▼そういえば現代パラレルでしか書いてなかったけど、多分ここの本丸はつ/る/み/か ここの骨喰と三日月は改めて友人になりました的な関係
▼お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。
担がれ、連れて帰られた御手杵。手入れ部屋に敷かれたのは、左腕が袖ごとなくなっていた彼だった。手入れの妖精が目を剥いていると、部隊長だった加州が苦渋を滲ませる。彼もあちこちに血が滲んでいた。
「一騎打ちの結果だ。差し違えて……勝利はもぎ取っただけど、御手杵は」
「悪いな、手間をかける。主も、資材……傷口が駄目になってるから、肩から作り直すって」
「……ゆっくり休め。よくやった、御手杵。清光、他の奴らも手伝い札を使って手入れを。お前もな」
答える審神者は、受け取ったその包みを両手に抱えたまま労う。加州が肯いて部屋を辞すのを、最も怪我が軽かった骨喰はそれについていこうとした。
しかし、ふと気付く。
包みを抱えながら、審神者が、宥めるように苦笑する御手杵の右手を握っていた事に。
「ほら、骨喰も中傷だろ。手入れに行くよ」
加州に促されて、今度こそ骨喰は手入れ部屋を辞した。
「随分、仲が親展したようだな」
「あぁ、主と御手杵ね。じれったかったけど」
手伝い札を使い、瞬時に傷みが「直」る。しかし、人に近付いた刀剣男士程精神的なダメージが残るらしい。いまだ鉄の身の感覚を重く残す骨喰は、「くっそ、今度はぶった切る」と切り傷を負った部分をさすりながら唸る加州を眺めていた。鯰尾に世話をされて、既に1年近い。恐らく、他の分霊よりも肉体への馴染みは遅い方だろう。知己だったという三日月の寂しそうな顔は申し訳ないと思うが、それだけだった。
だから、同じように焼けた刃の身。決定的に違うのは、再刃された自身と異なり、徹底的に焼かれ姿を失ったという事。それでも戦う事に最も重きを置く御手杵が、審神者の不器用な愛情に応える日が来るとは思いもしなかった。否、あれは応えているのか。少なくとも、当人達は幸福なようだが。何とはなしに自分の右手を握ったり緩めたりしていると、与えられた休憩時間で剥がれたマニキュアを塗り直すつもりらしい。審神者に万屋で買って貰ったという春の新色を塗る加州は、「障子は開け放しにしといて」と桜を眺めていた自身にいう。そして微笑んだようだった。
「生粋の戦闘狂と、海千山千の生息子じゃ、これが妥当な親展速度でしょ」
「……主は童貞だったか」
「骨喰は直球だね! 精神的な問題だよ。豆腐の盾兵じゃ御手杵の槍は到底防げないでしょ」
成る程、砕け散る。多分、主のメンタルは、こと御手杵に関しては木綿どころか絹豆腐だ。豆腐といえば湯豆腐が食べたい。だがこの人数だと難しいだろうから万屋の飯屋で頼もう。思考が逸れた。この身を得てから食欲は人並み以上だ。「どうせまたご飯の事を考えてたでしょ」と爪赤を塗る加州は婀娜な笑みだ。擽り笑う様は異性を思わせ胸を騒がせる。……大和守との仲は「男役」と聴いていたが、女性を思わせる刀剣は少なくない。表に出ない質でよかった、と自身の念友に心中で謝る。加州はいう。
「そうだね。主も御手杵も、骨喰ぐらい真っ新だから」
「……真っ新」
「悪く思わないでね。俺も含めてだけど、刀としても人としてもどこかしらリセットされてる。どうにも、そういう連中同士だと仲が拗れやすいみたい。まぁ、骨喰は心配する程じゃないみたいだけど」
「……鯰尾には、苦労をかけている」
加州の言葉には心当たりは山程ある。引かれる手、その手の感触に覚えがない事がつらい。嘗ての友人だという、美しい刀剣もいた。兄弟達がいた。誰も覚えていなかった。欠けたものにこれ程に焦がれるものとは思わなかった。
