負傷は指揮官の責。それが主の言だから、そこは気にしていない。
問題は帰投後。血が染みこんで不快だった上着を脱いだ時、手を差し出された。刀剣男士の誰かだろうか。その相手を確認せずに渡してしまった時、傍から「主!」と声が上がった。慌てて見ると、そこには血だらけの自身の上着を抱えた少年が、服から飛び出たらしい。顔に飛沫の血を浴びていた。青ざめた。
血液は病の感染源だ。おまけに季節は冬。ただでさえ低い抵抗力が更に下がる季節だ。
案の定、主はその夜、熱を出した。
「主、すり下ろしたリンゴだよ」
「うーい、……あれ、歌仙。もう手入れ終わったの。手伝い札は使わなかったのに」
雪見障子を開く。訪ねたのは主の私室。執務室には初期刀の加州が代わりに采配を務めている。それを知っていたから、厨から真っ直ぐにこちらにやって来た。火鉢の上に置かれた鉄瓶から水蒸気が上がる。お陰でこの部屋の湿度は保たれていた。後ろ手に障子を閉めながら、上半身を起こす審神者を見下ろす。額に貼り付ける氷嚢を貼った彼は、赤い顔でこちらを見上げた。それに罪悪感を覚えながら膝を突く。自力で起き上がれる程には回復したらしい事に安堵しながらも、卓袱台を布団に渡して答えた。
「君が寝込んで、結構時間が経っているんだよ。とっくに出てきていたさ」
「あー、そんなに経つっけ。今回は久々に高熱が出たから記憶が飛んでるなあ。それにしてもどこから貰ってきた風邪菌だろうね」
「そもそも僕らに菌やういるすとやらを運んでいる自覚がないから、その辺はさっぱりだよ」
卓袱台に皿とレンゲを置くと、審神者は嬉しそうに手に取った。どんなにひどい風邪をひこうが、食欲の衰えないところがこの「病弱」審神者の命を繋いでいる部分だろう。傍らに座りながら、自分達刀剣男士と、人間である主との体の違いを思い返す。
審神者になる者は、その役目に就く前にありとあらゆるワクチンを受ける。過去に遡るのは刀剣男士だが、彼らが媒介となって審神者に病を患わせてはいけないからだ――今のところ、23世紀になって尚、風邪菌のワクチンは開発されていない為、免疫力の弱いこの若い主は、着任当初は特に頻繁に熱を出していた。今でこそ、陸奥守に剣の稽古をつけて貰い体力をつけ頻度は下がったが、それも絶対ではない。特に先日のように、体液を直接浴びれば惨事だ。
自分達刀剣男士は、ヒトの病には罹らない。しかし、あまりにヒトの肉体に酷似した体を得ている為に、ウイルスや菌を運んでしまう事がある。最近では対歴史改変阻止軍の刀剣男士だけが罹患する風邪なども存在するなどという怪情報も出回っており、「あり得ない事はあり得ない」と警戒を怠らぬよう審神者からいわれたのはつい先日の事だ。リンゴのように顔を赤くした審神者が嬉しそうにすり下ろしたリンゴを頬張る姿は微笑ましい。しかしこの事態を招いた原因を思うと、暢気にそう思ってもいられなかった。歌仙はたすきを締め直しながらいう。
「主、すまなかったね」
「え、歌仙が怪我をしたのは俺の采配のせいだよ。いつもいってるじゃん。その結果俺に風邪が感染したのは事故みたいなもんだよ」
「それもそうだが……あの戦域は、あと1歩で攻略出来ただろう。また別の部隊を送ればよかったろうに、肝心の君が倒れて、この2,3日は出陣できずにいる。勿体ない事をしてしまったじゃないか」
時間が惜しい。時間を遡る戦いをしながら、そんな矛盾した事を覚えてしまう。それは、目の前の少年の幼さに由来するものだろう。歌仙は、ここにはいない他の刀剣達の事も考える。
初期刀の加州を筆頭に、彼が本来生きる時代には既に現存していない刀剣も多い。行方がわからない者もいる。そんな彼らを纏めて戦う彼は、10代の日々を戦線で浪費しているようにも思えた。彼は、少なくとも戦国の世に比べれば平和な時代に生まれた筈だった。
