※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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▼当方のとうらぶシリーズに大体通底する話です。
▼S(https://novel.syosetu.org/85874/3.html)
▼美人は怒るとすっごい怖いんだ……小中の同級生にえらい美少女(ふわふわ黒髪、バラ色の頬、くりくりした黒目がちの目という少女漫画のヒロインを地でいくような子。のちの地元のミス・●●)がいたけど、その子がある学校行事の時に偶々隣に私の座ってた時、黙って物凄い形相で怒って睨んでいるというのを目撃して以来、「美人は怒らせちゃなんねぇ」という鉄則が私の頭の中に固まりました。
▼御手杵が来てくれたんですが、やたらときめくなと思ったら中の人で納得しました。木/吉の人だった……駄目なんだよああいうタイプ、ドストライクなんだよ……万が一ケッ/コン/カッ/コカ/リ機能が実装されたら御手杵選ぶ


消えた記憶の、裏【男審神者+三日月】

side:B

 

 

 壊れたままの涙腺で、加州は呪った。

「このまま主が元に戻らなかったら、お前の本体を壊してやるからな」

 それに、三日月は苦笑しか返せない。横たわるベッド。白い部屋。政府の一室だというそこは、自分達の主が頻繁に入っていたという病室を思わせた。少し離れた場所に置かれたボードには、太刀が置かれている。刀掛けだ。その太刀は、「三日月宗近」の分霊を政府の本体から呼び出す為の媒体だ。自分達の主が鍛えた、しかし本物に限りなく近い刀だった。

 これに触れ、呼び出された日を思い出す。あの年若い少年は、ひどく驚いた顔をしていた。歴史の長い刀剣程、分霊を呼び出すのが難しいという。自身が将にその例だったと、主は語った。その主に差し出された手を握った。握手という、西洋伝来の挨拶だ。

 その手が、今、自分自身のものとなっている。今の三日月は、その審神者の体の中にいた。

 事故としかいいようがない。自分達の主である審神者は、巫覡の血筋の生まれでもあるという。ここのところ、様々な刀剣に触れていた為に、その巫覡の素質が活性化されていた。その矢先に、「神格」とやらが高いという三日月の刀に触れてしまった――結果、三日月を構築していたエーテル体は、容易く崩れた。臍の底を引っ張られ、気がつけば、目線も、見える景色の色もほんの少しだけ異なる視界。同田貫の凄まじい殺気を浴び、堀川達の戸惑いを受け、自分が主に憑依してしまった事を知った。

 直後に帰ってきた加州の判断は電光石火、適切だった。こんのすけに事態を話し、即座に連れてこられた23世紀。担架に乗せられ運ばれてきた一室。泣きながら、面隠しをした狩衣の男達に連れて行かれる加州の呪いを最後に、ぱたん。扉が閉められた。あとに残されたのは、近くの自身の刀。無闇に広く、白い部屋。横たわる雲のように柔らかい布団――ベッドというらしい――だ。右方には鏡がある。横に大きく広いそれは、窓にも似ていた。あとは天井の隅にかけられた、「防犯カメラ」というものらしい黒い物体。それに、椅子しか見当たらない。そこで、年若い主に憑依した三日月は、何の気なしに掌を見る。ここのところ、体力をつける為に、とひたすら大きな木刀を握って素振りを繰り返していた。その手は硬い。元より、23世紀でも体を動かしていたという少年の手は、更に厚くなっていた。その、少年自身の人格は、三日月がいくら内心で呼びかけても返事をしない。それに、自嘲する。

 自身の容量の大きさの為に、20年も生きていない少年の人格は、今は圧縮されているという。返事も出来ない筈だ。

『神降ろしは、とても負担のかかる行いです。それを、巫覡としては鍛錬していない審神者殿がしてしまった。……早急に、この処置を行える者を呼び出します。それまで、ここで安静にしていてください』

 去っていった、「うちの隊の」こんのすけ。持ち直したとはいえど、彼、あるいは彼女の声色も青ざめていた。……「ここの」こんのすけは、優しいのだろう。そんな事を思うのは、なぜか。何もない空間、時間だけが遅々としている。

 自分が、分霊だというのは、知っている。この建物のどこかにあるのだろう、自分の「本体」から、ここの審神者に呼び出された。そして、審神者は数知れず、過去に派遣されているという。つまり、それだけの数の戦力が必要という事だ。

