※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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※回想ネタバレ 日本号が歴史遡航軍に「鳥になる呪い」をかけられて両手が翼になってしまい、薬研に面倒を見て貰う1日の話。あと周りの人々の群像劇のような感慨。
▼×よりも+というか、親子……? 心意気は×です。
▼この間見た夢が「鳥人日本号と一緒にいる少年薬研」というパラレルっぽいものだったのですが、詳しい内容を忘れてしまったので呪いという事にしました。にほ薬なんて思いつきもしなかったわ……


【腐向け】この■で抱けるもの【にほ薬】

 以前にも、忌まわしいモノを使った呪いが歴史修正主義者から送られた。けれどその時は、相手の未熟で大事に至らなかった。

 それでも実に嫌な事に、相手もまた確実に成長しているのだ。咄嗟にその身ごと貫いた刀装。それが「卵」だと気付いたのは、頭からコールタールのように黒い液体を被ってから。

『――――――!!』

 劈く悲鳴。それに意識を手放す。

 

 それがカラスの声だと、気付いたのは眼を覚ましてからだ。

 覗き込んでくる、レンズ越しの藤色の眼。嘗ての同輩と見紛う。しかしその顔の幼さと髪の黒さに、すぐに誰かを当てる。

「おう、旦那。喋れるか」

「薬研、か」

「そうだ、薬研だ。よかった、声はヒトのまんまだな」

「何いってんだ」

 額に濡れたタオルが乗っている。それに気付いたが、構わず起き上がろうとした。手を突こうとして――滑る。目を瞬いた。

 自身は敵を倒した。その筈だ。だがそれ以降の記憶がない。それにどうやら布団の中にいるらしいが、湯たんぽでも入っているのだろうか。まだ冷える季節とはいえ、妙に暑い。だから咄嗟に、脚で布団を退けた。

 ……腹筋で起こした上半身。その両腕「だったもの」を見て、唖然とする。髪色に合わせてか。真っ黒い羽毛が、袖を広げていた。

「なんだこりゃ」

「俺も同じ台詞をいっちまったよ。あんたは敵の『呪い』の刀装を砕いちまって、謹製の『カラスの呪い』を食らったそうだ。手入れじゃ治らんから、今こんのすけが政府に連絡している。で、感想はどうだ」

 布団の隣で胡座を掻く、薬研は至極真面目な顔だ。だが、日本号は両腕を広げる。黒い鳥の翼になったそれを見て、五指の感覚が曖昧になった腕を動かしながらこういった。

「ひとまず、便所はどうしよう。指もなくなってるぞ」

「大将が至急ウォッシュレットを手配した」

「……さすが主、手慣れてやがる」

 歴史遡航軍の呪いならば、戦力を削ぐのが狙いだろう。ならば槍が持てなくなっているのは当たり前で、ここの審神者ならばそれをカバーした戦術を練るだろう。だからひとまずは、生活の心配をする事にした。そして隣にいる薬研を見遣ると、彼は自身の胸を叩く。

「それと、呪いが解けるまでは俺があんたの身辺の世話をする事になった。宜しくな、日本号の旦那」

「……おう」

 なぜ、とは聴かなかった。

 

 その日、帰投した日本号は肩から手に掛けてそれは見事な黒い翼に変じていた。

 

 

 

 

「なんだ、鳥刀剣の仲間入りをしたかったのか。日本号」

「んな訳ねーだろうが。不便この上ねーよ」

 執務室を辞して、直後に出会したのは縁側に腰掛ける2人の刀剣男士だ。日本号は薬研を伴いながら、不機嫌この上ない顔で彼らを見下ろす。

 一時庭を占めていた雪が溶け、そろそろ梅の花が解ける。寒椿が咲く庭を茶請けにしていたのか。鶴丸と鶯丸は翼を広げる日本号の前で湯飲みを片手に座っていた。寒くないのかと問いたくなる。ガラス戸でさえ閉めずにいるのだから。そんな日本号達の思考に気付いているのかいないのか、「冗談だ」と鶯丸は肩を竦める。湯飲みからは温かそうな湯気が立っていた。

