▼艦/こ/れでは公式から「艤/装を外せば普通の女の子」という見解が出ているのに対し、とうらぶは最初から「付喪神」、つまりヒトではないとされているので、あの世界での刀剣男士達に対する人権思想が気になって仕方ありません……
お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。
それだけが、唯一の本物だった。
火鉢の上で、鉄瓶が水を湧かしている。加湿器の代わりだ。布団を温めるのは湯たんぽである。但し額に貼るのは冷え●タシート、日頃は執務室としてしか使っていないこの和室の片隅の冷蔵庫にはこの換えが何枚も用意されている。ついでにいえば、脇に置かれている体温計も電子のそれだ。和洋折衷、というより古今折衷というべきか。出来るだけ、刀剣達が主流だった時代に合わせたものを。彼らが理解しやすいものを。
(いびつだなあ)
そして、欺瞞だ。熱で停滞した思考が、とりとめのない事を浮かばせる。無闇に広い部屋は、その分障子を開けば、美事な庭を見せてくれた。その雪見障子に、不意に人影が通る。
「なんだ、主殿。起きていたのか」
障子を音も立てずに開いたのは、作務衣の青年だった。頭に布を巻いた彼――三日月の手には、新たな鉄瓶が握られている。ちゃぷり、火鉢で炭が爆ぜる音と水音が混じった。そろそろ鉄瓶の中身が蒸発しきる頃合いだったのだろう。虚ろな目で、障子の隙間から身を滑らすように部屋に入る三日月を見上げて、審神者は微笑んだ。掠れた声で、後ろ手に障子を閉める三日月に答える。
「偶々ね。そろそろ、第3部隊も帰ってくる頃じゃない」
「あぁ、加州がそういっていた。あと半刻もすれば帰投するだろう。……今日の仕事は、主殿しか出来ないもの以外は加州が引き受けている。ゆるりと休め」
「うん、わかってる……」
火鉢の前でしゃがみ込む、三日月が慣れた手つきで、手拭い越しに置かれていた鉄瓶と新たな鉄瓶を入れ替えた。火鉢がその冷たさに抗議する音が聞こえる。取り替えた鉄瓶を近くの卓袱台の鍋敷きに置いた三日月は、火鉢の様子をどこか楽しそうに眺める、三日月の姿をぼんやりと眺める。
この人、もとい刀。天下五剣なんだけどな。しかも平安時代の頃の生まれの。あの頃は、女性が手ずから飯を盛る事さえ下品とされた時代だ。その上、この隊に来た当初は道具の使い方もわからなかったと、最初に畑の内番を組ませた相手から聞いている。折々の発言から、本当に人であったならば、平安当時は何もかもを人にやらせる程の止ん事無き身分に当たる。それが、ここに来てから様々な事に慣れてしまった。それが何となく申し訳なくなる。ただでさえ、23世紀にいた頃から家族や看護師達に、そして今は他の刀剣達に戦わせている上に世話をさせているのが申し訳ないというのに……気が弱っているのもあり、つい口に出たのは「なんか御免」という曖昧な謝罪だった。それに首を傾げる、三日月の黒髪が垂れる。狩衣を脱ごうと曇りもせぬ、人外の美しさだ。当然だ。相手は元は刀、ましてや今の彼は神だ。淀んだ意識、中々下がらない熱。額に手を伸ばされたのも、その時になるまで気がつかなかった。景気よく剥がされた冷●ピタは乾いている。換えを部屋の隅の冷蔵庫にまで取りに行った三日月は、病で気落ちしていると見たのか。明るい声で「病は気からと昔からいうぞ」という。戻ってきた彼は、汗ばんだ額を新たな手拭いで拭うと、新たなシートを貼り付けた。冷たさが心地よい。頬に手を添えられ、三日月が眉を顰めたのが見えたので、まだ熱は高いようだ。しかしすぐにその顔は、いつもの穏やかなものとなる。「ゆっくりでいいぞ」と口にする、低い声音が心地よかった。それは、実家にいた頃。同じように風邪をひいて自室で寝ていた時。息子の治療費の為に傾いていく店の経営に奔走していた筈の父が、常夜灯の点る下、自身の様子を見に来てくれた時の事を思い出させた。……走馬燈だろうか、縁起でもない。何とか自身を取り戻そうと足掻く内心に気付いた様子もなく、三日月はのんびりと語りかける。
