※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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※似非土佐弁 もしも23世紀初頭においても現行の法律・憲法等とほとんど差異がなかったら、こんな感じかなぁと解釈した結果:鬱になりました。審神者の夢と苦悩と
▼「What are ■■ ■■■■■■ made of?」(児童虐待をにおわす描写)の事実上の続きというかこの主従の関係のある種の決着。
「【刀剣乱舞】刀剣の苦労、主知らず【ショタ審神者+三日月&山姥切】」(https://novel.syosetu.org/85874/3.html)
「【刀剣乱舞】あるじ切り【女審神者+同田貫】」(https://novel.syosetu.org/85874/1.html)とも繋がっていく話。
最後のは「【刀剣乱舞】消えた記憶の、裏【男審神者+三日月】」(https://novel.syosetu.org/85876/4.html)で出てきた人達絡み。
▼この審神者を中学生という「子ども」にしたのは、少年漫画やアニメなどで戦線に立たされるのは大抵視聴者の対象年齢に合わせた子どもだからかなぁと思ってます。なんとなくで設定したんですが あれはあれでロマンは感じてますが、大人が子どもという弱者に悪意と責任を押しつけてる形へのアンチテーゼのようなものになっていればいいなと


欺瞞【男審神者+御手杵他】

 それが夢だと、直ぐにわかった。自分が座るのは、机と椅子。机の脇にはエナメルのバッグがかかっている。そこは学校の教室だったからだ。

 黄昏時。周りには誰もいない。がらんどうのそこで、窓際、後ろから3番目。いつもの席に座っていた。振り返ると、壁にかかるポスターと温度計が見えた。奇妙にピントのずれたそれは、大体冷える季節を示しているようだった。20℃もあるかどうかだ。既に熱帯に属している東京では、それは冬に近い頃を示す。自身が半袖のシャツの上に羽織る赤いカーディガンが、記号として更に時期を強調していた。消毒薬とグローブの手入れ油のにおいが染みついたそれは、中学に上がってから愛用していた私物だ。雑然とした教室は、机にかかった学生鞄、落書きのされた箱ティッシュ、置かれたままのジャージ、毛羽立った膝掛け。生活感があった。泣きたい程の懐かしさだ。想わず立ち上がる。リノリウムの床を滑る椅子の音すら、郷愁を誘った。

「起きたんだ、■■君」

 歩き出そうとした、その背中に名を呼ばれた。正確には名字だ。

 振り返る。同級生の女子が、そこにいた。赤渕眼鏡越しの目を瞬いた彼女は、忘れ物でも取りに来た風情でそこに立っていた。随分とサービスの良い夢だ。仲の良い女友達も出してくれるとは。自分の無意識に感謝しながらも、自身は彼女の言葉に首を傾げる。

 自分は、夢の中でも眠っていたのだろうか。

「ずっと寝ていたよ。先生やみんなが起こしても、全然起きない。よっぽど、夢の中が楽しかったんだね」

 ……さて、いよいよ夢の本領だ。どちらが現実かわからなくなってくる。袖の長いカーディガンも、この教室も、目の前の女友達も、皆「23世紀での」現実だ。

 自分がいるのは、あの場所の筈なのに。

「それでも起きちゃったのは、夢に耐えきれなくなったのかな」

「え」

 顔を向ける。輪郭のぼけた風景、その中で彼女の姿だけがくっきりと映る。二つ結びの薄い色の髪、赤渕眼鏡のキレイな女の子。はきはきと話すところと頭の良さに好感を抱いていた。けれど、今は怖い。なぜだろう。親友といっていい程に親しい筈の彼女が、今は牙を剥いているように思えた。思わず身動ぎ、鞄に脚が当たる。バッグは簡単に落ち、チャックが開いていたのだろう。中身が零れた音がした。

 暴かれる。

 形の良い唇が、色香を漂わしそれを告げる。

「君は大人じゃないから。本当は、欺瞞を正義と割り切る事が出来ないんだよ」

 足元に、水の気配が漂ってくる。それを踏むと、粘性があった。鞄の中の水筒の茶ではない。この粘性のある水には、覚えがある。匂いも、触感も。

 これは、血だ。

 黄昏時。彼女の顔も見えなくなる。それでも口元だけが見えた。意識がフェードアウトする。

「それでも、君は、生きるんだね」

 刹那、鐘が鳴る。あまりに大きく唐突な音は、自身の頭を殴りつけた。

 

 

 赤い色が飛び込む。布団の中で身動ぎした。それを見咎めたのは、その赤色の持ち主だった。彼は暑かったのか、上着を脱いでそこに座っていた。炎を想起させる模様の、赤い半袖のTシャツだ。

「あれ、あんた、やっと起きたのか。清光が心配してたぞ」

「……今日は何日」

「14日。あんた、全然起きないからそろそろ政府の施設に連れて行くかって話になってたぞ。今は偶々俺が当番で見てた」

 いわれながら、半身を起こす。そこは、私室の布団。畳の上に敷かれたそれはふかふかだ。着ている服は寝間着で、掛け布団の上には赤い綿入れ。火鉢には水の入った土瓶が置かれている。傍の卓袱台には、水差しと薬のシートが置いてある。見覚えのあるそれを、御手杵が手に取った。