「話は聴いた。歴史修正主義者から呪いを受けた、とはな。しかし、随分面妖な呪いだな。それはカラスの翼か」

「白いカラスもいるらしいが、日本号の色ならば黒になったか。カラスは神の使いだからな。……同じ付喪神のあいつらとしても、堕として呪いに使いやすかったんだろう」

「大将とこんのすけもそういってたぜ」

 翼の裡から顔を出す。目を瞠る日本号の前で、彼は彼らに説明する。先程、審神者の執務室でされたやり取りを。

 

 和室が理科室になっていた。学校というものを知る者ならば、そんな感想を抱いたと思われる。

「政府に呪詛を解く専門家がおります。しかし今、この『国』の担当者は外つ国におりまして」

「数日で戻ってくるらしいけど、暫くはあまり動かないで。動くと呪いが進行するよ。あとで侵食を遅くさせる薬を処方するから、薬研が取りに来てね」

 いいながら、審神者は書見台を尻目に、紫色の石を砕いている。その傍らでこんのすけが何やら指示を出していた。ひょっとして、その薬とやらだろうか。翼の折り畳み方が今ひとつ掴めずにいる日本号の横で、あの石と同じ色の眼をした薬研がいう。

「大将、旦那はどれぐらい動かしちゃなんねぇんだ」

「本音をいえば寝ていて欲しいところだけど、暇だろうからね。あ、でもお酒は駄目だよ。侵食を早めるから」

「飲みたくてもこれじゃ飲めねーよ」

 出来る事ならストローででも飲みたいところだったが。釘を刺されてその考えを放棄する。実際、今の日本号は、手を使えない状態に等しい。本分である「槍」でさえ、満足に掴めないのだ。成る程、まさしく刀剣男士に向けられた呪いだった。忙しなく手元を動かす審神者に代わり、こんのすけが彼らの前にホロのモニターを示す。グラフだった。赤い線が僅かに右肩に上がっている。毛の前足でそれを示しながら彼はいう。

「このところの、刀剣男士が『呪い』を受ける件数です。地味に増えていましてね……歴史修正主義者の捨て身の呪いです。刀装が破裂すると、破砕した相手に降りかかります。更に持ち手が破壊されると強力になります。このところ通常にない異形の検非違使というのも見かけるというので、ひょっとしたら検非違使に向けたものだったのかも知れません。どちらにしろ、依り代から付喪神を引き剥がす目的なのは変わりませんね。ベースは様々ですが、日本号殿がかけられたのはカラスで間違いないでしょう。薬研殿」

 唐突に話をふられた、と思われた。しかし日本号が見ると、薬研は落ち着いた様子で、審神者の手元を見ている。砕いた石を薬包紙に注いでいた。

「あぁ、日本号もいっていたし俺も耳にした。ありゃカラスの鳴き声だ」

「本来は神性の高い生き物だからね。同じ付喪神のあいつらからすれば、『裏返し』にしてベースにしやすい動物だったんでしょ。えーとこんのすけ、これであとはマンサクの花だっけ。庭にあったな」

「えぇ、全て審神者殿の手でお願いします。日本号殿は審神者殿が顕現された刀剣男士。貴男が作ったものが1番効果がある」

「悪いな、手間かけて」

 アルコールランプで煮沸されているビーカーは薄い色をしている。その中に薬包紙の中身を注ぐ審神者はいかにも恐る恐るという様子だ。恐らくあの書見台には呪いを解く専門書でも載っているのだろう。この審神者は若いとうよりも幼い。それも専門の術師ではなく、本業はただの学生だと聞く。通常の薬どころか、呪いに対抗する薬など作った事もないだろう。それに審神者は立ち上がりながら笑う。

「大変なのはそっちでしょ。さて。悪いけどお願いね」

「おぅ」

 幼い外見に、低音の声。障子を開いて出て行く審神者と擦れ違いざまに、薬研は肯いた。

 それに、違和感を抱いたのが最初。

 

 

「新しいトラップの計画に来たんだが、主は忙しそうだったからな。それで鶯丸に茶を貰った」

「また長谷部に叩ききられそうな事をしてるな、あんた」

 そして執務室を辞してきた2人の前で、鶴丸はいう。懐からは複数の線画が描かれた書類がある。「雪」「花びら」「穴」、最後の言葉さえ見えなければ風雅な書面に見えただろう。日本号は嘆息する。ここの嘗ての同輩は、「今の1番は今の主」というが時折それが疑わしい程審神者と鶴丸の悪戯に引っ掛かっては怒っている。これでも減った方、とは黒田の馴染みの一振りである博多の話だが。尤も、日本号としては良い傾向だと思っている。あれ程に感情を発露する長谷部を見る事などないと思っていた。

