▼うちのとうらぶシリーズで起きている事件の一角。長谷部が「汚れ仕事も請け負う」といっていたので、それが存在する時代なのか……と考えた結果。
絢爛な内装。それは時代劇で観る遊郭を思わせる。否、実際、それを模したものだろう。この空間を自身の権限で変じただろう審神者の知識に、当時を事細かに知る学者のレベルは求められなかった。ただ、それらしく、華やかでそして退廃的であれば、客に一夜の夢を見せるに相応しい演出だった。尤も、極彩色の夢の糧として消費されるものにとって、永続かと思われる悪夢だったろう。
見下ろして、荒れ果てた廊下。面布越しに、ところどころに弾痕や弓矢、石が縁側から庭へと続く。常に夏の夜を演出する「景趣」。既に政府がその権限を奪取している。しかし「ガサ入れ」の為にも現場の保存の為にも、暫くはそのままにすると思われた。自身は、政府の役人や他の審神者と練った作戦通りに進んだ部分と、そうでなかった部分――しかし想定はされていた――に、想いを馳せる。
人死には、敵方にも出したくなかったのだ。ましてや、それがここの「遊女」の女性であれば尚更。
「主」
「遺体は収容できたか」
長谷部が歩み寄ってくる。振り返ると、暗がりの中でいつものカソックを、色々なもので汚した長谷部が軽く会釈をした。こういう、政府から頼まれた汚れ仕事の時は、決まって必ず長谷部が来た。難しい顔をしていれば、どこからかぎつけるのか、気がつけば長谷部が傍にいるのだ。普段から気の置けない自身への配慮もあるだろう。そんな彼に、振っていた仕事の進捗を聴けば、彼は、困った顔をしていた。思わず見上げる。珍しい表情だ。くだぎつねが走り、狐の面をつけた男達や、同じ審神者が近くでさわさわと音を立てる。その中で、長谷部は耳打ちした。
「……その事で、お話しが。こちらへ」
手を引かれ、縁側に上がる。全体的に朱塗りの外装。それらを眺めながら、自身は長谷部についていく。
ここはある部隊の本丸。そしてここはその一角。こんのすけをも抱き込んだ犯罪が、ここで行われていた。主に政府高官を客とした、23世紀の遊郭。遊女は、ここの審神者が「現世」にいた頃に関わっていたマフィアから流された、不法入国・不法滞在の女性達だった。彼女達は全て、違う本丸で「夏の景趣」を利用されて作られたドラッグで薬漬けにされて身動きの取れない人々だった。その事を振り返り、歯噛みする。他者の弱味を掴んでいいようにする。それは自身の最も嫌うところだ。
――尤も、こうして政府の汚れ仕事を引き受ける事で将来的に政府での自身の立場を向上させる。その腹積もりもまたそれに通底すると自嘲した。
「『ここ』の一期一振が、ひとりの女性に関して、日本に帰化させて欲しいと」
「ここの一期が」
足早に歩きながら、その部屋を目指す。行き交う役人達は忙しそうで、こちらには目もくれない。長谷部の言葉に、自身は思い出す。
そも、この本丸の存在が確定したのは、この部隊の刀剣男士の1部が内部告発をしたからだ。それも、「ここ」の上客だった政府高官とは対立する派閥の高官に対して。念の入った告発だ。余程に本気だろうと、彼らの気の変わらぬうちに早急に人員が集められ、作戦が立てられた。集められたのは、内部告発した刀剣男士「以外」の刀剣男士達を制圧する為の人員。つまり、同じ刀剣男士を率いる審神者達である。
告発した刀剣男士には、「遊郭」の方の料理番もいる。彼らに料理に睡眠薬を盛らせる。客の確実な確保と、「遊女」達の安全を考慮。加え、人質にするには眠った人間などただの錘だ。あとは、残りの刀剣男士達を、以前政府が実施した「毒矢」を用いつつ武力で制圧する。時間制限の勝負だった。説得も考慮に入れられたが、そも聞き入れるようだったら自分達のように告発する側になっただろう――そう苦笑したのは、代表としてやって来た一期一振だった。
『日本に来て幸せだと、そういっている女性がいるのです』
作戦会議の小休憩。その本丸の構造を口伝で教えた一期一振は、一際幼い容姿をしていた自身が目についたらしい。出された茶を飲みながら、そう呟いていた。
曰く、自身の部隊の刀剣男士は、普段は他の部隊と変わらず戦闘している。しかし、政府の調査が杜撰だった。マフィア上がりだった審神者は、本丸の一角を遊郭に改装し、外部の自身の「本部」から女性を連れ込んだ。薬は以前、別の本丸の審神者が刀剣男士に畑内番と称して作らせたものを使用。それを使って予め薬漬けにしていた。刀剣男士達が口を挟む間もなく遊郭を作り上げ、マフィアと繋がりのある政府高官を客にした。こんのすけまで抱き込まれれば、自分達にはどうしようもない。更に、その審神者は刀剣男士には鷹揚で優しく、気っ風が良かった。あまつさえ、場合によっては「遊女」を刀剣男士に宛がう事もあった。戦えればいい、主の言うとおりにすればいい。現状に疑問はあるものの、どうすればいいかわからない――ひとまず、顕現され、状況を把握してからは、もし弟達に危害が及んだならばその時は主を斬ろう。消極的に決め、そして用心棒として太鼓持ちとして、「遊郭」で当番として世話をはじめた。
