※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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※刀剣破壊描写且つ蜻蛉杵の御手杵(ブラック本丸出身)とおて♂さにの審神者という地雷を駆け抜けていくスタイル、ベテラン地雷処理班の方向け 政府にある事情から手入れを頼まれた、別の本丸の御手杵と、その面倒を見た男審神者の話。
▼ハァイ! 地雷敷設に定評のある駒です!!


【蜻蛉杵の御手杵+おて♂さにの男審神者】キェルケゴールの哲学【腐】

 まだ、ぼろぼろの体。その状態でも、彼はやはり武器なのだ。「直り」かけの槍の穂。それが頬を掠めて畳に突き刺さる。両手でそれの掴む「御手杵」は、ぎらぎらとした目で自分を見下ろしていた。ここは本丸の離れ。こんのすけに頼まれ、他の刀剣男士が寄りつかないように静かな場所で彼の手入れをしていた。畳の上で、「御手杵」を見上げる。悲愴な顔だった。背中に敷いた髪が、服の下敷きになって悲鳴を上げている。

 彼の向こう。少しだけ開いた丸い窓の障子。そこからは雨が見える。この「御手杵」の手入れをはじめてから、雨がずっと降り続いていた。別の部隊、既に解散し潰れたという本丸からやって来た「御手杵」は、どうやら神としての属性が強いようだ。うちの御手杵は、鞘を抜いても天候に変化は訪れないから。だから、自身は笑った。

「元気になったようですね、『御手杵』。そちらの貴男は、雨降らしの槍として生まれたようだ」

「ここは、どこだ」

「●●●●●●号部隊の本丸ですよ。貴男は■■■■■■号部隊から回収された、槍男士の御手杵。貴男の所属していた部隊の本丸は、審神者の死亡により摘発されました」

「――あいつを殺したのは、誰だ」

 目がぎらつく。その呼び方と表情で、この温厚さで知られる刀剣男士すらからも憎まれていた事を知った。……当然だろう。精神的にもまだ無事だった他の刀剣男士からの証言によれば、彼は審神者に強い恨みを持った一振りだ。

 典型的な戦下手。火力を重視したそのやり方は、短刀を無駄と廃し、自身のやり方を妄信して反発する者は片端から壊した。戦を知らぬ主を持つ程、部下にとって不幸な事はない。

「不明です」

「不明」

「誰が直接死に至らしめたかは。何せ、体中にあらゆる刃傷がついていたものですから。――貴男が重傷のまま放置されている間に、他の刀剣男士全員が決起したようで。我々も追及はしていませんから。それから、審神者の脳波が途切れた事で政府に通報が来たそうです。……貴男のいた本丸は穢れが溜まりすぎていた。あの場で手入れをしても錆を膿む。あの本丸は破棄し、生き残った刀剣男士はそれぞれ別の部隊で一振りずつ手入れをされる事になりました。『御手杵』さん、貴男はうちで手入れをされる事になりました。……貴男が殺したい程憎んでいた相手は、もうこの世にはいないのです。ですから、出来ればひとまず、貴男の手入れを終わらせてください。貴男からのお話は、それからにしましょう」

「……わかった」

 とても納得していない顔だ。気持ちはわかる。引き抜かれる穂先はまだぼろぼろだ。警戒を解かぬ様子の御手杵から本体を預かる。そして、再び手入れをはじめた。

 雨が降っていた。この「御手杵」を鞘から抜いている為だろう。糸のような小雨の音を聞きながら、瞼を細める。

 この景色とこの音を、よく数少ない癒しとしていたという。この「御手杵」は、よく鞘を抜いては、血と砕けた鋼に塗れた本丸の瘴気を洗い流していたらしい。

 今は折れてもう亡い、彼の蜻蛉切の隣で。

 

 

 

「他の奴らも、俺と同じように別の部隊で手入れを受けているのか」

「ええ。こんのすけはそういっていました」

 頬の血はいつの間にか止まったようだ。そもそも切れ味が鈍っていたから、斬ったというよりぶつかった、という表現が近い。あとで手当をしよう、そう心に決めながら手入れをする。政府に支給された内番着に着替えた御手杵は、本体が直っていくうちに徐々に体の傷も失せていっているようだった。それに安堵しながら、審神者は答える。遠くからは短刀男士達の笑い声。……「アニジャアアアアアア」という叫びは敢えて無視した。仲の良い兄弟だ。現実逃避していると、目の前で胡座を掻く御手杵はいう。警戒は解いていないけども、ひとまずは敵ではないと認識されたようだ。少なくとも自身は、この「御手杵」にも簡単に殺されるただの人間だ。ノーガード戦法は効いたようで、布団に座り込んだ御手杵は、窓を眺めながら話しかけてくる。