 織田の事に関して以外は。

「今は勘弁してくれよ、鶴丸の旦那。それと暫くは日本号の旦那は出られねぇから、槍枠は蜻蛉切を入れろと大将がいってた」

「御手杵は」

「あいつは加州と一緒に待機だ。政府に日本号を連れて行く時の大将の付き添いに、いつでも出られるようにな」

「2人もいるか」

「日本号の槍を誰が持つんだよ」

「あぁ……しかし、手の部分もなくなってしまっているんだな。飛べたりするのか」

 茶を飲み干したらしい。盆に鶴丸の分の湯飲みも乗せると、立ち上がった鶯丸が20cm程上を見る。その視線を受けた日本号は、苦笑しながら羽ばたいてみせた。縁側に寒風が起きる。「寒い寒い」と鶴丸が抗議の声を上げた。

 しかし、彼の体は数mmたりとも浮かない。羽ばたくのをやめて、日本号は肩を竦めた。つなぎに袖を通せない為に、内番の時のように袖を脱いで腰で結んでいる。タンクトップより下は黒い羽毛で覆われていた。

「この通りだ。本当にただ腕が翼になっただけだ。何の役にも立ちやしねぇ。寧ろ邪魔だ」

「とりあえず今の季節にはばたくのはやめてくれ。うぅ、冷えた。俺も鶯丸についていくが、2人とも茶はいるか。どこにいるつもりだ」

「大広間だ。茶は日本号の分にぬるめのとストローを頼む。それじゃ行くか。いい加減寒い」

 立ち去っていく鶴丸達を尻目に、薬研が顔を覆う。見れば、見下ろす耳が赤い。顔を掻こうとして、それが羽毛に覆われていた事を思い出す。改めて強い力でこすりつけた。

『薬研は、面倒見の良い奴だ』

 それは刀剣だった頃か、それともこちらに来てからか。長谷部の口からそんな言葉を聞いた気がする。確かにその通りのようだ。「早く来いよ」と、立ち止まっていた自身に縁側の角で振り返る。その姿は、遠目にも彼より小さかった。

 あの時も、あの姿を見た気がする。

 

 

 遠征から帰ってくると、この寒空に日本号はタンクトップひとつという出で立ちだった。両腕から黒い翼を生やして。

「……さっき大将から話は聴いたけどよ。寒くねーの、あんた」

「袖が通らないんだから仕方ねーだろ。お前ら短刀こそ万年短パンの癖に」

「これは俺らのアイデンティティだよ」

 後藤は厨で貰ったダックワーズを頬張っている。日本号もどうやら貰ったらしいが、彼の今の腕では食べられないだろう。無念そうに傍らに置かれたそれが、もう1皿ある事に気付いて指摘する。すると答えといわんばかりに、彼の真後ろの障子が開いた。手には盆があり、その上にはグラスが握られている。紫色をしており、金色の粉が光っている。

「おう、後藤お帰り。日本号、とりあえず薬が出来たそうだ。ほれ、口を向けろ」

「おう」

 薬研の言葉に目を瞬く。彼に構わず、薬研は日本号の顎にグラスを当てた。それを日本号が飲んでいく。その光景に驚く彼の前で、日本号は「渋い……」と眉を顰めていた。

「極端に不味くはねーが、あんまり普段から飲みたいもんじゃねーな……」

「呪いの進行を抑える薬だ。良薬だから耐えろ。まぁ、大将はこういう薬を作るのははじめてだといっていたが」

「……まぁ、そう慣れていても嫌だけどな。ただでさえかわいげのない主が呪いに関する事に詳しいなんて」

「……ひょっとして、その翼、本当に全然手として使えないのか」

 薬を飲み終えた日本号に、後藤は尋ねる。見た目は儚げな美少年の薬研に、餌付けされるように飲み物を与えられている鳥人の男という図は少々倒錯的だ。実際はただの世話係だとは聴いていたが、何となく落ち着かない気分になる。やっと日本号を挟む形で隣に座ると、グラスから口を離された日本号は肯いた。翼を広げる。

