※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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まだ5振りしかいなかった頃の本丸。
▼病弱審神者シリーズの、審神者が新任の頃。他のところよりちょっと早めに来ていたという脳内設定。まだ親密度が低いので審神者の二人称も「君」です。
▼豚汁が明治以降に出来たメニューと知り衝撃。
▼うちだと野菜室の野菜を一掃しておおざっぱに味付け 適度に炒めて煮込んだらミリンと日本酒と塩と醤油ドバー そして味噌ドパァン 七味かけて炊きたてご飯を丼で頂くのがジャスティス


はじめのごはん【清光+男審神者】

 長い長い廊下を、ひとりと1口と1匹で歩く。ゆったりとした足取りなのは、足元の狐に合わせてか。背後から見詰める狩衣の少年は、まだ為人が読めない。先程顕現されたばかり。「初期刀」として、この未成年の審神者の保護者としての役目も果たす為に、現在の一般常識は身につけている。それでもこの目の前の少年を主と定めるには、少々警戒心が頭を擡げた。

「ここでいいの、こんのすけとやら」

「ええ、ここで生体認証をお願いいたします」

 唐突に、その壁は表れた。壁の真ん中には障子がある。この近代的な建物の中では異様だった。それに構わず、彼は壁に備え付けられていたフレームに手を翳す。黒いシールドに八角形のオレンジ色の枠が幾重にも広がっていた。少年が触れると、それが消える。スピーカーから機械的なアナウンスが聞こえた。

『――。波長類型:青、遺伝情報一致。審神者●●●●●●号“■■■■■”、確認しました』

 自身を振り返り、手招きしてくる。白い狩衣を着た少年は、紙を通り越して死体のような肌をしている。それに人好きのする幼い笑みを乗せていた。

 向こうには、和室。それに開かれた障子の奥に、庭が見えた。日本庭園だ。柔らかい陽光に差されて、審神者は笑った。

「ほら、行こう。改めて、これから宜しくね。『加州清光』」

 躊躇い、それでもその手を握り替えした。それは彼に嘗ての主の若さを重ねたからかも知れない。

 

 

 

 

 障子を開く。丁度、五虎退が通り過ぎるところだった。

「あっ、お手入れ終わりましたか」

「ん。乱は」

「加州さんより早くに。加州さんのお陰で傷も浅かったので……」

「そっか」

 虎を抱えた少年は、自身の兄弟の状態について報告する。感謝するような目線を送られるが、加州は目を合わせない。それに目線を落とす五虎退に内心で謝罪しながら、頭を掻きながら、辺りを見渡した。この城に来て日が浅い。審神者と共にこの部隊に着任して季節はまだ移ろっていなかった。

 まだ部隊を成立できる程の人数はいないものの、現在本丸にいる刀剣男士は藤四郎がほとんどだ。初期刀加州清光、初鍛刀でやって来た乱。秋田、今剣、五虎退。現在、この本丸の人口は6人と1匹。うちひとりが審神者だった。

 23世紀。歴史修正主義者と呼ばれる「敵」が歴史の改変に臨んでいる。それを阻止するべく、時の政府は大々的に軍を送り込むつもりだという。その尖兵として、いくつかの部隊が送り込まれる事になった。そのひとつがここだ。

 戦いの序盤も序盤。審神者の支配下に置かれる「本丸」は恣意的に拡張されるが、まだ基礎の日本家屋のような広さの時期。まだまだ何も充実していなかった頃の事だ。

 欠伸をひとつすると、上着を羽織りながら、五虎退に尋ねる。この時点でこの城で使用されているスペースは平均的な民家程でしかない。審神者の行動範囲も同様だ。彼の姿が見えないので尋ねると、我が意を得たりと五虎退は虎を抱えながら顔を上げた。

「主様は厨にいます」

「厨」

「ごはん、作ってくれてます」

 満面の笑みを見せる五虎退に、意想外な答えを貰って加州は目を瞬いた。

 

 この城の畑は不思議だ。種をまけば数日で作物が育つ。とはいっても、動物性タンパク質や米などは政府の支給に頼らざるを得ない。特に最初のうちの食料は全て政府のものになる。現在実装されているのは50口近くの刀剣だ。そのうち管理の為の蔵が必要になるだろう、とは厨に隣接した執務室兼私室で寝起きしている審神者の言だ。