「熱も何もないのに、ずっと眠ってたけど呪いにでも罹ったのか。医者は起きたら3錠飲ませろって、この薬を置いていったけど」

 シートを受け取る。それから薬を3錠、手に取った。それの正体は御手杵にはわからないだろう。23世紀に入ってから開発された、精神安定剤の一種だ。薬の数が増えた。医者は、恐らくごく正確に自身の精神状態を診たのだろう。水で薬を飲み下す。この胸の苦しさや動悸は、喘息でも風邪でもない。精神的なものだ。

 治安の悪化した現代日本。抗争の絶えない地域の子どもに一般的に処方される薬だ。こうして歴史遡航軍と戦う未成年の審神者にもよく処方される。ただ、人よりも多めに処方されている事を、自身は知っている。それを笑顔で隠した。

 将が惑えば、兵はより惑うのだ。

「ただのいつもの体調不良だよ。時々こうなるんだ。心配かけて御免ね」

「……あんたがそれでいいなら、いいけどな」

 笑顔の裏を察したのか。御手杵が不意に、拗ねたような表情を見せる。それをひどく意外に思ってしまう。

 御手杵は、刀剣男士の中でも、「人の都合で戦わせられる事に躊躇いのない付喪神」だと思っていた。即ち、物事に頓着しない。ひいては、審神者に興味を持つなど――このところは、審神者が過去に遭遇した事件を吐露してからは比較的関係が変化した気もする。それでも御手杵が自身に何かしらを探るのは、やはり意外でならなかった。

 そして同時に不安になる。

「大丈夫だよ、俺は迷わない。安心して戦っていいんだ」

(御手杵は、やはり槍のままでいさせた方が余程よかった。御手杵の槍を扱える人間を捜した方が、余程。こいつは、迷えば刃が鈍るから)

 誰よりも自分自身が迷いながら、審神者は微笑んだ。水差しを手渡す。

 

 

 

 

「貴男は、誰かに復讐を望むの」

 寝込む前の事を思い出す。それは小夜のいつもの言葉だった。縁側、リンゴのパンを餌として誘き寄せられた短刀男士は、その日は彼だった。皿を挟んで隣に腰掛けた少年は、暫く黙ってパンを食べていたかと思うと、不意に言い出す。審神者は、不意のその言葉に首を傾げた。

「特には……そういう事を考えている暇はないしね」

「それじゃ、なぜ貴男は、審神者をやっているの」

「……ひと言でいえば、お金の為だね。審神者という御役目は、ちょっとした大店の身代を立て直すぐらいには契約料を貰えるんだ。お金をくれた政府には、それなりに恩を返さないといけないから」

 小夜のアイデンティティを考えながら、自身は思い出す。考えてみれば、小夜とはちょっとだけ似たところがある。家の為に、金を作る為に家を出た。それが能動的か受動的かの違いだ。最大の差は、小夜は「物」で、自身は「人」だという事だ。

 誰にも恨みなどない。病弱に生まれついたのは、運だ。そんな自分を愛して、身代が傾く程に治療費をかけてくれた親には感謝の念を抱いている。そして年の離れた弟は自分に真っ直ぐな愛情を向けてくれる。それがいとおしい。だから、彼の学費の為にも金は入り用だ。更には政府は、「主要の任務を終えれば元の時間に返す」とまで契約してくれている。

 自身は幸運なのだ。恩を受けている。だから、自分は審神者という役目を刀剣男士達にきちんと果たし、恩を返すだけだ。そしてここでも刀剣男士と日頃は穏やかな日々を送れるのだ。自分は果報者だと、いつも思っていた。パンを握った。

「それは、欺瞞じゃない」

 ひゅ、と息が詰まる。パンで噎せるところだった。堪えて、右を向く。小夜は、静かにこちらを見据えていた。これは、何の色だろう。怒りか、憐れみか、それとも。内心で戦く自身に、小夜は静かに語る。

「最大の嘘吐きは、自分も騙す。そういう言葉があるらしいね。今の貴男は、その言葉にぴったりだったよ」

「俺は」

「貴男は世界を怨んでいる。そうでなければ、貴男のような幼さで、こんな戦場に立つとは思えない。否、押しつけられたんじゃないの」

 言葉を、直ぐには返せない。自分は覚えている。あの日、あの病室にて。たったひとりで入院していた自分に、ふらりと現れた政府の役人。もし彼が現れる事がなければ、自身は審神者になる事などなかった。

 そんな道がある事も知らなかった。傍に親がいれば、屹度反対しただろう。未成年の子どもを戦場に立たせるなど、正気の沙汰ではない。政府はわかっていて、親のいない隙に本人から許可をもぎ取り、そして有事という理由で自分を拉致同然に審神者に仕立てた。

 そんな事は、疾うにわかっていた。敢えて考えずにいただけだ。パンを握りしめる。潰れる音がした。

(だって、それを認めれば、俺は立っていられない。もう立ち止まる事も許されないのに。完走する事しか出来ないのに)