早く、彼のいるべき時代に返してやりたい。そう思う一方で、他の刀剣の仲間達と共にここにいたいとも思う。後者の気持ちは決して小さくないから、出来るだけ時間の浪費は避けたかった。いつまでもここにいていい人間ではないのだ。
「『帰ろう、帰ればまた来られるから』。戦時中の海軍の言葉だよ」
俯いていた歌仙。貝紫の頭に、掠れた声でそんな言葉がかけられる。見ると、レンゲを片手に、審神者は苦笑していた。
「俺は戦略家でいたいんだよ、歌仙。急いては事をし損じる。戦力を整えて、練度を上げて、そうして準備をすれば今度はもっと効率的に攻略できる。その為には逃げるのも休むのも必要だよ。何を失敗したか、見極めてその弱点を補う事が大切なんだよ。……お前の元主も立派な戦略家だったんでしょ。俺は、お前の元主を見習いたい。23世紀で送る普通の学生生活に未練がない訳じゃないよ。でも、俺はお前達を犠牲にしてまで急いで役目を終えるような真似はしたくない。そんな事をしたら、一生後悔を引き摺って生きる事になる」
「……」
「それに、あの時お前の着物が滅茶苦茶血を吸ってた事を失念してたのも悪いんだよ。お前は相手を確認せずに渡したのが悪い、って思ってるようだけど。あの時点で、ひょっとしたらもう風邪をひきかかってたのかも」
歌仙の内心を見透かすような事をいったかと思えば、審神者は頬を掻いて笑う。最後のそれは下手なフォローだったかも知れない。しかし、歌仙も苦笑で返した。
彼がそういうのならば、そうなのだろう。だが、失敗から学ぶのは彼だけでなくともよい筈だ。
空になった器とレンゲを盆に乗せると、歌仙はいう。
「そうだね、そういう事にしておこうか。……それなら、君もゆっくり休んで、今度はあの歴史遡航軍どもをぶちのめす編成案を出してくれよ。その時にはまた僕も入れてくれ。今度は敵の御首を上げてくる」
「はは、期待してるよ」
歌仙の物騒な物言いを、審神者は笑って流す。内心で、いつもの歌仙に戻ったと安堵しながら。
落ち込んだ歌仙をどうやって安堵させるか。「失敗」してしまった審神者もまた、熱に浮かされながらもずっと考えていた。
助け助けられ(※似非土佐弁)
とても重たい木刀を、ひたすら素振りする事、数ヶ月。木刀の重さに振り回されなくなってきたこの頃は、それを振り下ろしながら稽古をつける陸奥守に疑惑の目を向けるものだった。
「吉行、これ本当に小栗流のやり方なの」
「正確には竜馬がやっちょった方法らしいがの」
袖を抜いて顎に手を添える。以前は余所見をすれば木刀がすっぽ抜けるので叱ったものだが、この頃は素振りの合間に雑談をする余裕も出てきた。それに主の成長を覚えながら、陸奥守は答える。
「つまり」
「正攻法ではないんじゃろなぁ」
途端、幼顔を渋くさせる。
「偉人を見習わせるのは、変人の真似をしろというのと同じ、っていう言葉があるんだけど」
「それでも体力はついちょる、おんしにも合ってるんじゃろ」
「ええー……」
腕組みをして言い切る。そんな彼の前で審神者は木刀を振り回す。はじめた時に比べれば、キレの増した動きだ。傍から見ていた通りすがりの和泉守は、のちに「明らかに合ってる合ってないの程度じゃもうないぞ、その辺の敵脇差ぐらいなら一撃で屠れるぞ」と他の新撰組男士達にこぼした。
そんな会話を知らない彼らは、その日の昼下がりも「体力作りの為の」剣の稽古をつけていた。
『ん。やっぱ小栗流が1番合ってるようじゃ』
それは、この本丸が開かれて比較的日の浅かった頃。あまりに頻繁に風邪を引く審神者は、当初、初期刀の加州とその相棒の大和守の過保護下に置かれていた。それが改善されたのは、ブレーキ役に和泉守がやって来てからだ。
その彼の提案で、「まずは主に体力をつけさせたらどうだ」という事になった。建設的な案だったものの、自分達に出来るのは剣の稽古ぐらい。それならば誰の、どの流派で稽古をつけるか――一通り素振りなどをさせた結果、陸奥守がその師に当たる事となった。