(以前、主殿がいっていたな。「ひたすらに保守的で、何も生み出さない闘い」だと)

「俺は、そう思わないけどな」

 ひとりごちる。その声も、「三日月宗近」自身のものだった。遠征から帰ってきた加州が、自分の瞳を覗き込んだ時、音を立てて顔色が変わった。恐らく、今のこの主の体にも、三日月が宿りつつあるのだろう。早く、この体から出なければ――主と2度と会えなくなる。鏡越しの対面など、意味がないのだ。「それでも、お前らに戦って貰わないといけない」と苦渋を滲ませる、あの主だからこそ自身は太刀をふるうのだ。しかし、自分自身ではどうしようもない。出て行き方など、わからないのだ。自身がこの主の元に呼び出された時のように、いつでも、流れに任されてきた。政府に使いやすいように作られた神の身では、どうしようもない。

 誰かに、呼び出して貰わなければ。出来れば、今まで培ってきた練度のまま――そんな芸当の出来る審神者など、限られているだろう。せめて、この体から放して貰わなければ。

 たとえ、自身が消えてしまっても。

「――どうぞ」

 扉が、叩かれる。刹那、声を上げた。ノックされたら返事をする、それが既に習慣になっていた。

 そして、目を瞠る。

 そこにいたのは、自分だった。

 否、彼は分霊のひとりだろう。目を瞠りながらも視線を降ろせば、彼と手を繋ぎながら歩く子供がいる。狩衣を着て、烏帽子を被った、面隠しをした幼子だ。幼さゆえに性別はわかりにくかったが、恐らく少年だろう。そして、なぜか既視感を覚えた。

(既視感?)

「それでは、あとはお願いいたします。審神者殿」

 その声に、気付く。あとから入って来た3人目の狩衣の男は、狐の面越しにそういった。老爺のようだ。そしてさっさと扉の向こうへ辞す彼の背中が消えるまで、もうひとりの三日月は――なんと、睨んでいた。嫌悪が目元に滲んでいる。それに、主の中に宿った三日月は驚く。あんな顔も、自身は出来るのか。どういった因縁のある老爺なのか――しかし、幼子が「行こう、三日月」と彼と手を繋ぐもうひとりの三日月に促したので、その視線は和らいだ。それで、得心する。

 別の世界線に身を置く、審神者ともうひとりの「三日月宗近」だ。最初に選ぶ近侍が傍にいないのは、今ここに、自分の主の近侍である加州がいないのと同じ理由だろう。恐らく、何かしら無理な命令でもあったに違いない。それでなくとも、主の中に宿った三日月は顔を顰めてしまう。――神のうちは過ぎているだろうが、10歳にも見たぬ子だ。そんな幼子を前線に出すなど。

(確か、主殿の弟御も、あのぐらいの年頃だといっていなかったか)

 不意に思い出したのは、そんな事だ。まじまじと自分を見ている幼子の視線に気付かずに、三日月は思う。主の私室、無造作に並べられている日記帳に、年の離れた弟の名が何度も記されていた。入退院を繰り返している上に、自分と違い頑丈といえど、病弱な自分はあまり近づけられなかった事。それでも、かわいい弟だという事。その弟のこれからの為にも、金が必要だという事。元気な時は共に大がかりな悪戯を働く事もあったというから、これから先、鶴丸と会う事があればさぞどちらも気が合うだろう――その弟の名を、なんといったか。

「寝て」

 不意に、声をかけられる。気がつけば、幼子は近くにいた。正確には、刀掛けの乗せられたサイドボードを挟んだ隣。三日月の太刀の前に佇んだ幼子が、舌足らずな声で静かに告げた。面越しで、表情は見えない。しかし、確かな「命令」を感じて、主の中の三日月は横たわる。そんな自身に更に途惑う。妙な強制力のある声だった。そんな自身に構わず、幼子は、穏やかに告げた。