 冷や汗が流れる。小夜の名のように清しい目は、偽りを許さない。

 それを認めてはいけないのだ。なぜなら。

「……それを認めたら、小夜。俺はね。お前らを戦わせる事も出来なくなる」

「なぜ」

「だって、政府は子どもという社会的弱者に前線に立たせた。けれどそんな俺は、本来は無機物であり、意志も手足もないお前らに『戦う』事だけを目的として人間の体を与えた。俺は政府と同じ事をやっている事になるんだよ。だから前向きにならなきゃいけないんだ。ポジティブしか許されないんだ。自分の、自分達の醜悪な部分は、直視すれば目から脳に繋がり死んでしまう」

 パンを皿に置く。潰れたパンのカスが掌に残っていた。しかし、それを気にする余裕はない。顔を覆う。

 欺瞞。そんなものは疾うにわかっていた。「全ての兵士は銃を放棄する権利を持つ」。そんなものは夢想家の言葉だ。昔から、兵士には武器を縛り付けるものだった。

 なぜ、人間自身が歴史遡航軍と交戦しないか。それは刀剣男士は無機物であり、ヒトではないからだ。誰を傷付けても、殺しても、それは「偶々武器とぶつかって致命傷を負った『事故』」に過ぎないからだ。たとえ、それが無生物でも生物でも。それに気付いたのは、着任して早々の事だった。当時の風邪も相俟って、吐いてしまった。喉の奥の酸っぱさを思い出しながら、隣でまだ自身を見下ろしているだろう小夜に小さく語る。

「小夜。この国は、今は戦争をしないんだ」

 吐き捨てる声になったのは、否定しない。この世への怨嗟。それが、漏れそうになった。

「『人間』は、戦争をしない。ヒトは武器を捨てたんだ。武器を取ってはならない事になっているんだ。それでも、歴史遡航軍という正体不明の敵は攻めてくる。だから、恐らく彼らの正体に近いだろう刀剣の付喪神――お前らを軍隊に仕立てただけだ。お前らなら、武装した団体ではなくただの『無機物の集合体』に過ぎず、戦う場所は銃刀法成立以前、本丸の座標も同様に銃刀法成立以前に置けば、罪状が成立しない。合法なんてものじゃない、脱法だ。いつの時代も、優れた技術は法の網目を抜けて利用される。時間遡航技術も、その例から外れられなかったみたいだね」

「……」

「小夜。俺すらも信用してくれない、お前の瞳が本当に心地良いんだ。疑う事を知っているお前を好ましく思っているよ」

 顔を上げる。小夜の顔を見た。小夜が一瞬だけ肩を震わせた。余程ひどい顔をしているらしい。少なくとも、子どもがしていい顔ではない事は自覚していた。

 5年前から、こんな顔をするようになった。その時から、度々精神科で貰う薬を飲む。自己嫌悪というべきだろうか。人間という生き物がひどく汚らしく思える。自分が同じ生き物である事を拒絶して、死にたくなる。だから体が早く寿命を全うしようと動悸は早くなるし呼吸も荒くなるのだ。よく風邪をひくのも、あわよくば死んでしまえと心の底で願っているからだろう。

 「弱肉強食」。そんな欺瞞を正義と出来ない。割り切れない。自身を主と慕ってくれる刀剣達に、申し訳なさが先立つ。虐げられる者が更に弱者を虐げる。付喪神達は子どものように真っ新だ。大人という人間を信じて疑わずに無心に付き従う。幼い子どもは親が絶対で、親が世界そのものだ。

 だから疑って、ヒトが勝手だと知っている小夜や長谷部、物吉が快い。そして無垢に信じる者達が、ひどくかなしい。開き直って武器としてのアイデンティティを肯定し貫く者達もよりいっそうだ。

(だから俺は、御手杵に1番憧れを抱いているのかもな)

 心の裡で思う。歩み寄ろうとしてくれて、それを突き放してしまったあの槍を。

 一見すればただの背の高い青年にしか見えない御手杵は、しかし誰よりも中身がヒトから逸脱している。ここに来てから余所よりも性格が変わった気がするけれど、それでも彼は槍でしかあり得ない。突き刺す事しか考えていない、槍の付喪神だ。

 審神者の心配など、すべきではない。しないで欲しい。彼には、何も考えずに、ただ「槍」であり続けて欲しい。ヒトになど、「堕ちないで」欲しかった。

 ――目眩だ。大分強烈なそれに、思わず肘を突く。気がつけば、体を左側に傾いでいる。パンを皿に戻しておいてよかった。そんな事を考えていると、小夜が慌てて駆け寄ってくる音がする。

「御免」

 背中をさする手は小さい。しかし、エーテル体のそれはヒトの肉と同一だ。温かい。そして小さく呟く声に、自身は何とか笑って見返す。

 屹度、この子は聡いから気付いてしまった。だから聴かずにはいられなかったのだろう。自身の、この反応が過剰なのだ。清光を呼んでくれ、と頼む。

「今日はもう、仕事は終わったから。部屋で寝てるね。小夜も、残りのパンをあげるから。お兄さん達と食べなさい」

「でも」

「俺はね、小夜。お前のいう通り、ヒトを憎んでいる。同じヒトである自分も殺したいくらいね。でも、死んでも、何の解決もしないから。生きていれば、多分、この憎しみにも答えが出る、そう信じてるから、大丈夫」

