▼大学の時に近代文学の教授が講義で話してた説です。主流ではないだろうけど、興味深かったので覚えてました。他にも彼は「舞/姫@森/鴎/外の相/田は主人公の豊/太/郎に惚れている」とぶちかました。そういう人です。
あと冒頭の症状はまんま5月末の私です。死にかけましたが生きてます。今作はリハビリ。みんな! 魚は新鮮なものを食べようね!! 中学の時に秋刀魚の缶詰を食べて以来でしたよ。
業者が少し古くなった魚を卸したらしい。季節外れの秋刀魚を食べたのち、審神者が倒れた。当時の戦況の変化による過労が遠因の、アナフィラキシーショックだったという。
「審神者殿はサバ科のアレルギーは持っていないんですがね。ハウスダストや雑草のアレルギーぐらいです。心身共に疲れて他のアレルゲンが溜まっていたところに、古い魚を食べたせいでアナフィラキシーに似た症状を起こし、吐いて倒れてしまったのですよ。こういうのは、火を通しても変わらないものだそうです」
そういうこんのすけは、当時は2回目の「大阪城定期清掃」の期間中だったが、政府から審神者の休暇をもぎ取った。このところ、こんのすけの有能さが際だっている気がする。石切丸はそう思いながらも、今の主の健康祈願をしたものだった。今までよりも念入りにだ。
何せ、叫んで吐いて倒れ、顔や手足に発疹を起こし、そのまま失神してしまった審神者を慌てて政府の医療施設まで抱えて運んだのは五虎退だ。そんな場面に出会させてしまった五虎退は、近侍の加州と共に審神者から離れなくなってしまった。しかし、敵の新戦力に合わせて「磨り上げ」を行われる事になった。着任した順番で赴くものらしく、既に「極」になっていた乱の次は五虎退の番だった。なんとか宥め賺し、何とか本丸に戻ってこられた審神者自身に「強くなって、こんな俺を支えてくれたら嬉しい」と励まされ、漸く旅路についたのだ。
「帰ってくるのは明日だろうね」
倒れてから1週間。床の上がった審神者は、届いた手紙を大事にしまいながらいった。傍らには、自身が来る前までに読んでいたらしい、古い文庫本が置かれている。加持祈祷を終え、これから赴く戦域の部隊の隊長に任命された自身は、作戦会議の為に卓袱台の向かいに座っている。床が上がったといっても、この執務室の隅には布団が敷かれている。審神者も寝間着のままだ。
発疹も嘔吐も治まったものの、審神者の急病の報は、1年前。彼が着任したばかりのか弱かった頃を皆に思い出させたらしい。内面は大層図太くとも、体が虚弱な事には変わりないのだと。加州の過保護がぶり返し、大和守は彼が気易く出歩かないように庭を彷徨いている。更に一期一振はといえば、弟の修行に対して口では厳しい事をいいながらも、いざ審神者が外に出ようとすれば「修行に出た弟から、御身を守るよう頼まれているので」と爽やかな笑顔で妨害するのだった。お陰で暇を持て余しているらしい審神者は、仕事以外では日がな趣味で集めた古書を読み耽っている。石切丸も知っている著名な作家から、まるで知らない外国人作家のものまで選り取り見取りだ。審神者の話を聞きながらも思わずそちらに目をやってしまう。
「それで石切丸。五虎退が戻ってきたら、明日も乱と一緒に、新橋に行ってきて欲しいんだけど」
「あ、うん。わかったよ」
「読みたいなら貸すから、今度はもっと延享の情報を集めてきて欲しい。報告書はいつも通り頼むよ。さて、しかし乱と御手杵の偵察値は高いけれど、他の重量級の奴らがなあ……」
ホロのモニターを広げながら、審神者は苦笑する。そして、自分達が1度赴き、そして全員重傷を負わされて帰投した地図を広げていた。新戦域の延享の記憶、江戸の新橋。敵が全体的にパワーアップしていた上に、新手の苦無と中脇差は槍よりも深く穿ってくる。それは大太刀や槍なども関係ない。抵抗できる手段は、遠戦で出来るだけ敵を潰しておく事。それに、「極」となった乱主導に、大太刀や槍などが敵を倒す事ぐらいだ。
(幕末の夜戦は囮、とは聴いたが。ここまで戦力を蓄えていたとは)
地図や刀剣男士達の数値化したデータを見比べる審神者の前で、石切丸は内心で苦い思いを噛み締める。かくいう彼も、運悪く苦無や中脇差に一突きにされた。打刀や短刀がメインだった幕末に代わり、昼戦を得意とする自分達が主役になるだろうと思っていた。しかし実際は、更にパワーアップをした短刀男士を主軸として戦っている。内心で歯痒く思う。運が良ければ、自分達だけでも戦える。だが実際、「極」にならなければ、今の敵とは渡り合えない。鼻息を吐く。それに審神者が顔を上げた。
「ああ、御免ね。ちょっと今部隊の面子をまだ悩んでて。とりあえずこのあとで、お前を部隊長にして、あとは乱と偵察値の高い御手杵、それに岩融を入れようと思ってるんだけど。やっぱあとは蛍丸は欠かせないかな」
「岩融は敵の刀装を全て剥いでくれるからね……新橋は、私にはもう未知の領域だ。君の指示に従うよ」