それから数ヶ月。審神者は「荒っぽい稽古だなあ」とぼやいているものの、傍から見れば明らかな適性を見せて着々と剣の腕を上げている。勧めた刀剣男士達が「普段の戦略家っぷりといい、やっぱりこの人は生まれる時代を間違っている」と内心で思っていたが、今のところ審神者自身にその剣道の上達の自覚はないようだ。飽くまで体力作りの一環として山伏が山から切り出した木刀を振るい続ける。頭の片隅でその素振りの回数を数えながら、陸奥守は改めて嘆息した。
「主、おんし、本当に剣道部ではないんじゃな」
「野球部だってば。正確には学校のじゃなくてボーイズリーグだけど。ふるってるのは竹刀じゃなくてバットだよ」
そういって、振るっていた木刀を止めると、持ち方を変える。右打ち打者の構えだった。どうやら一貫して右利きらしい。時折一期一振と「交流」と称してキャッチボールをしている時もミットは左手に嵌めていた。そういう点では指導しやすくて楽だと思いつつも、再び素振りをはじめた主を見詰める。
23世紀に戻ったら、剣道をはじめればいいのに。陸奥守のみならず、ここの刀剣男士が少なからず思っている事だ。野球に関する知識は、刀剣男士達には本来備わっていないものだ。ここにいる刀剣男士達が持っている知識は、ここの部隊にやってきて、テレビで高校野球を観る審神者に付き合い得たものだ。今では自分達の地元のプロ野球チームに贔屓を作っている者も出ている始末だ。陸奥守もその傾向があったが――閑話休題、審神者の天分が、野球ではなく剣道にあるのではないかと彼は考えていた。日増しに強くなっていく様は、嘗ての主を想起させる。剣道を「楽しいからやっているだけ」と言い切った嘗ての主は、それでも確かに天才だった。その最期は、「楽しいから」やっていた剣で討たれたけれども。
木刀を振る審神者は、陸奥守に続けていう。
「プロの野球選手になりたい訳じゃないけどさ、野球は趣味なの。今こうして剣の稽古をつけて貰ってるのは飽くまで体力作りのつもりだし、本当に剣道を続けるには趣味にするにはちょっと色々足りないよ」
「たとえば」
「うーん、熱意かな。剣道は、今みたいな戦でなければ個人戦じゃない。自分に向き合って、自分を鍛えるの。野球はチーム戦で、俺は捕手一筋。チームを動かして試合をする方が楽しいの」
「……根っからの用兵家じゃの、おんし」
呆れ混じりに見遣る。陸奥守は、そして改めて述懐した。この主が、野球を好むからこその今のこの本丸があるのだと。
主はそもそも、若い。23世紀でいう中学生ほどだと聴いていた。本来なら、戦場に立つような年ではない。それでもこうして本丸にただの霊力の提供者ではなく司令官として君臨しているのは、偏に彼の用兵のうまさゆえだ。元より書物などで知識はあったらしいものの、そのセンスを磨いてこれたのは「野球チームでずっと捕手してたからかな」というのが本人の言だ。実際、軍略会議で「リリーフ」「外野に交代」など時折野球用語が出る。訂正するのは初期刀ゆえにすっかり野球用語を覚えてしまった加州だ。
もしも彼が剣道をしていたなら。恐らくはそれなりの強さを既に持っていただろう。戦略とはセンスだ。しかし、その頭角を現すのにもっと時間がかかっただろう。ただの中学生として、下手をすれば刀剣男士に犠牲が出ていたかも知れない。彼の用兵家としてのセンスが既に相当磨かれていたからこそ、戦場にありながら、今日の平和な自分達があるのだろう――彼の貧相な体力と引き替えの平和だが。
こうして、出来れば23世紀に帰る前に、少しでも体力をつけて彼の助けになればいいのだが。自分達は、彼の培われた戦略センスのお陰で助かっているのだから。
そしてふと、陸奥守は思い出す。野球をやっていたという主を見た。彼の背丈は陸奥守と一緒だが、陸奥守がやって来た当初は彼よりも細かった。まだ中学生ならば致し方ないとも思ったが――