 それは、自分に言い聞かせた台詞だった。

 

 

 小夜はあれから大丈夫だろうか。兄達には恐らくこのあと色々といわれる事だろう。動揺しただろう彼を慰めて貰う為に向かわせたのだけれど、成功しただろうか。御手杵に出して貰った座椅子に座る。「仕事の仕分けは清光がやっといてくれた」という彼は、妙に甲斐甲斐しいように思えた。以前、突き放してしまった一件を気にしているのだろうか。それに居心地悪く思っていると、御手杵はそれを卓袱台の端から引き寄せる。梨だ。照れたように苦笑する。

「本当は薬を飲ませる前に食べさせろっていわれたんだけど、忘れてた。結構寝てたから腹は減ってるだろ」

「うん、有難う」

「小夜が剥いてくれたんだぞ」

 危うく、フォークで皿を突き壊すかと思った。滑った梨が皿から飛び出す前に縁で跳ね返る。それを何ともない様子で聞き流したふりをして肯くと、御手杵はごく自然にその梨をひとつつまみながらいう。

「小夜の奴、やけにあんたの事を心配しててな。あんたが具合を悪くした時に居合わせたらしいって、左文字の兄達がなんか怒ってたぞ」

「小夜は優しい子だから、そんな小夜に心配かけさせたのに怒ってるんだよ。あとで具合が良くなったら謝りに行くっていっといて」

「……あんたも良い奴だよなぁ」

 さすがに2個目は手を付けない。代わりに審神者を眺める。長い脚で胡座を掻き、肘を突く。好物の梨を食べるのに夢中だったから、この時の彼は油断していた。御手杵の目が、どんな色をしていたかを。

「そうやって良い奴のふりをするのは、疲れないか」

 どっと、汗が出る。今度こそ、フォークを取り落とした。1回落としたそれを拾うのを、御手杵は咎めない。ただ、同じ姿勢のまま、こちらを見ていた。

 既視感があった。これは、この間、御手杵に問い詰められた時の視線だ。けれど、それよりもずっと鋭い。

 これは、敵を見つけた時の御手杵。

「良い奴のふり、というか、実際あんたは良い奴なんだよ。だから、あんたはそういう風に振る舞える。でも、あんたのその態度は、型通りなんだよ。形式が定まっていて、ただそれに添って注いでくる優しさって感じがする。……俺なりにあんたを理解しようと思ったら、そんな答えが出た」

「……」

「俺も良い奴なんていわれてるけどさ。別にそんなつもりもないんだよ。ただ、あんたのは、明らかに『振る舞ってる』。俺達には『良き主』、敵には『厄介な指揮官兼参謀』。まるで俳優みたいだ。演じ分け……のつもりもないみたいだけどな。いや、意図的なものか。どっちか俺にはわからない。でも、そんなあんたは、苦しそうだ」

「――」

「俺がヒトじゃない、刀剣だって事に打ちのめされたっていっていたよな。でも、あんたの態度を見てると、まるで人間の二面性をそのまま演じているみたいだ。……人間にとって、『醜悪』ともいわれる二面性を、敢えて演じているように見える。そんなあんたが、刀剣の俺達にどんな期待を抱いていたんだ」

 やめろ、やめてくれ。内心の叫びは、フォークを握る事で潰される。梨は皿に落ち、唇は噛み締められる。

 まだ、自分は夢を見ているのだろうか。友人に問い詰められた時のように。ああ、そういえば彼女もこんな茶髪だった。

「俺達付喪神がヒトを映す鏡だ。あんたは、俺達にヒトの美しい部分を見出したかったのか。あんたは、自分の事が嫌いそうに見えるんだ。そんなあんたが、他人を好きだとは思えない」

「……やめろ」

「なぁ、あんたは良い主だ。素晴らしい采配をしてくれる良い主だ。あんた自身が思い描いた理想の主を演じてくれているんだろう。でもな、『あんた自身』は、一体どこにいるんだ。あんたは、どんな奴を望んでいたんだ、本当は」

「やめろ!!」

 立ち上がり、胸倉を掴む。赤いTシャツが血の色に見えた。御手杵は目を瞠ったけれど、抵抗しなかった。

 

 

 

 

 嫌いだった。御手杵が、ではない。誰よりも自分が嫌いだった。

 自分が嫌いな人間が誰かに好かれる訳がない。好かれなければ、心身共に弱い自分は生きていけない。だから、それをひた隠しにした。特に、審神者になってからはそれが顕著だった。好かれるのが仕事だ。神様に好かれるという大任だった。

 好きになれる自分を演じようと思った。好きになれる主を演じようと思った。欺瞞、欺瞞、欺瞞。

 けれど御手杵に出逢って知った。

 自分が1番好きなのは、誠実な人間だ。人を口実にしない、人を利用しない、そんな人柄。

 

 5年前の事件から、自分が1番懸け離れてしまった人間だった。

 御手杵にそれを気付かせてしまったのが、辛かった。彼はそれ程に人間を理解してしまった。彼は、誠実なままでいてくれるだろうか。

 騙して、利用して、かいくぐって。そうしないと生き抜けなかった。けれどそうして生命も社会的にも生き残ってしまった自分に、何の価値があるのだろう。そう思ってしまった時、自分はヒトを愛さなければならないと考えた。家族はこんなにも自分が生き残った事を喜んでくれた。愛されているのだ。ならば愛を返さなければならないだろう。

 サバイバーズギルドだ。そう気付いた時には、もう、遅かった。

 

(本当に?)

