筋肉モリモリ。これがあれば貧弱な体からモリモリマッチョの変態野郎に!
自身が鉄亜鈴を持ち上げていた時、鍛錬所にやって来た審神者は、リボンでラッピングしたその箱を目の前に置いた。5箱ぐらいあるだろうか。リボンのピンク色がやたらとぎらぎらしているのに、ただ積み上げた箱をリボンで括るというラッピングの雑さ。そしてときめきもしないその中身は、骨と皮だけの男が筋肉お化けに変身している絵が描かれている。鉄亜鈴の手は止めず、向かいに座した審神者を見た。
「……なんだ、これ」
「プロテインの差し入れ。美味しいのらしいよ」
「…………ありがとよ」
鉄亜鈴を降ろす。板張りの床でごろりと転がった。そろそろ休憩を取ってもいいだろう。渡されたプロテインを片手に厨へ向かうと、案の定審神者もついてきた。
やはり、相談事があるらしい。グラスに注いだ牛乳にプロテインを混ぜながら、「んで」と、当たり前のように隣に立つ審神者に声を投げかける。
「今日は何だ。何の相談だ」
「相談というか……うん、相談だね」
自身より少しだけ身の丈が高い少年は、手土産を持って自身に訪ねてくる時。決まって話を持ちかけてくる。それが誰に対してもなのかは、同田貫は与り知らぬ事だ。ただ、少なくとも御手杵に関わる事だろうな、とは予想はつけていたが。確かにいつも飲んでいるプロテインより、心なし美味な気がするそれを試飲しながら、グラスに牛乳とジュニアプロテインを混ぜる審神者を見て思う。
いつの間にか、御手杵と審神者が付き合っていた。
否、以前から体の関係はあった。なぜ知っているか。御手杵とは同室だからだ。部屋に戻ってこない翌朝、審神者の私室から一緒に出て来る御手杵を見れば、わからない方が可笑しい。そのくせ、御手杵と比較的親しい付き合いをしている自身に「御手杵の気持ちがわからない」と嘆く審神者の間に挟まれ遠い目をした最初の日はいつの事か。相談をされても困ったものだ。御手杵の考えている事など、戦場以外では自身にもとんとわからぬというのに――だがそれでも、この本丸の中では御手杵の思考回路を無意識にでも理解している方らしい。大抵は自身に相談したあと、審神者の憂い顔が晴れていたので。
厨の土間。畳に腰掛け、グラスを傾ける。隣に腰掛けて同様にした審神者が、グラスを見詰めていった。同田貫の視線は台所に置いた筋肉モリモリプロテインの箱に向けられている。
「御手杵とさあ、ちゃんと付き合いはじめたんだよ」
「知ってる」
「御手杵がお前にいったのか」
「見りゃわかる」
嘆息混じりに答える。慣れぬ書類を書き終えたのち、執務室に入ったら御手杵を座椅子にして審神者が座っていた。これでわからぬ方がおかしい。人前であそこまでする事は以前はなかった。
あぁ、付き合いだしたのか。以前から突き合ってはいたようだが。にっかりの物言いを意識しながら思わず報告書を握りしめた。
しかし、それで何の悩みがあるというのか。今まで、自身への相談は専ら御手杵への恋心についてだ。それ以外の相談はほとんど受けたためしがない。他にも悩み多き身の上の筈だが、そういえば自分は審神者にとってどういうポジションに置かれているのだろう。ふと気になったが、その前に審神者が遮る。
「それなら話は早いか……ええと、それでちょっと、困った事があって」
「惚気話なら10文字前後で纏めろ」
グラスを呷ると、審神者は少し中空を見て、それからこちらを向いた。
「御手杵が人を殺しそう」
「悪い、詳しく」
「我が儘だなあ」
「膾に叩くぞ」
平然とした苦笑に、自身は口元を拭う。噴き出したプロテインは、細かい霧になって厨に降り注いだ。「あとで掃除してね」と一方的に言いつけてくる辺り、原因となった審神者に反省はない。それでも雑巾の在処を思い出しながら、審神者の話を催促する。御手杵が殺すのは飽くまで敵だ。正確には、主が敵と定めているものだ。それを口実に自分達は戦場に立てているのだから、こちらとしては有難い事この上ない。しかし無用に関係のない人間を殺す事。それは刀剣男士にとって何らかの破滅を示す。しかも御手杵といえば「良い奴」「優しい」と評判の刀剣男士だ。実質がどうあれ、普段の行動はその評判通りだと同田貫も認めるところだ。一体何があった。そこはかとなく暗雲を感じる中、審神者はグラスを両手で握った。彼のグラスには、ジュニアプロテインがまだ半分ほど残っている。少しばかり武骨になってきた手だ。それでもまだまだ幼い。そんな幼い審神者が口を開く。