「主。おんし、野球をやっちょった割には、なんであんなに体が弱かったんじゃ」
「逆だよ」
「逆」
首を傾げる陸奥守に、審神者は平然と答えた。
「野球をはじめたから、学校に通える程度には体力がついたんだよ」
「…………主。訂正するき。23世紀に戻ったら野球と剣道、両方はじめちや」
「スケジュール的にきっつきつになるよそれ。いいたい事はわかるけど」
どうやら生物として、相当生命力が弱かったようだ。今日、この審神者に会えた事自体が奇跡に近かったらしい事を、この時陸奥守だけが知る事となった。
今後が楽しみ
短刀が続いた中で、2振り目の打刀男士だった。
「蜂須賀虎徹だ。俺を贋作と一緒にしないで欲しいな。……どうしたんだい」
「あの、ちょっと」
鍛錬所。加州と共に並びながら、審神者は思わず目を覆っていた。
小柄な、子供のような刀剣男士以来、はじめての1時間30分――思わず見詰めていた為に、色素の薄い目が潰れそうだった。蜂須賀虎徹、真作の虎徹の刀剣男士とは知っていても、よもや全身金ぴかの鎧とは予想していなかった。まだ遠慮のあった審神者は、咄嗟にその事は口に出来ず、咄嗟に言い訳をする。
「その、……真作の虎徹さんはまぶしいなあって」
「そうだろう、君は見る目があるようだね」
(あ、意外にいい人かな)
明順応してきた目から手を外しながら、苦しい言い訳に喜ぶ彼に審神者は思った。隣では、「ちょっと純粋過ぎじゃないかな……」と加州が主と同じ色の目を開いているところだった。
それが最初である。
「今はもう見慣れちゃったなあ、その鎧」
「おい、君、そんな事を思っていたのか」
蜂須賀は、腕組みをして肯く審神者を睨め付ける。帰投した彼の鎧は薄汚れている。先程出陣から帰投したばかりの為だ。部隊長だった為に報告がてら、鎧から私服に着替える彼の前で審神者はホロのモニターを叩く。先日実装された二刀開眼は、打刀と脇差で施行される。先程の出陣では、蜂須賀が青江と行い、見事敵部隊の部隊長を仕留めていた。そのデータを登録しながら、審神者は笑って茶を勧める。先程歌仙が淹れていってくれたものだ。手早く、質の良さそうな着流しに着替えた彼はその湯飲みを手にする。顔は不機嫌なままだったが。
「あんな事をいっておいて……物理的に眩しかったのか」
「だって、『蜂須賀虎徹』の拵えが金色なのは本で知ってたけど、まさかそんなに派手な色でくると思わなくて。寧ろよく夜戦で平気だなって今でも思ってる。よく的にされないね。戦時中のフランス軍の軍服みたい」
「あちらは赤と青だろう。君、慣れてくる程に失礼になっていくな。俺の優秀さは主の君が知っているだろう」
「まあ、2番目に来てくれた打刀だから助かったけどね。……おや、長谷部は二刀開眼率が高いな。さすがというべきか」
いいながら、集計したデータに目を通す。反対側から蜂須賀が見てきたので手招きした。透けるモニターには、これまでの二刀開眼の数値が示されている。それに、横から覗き込んだ蜂須賀が、興味深そうに顎に手を添えた。
「長谷部は機動の速さが脇差に劣らないからじゃないか。黒田家に関わった刀剣は機動が速い傾向にあるようだが。あぁ、それに浦島も、誰とでも二刀開眼をしているようだな」
「人懐っこさかね。……蜂須賀は弟さんはともかく、他の奴の優秀さをちゃんと認めるねえ」
「それは当然だろう。実力は嘘を吐かないからな」
隣の蜂須賀を見上げれば、何を当たり前の事をといわんばかりに目を瞬いている。審神者は、いつかのように眩しそうに眼を細めた。
最初はあまりの外見のインパクトに驚いてしまったものの、存外に根が素直な好青年だと気付いた。真贋への厳しささえなければ……と思えば、たとえどんなに厭っている相手であろうと、認めるべき点は認める潔さがある。審神者はどてらを着直しながらしみじみと肯いた。
(こういうのを「育ちが良い」っていうんだろうな)