「『そっち』の、三日月宗近。大丈夫だよ。今、俺が、引っ剥がすから」

 内心を読み取ったよう。それと同時に、幼子の手が、自身の太刀に触れる感覚を覚えた。

 静かな部屋。そこで、息を吸う音が聞こえた。

「■■■■が告げる。■■■■■が三条派太刀、『三日月宗近』。『ここ』に」

 それだけだった。臍の底から、引っ張られる感覚を覚えた。

 鶴丸ならば狂喜しただろう。ただ、驚愕しかなかった。自身の手を、爪先を、顔に触れ、衣服を改め――そして、壁の鏡を見て、ただ、驚く。

 自身だった。三日月宗近の付喪神としての姿、そのものだった。しかも、省みても、練度も、本丸で過ごした記憶も、何もかもがそのままだった。自身は気付けばベッドの傍らに立っていた。慌てて振り返る。

 ベッドには、審神者が、彼の主が横たわっていた。年若い、最近は鍛錬と年頃の為に逞しく成長してきた少年だ。慌てて駆け寄る。息はあった。眠っているようだ。その目をこじ開け、覗き込む。

 急速に、その目は、元の色を戻しつつあった。浮かんでいた三日月模様も儚くなっていく。それに、ただ、ただ、安堵した。

 自身は戻れた。主と体を放す事が出来た。主の体を、生を奪う事はなくなった。ただそれだけで、胸をなで下ろせた。加州ほどに執着はしていなくとも、愛着はある。人間でいえば、「愛着」とは親子の関係に関わる言葉だという。まさしくそれに近い、と三日月は思いながら、体を起こした。顔に喜色が満ちるのがわかった。そして胸には、自身と主を引き剥がしてくれた感謝の念が満ちていた。振り返って、礼をいおうとする。

 もうひとりの三日月の腰にしがみつく、幼子の姿。もうひとりの三日月は、顔をひどく顰めていた。その手で、幼子の頭を撫でていた。それを見て、三日月の気持ちは急速に萎んだ。

 刹那、頭に浮かんだのは先程の「祝詞」だ。慣習的に祝詞、と呼ばれている、刀剣の付喪神を呼び出す際の文句だった。先程告げていたのは、それの変化形だ。それを思い出して、三日月は、背後の眠る主。目の前の、面隠し越しにもうひとりの三日月にしがみついている子供を交互に見る。

 既視感。それに、「神との対話者」審神者としての才能。それに、年頃。特徴はそれぞれに合致していた。そして何より、先程、彼はなんといっていた。

『■■■■が告げる。■■■■■が三条派太刀』

 後者は、自身の主の名だ。本名だ。日頃は仮称でしか呼ばない。だがその名は知っていた。そして、前者の名も、三日月は知っていた。なぜなら。

「助かる、んですか」

 幼い声が、不意に響く。幼子が、顔を上げていた。とはいっても、表情は見えない。ただ、泣きそうな事だけは伝わった。声が、震えていた。

 釣られて、見る。部屋の扉。気がつけば開いていたそこ。いつの間にか、ひとりの人物が立っていた。

 狩衣に、面隠しと烏帽子。背丈からも体格も、性別や年齢はわからない。恐らく、見た目の年齢は若いだろう。しかし、醸し出す雰囲気が、三日月にすら年月を迫るものを感じさせた。年輪、樹齢。現すなら、それに近い。その人物が、しゃなり。ゆっくりと歩いてくる。こちらの三日月にではない。幼子の方にだ。もうひとりの三日月にしがみつく、幼子はしゃくり上げる。迫り来る人物に、訴える。

「この人、病弱、なんです。ほっとくと、しんじゃうんです。だから、俺が生まれる前から、ずっと入退院を繰り返してて……今は、完璧に剥がせた。でも、今の状態だと、また、同じ事が起きちゃう」

「主殿」

 客観的に訊く、自身の声は低く静かだった。宥めるようで――しかし、その目が、幼子に迫るその人物を睨め付けていた。真っ直ぐな程に。三日月を帯びる瞳に、静かな静寂が生じるのが、彼にも見えた。