「主、料理できたんだ」

「おー、清光。手入れ終わったんだね」

 すぐには答えず、審神者は振り返る。頭に三角巾、作業がしづらかったのか、制服としていた狩衣ではなく自前のジャージの上にエプロンを纏っている。厨に立っていた彼は、包丁を片手に振り返る。土間の障子を開いた加州は、上着を肩に掛けたまま足をぶらつかせた。審神者の前にはボールが並び、そのひとつは透明なボールで、じゃがいもが水にさらされていた。今の審神者が剥いているのは大根だ。まだ小規模な部隊の為に家庭用の炊飯器が常用されており、それからは湯気が立っている。ガスコンロの方には大きな鍋が置かれていた。そして未調理の野菜達が傍らに積まれていた。畑から収穫されたらしく、土に塗れているものもある。

 これまでの食事は、政府からの支給品の弁当。少し進歩して政府が支給してくれた惣菜と、審神者が炊いた飯だった。「刀剣男士の中に料理が出来る奴がいるらしいんだけどね」と、5人で卓袱台を囲んでいたのが昨日の事だ。少なくともそれに加州達は当てはまらない。短刀達も勿論、嘗ての主が集団生活に身を置いていたとはいえ、その主に料理の逸話はないに等しい。白い飯があるだけ贅沢、とは今剣の励ましだった。実際、惣菜にしても自分達刀剣男士にとっては味の善し悪しは今ひとつわからなかった。

 その現状に嫌気が差していたという。審神者は笑いながら「料理はそこそこね」と盥の前で皮を剥く。土間に降り、審神者の隣に並ぶ。後ほど漬け物に回された大根の皮がするすると落ちていっていた。ふと、ひとつのボールの中を覗き込む。

 肉だ。動物の肉の判別はつかない。加州の視線に気付いたらしい審神者が答える。

「豚肉だよ。今日は豚汁にする」

「とんじるって何」

「明治以降に成立した料理だよ。江戸時代までは獣肉は日本に馴染みがなかったんだっけ。豚肉と野菜の味噌汁、といえば近いかな。煮込んでいるうちに豚肉と野菜の出汁が出て旨味が調和する家庭料理だよ。君らにとっては目新しいだろうし、切って炒めて煮るだけだから楽ちんな料理なんだ」

「へぇー……」

 なんだか旨そうだ。顕現されて数日。まだ食べ物の味に対して感慨を抱いた事がない。刀剣だった頃の感覚を引き摺って、怪我も厭わない程だ。ヒトの身に慣れないし、ヒトの感覚で得る楽しさというのも今ひとつぴんと来ない。しかし、味覚はわかりやすい「楽」を得る器官らしいと、惣菜の食事に誰よりもしょぼくれながら丼飯を3杯はお代わりする審神者を見て知った。死体のような肌の色をしているが、欲求は誰よりもヒトらしい。大根を銀杏切りにする審神者は、横顔で笑う。

「両親が店をやっているから忙しくてね。家にいる時は、弟や遅く帰ってくる両親の為によく作ってた料理なんだ。鍋いっぱいに作っておけばいつでもたくさん食べられるしね」

「……」

 その顔を眺めながら、加州は思い出す。

 この審神者は、中学生だという。学生、という身分がしっくりこなかったが、少なくとも23世紀において本来ならば保護されるべき年頃の事を指すという。詳しい事情は加州にも知らされていない。しかし最も事情を把握しているというこんのすけは、審神者が他の刀剣の手入れをしていた時にこっそりと告げた。

『大事にしてあげてください。彼は、大人っぽく見えても、まだ子供なのですから』

 決して、望んで審神者の役目を負った訳ではない。状況に追い詰められての事だったと、こんのすけは語る。落ち着いて見れば、政府が身請けのカタに引き受けさせたようなものだったと。それを、少なくとも今の彼は微塵も見せない。ただ、今の言葉を聞けば少なくとも彼は子供なのだと、改めて認識させられる。器用でも、落ち着いていても。

「実家で、食べたいんだね」

 まな板からボールへ、銀杏切りにされた大根が流し込まれる。そんな彼の作業を眺めながら、加州は何とはなしに呟いた。振り向く審神者に、自身はどういう顔をしていたか、この時の加州は知らない。

「主、さみしいんじゃないの」

「さみしくないといえば、嘘になるけどね。――味噌、出してみてくれる。冷蔵庫に入ってるから」

「えーと」

 咄嗟にいわれて、直ぐ傍にあった冷蔵庫に向く。まだ小さめの冷蔵庫だ。それの扉を開くと、小さいバケツがあった。「米ミソ」とラベルが貼られている。首を傾げながらそれを取り出してみせると、審神者は人参を片手にそれを示して笑った。