 

 

 

 

 

 過呼吸を起こしそうだ。それ程に嗚咽混じりに泣いている。寝間着のまま、裸足で飛び出した庭の片隅。袖は鼻水や涙で塗れて汚くなっているだろう。薄暗い。そろそろ黄昏時だ。梨は食べかけだったから、泣きすぎたせいだろう。腹が減ってきた。それでも涙は止めどなく溢れる。

 嫌いだ、大嫌いだ。純粋な武器として戦ってくれる御手杵に、誠実な人間を見出した。けれど彼は飽くまで槍であり付喪神だ。人ではないのだ。ここにいる皆もそうだ。自分は、5年も経って尚、人間を好きになれない。無垢な愛情は裏切られて、引っ繰り返って深い憎悪のまま、今も胸の裡に留まっている。泣いても泣いても、掃いて捨てる程に溜まっている。このまま息が詰まって死にそうだった。その間にも、審神者としての仕事が頭に浮かぶ。

 御手杵を殴ってしまった。力の限り。こちらの手も痛いけれど、御手杵も多少痛んでしまっただろう。手入れをしてやらなければ。……謝らなければ。でもそれは、図星を指されて胸が痛い今は嫌だった。

(物の見事に串刺しだ)

 心の膿が垂れ流しだ。泣きすぎてバンシーになりそうだ。そういえばここは本丸のどこだろう。走り出して、御手杵の声が届かないところまで来た。普段長谷部と追いかけっこをしていた甲斐が出てしまった。ふと顔を上げ、そしてその木に見覚えがある事に気付く。

 ここは、いつも剣道の稽古をつけて貰っているところではないか。陸奥守に。

「だからおんしの事が嫌いじゃというたんじゃ」

「わぷっ」

 噂をすれば、褞袍。頭からそれが被される。慌ててそれを掴んで降ろす。それは、よく見ると、部屋の布団にかけられていた褞袍だった。顔を向ける。内番着のままの陸奥守が、そこで仏頂面で立っていた。見上げる審神者の顔を見て、噴き出す。懐に手を突っ込んだ。

「ざまにひどい顔じゃな。ほれ、ちり紙やるき。せめて鼻水は拭かんか」

「……うん」

「……いつもなら、そこは『有難う』って返事しよるに。よっぽど御手杵に図星を指されたんじゃな」

 肯いて、ひとまず鼻をかむ。そこで出された名に、ゴミをひとまず地面に置きながら褞袍に袖を通した。風邪をひいては仕事に支障が出る、と考えるより先にまず寒かった。陸奥守の言葉で、自分がぐずぐずに壊れはじめている事に気付いた。しかし、止められそうにない。

 今まで、ここで審神者として主として振る舞っていた自分は、涙で瓦解しはじめていた。だが、陸奥守は寧ろどこか嬉しそうにしている。しゃがみ込むと、手拭いを取り出して審神者の顔を拭う。頭を撫でながら、笑っていた。

「よぉわかったじゃろ。おまんは、子どもじゃ」

「……うん」

「本当なら、こんな部隊なんぞ任せられんぐらいの子どもなんじゃ。わかっとるか、主。わしはそれでも無茶を通して『主』として振る舞うおまんが嫌いじゃった」

「うん」

「本音はな、おまんにそんな無理をさせる、得体の知れん連中が嫌いじゃったんじゃ。前の主と比べるようじゃが、竜馬と正反対過ぎて心配じゃったんじゃ。あいつはそれこそ、どちらかといえば御手杵みたいな奴じゃったからな」

 語る口調は穏やかで、頭を撫でる堅い手は優しくて。審神者はただ、肯く。温かかった。弱者の自分が更に弱い彼らを戦わせる事には、今なお忌避感がある。それでも、彼らは温かい。泣ける程に、冷たい鉄の身が温かかった。

 自分の周りにも、こんな人達はいたのだ。それを、わかっているつもりだった。23世紀にいた頃から。けれど本当には理解していなかった。付喪神達に温もりを与えたのは人だ。その人間に暖かさがあるのは当たり前だ。

 それを、人の目を欺く仮面を被って、拒絶していたのは自分だ。今ならわかる。ぐずぐずに壊れてしまった今ならば。今こそ、本当に23世紀に帰りたかった。今なら、家族や友人達と、もっと心からわかりあえる。そう思えた。