それは今は口に出さず、審神者はふと、その数値を拡大させた。ある打刀男士の成績である。
「あ、そういえば蜂須賀。長曽祢もお前に追いついてきてるね。あとから来たのに、さすが近藤勇の剛刀」
「! ……主、このあとの演練に俺を出してくれ! あの贋作に負けてたまるか!」
「はいはい、今日はそのつもりでしたよ」
笑いながら、隣で憤る蜂須賀に答える。
プライドは高いが、それに裏打ちされた努力を惜しまない姿勢は確かに「本物」を感じさせる態度だった。
(今後が楽しみだなあ)
「頼りにしているよ」
扱いづらい奴が来た。正直な感想はそれだ。恐ろしく美しい顔形に対した、みすぼらしい身形。それは自ら好んでしているものだという。同日に鍛刀された山伏がいなければ、彼と仲良くなれる日はもっと遠かっただろうと審神者は思っている。
尤も、意外に気遣い屋だという事も、結構早くに気付いた事だったが。
まだ和泉守が来ず、沖田組の審神者への過保護がひどかった頃の事だ。
(……もう何日、外を見てないかな)
事実上の軟禁。それでも不自由はさしてないのが質が悪かった――運動不足になりそうな数日。風邪が治ってからも、その頃の審神者は障子を結界として1歩も外に出して貰えていなかった。極端な病弱さと、23世紀に至っても人類が風邪菌を克服できていないという事実が、病で嘗ての主を失った沖田組に衝撃を与えてしまったゆえである。屋内でもマスクをしたまま、その日の仕事を終えた審神者は、近侍の目を逃れ、城内を歩き回っていた。そもそも、この本丸と呼んでいる城の内部を、当時の審神者は全て網羅できている訳ではなかった。これでは警備に隙が生じそうだ――のちに城中を鶴丸と共にブービートラップだらけにする切欠の思考を発生させながら、どてらを着込んだ審神者はあちこちを見回っていた。病院でスカウトされ、実家に帰る事なくそのまま政府に連れて行かれ、この城を宛がわれた。事実上の未成年者略取だが、一応は親と審神者自身の承諾は得ている。何せ生涯の政府との契約による拘束の代わりに、法外な報酬を与えられるのだ。自身の治療費の為に身代の傾いた家計と、弟の将来の学費の為になるならば――スカウトにやって来た役人に肯いてしまった、あの日が既に遠い。一応こちらに来る前に面会した両親には、世間体として子供を売る形となった事を謝られたものだった。
『必ず、報いる。家を建て直して、迎えに来る』
父母はそう力強く誓ってくれた。このかわいげのない自身を生んだ両親だ。屹度、今頃政府に食い込む形で金策を練っている。自分達なしでは立ちゆかないようにして金を稼ぐだろう。そして自身もまた、大人しく迎えを待つつもりはない。どうせ就職をすれば生涯拘束される事には変わらないのだ。どうせならこのまま政府のトップに上り詰めてやる。この「審神者」の御役目はその足がかりだ。この当時は、幼さに見合わぬ野心を胸に抱いていた審神者は、実のところ刀剣男士達付喪神の「忠誠心」に途惑っていた。神と聴いていたのに、ヒトの姿をし、そして自分に一心に仕えてくる。自身と同じ「審神者」の役目を任される者は数百名、あるいはそれ以上とも聴く。ともすれば、彼らの忠誠に舞い上がってしまう者も出るだろう。そういった「間違い」が起きなければよいが――
「……ん」
雨戸の閉まった縁側。審神者は、その音に立ち止まった。振り返る。
その水音と機械音は、近くから聞こえてくるようだった。審神者はどてらのポケットからデバイスを取り出すと、審神者の権限で本丸の絵図面を広げる。
自分の居場所は、どうやら洗い場のひとつの最寄りのようだった。
「あれ、まんばだよね。今日の洗濯当番って君だっけ」
「………………あんたか。見つかると沖田組が煩いぞ」
その洗い場は、半ば外に接している。ゆえに久方ぶりに覚える寒気が皮膚を刺激した。今の季節は冬だ。マスクがちゃんとかかっているか確かめながら、審神者は目の前の光景を眺める。