「……結局、どれぐらい生き延びたんだ」

「聴いた限りでは、貴男を含めて20口と。……あそこの審神者が抵抗を試みたようで」

「だろうな。そうでなきゃ、蜻蛉切は折られなかったし俺があいつを殺せていた」

 口にする名に、ふるえが籠もる。審神者は、顔を上げない。

 こんのすけから「御手杵」を預けられた際、説明は受けていた。曰く、諫言して折られた刀剣男士もいる。その最後の犠牲者が蜻蛉切だった。当初、周囲には単騎で出陣した彼が検非違使に折られてしまったと説明されていた。「明日、主を諫める」と聴いていた御手杵は、審神者を問い詰め――そしてつい先日まで、重傷のまま放置されていた。

 委細は審神者も知らない。恐らく何らかの憑きもの筋ではないかと、こんのすけは見ているという。自身も関わったある老女の審神者は憑きもの筋で、彼女の暴走を止めた近侍が、彼女を殺した事で祟りを受けて自壊したという案件もあった。祟りを為せば、その倍の呪いが降りかかる――だからこそ、刀剣男士達も、自らの主を中々殺せず、生き残った刀剣男士も残らず虫の息。元より重傷で放置されていた御手杵は、それでも審神者の弑逆に関わらなかった為に手入れは容易かった。だからこそ、まだ若い自身の元にこの「御手杵」は寄越されたのだ。以前にも、摘発された本丸の「御手杵」を保護した成果がある。それを評価されての事だった。

(あの時の「御手杵」よりも、ひどいけどな)

 布団の上で、拳を固める。その「御手杵」は、自身の元の彼には見た事もない程憎々しげに顔を歪める。

「……あの野郎、俺が殺してやりたかった」

「……仇討ちですか」

「仇討ちとは少し違う。……あいつと俺の元の主の関係は知っているだろ。俺はあいつの元主の主君筋の大名の槍だった。あんたのところはどうかは知らないけど、俺のところのあいつは、家臣の槍である事を気にしてた」

 「御手杵」はいう。雨脚が強くなったのは、恐らく気のせいではない。手入れを止めぬ手で、審神者は顔を上げる。反対に俯いた顔で、「御手杵」は続けた。

「それなら、と俺は思ってたんだよ。あいつが忠誠を気にするなら、俺もいつか応えてやろうって。日本号の奴が来てからも、それは決めてた。なのに」

「……」

「ただの敵討ちといっても、俺にとっては家臣の敵討ちだった。なのに……情けねぇよ。俺は、せめて敵を取って壊れたかった」

 ――「御手杵」は、どこまでも武器なのだ。それを、胸の裡に刻む。

(理由がどうあれど、死に場所は自分で選びたいか)

 口にしないだけで、刀剣男士とは皆、大倶利伽羅のようなものなのかも知れない。そう思いながら、尋ねる。この「御手杵」が悔しそうにする程に失った事を惜しむ相手とは。

「……そちらの蜻蛉切さんは、どういう方でしたか」

「……多分、こっちのあいつと変わらないと思う。武人として、主君筋として俺にも忠誠を誓おうとする奴だった。……俺とあいつの関係って聴いてないか」

「聞き及んでいます。貴男の口からも、聴きたくて」

「……良い奴だったよ。三河武士らしくて、実直で、真面目な奴だった。何でこんな奴が俺に、って時々思った事もあった。でも、俺はそんなあいつが」

「……」

 一旦、口を噤む。手入れを続けたまま、見詰めてくる審神者の視線に気付いたようだ。気にせずに続けてくれ、と頭を振る。内心では、色事に真面目に目覚めた「御手杵」はこういうものなのか、とも感心していた。それが、既に失われたものであっても。