 5年前、自分だけが生き残ってしまった事に、それでも価値を見出せる気がした。

「よぉ涙が出るな……水分なくなってしまうき」

「うん……」

「げに喋れんのじゃのう……でも、それが本当のおまんじゃ。今のな」

「……」

「ようやっと会えたな。今までのおんしもおまん自身じゃった。でも、わしはおまんに会いたかった」

「でも、俺は、今までの主も好きだよ」

 不意に別の声が射し込む。陸奥守と共に顔を向ける。そこにはやはり内番着の男士が2人、立っていた。2人とも肩で息をしている。前者はともかく後者は意外だった。どこから駆けつけてきたのだろう。

「清光。……と、長谷部」

「……やっと起きたと思ったら、こんなところにいたんですか」

 息切れをする2人が、歩み寄ってくる。審神者は、膝に力が入らず立ち上がれない。

 結果、加州が抱きつき、長谷部のチョップを甘んじて受け入れる事となった。痛い。

「~~長谷部……」

「御手杵はあとで手入れ部屋に行かせますよ。始末書を書いてくださいね。刀剣男士に怪我をさせるってどれだけ本気で殴ったんですか、貴男は」

「主、主はよく頑張ったね」

 長谷部の手刀に対し、加州の抱擁は優しい。女性のように柔らかくはないけれど、初期刀としての長い付き合いが、優しさを与えていた。宥めるように頭を軽く叩く。

「沖田君は若かったからさ。若い主には抵抗がなかったんだ。でも、主は頑張ってたよね。ちゃんと御役目を果たそうとして、頑張ってた。俺は最初からそれをずっと見てたから、知ってるよ」

「……努力は否定しません。貴男はこの部隊を守る為に奔走していた。その為の『らしい』振る舞いをするというのは正しいです。ただ、貴男には年不相応だった。平たくいえば修行不足です。それだけですよ」

 腕を組んで、顔を背ける。うちの長谷部はつんでれだなあ、加州に抱きつかれたまま審神者はぼんやりと思う。喉が渇いていた。だから、何も返事が出来ない。

 何にも、返事が出来ない。

「主」

「大丈夫かー」

「…………小夜……御手杵」

 漸く腕が緩められた頃。やけに長い影が見えた。夕焼けのせいかと思ったけれど、長谷部も見上げたのを見て気付いた。顔に簡単に大きな絆創膏を当てられた御手杵が、小夜を肩車していたのだ。小夜は御手杵の頭にしっかりとしがみついており、どこか不安そうな顔をしている。御手杵はといえば、怪我以外はまるで何も変わっていない。少しだけ腹が立った。動揺しろ。しかしそんな審神者の内心に構わず、御手杵はしゃがみ、小夜を降ろす。そして彼の肩をこちらへと押した。

 よく見れば、小夜の手には竹の水筒がある。それを、両手で持った小夜は差し出してきた。困ったような顔で。

「いっぱい、泣いたみたいだったから。厨で、燭台切と歌仙にすぽーつどりんくを詰めて貰った」

「……有難う」

 今度は素直に礼が出る。同時に頬も盛り上がった。笑ったのだ。しかしその為に涙腺から再び涙がこぼれる。明らかに小夜が動揺したから「御免違う小夜のこれは小夜のせいじゃない」と慌てる。ひとまず再び陸奥守に顔を拭われてから水筒を口にする。

 そして中身が塩水だと気付いて噴き出した。

「?! これスポドリじゃな」

「よ、驚いたな! こっちが本物のスポドリの水筒だげぶっ」

 どこからともなく、木の上から鶴丸がぶら下がってくる。それにその場にいたほぼ全員が悲鳴を上げた。審神者など、咄嗟にその顔面を塩水の水筒で殴ったぐらいだ。そのまま頭から落ちた鶴丸を小夜はさっさと避ける。打ち所が悪かったらしくそのまま失神した鶴丸を見下ろして、審神者は口元を袖で拭いながら、恐る恐る小夜に尋ねた。

「……小夜、ひょっとして鶴丸も厨にいた」

「あー、そういえば隠れてたぞ」

「つっこめよ御手杵! 純真な小夜の厚意を!! 本当に御免ね、有難うね小夜!」

「う、うん。……なんか、僕が主を泣かせたみたいだったから」

「そんな事ない、小夜は悪くないんだ」

 鶴丸が持ってきた水筒を口にし、今度こそスポーツドリンクを補給した審神者は、俯く小夜を真っ直ぐに見詰める。そうだ、昔はこんな風に口を利けたのだ。いつからだろう。捻くれた事しかいえなくなったのは。

「小夜は、俺に真摯に接してくれただけ。偶々打ち所が悪かっただけだよ。体のツボだって押せば涙が出る程痛いところがあるでしょ。あれと同じ。……御手杵が更に悪化させてくれただけ」