洗い場は広い。ちょっとしたコインランドリーだ。増えれば50人程にもなるという大所帯の為に、洗濯機の数も多い。その洗濯機のひとつの前で、いつもの頭巾を取り去った山姥切国広がそこに立っていた。動いているのは洗濯機だけではない。審神者の方から見て手前の乾燥機もだ。その中では白い布が回転していた。それと、山姥切の足下にある洗濯籠の白い布。それらを見て、審神者はふと、口にする。
「……ひょっとして、その頭巾の纏め洗いしてるの」
「……他の奴の洗濯物と混ぜる訳にいかないからな。汚れがひどい」
そういって、気まずそうに洗濯機に視線をやる。美々しい青年の横顔は、たとえ「芋ジャージ」と呼ばれる類の服でも霞まない。イケメンってすげー、内心で思いながら審神者はこてりと首を傾げた。
「でも、洗い替え用の頭巾ってないの。いつも被ってるじゃん。被ってないと落ち着かないなら構わないのに」
「……全部洗ってるんだ」
「へえ?」
「あんたが風邪を引きやすいというから、清潔にしていた方がいいだろう。…………と、加州がいっていたんだ」
「……へえー……」
審神者は目を瞬いた。マスクをしていてよかった。口の端が思わず緩んでしまったので。明らかにとってつけたような後半の名に、意外さを感じてしまう。
恐らく、加州がそういったのは事実だろう。自身の知らないうちに看護の知識を増やしていっている加州は、瞬く間に本丸内を高温・多湿を保ち、食事も栄養たっぷりのものを作ってくれるようになった。まだ料理の得意な者が揃っていなかった頃だったにも関わらず、この部隊でのちに病人食は充実していったのはこの為だった。しかし、まだ部隊の内部の空気が完全に統一された訳ではない。沖田組の過保護も、今は彼らの暴走ととられている傾向が強かった。
しかし、こうして誰もいない方のランドリールーム。ここで山姥切国広は、あれ程に自身を見窄らしく見せる為にぼろきれをかぶる事に固執していたにも関わらず、少なくとも清潔な布を被ろうとしている。
それは、多分、彼自身の意思だ。
マスク越しの、口元をおさえる。すると、前髪越しの鮮やかな色の目がこちらを見咎めた。
「おい、どうした。また風邪をひいたか。それとも喘息か。喘息ならさっさとここを立ち去れ。冷えは気管支に悪い」
「うん、大丈夫。ちょっと思い出し笑いをしそうになっただけ」
「思い出し笑い? 変な奴だな、唐突に」
怪訝そうな彼の前で、審神者はどういう表情をしていいかわからずそう表現した。実際、最初の印象と、今の彼の印象は異なるものだった。
――山伏に対する態度からして、本来はただの冷静な人格だろうとは思っていたけれども。卑屈さを抜けば、ただの好青年ではないか。
(刀剣男士って、なんなんだよ。もう)
その場で蹲る審神者に、いよいよ山姥切が焦った様子で歩いてくる。それに手を振って何でもない、と答えながら、審神者は自身の認識を改めなければならないと感じていた。
彼らは、付喪神。つまりは人に使われる道具。ゆえに、ヒトに対しては、どんな者でも気遣いをするのだ。その本質に気付いてしまった。彼らは、本当に丁重に扱わなければならない。
身を窶す、が語源だという。彼らはその語源の通りに「優しい」のだ。だから審神者は、頭を抱えたまま、とうとう具合を尋ねてくる山姥切に唸るようにいう。
「……もう、頼りにしているよ。これから」
こんなに優しい彼らを、自分はこれからも戦わせ続けるのだ。こんな彼らを、自身はこれまでもこれからも、決して損なってはならない。訳がわからない、という表情の山姥切の前で審神者は密かに、そう決めた。
身を窶す程に頼り甲斐を見せる彼らに、報いねばならない。そう、決めた。
審神者→初期刀で5のお題
信頼すべき人物 加州清光
失敗(ミス)も勉強のうち 歌仙兼定
助け助けられ 陸奥守吉行
今後が楽しみ 蜂須賀虎徹
「頼りにしているよ」 山姥切国広