『その中で、肌の色も、話す言葉も違う女性がいました。他の女性曰く、彼女はこの国に来て、良い事しかないといっていたと』
『……話の通りなら、なんとか入国した先で、マフィアに捕まって薬漬けにされた挙げ句に娼婦をやらされているのに。ですか』
『お里にいた時は、辛くて苦しい事しかなかった。でも、“おじさん”達に連れられて、楽しい想いしかしていない。と。……薬物とは恐ろしいものですな。私が表舞台に出ていた頃は、日本にはそんなものはなかった』
『あるにはあったらしいですけどね。日本人が利用法を知ってしまったのは幕末以降ですから』
『彼女は、今も極楽にいるのです。頭の中だけの極楽。……本当に、しあわせそうなのです』
だから、とは一期一振は続けなかった。傍にいた長谷部が、会議の再開を促してきた。一期一振が、手袋越しの手で目元を押さえるのは、見なかった事にした。
日本は、事実上の内戦状態にある。国がそれを認めていないだけだ。それでも、この国は今なお「世界有数の治安国家」なのだ。比較で、である。だからここ200年以上、他の国から日本に合法・非合法問わず渡ってくる者は少なくない。混血は珍しくないし、自身も何代か前にどこかの国の人間の血が入っていると聞いた。青や緑色の目、褐色の肌の友人も多い。そも人外の存在も認知されているのだ。
荒れた社会で、食い物にされるのは弱い者だ。老人や子供、そして法律で庇護されない者――自身も嘗ては子供として食い物にされたから、一期一振が何を感じたかは漠然とわかる気がした。
刀剣男士は付喪「神」ゆえに人権を持たない。刑法に処されないが、庇護もされない。そして、名乗り出れば庇護されるといっても、彼女達は刀剣男士達とさして立場は変わらなかった。
『彼に確固たる論拠がある訳じゃないだろう』
一端の帰り際、長谷部の問いかけに答えた。
『ただ、いたたまれなくなったんじゃないかな。同じ人間の元にいる自分と彼女の違いに』
そして今。呼ばれた一室。縁側の障子が開け放たれたそこで、座り込む一期一振を見る。
彼は表舞台にいた頃はまだ正座が一般化していなかった。少なくとも既に拘束されたここの審神者にはそういう知識はあったらしい。胡座を掻いて、彼はそこにいた。髪も服も乱れ、ところどころに怪我が見られる。他の審神者に手入れを、そう声をかけたいのに出来ないのは、目の前の光景に声を失ったからだ。隣で長谷部が沈鬱に俯く。刃傷のついた壁紙。その前に座した一期一振が、こちらを見ずに(否、視界には入っているのだろうか)、話し出す。声音だけは、しっかりとしていた。
「来て下さいましたか。貴男なら、話が通じると思いました」
「……一期一振さん。帰化して欲しい女性、とは」
「帰化、というより。彼女を国に帰さないで欲しい。それだけです。彼女は、言っていました。『あの国には、帰るところはもうない。今は友達も出来た』」
言葉を継ぐ。
「『この国に、骨を埋めたい』と」
彼の破けた手袋。その手が握るのは、嘗ては健康そうな色を保っていただろう肌の、手。それを、堅く握りしめていた。
大広間。ひとまず着物をかけられた、ひとりの「遊女」の遺体の傍。遺体袋が間に合っていない。それがゆえの、この惨状だ。大広間の端では、やって来た役人が手際よく、「客」や「遊女」の遺体を収容していく。
死因は様々だ。料理を食べなかった政府高官が、ガサ入れを知り自害を図った。無理心中を図り「遊女」も殺して自分も死んだ。そして――女性の1部は、盛られた薬が睡眠薬ではなく、薬物の方だった。それも日頃の量を遙かに超えたものだった。
料理番。内部告発者の中に、彼女らの行く末を憂えて「せめて殺してやろう」と図った者がいたのだ。その者はその場で自壊した。
それに、心臓が耐えられなかったのが、今、一期一振が手を握る女性だった。堅く手を握ったまま動かない。彼は、呟いた。
「しあわせになりたいと、そう願っただけなのです」
それはどちらの心情か。面布の下で、審神者は目を瞑った。