「今日の夕餉は、燭台切が芋がゆを作ってくれるそうだぞ。薬研と一緒に病人食を調べているようだが、あいつらは器用だな」
「……燭台切の前の主のところはもてなし料理で有名だし、薬研は名前の効果だろうね。……」
芋がゆの材料の出所は、昨日の畑内番だった陸奥守に違いない。彼が関わるとあの謎の畑は、サツマイモばかりを生み出す。妙な確信を抱きながら、ふと。傍らに座したままの三日月を見上げた。眠るまで待つつもりなのだろうか。はたまたサボリの口実か。昼間なのに、あの目には月が見える。美しい月だ……
それは催眠だった。互いにそのつもりがなくとも、口を滑らせたのは、弱った人間と1000年以上の歴史を持つ付喪神の瞳。卓袱台の、鍋敷きの上の鉄瓶は、まだ少し湯気を立てていた。
「……清光も燭台切も、自覚はあるのかな。三日月。23世紀まで保存されていたお前はともかく」
「……何がだ」
「たとえばさ。清光は、よく、『愛されてるのかな』って、俺にそれを確かめてくる。でも、『愛』っていう概念が日本に入ってきたのは幕末……寧ろ明治のご一新以降だ。少なくとも、清光が刀をやっていた頃は、まだ『恋』という概念が主流だった」
つらり、出てきた言葉は、本で得た知識だ。入院中、日がな暇を潰したのは、23世紀になっても尚、愛され続ける紙の本。日本は民俗学的の見地からすると、幕末以前の民話では、「愛」は寧ろ恐れられる傾向にあったという。頓に、男女の仲では、「愛」は悲劇に転じた。これは日本の国民性によるものともいわれている。少なくとも、当時の保守派の象徴のひとつともいえた新撰組の刀が発する言葉とは思えない。最初の近侍として選んだ清光に対して、違和感を覚えた。審神者の口は、一呼吸を経てまた開く。
「それに、燭台切。……彼だけじゃなくて、他の刀剣の何人かにもいえる事だけど」
「特におかしいところは……」
「『僕』って一人称は、幕末から使われ出したものだよ。学問に傾倒した者達の間でね。佐久間象山……幕末の天才のひとり、勝海舟の師匠筋かな。息子が新撰組に入ってるから和泉守なんかは知ってるかもね。その象山なんかも、若い頃は使ってたらしいし。……まあ、新しいもの好きの前の主の事を考えると、それを訊いた時に真っ先に取り入れたっていう可能性もあるけど。やっぱり、俺にとっては違和感は禁じ得ないんだ。そもそも、燭台切も薬研も焼失した筈だ。何で、彼らは『いる』んだろうね」
それは決して、普段ならば口にしない言葉だ。ただでさえ、多神教の神らしく妙に人間臭く、時にとても精神的に不安定な刀剣男士もいる。だから、「神との対話者」である自身は、快くコミュニケーションをとろうと努めている。それでも、失われずに1000年以上にわたり大切に保存されてきて損なう事のなかった三日月にならば――譫言のように、実際、傍からすれば譫言に見えたかも知れない。それでも、それは間違いなく、彼が日頃は秘していた事だった。今のところ、打つべき手だてはない。神とあがめておいて、実際にやらせている事は手駒扱い、兵隊だ。保護すべき彼らに、無用に不安がらせたくはなかった。
今の自身が、決して前の自身と繋がりがある訳ではないと。
「俺はね、三日月。今の彼らが……人間が、政府が使いやすいように、23世紀の人間に使役しやすいように、『形』にはめ込まれてる。そんな気がしてならないんだ。しかも屹度、政府は、歴史修正主義者と同じ事をやらかしてる。そのせいで現代に影響が出たかどうかは、俺にはわからないけど、多分出てないと思う」
「なぜ、そう思う」
問う、三日月の声は静かだった。夜の池の水面に映る月のようだと、蕩けた頭で審神者は思った。言葉を、引きずり出された。
「現代から過去に遡る。この時点で、現代との連続性は絶たれる。過去の改変は、並行世界を増やすだけ。過去を遡れるという事は、未来も見える。人類は、その力でより良き未来を選択して生きてきた。でも、並行世界は縦に並ぶ線路のようなものだ。容易く隣に連結して、『不幸な』世界線を辿り、やがて破滅する。過去の改変のせいで不幸な選択肢が生じるような事態は、『これ以上』は阻止したい。……そう、考えているんだと思うよ。ひたすら保守的で、何も生み出さない闘いだ。かといって、俺も、歴史修正主義者は哀れだとは、思うけど」