「もう、1度湯飲みを持つのに失敗して惨事を起こしたからな。着替えるのも手間だ。簡単に引っ掛けたりとかはできるんだが」

「ほい、口を開けろー」

 いわれてすぐに日本号は薬研の方を向く。向こう側に座った薬研は、手に日本号の分だろう皿を持っている。ダックワーズを口にすると、「それにしてもうめぇな、この山吹色の菓子」と肯いていた。それにどこか満足げな薬研に、後藤は口をダックワーズを口にしながら表情を誤魔化す。

 

「なんか、随分甲斐甲斐しいな。薬研の奴」

 空いた皿をグラスと共に盆の乗せると、すぐ戻ると薬研は立ち去った。ゆっくりと食べていた後藤は漸く最後のひとかけらを食べ終えると、薬研の代わりに湯飲みを持ってやる。ストローで茶を啜った日本号は、口を離すと「そうなんだよな」と神妙に肯く。

「俺はここに来てあんたより日が浅いが、薬研の奴って元からああだったか」

「……話だけは知っていたが、あそこまでとは知らなかった」

「話」

「俺が黒田にいたのは知っているだろう。黒田にいた刀剣は博多や厚みたいなお前の兄弟もそうだが、黒田に恩義がある刀剣は長谷部もだ。あいつは右府様の話ばかりをする。それに、薬研通の話もよくあった。『主の腹を切らぬ守り刀』だ。その評判通りの奴だった、と長谷部はいっていた」

「……あいつ、あんまり織田の時の話はしないからな。俺ら藤四郎を有名にした張本人だってのに」

 そういう後藤は、日本号の茶を勝手に飲みながら瞼を伏せる。彼が後藤家から土井利勝を経て徳川家に贈られたのも、婚姻の縁起物としてだ。その元の挿話は薬研にある。

 尤も、切らなかったのはその時の主だけだ――嘗ての主家の後藤家は、幕府の貨幣鋳造を担う「商家」だった。飽くまで武士ではない後藤家は、出来るだけ幕府にすり寄ったものの、切られる時は何の躊躇いもなく切られた。

 「天保銭」。悪貨の鋳造で知られる当時の三右衛門は、徒党を組んでいた南町奉行に追及の手が及んだ際、生き残りを図る為に彼を裏切り讒言した。しかしその奉行や、同じく徒党を組み讒言した暦学者でさえ「お預け」で済んだ。彼らは武士だった。しかし商人の三右衛門は、斬首に処せられた。身分が、彼を殺した。

(人間、勝手に生きなきゃすぐ死ぬ。でも、勝手にしても、死ぬ奴は死ぬんだよな)

 いつかの戦域で、同じ「主に幸福をもたらす」刀としての心構えを聴いた。しかし嘗ての主家の末路を考えると、自分の「縁起の良い刀」という肩書きが重く感じてしまう。ましてや結局は嘗ての主を守れなかった「薬研通」が何を考えているか、後藤にはまだわからずにいる。

「ただ、少なくとも」

 湯飲みを片手に持つ後藤の隣で、日本号は羽の先で頭を掻いた。

「俺が呪いを受けたあの出陣までは、普通だった気がする」

 

 

 

 討ち損ねた。そう判断した刹那、日本号の身を引っ張って飛び出した。黒い液体を被った彼は、そのままで倒れていく。

「柄まで通ったぞ!!」

 斬り伏せた敵は、しかしにやりと笑っていた気がする。それに訝しみながらも血を払うと、背後から悲鳴がした。

「日本号!」

「日本号さん、しっかりしてください!」

「うわ、何だこれ?! 羽……!?」

『おい、どうした?!』

 式神の審神者が尋ねてくる。自分の肩の上に乗る彼は、視覚が今の自分とリンクしている。今の部隊長は自身なのだ。式神は彼が部隊長であるという印に過ぎない。検非違使対策の為に練度の近い者同士で組ませた部隊。その中でたくさん練度を高められる部隊長を任されていたのは自身だ。だから、余計に怖かったのかも知れない。一瞬、振り返るのが遅れたのは。

 血には塗れていない。ならば日本号が浴びたあの真っ黒な液体はなんだったのか。地に倒れる日本号の手には、彼の本体の槍が握られている。意識なくとも手放さないのは付喪神の鑑とも思えた。

 けれどその袖の抜けた両腕が、肩から徐々に、徐々に、黒い羽毛に覆われていっていた。

 終いには、手の形も失せ。槍が地面に転がった。握る事が、出来なくなったのだ。

 青ざめたのは、審神者か、自身か。飛びついたのはその時だ。カラスの声が聞こえた。

 