 あぁ、怒ると、「こう」なるのか。

 三日月が他人事のように目の前の光景を見守る中、面隠しの幼子は、涙を床にこぼした。顔を上げる。その頭に、入って来た人間の手が、伸びた。

「兄ちゃんを、どうか助けて」

 あぁ、そうだ。あの日記帳に書かれていた弟の名と、同じなのだ。

 三日月が気付いた瞬間、幼子の頭に手が触れる。刹那、幼子の体の、糸が切れた。

 崩れ落ちる幼子を支えたのは、もうひとりの三日月だ。何事が生じたか、目の前の事態から直ぐに察する事は出来ない。しかし、目の前の三日月は、床に跪いてまで幼子を支える。壊れ物を扱うように、幼子を抱えた。そして――睨んだ。幼子が崩れ落ちた時も、手を引っ込めるだけだった人物を。我ながら、射貫くような眼光だ。鏡で見た時は平和そうな顔だ、と思っていた顔には、静かな怒気がみなぎっているのが、否が応にも伝わってくる。それは、分霊同士。元が同じであるからかも知れない。しかし、「この」三日月は知らない。こんな激情など。幼子を抱えて、ゆっくりと立ち上がる。もうひとりの三日月は、唸るように、その人物にいった。

「日頃は頭をいじり、審神者として利用するだけ利用して。忘れさせている兄弟の情を思い出させた上の、この仕打ちか。政府は」

 それは、その人物自身に向けたものではない。気付いたのは、最後の言葉の為だ。三日月は思わず、ただ、その光景を見詰めていた。

 もうひとりの三日月。動かぬ幼子を抱え、射貫くように、面隠しの人物を睨む。しかし、その焦点は、その人物に向けられたものではない。その人物が、無言で示す扉。その向こうにいるだろう、「政府」に対して、あの三日月宗近は怒っている。それが、わかった。

 声も、出ない。老いて、激情など忘れた。その筈だった。しかし、目の前のもうひとりの自身は、将にその忘れていたものを取り戻してた。だが、その人物が、棒のように扉を指差して動かない。それを見て――そして、こちらと、こちらの後ろの審神者を見て、複雑そうな色を浮かべ――、もうひとりの三日月は、溜息を吐いた。浅いそれは、しかし万感が籠もっている。そして、もうひとりの三日月は、足早に歩み去った。片手で扉を開け、閉める。重厚な扉は、閉まると、足音を響かせなかった。

 それから、静寂が部屋を満たした。密やかな寝息が、背後から聞こえてくる。それに気付いた時、その人物はこちらを向いた。正確には、首を向けたといった方が近い。面隠しで顔が見えなかった。やはり棒を思わせる仕種で、扉を示す。背後では、寝息を立てる審神者。だが、自身には出て行けという。そこではじめて、元に戻った――あの幼子に「呼び出され」戻った三日月は、眉間を顰めた。

 ひょっとしなくても、同じ処置を施すのだろう。「頭をいじる」と、もうひとりの自身がいっていたではないか。

(そんな事、承伏できぬ)

 三日月は拳を固める。あの幼子にすら、躊躇いもなく「何か」をしていた。そして彼は推察する。

 付喪神をヒト型として呼び出し、意を伝える。自身の意志を、現実へ影響を与える。今の政府が握っているのは、そういった術だ。人の記憶を操作する事など、ひょっとしたら造作もないのかも知れない。だが、同時に考えた。

(落ち着け。そこまでしてでも、あんな力のある幼子を生かして帰した。そして、この俺の事も、わざわざそのままの戦力で戻した。……つまり、ウチの主にも、まだ利用価値はある筈だ)

 少なくとも、命の危機はないはずだ。それを自身に言い聞かせる。そして、先程のもうひとりの自分程とはいわなくても、その人物を睨み――眠る主を一瞥し、歩を向けた。

 恐らく、別室では加州が泣き続けているだろう。あの、この人物の前に現れた老爺よりは、まだ優しい雰囲気を持つこんのすけに宥められているのだろう。早く戻って、少なくとも、分離には成功したと伝えねば。せめて前向きに考え、その人物と擦れ違いかけた。

「お前の主には期待している」

 刹那。袖を掴まれた。思わず転びかけた程、予期せぬ動きだった。驚きつつも、目線は扉に向けたまま。狩衣を掴む手は痩せており、やはり年も性別もわからなかった。声も、高くもなく低くもなく、変声前の少年にも、女性の声にも聞こえた。戸惑いながらも、三日月は、彼にしては珍しく、皮肉のひとつもいいたくなった。小声で囁き返す。

「主殿の審神者としての戦力に、か」

「お前の主は、常に波乱の元にある」

 それは、三日月の声が聞こえたのかどうか。単調な声音で、その人物は続けた。表情は、面隠しで見えない。ただ、その顔は、ベッドに横たわる少年に向けられていた。主は、眠っていた。

