▼そういえばこのシリーズだと長谷部以外はおだて関係にあまり触れてないなぁ、と思って。映画は実際にあるらしいものが元ネタですが、大学の教授が話してくれたそれについてタイトルは聞き忘れて……ググってもホラー映画しか見つからない いっそネタに1度観てみたいんだがなぁ
あれ、と燭台切が呟く。彼が通り過ぎようとしたのは、大広間の開け放たれた障子の前だった。麗らかな午後。彼の隻眼が捕らえたのは、大広間のTVが映す映像だった。
正確には、それを眺める大倶利伽羅。卓袱台に頬杖を突きこちらに背を向けているが、特徴のある毛先の赤い髪は見間違えようがない。だから気さくに声を掛けた。
「大倶利伽羅、くりちゃん。何を観てるの。ニュースかい」
「……テレビだ」
「うーん、出来れば内容を教えて欲しいな。せめて録画かそうでないのか……」
その時の燭台切は、端的に言えば暇だった。手が空いており、さて、どこかの内番の手伝いでもしようか。そういえば審神者の姿がない。本の虫干しでも勧めようか、そんな事を考えてのらりくらりと歩いていた。そんな矢先に見かけた嘗ての同胞は、ぼんやりとテレビを眺めている。掛け軸の前に置かれた大きなテレビ。大倶利伽羅の手元を見ると、ディスクのケースが置かれている。それに挟まれた癖のある字は、掛け軸の字とよく似ていた。だから、持ち主を直ぐに特定できる。
「これ、主の持ってた映画か」
「……そんなところだ」
「……映画、だよね」
いってから、ふと、不安になる。推論は当たっている筈だ。確かに映画とあるし、題も記してある。
しかし、テレビに映し出されている映像は、恐ろしく変化がない。自身が人の身を得て観たものとは、どれとも違うものだった。
映像は、どこかの海外の都市だろうか。国際化の進みすぎた日本とも違う気がした。記されていた年代は200年程前のもの。さて、それでは、ここはどこでいつだろう。
「定点カメラ、と呼ばれるものだそうだ」
その時の大倶利伽羅は、雄弁だった。これでもよく喋る方だった。長い付き合いだから知っている。映画の説明をしてくれるなんて、大倶利伽羅はどうしたのだろう。余程暇だったのだろうか。
テレビは相変わらず、同じ風景を映し続けている。まるで今、リアルタイムで誰かが撮っている映像をそのままこのテレビに繋いでいるようだ。そんな錯覚を覚えたのに気付いたのだろうか。今日の大倶利伽羅は、やはり雄弁だった。
「いっておくが、これはちゃんと撮影されて録画されたものだ。200年前にな」
「あ、なんだ。……でも、これ、さっきから全然動いてないよね。今はじまったって訳じゃないでしょ」
いってから、デッキを観る。驚いた。既に再生されて30分以上、時間が経っている。驚く燭台切に、大倶利伽羅は事もなげにいう。
「こういう映画なんだ」
「僕の知っている映画って、もっと人が動いたりしてたけど」
「いいから、観るなら黙って観てろ」
「……はい」
いわれるがまま、大倶利伽羅と卓袱台を挟んで隣に座る。テレビは、相変わらず同じ映像を映し続けていた。静止画かとも思われた程だ。
しかし、よく観ると、少しだけ時折、変化が訪れるのがわかった。まずは、影だ。時間を早送りしているように、影が徐々に、徐々に縮んでいき、そして伸びていく。時折、鳥や、ヘリコプターらしき影が映った。
ただ、それだけだった。次第に飽きてきた自身は、直ぐに戻ると告げてから厨に駆け込み、適当な菓子を見繕うと茶と茶菓子を持って戻ってきた。大倶利伽羅は相変わらずテレビを観ていた。まるでそういう像のようだ。出された茶を飲んだし、持ってきた菓子を食べた。しかし、視線はテレビに釘付けだ。燭台切は時折、大倶利伽羅に話しかけては鬱陶しがられて、しかし大広間を出て行く気はしなかった。茶は中々冷めない。