苦笑しながらも、頬を掻く。やや痩けた審神者の顔は相変わらず幼くて、もう少し元気ならば機関銃のように指示を飛ばす姿と結びつかない。陸自の人間が審神者になったり、最近では独逸から陸軍の女性が審神者としてどこかの本丸を引き継いだと聞く。そういった「プロ」も求められる現場だ。しかし、石切丸は、今は主に休んでいて欲しかった。彼の健康を心から願うからこそだ。
(元々、陸戦のプロではなく、ただの本丸のバッテリー役としてしか求められていなかったと聞いているのに。必要以上に彼は働いてしまう)
だから、何とはなしだった。寧ろ、審神者を安堵させるつもりで、石切丸はいったのだ。モニターと顔を突き合わせている審神者に、肩を竦めていった。
「でも、主。偵察が不得手とはいっても、陣形が有利だろうと不利だろうと、私や大太刀がいれば、戦力としては十分じゃないか。事実、陣形がわからない時は、私達の力押しで何とかしてきたじゃないか」
「今は、その通りだけどね。索敵っていうのは、知る事だ。知らない事が命に関わるっていうのは、戦でも普段でも変わらないものだよ」
「大袈裟じゃないか。それに、個人の例で『知らないから命を落とした』というのは、ぱっとは思いつかないんだが」
「……まあ、石切丸はそうかもね。でも、こんな話があるんだ」
そういって、モニターを尻目に、文庫本に手を触れる。のびしろを感じさせる大きな手は、表紙を覆い隠してしまった。
「昔、自殺が趣味のような男がいた。ある時期を境に、頻繁に自殺を繰り返し、最初のものでは、心中を図った愛人が死んでしまった程だ」
「……心を患っていたのかな」
「真偽の程は定かじゃないよ。ただ、当時の彼を知る人は、口を揃えてこういうんだ」
審神者は唇を開く。
「『彼は自殺をする理由がなかった』ってね」
「……」
「石切丸なら、永い事、人を見てきているでしょ。その辺りの機微は、ひょっとしたら俺よりもわかるかもね」
「……どういう事だい」
「その男は、芸術家だった。だから、何かしらの苦悩があったのかも知れない。それの解決手段が『自殺』だったのかもね」
いわれて、途惑う。確かに、神となり、様々な人の悩みを見てきた。中には、彼のいう芸術家――画家や作家など――の悩みを聴いた事もある。けれど、それで悩んだ末に自殺というのなら、それは単に毎回死に損なっただけではないか。そう口を開きかければ、審神者は察したようにいう。
「彼はね。自殺を図った時の事も、自らの作品に取り入れたんだ」
「――」
「海外の神話でも、死に瀕する事で未知の事を得るという話がある。……実際、彼がどう考えていたかなんて知らない。ただ、少なくとも、彼が作品を作る事と自殺を図る事は、表裏一体だったんじゃないかな」
審神者は本を手に取る。相変わらず、表紙は見えなかった。
「だから、何度も自殺を繰り返して、最後に心中に成功したのは、多分、『失敗』だったんだと思うよ。死に瀕して還ってくる事が彼の目的だったのならば」
「……それで、それが『知らない事』と、どう繋がるのかな」
「簡単な話だ。純粋に、戦と同じ事でもある」
怪訝そうな石切丸に、審神者は卓袱台に両手を突いて背筋を伸ばした。
「その男は、知らない土地で女と死んだ。水に飛び込んで……っていうのは、以前に愛人と心中をした時と変わらなかった。ただ問題がひとつ」
そして、人差し指を建てる。
「そこは普段から人気がない。つまり、泣いても叫んでも騒いでも助けを呼んでも、深い深い川底からじゃ誰にも聞こえない。……やって来たばかりのその男は、そんな事は『知らなかった』んだ」
「――」
「屹度、また助けが来る。たとえ、今本当に愛しい女が死んでも、自分は生きて還る。そう確信していたのかも知れないね。『自分ならば大丈夫』だと」
「……」
「……ま、これも彼らの死の真相の仮説のひとつだ。他にも相手の女性の無理心中説もあるし、真実はそれこそ、昭和に戻って直接聞いてみない事にはわからない。何にせよ、『狂言自殺失敗説』は、我々に深い教訓を与えてくれる」
黙り込む石切丸。そんな彼に、モニターを消した審神者は、苦笑した。そして持っていた本を差し出す。
「何、だからそうならない為にも、主の俺がお前らが迷わないように指示を出すっていうだけだよ。お前らが知らない事に非はない。俺が、自戒として覚えておけばいい話だ。――編成は夕食のあとにでも伝えるよ。まだ考えておきたい。石切丸、ほら、これなんか面白いよ」
口を噤んでしまった部下をフォローしたかったらしい。彼が差し出した本を、石切丸はゆっくりと手に取った。
短編集らしい。表紙には、「人間失格」と記されていた。
□□失格
(せめて過去から学べれば)
にっかりがやって来ると、石切丸は驚いたように顔を上げた。
「あ、あぁ君か。どうしたんだ」
「石切丸。君が主の私室にいるのに驚いているんだよ。……本好きになったのかい」
「……まぁ、色々とね」
審神者の私室から繋がる書庫。そこから持ち出された書物。それに読み耽っていた様子の石切丸は、にっかりの言葉に苦笑するのだった。五虎退が帰ってきて数日後の事だった。
End.