 

 

 縁側を息巻き歩く。今日は体調の良い審神者は執務室にいるという。その彼にもの申したくて、前田は歩いていた。執務室の雪見障子、それを断りも入れずに勢いよく開く。

「主君、あれはどういう事ですk」

「ふざけんな、ばかやろー!!」

 刹那、審神者が座布団にデバイスを投げつけた。隅の大きなパンダのぬいぐるみが揺れて倒れる。

 ……出鼻をくじかれた。白足袋を卓袱台に載せたまま肩で息をしている審神者に、それでも前田は「主君、失礼します」と声を掛けた。内心で珍しい事もあるものだ、と思いながら――何があったのかはわからないが、三日月にも並び称される程にマイペースなこの審神者を怒らせるとは余程だ。こんのすけが隅の座布団で震えている。それに哀れさも催されたが、今は自身の兄弟について問いたかった。

「……ああ、御免ね。変なところを見せちゃって。どうしたの、前田」

 頬を染めながら、おもむろにデバイスを拾う審神者はいつも通りだったが、やはり目元に険が残っている。座布団を勧められたが、断って卓袱台に手を突いた。実験道具のような器具が並んでいなければ叩いていただろう。

「どうしたもこうしたも、なぜ日本号さんの世話係に薬研を務めさせているんですか」

「あれは薬研が望んだ事だよ」

「……止めるべきだったでしょう、それなら。薬研は悔いているんですよ」

 あっさりと返され、前田は一瞬だけ言葉に詰まる。しかし今度は畳の上に座ると、向かいに座って充電器にデバイスを置く審神者に進言する。

 悔いている。それは兄弟でなければわからない程の機微。あの時の白刃隊は、日本号と堀川を抜けば「藤四郎」で構成されていた。だから彼らも、言葉にせずとも薬研があの瞬間に「悔いた」のは伝わっただろう。それが何なのかは、明確に口に出来なくても。

 薬研が部隊長だった時の出陣。前田、厚、博多、堀川、そして日本号の6振り。実質は日本号が率いていたようなものだ。実際の経年は別としても、見た目の幼さがどうしても内面に影響を及ぼしている。この中で日本号は確かに最年長の気分だっただろう。

 だからだろうか。あの時、重傷を負った彼は、薬研を庇うように真剣必殺を放った。その結果、本来呪いを被るはずだった薬研は、最初は自分ひとりで日本号を引き摺って帰ろうとした。

 勿論長身の彼と、160cmの堀川よりも小さい薬研ではあまりに無力だ。3人で日本号を抱え、2人で日本号の槍を抱え、ひとりがしんがりを務める。その中で、1番近くにいた前田は、城門についた時。薬研が呟いた言葉を聞き逃さなかった。

「『何で、俺は短刀なんだろうな』って。あの薬研がいったんですよ。この言葉の意味を、わからない貴男ではないでしょう」

「悔しいのは、薬研だけじゃないよ。前田」

 怯えているこんのすけに手を伸ばす。その頭を撫でてやりながら、目の前の前田に審神者はいう。

「全ては俺の采配ミスによるものだっていうのに。あいつらは矜持が高い。それをわかってやれるのも、『お互い』だけだ」

「……」

「ところでこんのすけ、解呪は専門家の骨の1本や2本折れていても出来るかな」

「さ、審神者殿。専門家殿がイギリスに行っていた上に連絡が取れなかった理由が『制服ヲタ(好物:ミリタリ)の自分が留学を決めた母校の制服が、リニューアルされて更に自分好みになったから同窓会がてら見に行く』と電波の届かない結界の張られている魔法魔術学校に行っていたからというもので業腹なのはお察しします。ですが骨が折れていると集中力が削がれます。やめてさしあげてください。彼の腕は確かですがさすがに負傷していると解呪が失敗します。骨が折れる程の卍固めはやめてあげてください」

 転がって「七つ夜」という背中の字を晒していたぬいぐるみに、予行練習といわんばかりに卍固めを決める審神者。彼の先程の怒鳴り声の理由がわかった気がして、ひとまず前田は「僕がシャイニングウィザードを決めてからでいいですか」といっておいた。イギリス帰りの陰陽師(政府の解呪スペシャリスト)の運命はこんのすけにかかった。