「それは、誰かに聞かされたのか」
「いやでも、わかっちゃうよ。だって、どれぐらいの数の審神者が過去に派遣されてか、三日月は知ってるかな。そんな彼らとエンカウントした事がほとんどない。会うのは、政府側がセッティングする『演練』の時だけだ。彼らがどこにいるのかさえ、俺達にはわからない。そもそも、何で同じ名を冠する神があんなに並んでいる。分霊システム……本体のある政府から各審神者の下で鍛えた媒体で神を召喚する。この安易な大量生産は何の為に。……その時点で、並行世界の存在を確信せざるを得ないよ。あとは、病人の暇潰しだ。皆が戦ってる間、俺は考え事ぐらいしかやれる事がないから」
言葉が切られる。咳き込んだからだ。慌てた様子で、三日月が手近の吸い飲みを手に取る。暫く、床で俯せになって一心に咳き込んでいた審神者は、やっと落ち着いた頃に、三日月が差し出した吸い飲みによって水を口に含ませて貰った。それを嚥下すると、仰向けに転がる。眉は顰められ、頬は相変わらず赤い。しかし、どこか、何かが抜け落ちたような表情だった。それは屹度、口に出す事で吐き出された、「澱」だった。三日月はそれに気付いて眉を顰めたが、目を瞑っている今の審神者には見えなかった。呼吸は、相変わらず荒い。しかし、新しい鉄瓶もそろそろ雪見障子を曇らせていた。直にまた、息が楽になるだろう。それを見越してから、膝で躙り寄った。
触れたのは、頭。審神者が無意識にやっていた手を布団に潜らせると、かけ直してやり、自身がその頭を撫でてやる。頭皮越しにも、その熱は伝わってきた。今夜にも、これ以上熱が上がるかも知れない。あまりにひどければ現代に戻す、という処置を清光がこんのすけと交わしていたのを思い出しながら、三日月は日頃短刀達にするように、頭を撫でた。
「主殿。頭が痛むのか」
「……うん、痛い。ずきずきする。温かいはずなのに、寒いし」
「すまんなぁ。俺は匙ではないし、神とはいっても戦う事しか能がない。こうして看護して、頭を撫でてやるぐらいしか出来ん。……それも、こうしてヒトの身体を貰うまでは、それこそ美術品としてしか見られなんだ」
「……そうだねえ、きれいだもんね。三日月の本当の姿も。他の皆もそれぞれきれいだけど、三日月はさすがに凄いよ」
日頃から手放し、直球のほめ方をする審神者だ。山姥切や大倶利伽羅などの、コミュニケーションが不得手な刀剣には忌避されがちなのも無理はない。もう少し自身も年若ければ、彼の物言いに赤面してしまうところだっただろう。自身のキャリアに感謝しつつも、目を開いてこちらを見上げる審神者に答える。
「それは、有り難う。褒められて悪い気はいつもしないよ。……だがな、こうして俺達を『使う』側だったヒトの身体を得られた今、出来なかった事が出来る。昔はな、主殿。平和というのは、戦の合間の休息に過ぎなかったんだ。これはじじいだから確信していえるぞ。その休息に、自分達に細やかな気配りをしてくれる者に感謝の意を示す行動を取れる。それが、少なくとも俺は、嬉しいぞ」
目が、瞬かれる。熱で淀んだ目が、にわかに澄んだ。それに見詰められながら、撫でる手は止めなかった。やはり、頭皮越しの手は熱かった。
「それに、主殿。ヒトの身体を得た副作用かな。俺は、主殿が実のところ羨ましいんだよ。不謹慎だろうが……俺達は、病みつかれる事がない。刀剣であった頃は、相手の血肉や、真夏の戦でなければ、熱を感じる事はなかった」
「――」
「主殿は、生きたヒトなんだな。それが、主殿が病みつかれる度にわかる。……主殿には悩みなのだろうが、俺には、それが羨ましい。生きているのだから」
「……」
それに、審神者が示した表情はなんだったのだろう。今でも、三日月には判断しがたい。驚いたような、かなしそうな、それでいて、どこか嬉しそうな――口に示す言葉も見つからなかったらしい。何度か餌を欲しがる鯉のように口を開閉させたのち、彼はとろり、瞼と共にそれを閉じた。