「いつか、自身の最愛の弟の事を知る」

「……」

「その時、お前の主は、この現状を変える。三日月宗近。その時は、力を添えてやれ」

「……自分でやったらどうだ」

 それに、答えはない。期待もしていなかった。三日月は、既に悟っていた。

 この人物も、傀儡だ。ただ、意志を持つ事を隠しているだけの。どこまで信じていいかは、わからない。ただ、少なくとも――幼い弟の為にも、審神者になる事を引き受けた主。彼が自身の弟が、恐らくは洗脳を受け、彼もまた審神者として活動している事を知ったら、どんな行動を取るか。容易に想像がついた。そして、無意識にその人物の足下を見遣る。

 ただの足袋と、草履だ。しかし、目に見えぬ枷が見えた。錘のついた足枷だ。

(どの審神者も、同じ事か)

「日記帳を見ろ」

 低く、囁かれた。

 刹那、手が放される。ほんの数秒の事だった。三日月は、振り返る事はしなかった。

 主は、生きて帰ってくる。それは確信していた。しかし、弟の事は黙っているしかない。その確信が三日月の胸の中にあった。

 まだ、主も、自分達も弱い。そして、「日記帳」という言葉には覚えがある。主は、筆まめだ。日記をつけており、それを私室の書架に並べていた。幼い頃から病弱だったという息子の足跡を残させる為につけさせられたというそれは、今は習慣化してしまったと彼はいっていた。そして、思い出す。

 10年分、といっていた。最初の方は絵日記だ。しかし、1冊につき1年分。彼がつけはじめてからの10年。その中の1年分だけ抜けていた事を、急に思い出した。尋ねても、「23世紀に置いてきた」としか、主は答えなかった。その時の顔は、見えなかった。

(俺から告げねばならぬとしたら、その時は、自分達が十分な力をつけてからだ。まずは、俺が彼の事を把握しなければ。……何だかんだと、俺は、主の事を知らないのかも知れない)

 それから、政府も転覆できる力を。いつかの三日月の主を討った者よりも、ずっと強い力を。それだけを念じ、扉のノブに手を掛けた。

「いつだってお前は、大変だな」

 他人事のような、しかし、どこか親愛の籠もった声。それが背後から聞こえた時、扉を閉めた。

 

 1週間後。本丸に戻った三日月を出迎えようとして加州と大和守に阻止されたのは、数ヶ月前から記憶を丸ごと削除されたという主だった。何も知らぬ様子の主。彼と漸く面会が許された時、自身は謝るしかなかった。

 頭には、あの、激情に駆られた、もうひとりの自身の顔が浮かんでいた。

『日記帳を見ろ』

(空いている前後を読めば、何かわかるだろうか)

 

 

 

 

side:S

 

 

 

 

 審神者殿の兄君が大変です。23世紀への至急の帰還要請に、幼き主の前で、こんのすけは平然と告げた。

 刹那、審神者の目が瞠られる。

「そうだ。俺には、兄ちゃんがいたんだ。兄ちゃんの為にも、俺は審神者に」

 それ以上は、訊かずともわかった。

 

 

『審神者として非常に優れており、且つ彼と最も縁深い方でないといけないのです』

 そういって、連れてこられた23世紀。最初に目覚めた時と変わらず、殺風景なところだった。同伴された山姥切は、椅子の上で片膝を立てる。会議室らしきそこは、ひとりで待つにはあまりに広すぎた。空調が効いていて、かえって居心地が悪い。思わず、布を握る。ぼろのままだが、頻繁に洗ってはいる。それは頻繁に、布を握りしめてくる幼い審神者の為だった。

 その審神者が、同伴させられたもう一振りの刀剣男士――三日月に抱えられて帰ってきた。部屋を出る際につけられた面隠しは、既に取り外されている。そこでは、幼い寝顔を三日月の青い胸板に預けている審神者がいた。思わず席を立ったのは、それなりにこの幼子とは長い付き合いだからだ。ゆっくりとこちらへ歩いてくる三日月の元へと駆け寄る。腕の中の幼き主は、眠っているだけのようだった。ただ、その目尻は赤い。

