※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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非公式且つ独自解釈、複数審神者、多重コラボ要素(イティ/ハー/サ、血/界) よくある名前に纏わる話を書いてみました。あるいはこれからのこのシリーズ本筋の布石。「正式」に主従の契りを結びたい御手杵とそれをそれとなく拒否しようとする審神者。でも互いに主従的な意味で好きというままならない話。それと別の本丸で声なき助けを求める山姥切。
▼病弱審神者シリーズ5月以来(https://novel.syosetu.org/85876/32.html)の本編です。じわじわ他の審神者シリーズ(https://novel.syosetu.org/85874/3.html)(ショタ審神者+三日月)とコラボしていきます。別ジャンルともナチュラルにコラボしていきます。作中で出て来る記号の羅列は元になったものを再現しようとした名残です。記号が……見つからぬ 1万2千年経って変化したってことで……


【とうらぶ(×色々)】インタールード あるいは名の話【男審神者+御手杵】

 尋ねられた加州は首を振る。

「確かに俺は主の実名を知っているよ。保護者を兼ねているからね」

 竹箒を片手に庭を掃く。高木も低木も紅葉していた。燃えるような赤に鮮やかな金色。それらを眩しそうに眺めて彼はいう。竹箒に水分を失った葉が攫われていった。

「でも主は支配できないよ。余程力任せにいかないとね」

「真名を知っていれば神隠しができるって噂で聞いたけど」

「それはまた別の話。完全に審神者の動きを把握することはできない。呪詛でも使わないとね。うちの主の場合は今時珍しい話なんだけど」

 ゴミ袋を広げる自身に加州はいった。

 

 執務室。広い黒檀の卓袱台に時計と小さな石が置かれている。一見するとただの路傍の石だ。それを小さなクッションに載せていた。それの前に少年が座している。真新しい座椅子に腰掛けた彼は卓袱台にある本を広げながら何事かを呟いていた。

「えーと……これか」

 深呼吸する。手を伸ばした先には石。それに触れて少年は呟き出す。

「『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』」

 部屋の空気が静まる。弦のように張り詰めたそれは波立たぬ水面を想起させた。響くのは少年の常にない声音による言葉。それはヒトのための言葉ではなかった。少年が片手に開く本には呪文が並ぶ。それらに発音記号が併記されていた。しかしそれは到底発音しうるものではない。でたらめにも等しい言葉の群れだった。

「『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』」

 少年の言葉は続く。その変化はやがて目の前に生じる。少年の触れた小石。それが僅かに灯る。

「『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』」

 灯ったそれが浮いた。少年の手に導かれるように――あるいは少年の手が石の動きに導かれるように――クッションから浮いた。手が次第に持ち上がる。小石が宙に浮く。それに導かれて天井に掌を向けた。そこで石は浮いたままだ。

「『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡〇』『ア函並◎Δ@Y』……」

 少年はつぶやきながら時計を見遣る。卓袱台の時計は秒針を静かに刻んでいた。

(このまま3分維持だ)

 少年は内心で決めた。既に汗が頬を伝った。

「『ア函並◎Δ@Y』『◎▽ミΘQ‡」

 刹那に障子が開かれる。顔を上げた。長身の青年がそこに立っていた。

「主ー。ちょっといいかぁ」

「なんだー。あいたっ」

 ジャストミート。青年の登場に霧散した空気。同時に少年の頭頂に浮き上がっていた小石がぶつかった。

 小石とはいってもそれなりの大きさだった。文字通りに頭を抱える少年。青年――御手杵は足元に転がってきた小石を拾う。僅かに熱を伴っている気がした。なんとなく俄に力が増すように感じる。

「……『[[rb:陽石 >あかいし]]』なんて持ち上げてなにしてたんだ」

「なに、審神者としてスキルアップを図ろうとね……3分どころか10秒も持たなかったよ……」

 いいながら卓袱台の前に勝手に座してきた御手杵の手から小石を受け取る。それを大事にクッションの上に乗せた。手近にあった木箱にそれを仕舞うと座椅子の背もたれに寄りかかった。最近実家から送られてきたものだ。背もたれの頭部が内側に曲がることで垂直に倒したときに枕になる優れものである。ただしこれで仕事の最中に昼寝をすることが増えたので叱られることも増えたけれども。同じ頃から少年――この本丸の審神者はある「練習」を試みていた。御手杵は卓袱台に乗ったままの黒い本を取り上げる。そして首を傾げた。

「『真言告入門書』か。また変わったことをはじめたな。別に俺たちと話す分には要らないだろ」

「神々と対話する原初の言葉だからね。『神と話す者』としては獲得して損はないよ。いつめちゃくちゃ位の高い神様と話すことがないとも限らないし……それで何の用だい御手杵」