 

 

 

 髪を乾かし終わり、今度は右腕の羽毛にドライヤーをかける。ある程度タオルドライをしていた翼は乾きかけていた。それをしみじみと眺めながら日本号はいう。

「まさか動物用シャンプーが有効とはなぁ」

「動物系刀剣から借りてきてよかったな。ヒト用のは泡立たないかと思ったが」

「薬研、終わったよ。……しかし、日本号殿。その翼は幻覚ではなく本物だったんですな」

「俺も幻覚だと思いたかったよ……」

 大浴場の脱衣所。日本号の世話をする薬研の頭を、丁度髪を乾かし終えた一期一振が乾かし終えた。日本号の黒い翼を丁寧に乾かしていく弟を尻目に、彼もまた日本号のそれをしみじみと眺めた。付喪神が依り代を持てないというのは致命的なのだが、どうにも目の前の光景にその事実が現実味を帯びない。

 遠征から帰ってきたあとの夕食。大広間に弟と日本号の姿がないと思えば、いつの間にか食事を終えていた。聴けば、日本号は事実上両手を使えない状態にある為薬研が食事をさせていたのだが、さすがにその姿は人前に晒すのは両者にとって酷だ、と考えた審神者が別室を用意したのだ。騒動と、審神者自身から「薬研が世話係の理由」を聴いてそれなりに納得はしていたものの、目の前の光景は神話の鳥人のようだ。刀の付喪神だという事を忘れさせる。但し少々やさぐれた鳥人だったが。今度は左側に回る弟を眺めながら、一期一振はいう。

「主は1週間以内には解呪が出来ると仰有っていましたが」

「専門家が海外に行ってるらしいからな。その間は出陣できないから、あんたらにも迷惑かける」

「構いませんよ。主もちゃんと采配してくれるでしょうし。……ところで今夜から、薬研が同室で寝るそうで」

「俺はいいっつったんだけどな、寝るだけだし。これじゃ酒も飲めねぇ」

「面倒見るっていったのは俺だ。最後まで責任取る」

「ペットか俺は」

 正直今の姿は飼われている動物に近い、とは一期一振は辛うじて堪えた。咄嗟に顔を背けたものの、彼らにいう。

「……何かあったらいってくださいね、2人とも。今回の件は主が自ら采配ミス、といっているんですから。遠慮なく彼にもの申すべきですよ」

「わかってるよ」

「だから俺も日本号と一緒に出陣休みを取る事にしたんだ。頼むぜ一兄」

「任せなさい」

「大体乾かし終わったぜ。行こうぜ日本号」

「おう、それじゃあ暫く弟借りるぜ」

 薬研に促されて、日本号は立ち上がる。人の手を借りて何とか寝間着に袖を通していた日本号は、薬研と共に軽く手を振る。そして暖簾をくぐっていった彼らを見送った一期一振に、傍でコーヒー牛乳を飲んでいた厚がぼやく。

「あいつが休みを取るなんて、余程あの時の事を気にしてるんだな。薬研」

 瓶が放られる。「瓶ゴミ」と書かれた箱の中で大きな音を立てた。

 

 

 

『蜻蛉切の奴が羨ましいんだよなぁ』

 天下三名槍に遅れてやって来た。自身に御手杵はぼやいた。蜻蛉切は庭で一期一振と何かを話している。聴けばここの2人は念友関係にあるという。意外な組み合わせに驚いて日の浅い頃だ。御手杵の言葉に、日本号は肯く。

『わかる。あいつ、槍としてちゃんと振るわれてるもんな』

『そっちの武勇の方が有名だし。だからこそ、今は絶対に最期まで戦い続けたいんだよな』

 そういう彼の肩には、槍がかけられている。重さを嫌いながらも、常に本体を持っていないと落ち着かないという御手杵は、日本号に笑った。

『どうせなら戦場で折れたい。そうだろ』

『それが本望なんだよな。今の主は、絶対にそういう采配はしないだろうが』

『良い主なのが困るんだよなぁ』

 その横顔が、本当に困っている様子だったので、日本号はそれが印象に残っている。

 