それでも、暫くは、その頭をなで続けた。何もしなければ、常に平熱の手が、彼の熱を感じていた。
雪見障子が漸く開く。自身を認めた三日月の瞳が、俄に見開かれた。しかし、相も変わらず嫌味な程に、優雅な仕種だった。静かに障子を閉めると、足音もなくこちらに歩み寄る。声が低められた。
「これは、たぬき。いつからそこに」
「主に、新しい水差し持っていけって燭台切にいわれてな。あんたについでに持ってって貰うつもりだったらしいが、今は夕食作りに忙しいらしくてな。ったく、何で俺が……」
通りすがりに用事を言いつけられた同田貫は、短く刈り込んだ黒髪を掻きながら、さも面倒そうに凶相を顰め。しかし、「細かい事は苦手」と面倒がる彼がその用事を仰せつかるとは――ここで笑うと彼の機嫌を損ねるので、三日月は内心で何とか留める。それでも彼の機微を察したらしい同田貫は、三白眼で彼を睨み上げる。片手にほとんど中身が空の鉄瓶を携えていた。その手は素手だ。それは、それ程冷めるまで入り浸っていた証左だった。片手に手拭いを持った三日月を睨みながらすれ違う、同田貫はいう。
「熱を欲しがる割には、随分と冷めるまで主の傍にいたらしいな」
「おや、立ち聞きかな」
「暇だからあぐら掻いてた」
「座り聞き、いや居直りか。田貫のそういうところは嫌いではないぞ」
「へーへーそうですか」
空いた手で耳をほじる、同田貫は気のない返事だ。そして続けた。
「戦でしか熱を感じられないのは、今も昔も変わらねぇだろ。寧ろ、今の方が余程良い。主もごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。これだから半端に頭の回るガキは」
歩を止める。そんな三日月に構わず、雪見障子の取っ手に手を掛けた同田貫は、三日月の背中を見上げた。最古の日本刀、三日月宗近。自身もそうだが、今更戦場に駆り出されるとは思わなかった。しかも、体を与えられて、自ら戦えるのだ。同田貫には、何を悩む事があるのかと疑問しか覚えない。
「俺達は闘いがなければ無用の長物。所詮、武器だ。たとえ付喪神として顕現したって、それは同じだ。あんたと違って、語る記憶もあまりないしな。それが、戦場を駆って、自分の力を思う存分出せる。それだけで、俺達刀剣が『生きている』甲斐があるってもんだろ。俺達を武器と見なせばそれまでだってのに」
「……主殿も、いっそお前のようになれればいいんだがなぁ。そこが、主殿の良いところなんだが」
「おいじじい、嫌味かそれは」
「いや」
更に顔を顰める同田貫。振り返った三日月は、今度こそ笑っていた。清々しい程に。
「本音だよ。それに、同感だ」
闘いに駆り出される度、自分自身である「三日月宗近」を振るい、敵を倒し、そしてこちらも傷付く。時に疲労が溜まり、熱を持つ体。その度に、ヒトの身体を得た喜びを覚える。それは、三日月自身も同じだった。
なまじ人の姿を得ている。人と同じように思考し、動き、そして傷付く。それが、ここの若き審神者に思い悩ませる原因だ。それでも決して戦の指揮や準備には手を抜かないし、自分達を戦場に出す事を厭わない。その矛盾にも、屹度気がついている。
(それすらも羨ましいといったら、主殿はどんな顔をされるだろうな)
「何にやにやしてんだよ、気色悪い」
取っ手に手を掛けたままの同田貫は、顔に書いている表情のままに口にした。その正直さに、ただ笑みを返した。そして、視線を庭にやる。
美しい庭だ。触れば自然のものだとわかるのに、手入れをせずとも美しさを保ったままの、自然で不自然な庭だ。まるで箱庭だ。江戸時代頃に生まれたという文化を思い出しながら、三日月は同じ付喪神を見遣った。
三日月にも、迷いなどないのだ。自分達神は、宿った想念のまま、思考は停滞して動かない。ここは自分達神が詰め込まれた箱庭だ。ただその中で、同田貫が前にしている部屋の向こう。雪見障子の部屋で眠る、病みつかれた審神者だけが本物だった。
本物の、ヒトだった。
End.