「なんだよー、俺こそ痛い思いしたぞー。あんた全体重を乗せて殴ってきただろ。滅茶苦茶重くて良い拳だったぞ」

「吉行に鍛えて貰ったからね。そりゃ重たい拳だったでしょうよ。……っていうか、あーでも、うん。御免。殴ったのは。図星を指されて凄く痛かったから」

 水筒を片手に、頭を掻く。随分とすんなり、謝罪の言葉が出てきた。水分が潤滑油のように、唇を滑らせる。

 日が暮れる前に、御手杵の顔が見える間に。喋ってしまいたかった。小夜の手を握って、握り返して貰って、御手杵を見上げた。見下ろす彼にいう。

「でも、凄く嬉しかった。ずっと何が苦しいのか、自分でもわかってなかった。俺、お前みたいな奴になりたかったんだよ。でも、自分はなれないって思ってて。それでもお前の事は格好いいって憧れてた。真っ直ぐな人間になりたかった。大人になれば勿論そのままでいられないってわかってても、少なくともまだ子どもの今は、真っ直ぐなままでいたいって思ってる。だから、御手杵、気付かせてくれて有難う。お前は言葉を口にするのが苦手だったみたいなのに、あそこまでいってくれて、大変だっただろ。だから、有難う。そこまで想ってくれて、本当に嬉しい」

「ちょ、待て」

「どうしたの」

 日が暮れていく。小夜と手を繋いだまま立ち上がる。まだ嗚咽が残っていたけれど、涙は止まっていた。御手杵が言葉を塞いでくる。見ると、ジャージを羽織った御手杵は、顔を袖で隠していた。かなり暗いけれど、それでわかる。

 照れているのだ。この男が。この槍の付喪神が。

「……お前も照れるんだ」

「煩い、あんたの影響だからな!」

「おぉ……凄いな君。御手杵が照れるところなんて早々ないぞ」

「お前、回復が早いな」

 地面に突っ伏していた鶴丸が顔を上げていた。白い着物が汚れていた。それを見て、溜息を吐きながら審神者は手を差し出す。

「鶴丸、風呂に行こう。あと御手杵は手入れ部屋の許可を出すから。……本当に御免ね」

「あーもー、1回謝って貰えればそれでいいって! あんた今はこっち見るな!」

「うわー本当に照れてる。写メってインスタに上げていい、御手杵」

「良いわけないだろ!」

「主、夕食はそろそろ出来るそうですから。風呂から上がったら直ぐに大広間に来てくださいね。貴男が眠ってて、皆心配していますから」

「わしも風呂に入ろうかのう。さっきまで畑にかかっとったんじゃ」

「……うん、そうだね。小夜も入ろう」

「兄様達も呼んできていい」

「うーん、色々怒られそうだけど……まあいっか」

 既に日が暮れていた。御手杵が先頭に立ってさっさと歩いていく。手入れ部屋の方向だ。本当にこちらを振り向かないので、自身は本当に御手杵をヒトに近づけさせてしまったのだと思い知らされる。

 けれど、御手杵の好きなところがはっきりしたから、怖くはなかった。槍特有の真っ直ぐさだ。御手杵が御手杵である限り、それは曲がらない。その真っ直ぐさを、自身は見習い続けられるのだ。

 もう欺瞞はしたくなかった。小夜の小さな手を握りながら、23世紀でのある日を思い出した。幼い弟の手をこんな風に引いて、家路についたものだった。

 

 いつか、5年前の事件の彼らに会う事があるだろうか。それでも、少しはまともな顔を出来るように思えた。

 

 

 

 

(そんなものは、もう捨てちゃいなよ。苦しいんでしょう)

(「友達だから、そんなの知ってるよ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんのすけに先導されて、三日月は日の暮れた本丸の縁側を歩く。彼らの空気は沈痛で、そして特に三日月は殺気立っている。

「それで、こんのすけ。主がもっと元気になったら告げたい事とは、何なのだ」

「……告げたい、というより。いわなければならない事です。あのように苦しまれていたのなら、もっと早くにいうべきだった。もっと戦力を充実させてから、と先延ばしにしてきましたが」

「早くいえ。ここの俺は、生憎と主の弟君のところの俺と違って気は長くない」

「……お気づきの通り。ここの審神者殿の弟君は、審神者をしています。いえ、やらされているという言い方が正確でしょう。以前の、貴男が審神者殿に憑依してしまった事件の際に出会った少年。似てないですが、彼が弟君です」

「おかしいではないか。主は弟の今後の為にも金が入り用だから審神者を務めている。しかし、結局はここも前線だ。危険な場所に変わりはない。なぜこんな場所に弟君もいるんだ」

「順番が逆だったのですよ。だから審神者殿は必要以上に情報が制限されていた。自分の弟が審神者になっている事など、決して知らされないように」

 こんのすけは、その部屋の前で足を止める。そこは審神者の私室。障子の開け放たれたままのそこは、火鉢の火が消え冷えていた。こんのすけが先に入っていくのを尻目に障子を閉めると、こんのすけは書庫を示す。ふと、そういえばと思い出した。

 ここは前線だ。即ち、極端な事をいえばいつ焼き討ちに遭うかもわからない。それなのに主はここに希少な本を揃えている。歴史的な価値も持つ本もあった筈だ。

「ここの書庫は、少々特殊でしてね。政府と繋がる空間にリンクしているのですよ。有事にはここだけ切り離して、政府から回収できるようにしています。審神者殿が申請して通ったもので。政府としても歴史的価値のある書物が失われる事態は避けたいと思ったのでしょうね」