 紫の眼が覗き込む。天井からぶら下がる電灯が明るい。

「お、よかった。起きたか。寝る前の薬だぞ。主に貰ってきた」

「……悪いな」

 腹筋で上半身を起こすのにも慣れた。腕でバランスを取り、口にグラスを当てて貰う。風呂上がり、畳の上でいつの間にか寝入っていたらしい。いつもならば酒が入っていなければ寝冷えをしているところだ。肩で引っ掛かっている浴衣の袖が少々煩わしい。「布団を敷いておいたからもう寝よう」という薬研に、飲み終えたグラスから口を離して見れば、2組の布団が既に敷かれていた。この一室は審神者が速やかに設置したウォッシュレットのある厠に1番近い部屋だ。

 そして、壁際の布団。大きめのそれの枕元に置かれた「それ」を見る。目を瞬く自身に、「あんたが寝ている間に御手杵に持ってきて貰ったんだ」と薬研はいう。

 それは、「日本号」の槍本体だった。今日1日はずっと離れて過ごしていたそれは槍男士部屋に置かれていた筈だった。鎮座しているそれを見詰めていると、グラスを盆に置いた薬研は苦笑する。

「俺ひとりじゃちっとばかり丈が余るからな、他の奴の手を借りた。あんまり本体と離れてると付喪神の俺達にはよくないからな」

「……俺が槍を使えないのは、呪いのせいだぞ」

「あぁ。俺が浴びるかも知れなかった呪いだ。刀剣の付喪神が刀剣を握れなくなるなんて、悪夢だよな」

「あぁ、将に悪い夢を見てるみたいだよ。今も。お前が俺の面倒をこんなに甲斐甲斐しく見てくれているのも、『我が事』と思ってるからだろ」

 肯く。薬研の眼は、夜のせいか。翳って見えた。

 あの時。あの呪いの卵を破るのは、日本号と薬研の双方の可能性があった。本来ならば薬研が破いていただろう。しかし、その時に必殺を放ったのは日本号だった。ほとんど1/2の確率。倒れて両手を羽毛に侵食され、自分自身を握る事が出来なくなって世話を焼かれていたのは薬研だったかも知れない。

「あんたが、失神しても握っていた槍が、その羽に埋もれたせいで地面に落ちた時。多分、あの時、責任みたいなもんを感じたんだと思う」

「責任」

「大将は自分の采配ミスだといっていた。だが俺には、ただあんたが『刀剣』として役目を果たせなくなるという事実に打ちのめされてたんだ。勝手な話だけどな」

「……」

 日本号が、薬研の口から語られる珍しい弱音のようなものに、思い出したのは薬研通の逸話だ。後藤とも語った、嘗ての彼の主の話だ。

 腹を切ろうとして、藤四郎の短刀を使った。しかしいくら切ろうとしても腹が切れず、腹を立てて投げたら薬研に通った。切れ味の見事な、しかし決して主を斬る事に首を振らない守り刀。縁起物といえばそれまでだ。

 しかし、それは刀としての、刃物としての本分ではない。その主は結局死んでしまったのだ。

「守りきれなきゃ、守り刀なんていえない。今の俺は今度こそ大将の為に刃を振るいたい。刀剣なら、多分似たような思考があると思ってる。切るのがアイデンティティだ。……それなのに、日本号。あんたは、槍を握れなくさせてしまった」

 薬研はいう。まだ寒い季節、火の消えた火鉢が部屋の隅で冷えている。

「あの時、俺も自分自身を振るえなくなった。俺のせいで、仲間の刀剣がアイデンティティを果たせなくなった。部隊長も任されていたのに、俺のせいで。俺は誰も守れないなまくらになっちまった、って。……そんな風に思っちまって。俺があんたの世話役に願い出たのも、また同じ事をやらかすんじゃないかっていう不安だ。戦場育ちを自称してるのに、俺は今は戦場の熱気が遠く感じる。……寒いんだ。あんなに熱い思いをした筈なのに」

 本能寺の炎。それは今も嘗ての織田の刀剣達を蝕んでいる。それは遠くにいた長谷部すらもそうだったと、日本号は思い知っている。焼け落ちた薬研なら尚更だ――苦しげに笑い、俯く薬研を見て、審神者にいわれた言葉を思い出す。

『大変なのはそっちでしょ。さて。悪いけどお願いね』

(あれは俺に向けた言葉だった)

 