 肝心の相手は、既に喪われてしまった。

 そんな御手杵は、ひょっとしたらこの審神者の視線の意味に気付いたかも知れない。しかし、彼は彼の言葉に顔を濁すと、話を続けた。顔を背けて。

「それに、武人たれ、と自らに律してても。風流を好むところがあったと思う」

「ウチの蜻蛉切は茶道を嗜んでいますけど、そっちも」

「あぁ。これは、どこも一緒なのかもな」

 はにかむ、「御手杵」の笑みは柔らかい。それが、既に亡き者を思うものだったから、審神者は一層切なかった。「御手杵」は、夢見るように語った。

「ウチの蜻蛉切は、お茶とか淹れてくれたし、季節の変化を楽しむ奴だった。些細な天候の変化も、微笑んで眺めてる奴だった。……特に、雨を降らせると、喜んでくれた」

「雨降らしの槍、でしたね。貴男は」

「俺はその逸話が強く反映されて顕現したみたいでな。内番で水不足になると、よく鞘を抜かされたよ。……最初は、そんなでもなかったのになぁ」

 最後の言葉は、自らの主への未練か。目を伏せて、御手杵はいう。

「本丸にだけ、雨を降らせる事が出来た。雨が降ると、色々湿気ったり黴びたりするからあんまり頻繁には出来なかったけどな。蜻蛉切が雨を見たい、雪を見たい、っていった時に、こっそり抜いた。そうするとな、あいつ、笑ってくれたんだ」

「……」

「うちの主は俺のは戦場では使えないからって、この能力を使わせたがらなかったけどな。参勤交代の逸話だし。……あんたのところはどうなんだ」

「ウチの御手杵はそういうの出来ないみたいです。多分、俺が喘息持ちだから反映されたんだと思う。……こういう静かな雨が見られるなら、ウチの御手杵にも持ってきて欲しかったな」

「……そうか。ビョージャクなんだな」

 それは本音だ。細く開いた窓から見える雨は、しとしとと静かに庭を濡らす。雨で冷やされた風が心地よい。こういう風情ある雨ならば、今頃歌仙が歌を詠み小夜がそれに付き合っている事だろう。御手杵は小さく肯いた。

(何かを決心したように見えたのは目の錯覚か)

「家系ですから。……御手杵さんは、どうされますか。これから。まだ、暫くウチで養生して貰っても一向に構いませんけど」

「どうするか」

「ウチでは無理ですけども、他の善い審神者さんの元でまた槍を振るう事が出来ます。まず、お話しを聴く為にもあなた方の手入れをそれぞれの審神者が任されました。そして、身の振り方を本刃達に聴け、と」

「……俺は、どうしたいんだろうな」

 俯く「御手杵」は、寂しそうに微笑む。手入れを終えた槍を、彼の手に渡した。それをしげしげと眺める「御手杵」を尻目に、立ち上がった審神者は窓を開く。

 障子の窓の向こうでは、雨がしとしと、静かに降っていた。地面に水たまりを作り、蛙が跳んでいる。木々や花々が揺れ、雫を垂らしていた。屋根瓦や雨樋から水がしとど垂れていく。

 平和な光景だった。それが、「御手杵」が悲劇を負った為にこの本丸に来た為の光景だとしても、何も知らぬようにこの本丸は平和な風景を見せていた。

 見せかけだとしても、それはきれいだった。だから、審神者はいった。障子に手を掛けたまま。

「……貴男が慕っていたのは、雪が積もり、雨が水たまりを作る様を見て『善いですな』という蜻蛉切でしょう」

「あぁ」

「そして、貴男の隣で笑っていた蜻蛉切の横顔でしょう」

「……あぁ」

「猫に鍵盤を踏ませてシェイクスピアを作らせる。そんなたとえがあります。貴男は、貴男の傍にいた蜻蛉切を、もう1度、求めますか」

「……無理だと、わかっているんだけどな。そんなの」

 振り返る先で、御手杵の槍の柄。そこに、水が落ちる。一瞬、雨漏りかと思う程に、その涙はきれいだった。

「それでも、俺が今1番望んでいるのは、あの審神者の元以外で一緒に、あの時のあいつと戦う事なんだよ。あいつに、笑って貰う事なんだよ。もう、同じあいつには会えないってわかっていても」

 その声はかそけく、審神者は彼を抱きしめたくなる。けれど堪えた。「彼」は、自身が愛する御手杵ではないのだ。

 もうこの「御手杵」を抱きしめてやれる存在は、いないのだ。

 それでもその「御手杵」は、「一旦、政府に帰る」と涙を拭いた。

「身の振り方は、まだ考えてみる。選択肢は、色々あるんだろ」

 

 確かにその言葉に、自身は肯いた。あの「御手杵」の行き先は、どこにでもいくらでもあったのだ。どこか別の本丸で、またあのほれぼれとする槍を振るう。その様を、幸せを願って思っていた。