 泣いた痕だ。何があったのか、容易に想像がつく。この政府についてから案内した、狐面の老爺は堂々といってのけた。

『貴男様のお兄様に、事故であちらの“三日月宗近”殿が憑依してしまいました。引き剥がせるのは、弟の■■殿。貴男様しかおりませぬ』

 その時の審神者の表情は、既に面隠しが施されていてわからなかった。しかし、その時も、今も、三日月のあまりの表情に、山姥切はかえって落ち着きを取り戻してしまう。ひとまず生きている主に安堵したのち、顔を上げた。頑なに、幼い主を手放さない。腕に力がこもっていた。それを眺めながら、ぼろ布越しに顔を覗き込む。

「……おい。天下五剣がしていい顔をしてないぞ」

「……だろうな」

 口元に、笑みを刷く。それ自体はいつもの三日月だ。目元が「剣呑」そのものでなければ。普通の人間ならば、この視線だけで切り傷を負わせられるだろう。ひとまず椅子を引き、三日月を手招く。日頃ならば直ぐに休みたがる、自称老爺の彼は、しかし今ばかりは、見てくれの年頃通りの激情を静かに湛えていた。放っておけば何時間でも、立ったままで主を抱え続けるだろう。疲労が溜まれば、戦力に響く。だから山姥切は、無理矢理にでも三日月を座らせた。それでも頑なに主を手放さぬ様に、呆れて息を吐く。迎えが来るまでは、ここで待たなければならなかった。恐らく、先に、この審神者の「兄」を帰すのだろう。今回の用件を思い出しながら、山姥切はテーブルクロスの上で頬杖を突く。

「それで、無事に済んだか」

「……あぁ。驚いたよ。目の前にもう1枚、鏡が生じたかと思った。今の俺よりも、ずっと平和そうだったがな。なるほど、『この主の』三日月が必要だった訳だ。間違えて連れて帰りそうだった」

 自嘲めいた笑みだ。尻目に眺める。日頃、縁側で茶をすする顔は、マイペースを体現したようなもんだ。それだけを見れば、確かに三日月も老成した人格の青年に見えた。恐らく、「向こう」の三日月はそうなのだろう。

 この主に、兄がいた事すら、最初の近侍であった山姥切にさえも初耳だった。そもそも、両親の存在も危うい程だ。審神者になる切欠となった、実家の妖刀の太刀が、ともすれば唯一の家族にも聞こえる。あまつさえ、その兄もまた、審神者になっていたという――訊けば、とても病弱で、治療費の為に家の身代が傾いた。その兄の為にも、審神者になった筈だ。にも関わらず、兄も審神者になっていた。この状況は、10歳にも満たない幼子には、混乱しか与えなかっただろう。「治療」に向かう時、何度もこちらを振り返りながら、三日月の手を確りと握っている主を見送った。

 そして、また、恐らく忘れさせられたのだろう。天下五剣の一振りは、この幼い主を、孫のように可愛がっている。時には物騒なはったりすらかます程だ。「健やかに育って欲しい」、そう願っていた矢先の事だ。三日月は歯噛みをしている。大凡、普段のマイペースさを本丸に置き去りにしていた。

「確かに、主殿の兄君のようだった。面影があったからな。ただ、主殿より、巫覡としての側面が強いというのは、見て取れた」

「巫覡か。……審神者の選考基準のひとつだな。俺達『神』が好みやすい体質だ。同じ兄弟だが、能力が別れたってところか」

 自身の兄に当たる山伏を思い出す。まるで似ていない。当たり前だ。自身は山姥切の写しなのだから。しかし、今はコンプレックスに浸っている余裕はない。ともすれば、今すぐにでも腰に帯びた太刀を抜きかねない雰囲気の三日月を宥めないといけない。内心で溜息を吐く。

 激情に、慣れていない。あるいは、久しすぎるのだろう。今の三日月は、平常心を失っている。常に負の感情に身を置いてきた者としては、それがよく伝わる。

 だから、つぶやいた。

「安心しろ、三日月宗近」

「何をだ」

「俺は所詮、打刀だが。その分、あんたより速く動けるし、周りだってよく見える。だから」

 低く、可聴域の限界に挑戦するように、囁いた。

「『ここ』で『人斬り』になる時は、俺も一緒に剣を振るってやる。山姥切よりは、新しい銘を貰えた方が俺にとっては嬉しい限りだからな」

 気持ちは、一緒だ。それを暗に告げる。深く深く眠る幼い主。屹度、本丸に戻るまで目覚めない。そして恐らく、23世紀に戻った事すら、起きた時には忘れているだろう。だが、自分達には激情が残される。