「失っちゃったからこそ、求めちゃうんだよ。主は、御手杵に何を見出したんだろうね。御手杵も、主に自分が失った、あるいは得られなかったものを見ているようだけど。体から関係がはじまったようだと気付いた時は本当、ひやひやしたよ」
加州の言葉に肯く。御手杵を訪ねれば、相部屋の者に肩を竦められた事が何度かあった。それが最初から恋仲だったならまだしも、夜這いのみの関係だったのだから致し方ない。本当に、よく関係が進展したものだ。
この頃の審神者も御手杵も、幸せそうだ。主とした者と親しくしている者が幸福ならば、それは嬉しい。知識としてでなく、感覚で覚えていた。
――だから、今日のような戦のあとは、本当に焦るのだ。御手杵を、絶対に本丸に返さなければ、と。
『ああ……この状況、俺の間合いだな』
「御手杵ってさ、本当、ギャップが凄いよね」
吐息を爪に吐きかける、加州はいう。
「何を忘れても、槍としての本分を貫き通す。腕を落としたって、足を落としたって、絶対に武器であり続ける。だから、主は御手杵に惚れたんだと思うよ」
「御手杵の方は、どうなんだろうな」
「ひとまずは、あの海千山千っぷりだと思うよ。かわいげのないところ。それに」
ふと、視線が遠くなる。その目線を追えば、それは手入れ部屋。そこから主の私室の方へと伝う。
「御手杵を愛してるからだと思うよ。頭の天辺から腕の指先、足の爪先まで。全部、知り尽くしたいぐらい」
奇妙な程に意味深長で、ふと、その言葉に骨喰は思い出す。
戦場でもがれた手足も、手入れ部屋で大体は「直」る。直らない傷は刀剣破壊に繋がる。そして何が敵に使われるかわかったものではない為、見つけられたら破損した部位は回収してくるのが常だ。そしてそれは、鍛錬所の妖精に渡され火にくべられる。それをするのは、その時の部隊長だ。
その部隊長の傍で、審神者は何を抱え込んでいたか。
「……少し、席を外すぞ」
「ついでに俺の部屋からマニキュアの速乾スプレー持ってきて」
どこに行くかわかったらしい。加州の部屋は、大和守と相部屋。初期刀であるのもあり、審神者の私室に最も近い。
昔の娯楽作品を見た。200年前に放送されたそれは、世界観は丁度100年前。平たくいえばディストピアの日本で、特殊な警察の機構が戦う話だ。けれどその中で、最も自身の心に突き刺さったシーンは、恐らく本筋と関係がない。否、あるのだろう。それは自身が「精神の汚染された」人間である事を示す。
(あんなシステムのない国でよかった)
そのシーンを知った時。自身が覚えたのは悲嘆でも憎悪でもなかった。それは、羨望と嫉妬だった。贔屓にしていたキャラクターだった分、その感情に気付いたのだろう。
どうしてあの人のあんな姿を見たのが、愛した人ではなく犯罪者だったのだろう。
その感情の根源に気付いた時、自分が見たのは「彼」だった。鬱陶しい程に纏わり付く恋情だった。
人外ならば、まだ当然の感情だったのに。
「どうして自分はヒトなんだろう。何度目かな。そう思ったんだ」
背後で、緊張した気配がする。骨喰が、私室の隅。暗がりで背中を向ける自身に、厳しい視線を向けている。見ずともわかる。彼は、自身と似たところがあった。――体に馴染まぬ精神。知己だったという三日月には申し訳ない。しかし、彼のそれを変えようとは思わなかった。変えられるものではない。骨喰は、そういう刀剣男士なのだ。腕に大事に抱えたそれを、審神者はうっそりと見下ろす。
口の中は鉄錆の味。人食いが食えば、それはゼラチンのように味がないという。しかし、人間が食べた分には、味は人間とさして変わらないという。審神者の中にもカニバリズムを好む者がいる。刀剣男士が戦いで落とした手足を食べる彼らには、少なくとも味は大差がないといっていた。……比較できる理由は、敢えて聞かなかった。