「それ、こんのすけがウチの両親に聴いて取り寄せてくれたんだ。ひとまず小さいのだけどね。今度は業務用で調達してきてくれるっていってた」

「この米ミソって、主の家の味なの」

「そう。結構しょっぱいんだけど、美味しいんだ。……味噌を取り寄せてくれるなんて思いつかなかったよ。ここのこんのすけは、優しいよ。俺が豚汁を作ろうって思ったのも、味噌が来たからだよ」

 蔕を切り落とす。抽斗からピーラーを取り出した彼は、ゴミ箱の蓋を開いて人参の皮を剥く。審神者の言葉に、バケツを両手に抱えながら思い出す。彼の境遇について、気の毒そうにしていたのはこんのすけだった。

「そういう、細かくて見えないところにまで気を配ってくれるような優しさを見せてくれるなら。政府はまだ、見られるところがあると思ってる。少なくとも、ここが家だと思えるぐらいにまでは頑張ろうって、そう思ってるんだ。清光、君にとってもね」

「……」

「あ、御免。味噌、1回仕舞って。味噌は最後らへんに入れるから」

「わざわざ出させておいて……」

 いわれながらも、蓋を開けてみる。赤い味噌がでっぷりと詰まっていた。蓋を閉じて冷蔵庫に仕舞う。主は皮をむき終えた人参を銀杏切りにしているところだった。中々に豪快な音を立てているのは固い人参に苦戦しているからのようだ。それを眺めていた加州は、しかし、とうとう堪えきれず包丁の予備を探す。

「主、手伝うよ。野菜を切るぐらいなら出来るだろうから」

「うん、助かる。まな板ももう1枚あるから、そっちで白菜をざく切りにしてこの盥に入れておいて」

 待っていたといわんばかりに、審神者が新たな盥を取り出して示してくる。それに苦笑しながら、立てかけられていたまな板を横に並べた。

 

 

 卓袱台の上で頬杖を突く。この執務室は厨から大分離れていた。

「主、豚汁食べたい」

「えっ、50人分をひとりで作れってか。ちょっとした芋煮会になるぞ」

 ホロのモニターを幾重にも重ねる。それらが消えては浮くのを裏側から眺めていた加州は、目の前で忙しそうにしていた審神者に強請る。1年前よりヒトに近付いた顔色だ。そんな事を考えながら眺める。

 気がつけば刀剣も充実し、料理の当番制も出来た。審神者は仕事に専念できるようになった。自身は存外に病弱すぎた審神者の為に病人食を作れるようになってしまったし、今では包丁の扱いも慣れたものだ。レシピや畑も充実し、時折獣肉は山で猪や熊を狩ってくる刀剣男士もいる為、食卓も充実した。「ヒト」が増える事はこういう事かと、すっかり騒がしくなった本丸を見て加州は思う。

 けれど、審神者は変わらない。陸奥守に体力作りの為の剣の稽古をつけて貰って、肉がついたし顔色も良くなった。風邪もひかなくなった。それでも、彼は変わらないのだ。

 加州はいまだに、彼の「さみしそうな表情」というものを、見た事がない。

(ひょっとしたら、それを表現する前に満たされてしまったのかも知れないけれど。できれば、そうあって欲しいのだけど)

「いいじゃん。俺も手伝うし」

「2人じゃ足りないよ。他の連中の手も借りないと」

 文句をいいながらも、作ってくれる気はあるらしい。裏側から「食料在庫」と記されたモニターを出すと、それを消してから立ち上がる。こちらに背を向けるので、加州が立ち上がろうとすると、彼は狩衣に手を掛けながらいった。

「清光、乱と秋田と今剣、それに五虎退を呼んできて。料理を手伝えって。俺は一旦ジャージに着替えに行くから」

「……」

「1年前に食べさせた豚汁が食べたいんでしょ。だったら味を覚えてるあの時の面子に揃って貰わないと。米ミソもあるし」

 いって執務室を辞す。追って立ち上がる加州は、まずは一期一振を捜して弟達の行方を聴く事にしながら、知らず、笑んでいた。

 優しさを受け止めて、優しさを返せる。そんな関係になれたなら、彼のさみしさは埋められただろうか。

 

 

 

 

 あの時よりも人数は10倍。必然的に材料が増えた豚汁は、味噌のお陰か。それともあの時のメンバーのお陰か。懐かしい味がした。

 

 

 

 

End.

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