『短刀男士は、肉体年齢に精神が引き摺られてるんだよね』

 博多や厚、小夜の幼さについて問うた時、審神者はパンダのぬいぐるみを抱えながら答えた。

『どんなに立派な内面をしていても、年齢が子供だ。それに相応して、内面を抱えきれない事もある。小夜が良い例だ。あいつにはまだそれぞれ違う傷付いた体験を持つ兄弟がいるから、寄り添いあえる。でも他の奴はそうとは限らない』

 パンダの手足を握り、持ち上げる。まるで操るように。

『だから強がってても、普通の子供が弱るような場面だったら、悪いけど気遣ってあげて。俺もガキだから気付けない事もあるんだ』

 

 もふり、そんなオノマトペをつけたくなる。

 薬研の頭を、翼で挟んだ。

「……何すんだ、旦那」

「寒いんだろ。ほれ、俺の羽毛温かいだろ」

「羽毛って言い方はやめてくれ、布団みたいで笑っちまう」

「笑え笑え。長谷部の野郎みたいに無愛想な訳でもねーだろ、おめーは」

「ちょ、髪が乱れっ……というか静電気が」

 直毛の髪を思い切り乱す。まだ僅かに湿気を残したそれを羽毛で吸い取ってやるつもりでかき乱した。

 白い翼だったならばもっと見た目も温かそうだっただろう。カラスの呪いだった事にそれだけは苦虫を噛み潰しながら、薬研の体を引き寄せた。

 翼で包む。なんともシュールな光景だろう。しかし、今の本丸で最も効率的な温め方だ。実際自分自身もこの翼のお陰でやたらと体温が高いのだ。大きな翼のお陰で見えない薬研の頭を軽く叩く。羽根が少し散った。

「お前には数日苦労をかけるけどな。寒かったらいつでもまたいえ。鳥の羽毛っていうのは、は虫類が暖を取る為に得たのが最初らしいぞ。だからは虫類の肉は鶏肉に似てるらしい」

「……後半の知識は確実に大将だな」

「蛙の肉は旨かったそうだ」

「実地か! さすが大将」

 胸元で噴き出す声。羽毛が再び散った。それに日本号も笑う。

「そんな主でも、俺達の切れ味を知っている。俺達を有効に使ってくれる。薬研。俺達は『今』は主の為に戦えるんだ。俺のこの呪いが解けたら、また同じ部隊で出陣してくれ。お前の戦う姿は勇ましくて好きなんだ」

「……大将にいっておく」

 笑い含む声は、しかし真剣で。出来れば羽毛に包まれたこの腕ではなく、呪いの解けた素の腕に抱き竦められた薬研を見たい、などと日本号は何かを無自覚に思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

この腕で抱けるものは

 

 

 

 

 

 

 向こうでは、前田からシャイニングウィザードを決められたのちに審神者から卍固めをされている狩衣と烏帽子の青年がいる。今朝方イギリスから帰国した解呪の専門家だ。陰陽道の大家の息子で幼くして西洋に渡り魔術を学んだ天才……らしいが、彼の不在の間に起きた事件と彼の不在理由が審神者と前田から彼への感謝や尊崇の念をマイナスへと削り取ったようだ。こんのすけや加州が慌てて止めに入る姿を余所に、御手杵に槍を渡された日本号は満足げにそれを肩にかけた。

「やーっと元に戻れたぜ。今まで有難うな、薬研」

「何てこたねーよ。本当、戻れてよかったな。旦那」

「おーい、あれって放って置いていいのかぁ」

「やり過ぎるようだったら止めといてくれ。俺じゃ敵わん」

「……」

 向こうでは騒ぎになっている。それを見て御手杵が彼らに声を掛けてくる。薬研が手を振って彼を見送ると、見下ろしてきていた日本号を見上げる。小首を傾げて。

「ん、どうした」

「……確かに今は御手杵の方がべりべり剥がして止められるだろうが。小回りの利く喧嘩とかならお前の方が有利だろ」

「あぁ、何だ。気にしんさんな」

 日本号のフォローを感じ取ったらしい。薬研は笑った。年相応の子供のように。

「俺はもう、『薬研通』という短刀である事を後悔しないからな」

「……そうかい」

「うわー、主のプロレス技いつの間にあんなに多彩になったんだ」

「おい止めろ御手杵」

 感嘆したように、槍を片手に腕を組む。御手杵の言葉に思わず2人で声を揃えた。

 

 

 

 

End.

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