えずいてしまいそうな口の中。好む訳ではない。しかし、こうして「この行為」に至り、その動機が紛れもなく自らの内にあるのは、彼らと変わりなかった。
「……あんたは、人だ。人間だ。俺達からすれば、どうしてもな」
「そうなんだよね。人、なんだよね」
鍛錬所の妖精に聴いただろう。御手杵の腕を引き取ったかと。答えは否、と返ってきたに違いない。腕の中の重みが愛しかった。しかしこの姿を骨喰に見せる訳にはいかない。だから振り向かなかった。
数時間前までは、御手杵の左腕だったもの。傷口から皮膚を、肉を歯で抉る。時折思い出したように零れる血が口の中で吐き気を催す。だが自身は、この偶さかの「幸福」を手放せなかった。御手杵の体の1部を手に入れる。そんな幸福を。
骨喰がいった。どんな表情をしているかは、今は、わからなかった。
「あんたは、言葉で愛しているといえるだろう。なぜ、そんな屈折した愛情を示すんだ」
「足りないんだ。それじゃ。俺は、御手杵の『全て』を知りたいんだ。血肉の味まで、許されるならばあの体を全て平らげたい」
愛しているから、食べたかった。食べる事は知る事。体をつなげ、心もつなげた今。それでもまだ足りないと、心が訴えた。その理由を知っている。自分は、異常な愛情を抱いて生まれてきた。
死体を分断して隠したという事件を知れば、破廉恥だと思った。服を脱がせるよりも卑劣な行いだ。自分の「中身」を見せてしまう事になるなんて。さらし者とはこの事だ。
相手への偏執のあまりに、ばらばらにしてしまった。その事件を知れば、自分の異常を思い知る。それが心底羨ましいと思ってしまう。相手の全てを知りたいがゆえに解剖したい。
でも、それは出来ない。普通の人間を愛していたならば、それは生涯表に出す事はなかっただろう。しかし、今の環境は、良くない。それでも抱え込んだ腕が放せない。冷たく堅い腕が、離せない。
「……食べてて、楽しいのか」
静かな声だ。それに、自身は笑む。
「楽しいよ。嬉しいよ。どうしようもなく多幸感に満ちる。でもね、骨喰」
自身はいった。
「美味しくは、ないんだ」
「骨を喰む」藤四郎は、それでもなお人を、ヒトの形をしたものを食べる意味をわかってくれるだろうか。……理解しない事を、願った。
『御手杵。これ、食べていい』
本人に許可を取られた。大事に抱えていった包み。あの中身が自分の左腕だったものであり、現在修復されつつそれだと知っていた。その上で、敢えて真正面から許可を求められたのだから、自身はもっと忌避感を持って良かった筈だ。しかし、片腕で膝に頬杖を突く自身は、手入れの妖精に文句をいわれながら姿勢を正す。そして、彼が答えを持たない事を知りながら、御手杵はいった。
「吃驚する程まずいなら、人肉料理のレシピだって主は知ってるのに。あいつは、何であんなに俺の事が好きなんだろうな。どうしてもぎりぎりまで生で食べたいなんて」
ここまで求められる事はなかった。求められるのは人を殺す武器としての有り様。飾られる畏怖の対象。崇められるまま。しかし、祭壇に上がり引きずり下ろし、自身が欲しいのだと胸倉を掴んで訴えかけてくるような者はいなかった。今が将にその状況で、御手杵は苦笑した。
「どうせなら美味しく食べてくれよな。さすがに戦闘に支障が出る程だと怒るけど、別にあんたになら直接食われたって構いやしないのに。武器を振るうでも折るでもなく食うなんて、変わった奴だよ。あの人は」
ここまで求めてくれる相手は、屹度今後出ないだろうから、この部屋を出たらひとまず主に会いに行こう。屹度、まだ、泣きながら自身の腕を咀嚼している。そんな彼が、また自分を武器として振るってくれるよう、頭を撫でて慰めてやろうと決めた。
こんな関係、誰にも渡せない。
End.