「……つまり、そこから政府に繋がる事が出来るという訳か」

「審神者殿はそこまでは考えていなかったでしょうが。……もし、審神者殿が選択なさったら、ここから政府に踏み込む事も可能です。正規の出入り口とこちらから、2つの班に分けて挟み撃ちも出来ます」

「下克上か」

「革命かも知れませんね。今の政府は、少々やり過ぎです。……今までは現状に甘んじてきました。しかし、この1年。審神者殿と接してきて、私も……一花咲かせたいと思っていたのですよ」

 くだぎつねの顔がにやりと笑う。中身は中年の役人だという。この男もまた、あの審神者に影響を受けたひとりだろう。好戦的なところが。

 こんのすけは、静かに告げた。

「まず、貴男にいいましょう。ここの審神者殿の弟君。彼は、本物の『審神者』。政府が追い求めた奇跡を起こす器です。『魂蔵持ち』『神の子』『聖杯』『夜の愛し仔』……過去にそういった呼び方をされてきたモノ。彼はただそこにいるだけで、刀剣男士を空気中のエーテル体をかき集めて練り出す。神と対話する為に目の前に顕現させる。本来はこの本丸という大がかりな設備が必要な降霊を顔色ひとつ変えずに行える人材」

「つまり、政府が生涯、文字通り『死んでも』手放さない人材という訳だな」

 卓袱台に放置された梨の食べかけ。フォークが小刻みに揺れる。三日月はこんのすけを静かに見据えていた。そこにあるのは、夜のように静謐な怒り。

 息子のように可愛がっていた主、彼の大事な弟。ましてや彼が審神者になる決意を固めた一因。度々口に出し、そして写真も見せる姿は健やかな笑顔だった。

 決して、あの時。自身と主を助けてくれた時のような、あんな悲愴な顔はしていなかった。あちらの三日月があんな表情をしていたのも、今ならば頷ける。中学生の審神者よりもずっと幼い、年端も行かぬ子どもだ。

『日頃は頭をいじり、審神者として利用するだけ利用して。忘れさせている兄弟の情を思い出させた上の、この仕打ちか。政府は』

「……洗脳か、催眠か」

「子どもだから、かかりやすいんです。おまけに、彼の傍にいる『こんのすけ』は、政府でも厄介な術師の役人。派閥もあります。――審神者殿に知らせたら、瞬く間に彼を陥れる奸計を練ってくれるでしょうが」

「全く、ウチの主は気苦労が絶えないな。謀略が大嫌いなのに、それが得意中の得意ときた」

「だから、出来るだけ速やかに済ませましょう。審神者殿と弟君に、これ以上の負担をかけないよう」

 目を見開く。殺気を押さえるのに苦労した。敏感な刀剣男士なら気付いてしまうだろう。気息を整える。そして、思い出した。

 もう大分昔の事のように思える。自身が巫覡の体質の強い審神者に憑依し、そしてその時に思わぬ遭遇をした。その時にまだ力が足りない、とわかっていた。そして、今、その時が来ている。あの時に遭遇した、ヒントを与えてくれた人物の言葉を思い出しながら、ふと、尋ねる。あの時に遭遇した人物についてだ。性別も年齢もわからなかった、面隠しをした人物に出会った事を。

 するとこんのすけは、思い当たったように答えた。表情は獣だが、困惑した様子だった。

「その方は、政府の重鎮のおひとりですよ。弟君の方とはまた違いますが……ただ、恐らくここの審神者殿と弟君を気にされたのには心当たりがあります」

「心当たり、とは」

「ここの審神者殿がさる小さな大名の家系だったのは御存知でしょう」

 こんのすけはいった。

「私も詳しい経歴は存じないのですが……『彼女』は今は審神者をやっていますが、いつから生きているのか全く不明なのです。今は珍しくありませんが、彼女の場合は体が人間そのもので、長寿の理由も不明なんだそうです。記録では、戦国時代末期。ここの審神者殿のご先祖の家に、客分として長く滞在していたそうです。曰く『藪知らずの土地柄、大分長く過ごせた場所だった』と」

「――」

『お前の主は、常に波乱の元にある』

 あの言葉が、何を示唆したのか。三日月は息を飲む。生まれ変わり、転生。そんな言葉が頭を過ぎった。しかし、戦国時代の彼の先祖は討ち死にしたのではなかったか。人柄を聴けば、あまりに今の主にそっくりな。

 だから、三日月はいった。

「その人物も重鎮というのなら、協力は得られないか」

「一匹狼ですからね……しかし、やれるだけやってみましょう。勢力は作ってないですが、長生きしているだけに知り合いは多いそうですから」

(もしただ波乱の種を落としただけのつもりでも、得られるものならば得たい)

 刀を振るい、今の主の為に戦う三日月は願いながらこんのすけの前に座った。

 今度こそは、主を守りきりたい。主の大事なものを、守りきりたいのだ。それが、どんな結果を生み出しても。

 

 

「■■」

 皿を落とし、弟の名を呼ぶ。三日月とこんのすけが声を上げた。

 審神者が弟の事を知ったのは、この数日後の事だ。

 

 

 

 

 

 

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