顔は見えない。恐らく、かなり早くから薬漬けにされていたのだろう。そして苦しんだに違いない。死後硬直が解けるにはまだ早い。暴れた形の脚が、健康な色を失った皮膚を露出していた。唇を噛み締める。
そして、自身も「それ」を願った。
「知りませんね」
一期一振の体が硬直する。長谷部も自身を鋭く見据えた。だが敢えて、視線を背ける。頭を掻いて、向こうの役人達を見詰めた。彼らもまた、胸を締め付ける想いをしているだろう。これから彼らが彼女達の身元を特定する為に出入国管理の方へ訪ねる仕事をせねばならないと考えると、指揮官として戦っただけだった自身はただ頭が下がる。彼らの仕事を増やす事になるだろうと、自身はいった。
「多分、今頃マルボウがガサ入れしているマフィアの方で調べてるだろうけど、屹度、彼女の身元は出て来ない。どうせ使い捨てにするつもりだっただろうから、とっくに偽造パスポートなんかも破棄されてるんじゃないですかね」
「――」
「だから、『彼女の身元はわからない』。……一期一振さん。貴男がまだ刀剣男士として戦う意志を持つなら、ある程度『身元不明』で本国送還が不可能の彼女の墓を23世紀の日本に作るぐらいなら、意志を反映させて貰える筈ですよ。何なら俺の方から頼んでもいいし」
「――……」
「無縁仏になるのかな、この場合は。……だから、一期一振。手入れを受けてきてください。しあわせを、見つけたいのなら。せめて戦場で折れるのが、あなた方の本懐でしょう」
「……」
言葉がない。だから、長谷部の肩を叩く。そして自身は遺体置き場の部屋を離れた。役人に心からの労いの言葉をかけて。
長谷部が、片付けが済むまではあの一期一振の傍にいてくれるだろう。人間の自分よりも、同じ刀の彼の方が、今の一期一振を労ってやれると思ったから。
縁側に出て、歩く。ところどころに玻璃の破片が散らばっていた。月夜だけではなく持ち込まれたライトに照らされ、輝いていた。
「よぉ」
その向こうで、縁側の階段に座り込んだ面布の男がいた。同じ審神者の誰かだ。現場に持ち込んだのか、煙草を吹かし、新聞を開いている。そしてこちらに気づき片手を上げた。その拍子に灰が落ちる。その不謹慎な程の態度は、しかし実際、自分達の役目が終わり、こうして現場の収拾が済むまでは確かに入り用のものだった。だが先程の一期一振の姿が脳裏に浮かび、「どうも」と無難な態度で立ち止まるに済ませた。男の方は、構わず煙草を吸う。目元だけを多う面布なのはひょっとして煙草を吸う為だろうか。会議の時もたばこ臭い男がいたから恐らくこの者だろう。そんな事を考えていると、その男はいう。
「たまんねーな。あちこちで愁嘆場だ」
「……ですね」
「ウチの奴らも、人が好いからあちこちでここの本丸の刀剣や生き残った女を慰めるのに駆り出されてる。本当、こういう現場は好かねーわ」
……刀剣男士には、顕現した人間の本質が反映される事がある。十中八九、この男の「たまらない」という言葉は本音だろうと推察した。何となく隣に腰を下ろして見遣ると、自身より年長のようだが、近くで見る肌質から存外若そうだというのもわかる。要領悪くうっかり駆り出されてしまった人員だろうか。ヤニの匂いをまき散らす男は、新聞を捲っている。その内容に視線を走らせた。
そのページだけで、今のこの本丸で起きた出来事が、まるで些事のように記されていた。こんな事は、日常なのだ。ただ、本丸を私事に利用する事が、この際は悪事なのだ。もしこの私娼窟が本丸ではなく別の場所ならば、摘発される事などなかっただろう。それを思うと。
(彼女は、一期一振も「しあわせな世界のおともだち」だと思っていたのだろうか)
「しあわせって、なんでしょうね」
「それがわかんないから、みんな足掻いてるんだろ。どいつもこいつもしょーもない事で悩みやがって」
存外早くに返ってきた答えに、目を向ける。その男は、新聞を閉じた。煙を吐く。紫煙が、夜に向かって消える。
「日が昇って、沈む。ただその当たり前の事が続くのだけが、どれだけ有難い事か」
「……曇ったり、日食が起きるだけで、人は騒ぎますよ」
「それが問題なんだよな」
夏の景趣の夜、本丸で2人、並ぶ。不意に、自分達の前を、遺体袋を担いだ役人達が駆けていった。慌てているのだろう。チャックが開いて腕がはみ出している。ぶら下がる腕と共に、長い髪がはみ出していた。
『本丸不正利用事件 No.****』
「主。どこかに行くのか」
長谷部を伴い、面布を懐に入れる。刀剣男士に声を掛けられ、自身は苦笑した。
「うん。ちょっと法事にね」
「急ぎましょう、主。向こうの一期一振が待っています」
「花も買わないとね。好きな食べ物は、あっちの一期しか知らないし」
End.