 その持て余し方を、山姥切はよく知っていた。だから、布越しに、隣に座る天下五剣を気のない様子で見遣りながら、告げた。

 尻目の三日月。彼は目を瞬いていた。幼い表情だ。とてもではないが、自身より100年単位で前に生まれた刀剣とは思えなかった。

 刹那、目尻が垂れる。それは笑顔だった。瞳の中の三日月は、叢雲で覆われて見えなかったけれど。

「あい、すまぬな。山姥切国広。気を遣わせたな」

「全くだ」

「だが、実際。頼むぞ」

 反転、声音は冷たい。項に刀身を突きつけられたよう。慌てて顔を向ける。三日月は笑っていた。笑って、しかし、やはり主を手放そうとしなかった。そして、山姥切は眉根を寄せる。

 この男は、微笑みながら夜叉になる。さぞや美しい事だろう。政府も厄介な審神者を見つけたものだ。この、審神者の才に長けた子供と、巫覡の素質も備えた兄。そして彼ら兄弟の実家にあるという妖刀をも手に入れた政府は、確かに強い戦力を手に入れた。

 しかし、裏を返せば、それは自身に牙を向けた時は、酷く脅威になる。

「あの面隠しの審神者に、罪がないのはわかっている。あれは、傀儡だ」

 ひとりごちるように、三日月がいう。そういわれても、その面隠しの審神者には会っていないからわからない。しかし、恐らくその者が、この主に洗脳の大元を施したのだろう。だがそれすらも狙いではないと、三日月は淡々と続けた。

「わかるか、山姥切。腐るのは手足からではない。必ず、中枢にその原因があるんだ。……狙うは、中枢だ」

「あぁ」

 肯いた。打刀が揺れる音がした。扉が開く。狐の面を付けた老爺が、そこに立っていた。

「わかってるさ」

 それまでに、強くならねば。山姥切は老爺に促されるままに立ち上がった。

 

 

 

 

 

side:blank or A

 

 

 

 

 

 時折、ここの審神者はいなくなる。こんのすけに呼び出され、23世紀に舞い戻る。そこで、こちらの仕事とは、また別の仕事をしているらしい。飼い葉を抱えていた山姥切が戻ってきた審神者を見た時、少しばかり目を瞠ったのは驚いたからだ。

 常に面隠しをして外さない。体格は男とも女ともつかず、声も高すぎず低すぎず。ほとんどの仕事を最初の近侍である山姥切に放り投げているのもあるが、その存在は薄いようで濃い。謎の審神者は、感情が読み取れない。まるでろぼっととやらだ、とは新しいもの好きの陸奥守の言葉だ。

 そんな審神者が、それとわかる程に疲れていた。深々と溜息を落とし、庭を歩いていたらしい。自身に出会すと、「あぁ、ご苦労さん」と気のない労いの声をかけてくる。しかし、それにすら疲労が滲んでいた。それだけ、長い付き合いだ。しかし、深く追及してもはぐらかすだけだ。それをわかっていたから、馬番の仕事を進める。どうやら馬に癒されにきたらしい。馬のたてがみを撫でる審神者に、「また政府の仕事か」と何気ない様子で尋ねた。審神者もまた、何気ない調子だった。

「あぁ。相も変わらず、うんざりだ。そろそろ、辞めたい」

「……あんたに今直ぐ辞められると、さすがに困るんだが」

「辞めたいのは政府のお仕事の方だ。毎度毎度、人を何だと思ってるんだか」

 呟く、審神者の声音は珍しく愚痴の色が濃かった。三日月は布越しに、緑色の目を瞬く。

 そもそも、人であるかも疑わしい時がある。まるで戦国時代がついこの間の出来事のように話したかと思えば、1000年を超えて生きているかのような発言も放つ。しかも、本人がまるで気のない様子だから、謎に拍車をかけていた。三日月などの年寄りの刀剣は、何やら訳知りの様子だったが、彼らは「ばらしたら面白くないだろう」と秘して語らない。斯くして、いまだここの審神者の正体は明らかになっていない。何もかもが。最初の近侍である自身ですら。