 だから、こんのすけが帰ってきた時。刀剣の御手杵のみが舞い戻ってきた時。自身は表情の選択に困った。

「……これは」

「見ての通り、『御手杵』殿です。駿河嶋田の鍛冶師、五条義助の作。その分霊の本体です」

「見ればわかるよ。何度も何度も見たもの。――この『御手杵』は、この間、俺が手入れした御手杵さんでしょう。刀剣男士としての体はどうしたの」

 重くて持ち上げられないそれは、包みの中で静かに鎮座している。自身が愛してやまない「御手杵」。それとそっくりそのままの姿が、そこにあった。自身がそれを挟んで向こう、こんのすけに糾弾すれば、彼はどこか苦渋を滲ませる。

「これが、あちらの『御手杵』殿が出した答えです」

「こたえ」

「『あそこの審神者には世話になった。あそこの御手杵に錬結して貰えれば、少しは雨を降らせられるようになるかも知れない』」

「――」

「……刀剣男士としての肉体を融解させる直前に、彼はそういっていました。彼の望みは、錬結の『資材』になる事です」

 言葉が、ない。畳に座ったまま、眼下の「御手杵」を見遣る。長い槍だ。ほれぼれとする、美しい武器。自身が愛してやまない彼と、同じ姿の槍。当たり前だ。同じ「御手杵」なのだから。

 そんな彼が採った選択肢。それが。

 その意味がわかってしまって、審神者は、口にする。柄に、触れた。

「……そんなに、絶望してしまったんだね。御手杵さんは」

「……」

「もう、終わりにしたかったんだね。……疲れちゃったんだ。諦めちゃったんだね。『御手杵』が戦う事をやめてしまう程、あの人の絶望は深かったんだ。何もかも投げ出してしまいたい程に」

 即ち、死に至る病。

 審神者は顔を覆う。こんのすけが、顔を伏せた。

「せめて、返事を聴いてからにしてくださいよ。ばか」

 それに、「御手杵」は既に答えを返さなかった。……返すつもりもないのだろうと、察した。

 

 

 

 

 

 

 

 雨だ、と審神者はいう。雨だ、雨なのだと訴えながら、からりと晴れた空が見える室内で、審神者は御手杵の服を掴みながら泣いていた。

 錬結された「刀剣」。戦に出ていないし、今は鍛錬所を動かしていなかった筈だ。御手杵は呼び出された部屋でそれを錬結された時、不意にそれが特徴のある数字だと気付いた。だから、予想を口にしただけだ。

「あれ、これ、ひょっとして……槍か」

 刹那、目の前で仏頂面をしていた審神者は、泣き出してしまった。

 慌てる自身の前で、審神者はいう。手の甲で目を拭いながら、彼は訴える。

「これは、雨だ。お前が降らせた雨だ」

「……いや、俺、そういう真似は出来ない」

「お前が降らせたんだよ。この雨は。だから、お前のせいだ」

 そういって、怒るどころか、両手で服を握ってくる。簡単には放してくれそうになかった。だから、頭を掻く。その頬には、まだ傷跡が残っていた。

 先日、離れに籠もっていたかと思えば、顔を怪我して出てきた。何事かと問うても、芳しい答えは返ってこなかった。ただ、自分を求めてくる時がやけにいつもより泣きそうな顔だったのを、覚えている。

 それが、今日のこれだ。泣きじゃくる審神者は、本当に子供そのもので。そういえばまだ子供といっていい年だと思い出した御手杵は、仕方ないから頭を撫でてやる。艶のない髪。御手杵は出来るだけ、優しく撫でてやった。

「そっか。雨か。俺が降らせられるのって血の雨ぐらいだと思ってた」

「俺は、そういう御手杵が大好きだよ」

「うん、有難うな」

 その雨は、暫くやみそうになかった。

 

 御手杵が、時折雨を降らせられるようになったのは、その錬結のあとの事だ。

 

 

 

 

 

「貴男のいたところの御手杵は、自ら錬結の資材になったそうです」

 ある本丸で、酒を飲んでいた日本号は、審神者の言葉に「ふぅん」と肯く。

 比較的着任して日が浅かった日本号は、執着が薄かった。だから、別の部隊で、特に問題もなく戦を続けていた。

 しかしその話を聞いて、彼はひとりごちた。

「村正の槍に続いて、あいつもか。……そういう道も、あるか」

 酒瓶が、そろそろ空になりそうだ。自身は立ち上がる。千鳥足になりそうだった。

 今度は、自分の意志で最期を決められたのか。それならば善い。日本号は、朋友の安らかな眠りを祈った。

 

 

 

 

End.

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