「昨夜の閨でね」
「なるべく寝所事情は省いて説明してくれ」
そういえば昨夜も部屋にいなかった。同室の日本号と蜻蛉切すらもう何もいわないから気付かなかった。というか忘れていた。審神者は頬を膨らます。
「注文が多いよ。いつ狸から山猫にシフトチェンジしたの」
「大丈夫だ、取って食いはしねぇから早くしろ」
話が進まない事を実感しつつ、残りのプロテインを飲む。ひとまずこれを飲み干してから厨を掃除しよう。頭の中に板書きした。
「ええっとね、前にね、ネットで見かけたんだ。女の子……っていえばいいばいいのかな。女の子の方が、彼氏に『もし自分が浮気したらどうする』って聴くっていうの」
「悪趣味な質問だな」
「確かにね。でもそれが男女でも同性でも気になるもんだよ。自分の付き合ってる相手がこういう事をしたらどういう反応を示すか。多分、人間の思考を持っている奴らにとって相手を試しちゃう真似は昔から繰り返されてるんだろうね。それはともかく、俺も訊いてみたんだよね。御手杵に」
「御手杵に」
思わず想像する。薄暗い私室。同衾している御手杵と審神者。審神者の布団は、体の弱い彼の為に、リラックス出来るよう大きくて贅沢な作りをしている。岩融が寝転がっても平気な大きさだ。干す時は大きさの問題で2人がかりで運び出している。膂力があっても手は2本しかないのだ。そんな布団に寝転がっている御手杵が、隣の審神者に尋ねられるのだ。「もし俺が浮気したらどうする?」と。
相手は誰だ。
「あんた、浮気する予定があるのか」
「ないよ。仮定だっていってんじゃん」
「俺の中の御手杵がそう突っ込んだ」
「……ああ、うん」
プロテインを飲む審神者の視線が泳いだ。何があったのやら。飲み干したグラスを手にすると、一旦立ち上がって流しへと向かう。それと雑巾も探さなければ。すっかり所帯染みた事を考えていると、審神者は思いきった声でいった。
「昨夜の御手杵はね、こういったんだよ」
「何だ」
「『刺す』」
「………………わんもあ」
「『刺す』って。真顔で」
そういう審神者の目も死んでいる。見返す同田貫の三白眼も多分死んでいた。
「ただひと言、『刺す』って」
「そんなに大事な事……だな。おおごとだな」
「おおごとだよ。あんな御手杵、俺は知らない。俺も同田貫のいったみたいなすっとぼけた事をいわれるかと予想してたのに」
グラスを握る手が、やや遠目にも震えているようだった。顔色も悪い。折角のプロテインも即効性はないようだ。がたがたと震える審神者はいう。
「しないよ、仮定の話だよってちゃんとフォローしたよ。そしたらいつもみたいにぱっと笑ってそのまんまもう寝ようっていってくれたんだよ。でもさ、あの御手杵の声がさ、目がさ、忘れられなくてさ。見た事あるか、たぬき。御手杵の死んだ目で、ごろりとした塊みたいな殺意の台詞」
「……」
いわれて、思い返す。戦闘中、御手杵は寧ろ活き活きとする。傷付けばたじろぐ。しかしそれ以上に突き進む。槍の習性だ。
そして、いまだ想像はつかないが、どうやらこの少年を自分の手元に置くと決めたらしい御手杵。彼がそれを自分のものと定めた場合、果たしてそれに仇為す者に対してどういう行動に出るか。
ふと、ある時の戦を思い出す。自分を含めた刀剣男士達が重傷を負った中、自らも中傷の御手杵が、自分達を背中に槍を構えていた。
『あぁ、この状況。俺の間合いだな』
あの時の御手杵は、どういう目をしていただろうか。
それを思い出して、同田貫は雑巾を手にする。
「くれぐれも、浮気はしてくれるなよ。主」
「しないって」
「試しにいってみただけでもその反応だろ。だったら」
蛇口を捻った。脇に置いたプロテインの紙箱、むきむきの男が水に濡れた。
「万が一本気で疑われてみろ。誤解を解く前にゃ、穂先に相手の首がぶら下がるぜ」
結城晴朝の伝説の再現。御手杵ならば出来るだろう。見てみたい気もした。それが痴情の縺れの結果でさえなければ。
後日、同じ部隊で出陣になった時。御手杵の刺突の威力が以前よりも大きくなっていたと他の仲間がいっていたのを聴いて、あの割と美味しいプロテインの味を思い出した。
End.