「まぁ、今日は面白いものも見られたし、種も撒いてこられたが」

「面白いもの」

 鸚鵡返しに問う。それに、後半の台詞も気になった。

 種。本丸の畑は、24時間経てばどんな作物も実る。謎の畑だった。この審神者が23世紀の政府で撒いてきた種とは何なのか。問えば、馬の頭を撫でながら、審神者はいった。

「困惑しきった月と、憎悪に燃えた月だ。少なくとも、後者は中々見られるものではない。うちの月はかわいげがないし」

「……日本語で話してくれ」

「悪いけど、今は現代日本語しか話せないな」

 喉の奥で笑う。そんな審神者を、不気味そうに山姥切は見詰めた。

 自身の元となった刀は、山姥を斬ったという。もしこの審神者を切ったら、自身はなんと呼ばれるだろう。その正体がわからなかった。

『八百比丘尼の話を知っているか』

 ある日、縁側で茶を飲んでいた三日月は、そんな事を言い出した。

『彼女は人魚の肉を食べて、800年を生きた。しかし、800年で人生が終わったとしたら、それは幸福だっただろうな。800年で済んだんだから』

「山姥切」

 不意に、名を呼ばれる。顔を上げると、審神者は相変わらず馬を撫でていた。馬に頭をこすりつけられながら、審神者はこちらを向かずにいう。

「お前は、自分達の主がここを出て行きたいといったら、放っておいてくれるか」

「……本当にそう望むのなら、勝手にそうすればいい」

「そうか。なら、『その時』は、お前らも勝手にしろよ」

 そう告げた、次の瞬間。もう、審神者はその場を辞していた。呆然と飼い葉を抱えたままの山姥切は、しかし、刹那に思う。

 結局、自分達はあの謎の審神者についていくだろう。あの審神者を守るべく、動くだろう。自分達はそういう存在なのだから。

 たとえ、あの審神者が、いい加減に死を望んでいても。

 

 どちらの月も、聡い。老獪さゆえ、しかしヒトの形を与えられてしまったゆえ、どちらも主の為に力を振るうだろう。その時に、自身は逃げだそう。彼らも解放しよう。――否、殺されても構わない。

「今更。首を落とさねば死ねぬ身だ」

 ひとりごちる。本丸の裏手。審神者は呟いた。風で、面隠しが揺れた。

「名だたる名刀ならば、この首も落とせるだろうな。……あぁ、もしくはあの太刀がいいかも知れん」

 審神者の頭に浮かぶのは、美しい太刀だ。この世のものとは思えない程に美しい刀だ。最初から妖刀として打たれた、人の魂を封じられた、自我を持つ太刀。

 自身はこの能力の為に、前もって当時のあの家の当主の暗殺計画を知っていた。しかし、彼の望みも知っていた。だから、放っておいた。その末に、あの妖刀は、本物の妖刀となった。「あるじ切り」などという不名誉な銘を贈られ。

 自身がひと言。そう、たったひと言、誰か、あの当主を心から案じる者に告げれば。あの暗殺計画は頓挫していた。ただ、哀れに思っただけだ。自身は。

『あれは、あの子の事実上の自殺だった』

 そう泣き声をあげる太刀。しかし、真に理解できたのは、当主の気持ちだった。長き戦乱の世、立ち寄った自身を客分の家臣として扱ってくれた彼の本音を。

 あの戦の前、最愛の正室を亡くした。あの時勢ならば珍しくない、病だ。本来なら武士と婚姻など出来ぬ身分だった彼女を無理に側に置いた程に、他に室を置かなかった程に彼女を愛していた。情が深い彼はその際に、この世に未練も執着も、失せた。この世から果てたい。その気持ちは、とてもよくわかった。そして今も、似た心地だ。100年も、政府に縫い止められていた。そろそろ、ここも、この世も飽いていた。

「あぁ、それにしても……兄の方は、あの当主の若い頃によく似ていたな」

 代々、情の深い家風だ。刀剣男士達に入れ込みすぎないといい。もし入れ込みすぎれば、600年前と同じ悲劇が繰り返されるだろう。どこか他人事のように、思った。

 

 

 

 

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