手持ち無沙汰になり、ディスクのケースを見る。挟まれたメモには、ただ映画である事。それに題しか書かれていない。あの大倶利伽羅が観る気を起こすような映画となれば、ただものではないだろう。しかし、燭台切には、面白みがわからない。審神者も何を考えてこの映画をとっておいたのだろう。そんな事を考えながら茶菓子を食べる。この日のそれは揚げておいたリンゴのドーナツだった。
料理は楽しい。畑仕事も楽しい。動く事は楽しい。落ち着いているのは、中々少々難しい。大倶利伽羅は物静かな方だ。そういえば、昔からこういう気質だったな、と思い出した。その時だ。
不意に、画面が消えた。
……黒い画面にスタッフロールが流れる。異国語のそれに、大倶利伽羅が慣れた手つきでリモコンを向けた。それを留めるように、燭台切は尋ねる。頬を引き攣らせて。
「……くりちゃん。もしかして、今の映画……本当に、ただ、あれだけ」
「あれだけだ」
「1時間以上も、定点カメラで、どこかのビルからどこかの都市の上方を映し続けただけの映像だったよね?! これって本当に映画?!」
思わず取り乱す燭台切。しかし大倶利伽羅は、気にした様子もなくディスクを取りに行く。薄いケースを開いて、今度こそ本当に真っ暗になったテレビ画面の前で、ディスクを取り出してケースに嵌めている。そして彼はいった。
「正確にはドキュメンタリー映画、とやらだそうだ。……あいつが、学校の恩師とやらに教えて貰った映画らしい。本当に何の変化もなくて驚いたそうだ」
「主もだけどその先生も今の映画を全部観たの?! 凄いね?!」
成る程、エンターテインメントとは正反対の位置にある訳だ。驚く程楽しさはなかった。しかし悔しさが先に立つ。この1時間は何だったのか。茶を飲み干してから怒ってみせた。
「もう、くりちゃんも、こういう映画ならこういうのだって教えてよ! 吃驚する程つまんなかったよ! くりちゃんは好きで観てたのかも知れないけど」
「別に、好きで見ていた訳じゃない」
丁寧にケースを閉じた大倶利伽羅は、意想外な答えをいう。思わず隻眼を瞬いた燭台切。彼は何かを言いかけた大倶利伽羅を見下ろした。
――不意に、その双眸に、強烈な既視感を覚える。
(あれ、これ、ついさっき)
「おーいしょっきりー。残りのドーナツって食べちゃっていいのー」
「あ、こら、食べ過ぎはよくないよ、主!」
遠くから、審神者の声がする。そちらに気を取られ、燭台切は軽く手だけで大倶利伽羅に挨拶をし、大広間を辞した。
……テレビは真っ暗。DVDは仕舞われ、大倶利伽羅は座っている。その双眸は、瞬きされる事もなく、大広間の障子。向こうの庭を見ていた。
その眼は、ただ、真っ直ぐに見ていた。障子の向こうに見える、四角い風景。そこでおやつを持ち去ろうとする審神者と鶴丸を追いかける燭台切。彼らの背中を、追った。
眼を閉じる。不意に、微笑んだ。その顔は、誰にも見えなかった。大倶利伽羅自身ですら。
だってそこには誰の「眼」もなかったから。
「400年と200年。ひとりで、お前らのいない風景を眺めていたんだ。たったの3600秒、俺には何て事はないのに、お前らは俺を置いていったんだな……」
定点カメラ
「話のネタにはなるよ。まあ、お前ら付喪神の感性からすれば、面白い映画かも知れないけどね」
そういって、蔵書と映画の整理をしていた審神者は、気紛れに手伝っていた大倶利伽羅が手に取ったそれに関して苦笑した。
「それに、その映画はお前そっくりだよ」
「……?」
「大倶利伽羅。もう、お前と燭台切や鶴丸を引き離す奴はいないよ。あいつらをあんなに熱心に見詰めていなくったって、いなくなりはしないから」
「……何の話だ」
「ただの独り言だよ。――あー、やっぱ、この続き部屋は書庫にするかなー」
もう、この映画を借り受けて、1年が経つのだ。
End.