 再び自らの頭を撫でさすりながら話を促す。御手杵は内番着だ。今日は加州と庭掃除をしていたはずだ。肩に木の葉を乗せた御手杵は胡座を掻いて肯いた。

「おぉそうだった。あのさぁ主。主って諱を持ってるって本当かぁ」

「………………。清光から聴いたの」

「おぉ。俺から聴いたんだから清光のことは悪くいわないでくれよ。あんたの名前が気になってさ。付き合い結構長いのにあんたの実名も知らないなって」

「『主』でこと足りてるでしょ。他の奴らも大将だの主さんだの主くんだの好き勝手呼んでるし」

 肘を突く。内心ではとうとうこの問題に直面したかと少しだけ焦っていた。

 それまでごく普通に接していた刀剣男士。彼らが審神者の名前を知りたがる。ある程度の期間慣れ親しんだ彼らとの通過儀礼ともいっていいらしい。特に御手杵とはいろいろあった。今にして思えば恥ずかしいほどに御手杵には散々自身の青さをぶつけてしまった。それゆえか他の部隊の御手杵とは少々毛色が異なるらしいともこんのすけや演練の相手の様子を見て察していた。名前に関しては気になっても尋ねてこない刀剣男士もいるだろう。しかし御手杵は素直で正直だ。その通りに望んでいた節もある。だがこれはいけない。神霊と妖・霊を含んだ異類との間では名前の問題はあまりに繊細なのだ。だからこちらも正直に答える。

「いっておくけど確かに清光は真名は知っている。諱の存在だって知ってる。でもそれは謂わば保護者に対しての情報の開示だよ。いざというときのね。それで何で今更俺の名前なんて気になった訳」

「……何となくじゃ駄目か」

「話にならん。いいか。俺はさっき真言告の練習をしていただろう。そういったスキルを身につけていかなきゃいけない程度には『審神者』として本来適性がある訳じゃない。ただ巫覡の血筋を買われただけだ。本来はお前らに好かれるためだけの立場なんだよ。だからもしお前らがその気になったら俺はやばいの。実名までならともかく諱まで知られたら俺は何にもできなくなる。洗脳だって簡単だね。真言告――言霊はそういうものだ」

「でもあんたが予備役になって現世に戻る時が何れ来るだろ」

 御手杵は胡座を掻いた膝を揺らした。

「その時は俺らの誰かひとりがあんたの半永久的な近侍兼本丸へのゲートの鍵になる。その時は互いに真名――あんたの場合は諱だな。それを教え合わなきゃいけない。刀剣男士付喪神からも『目に見えぬ神々』から与えられた『神名』を審神者に教える。お互いに支配し合うことで現世での刀剣男士の体の維持ができる」

「……」

 意を決して御手杵は目を向けた。

「主。あんたには俺の神名を教えていいと思ってる。あんたの為人を見てきた。だからこそあんたの護衛として。貪欲に出世しようとするあんたの槍として仕えたいと考えてるんだよ。……己惚れじゃないだろ。あんたは俺のことを気に入ってくれているはずだ」

「――お前そんな軽々しく」

 目を瞠る審神者に御手杵は頭を振った。

「前から考えてたことだ。あんたが最近落ち着いてきたからいってみたんだ。変な意味じゃないぞ。俺はあんたの采配や仕事ぶりに惚れ込んでる。戦ができなかった俺にとってあんたに仕えることが今の最大の戦場だ。……あんたは俺が知らない弱さだってたくさんあるだろう。俺はそんなあんたの背中を守りたい。だから今この本丸にいる俺は神名を捧げる相手にあんたを選びたい。そのために今から実名や諱を俺に教えて欲しい……もしくは腹積もりを決めて欲しいと思ったんだ」

「……どちらにしろ。それは俺が主要任務を終えて予備役に編入したあとの話だ」

 座椅子から立ち上がる。慌てて追従しようとした御手杵を制する。擦れ違いざまに肩の木の葉を取ってやった。からからに乾燥していた。風邪の兆候がないのは良い。大典太のお陰だろう。今頃前田と話しているだろう彼の姿を思い出しながら審神者は振り返った。その表情は御手杵には西日でよく見えない。

「それに神名は真言告をマスターしないと発音できないしね。普段の生活じゃ困らないけど有事には必要になるかも知れない。全てはそれからだ」

 障子に手を掛けた審神者。彼は背中で続ける。

「……お前を現世の近侍にすることは考えてるから」

 その言葉で背後から再び立ち上がろうとした気配が伝わる。すぐさま障子を閉めた。

 前向きな発言とは裏腹。審神者の顔は浮かない表情をしていた。

 

 真言告に触れるのはこれがはじめてではない。審神者は縁側を当てもなく歩きながら御手杵の言葉を反芻する。それこそ神名の存在はかなり早い段階から知っていた。真名を知られることを審神者は多く警戒する。同様に付喪神もまた神名を知られるのを恐れるのだ。

 刀剣男士のような同一の個体を持つ神の場合は本尊と分霊はすべて同じ神名を持つ。どちらにしろそれらを知れば神々は人の子でも支配することができる。その生殺与奪さえ。本質は人間が諱を握られるに等しい。だから軽々しく触れてはならないことだと思っていた。

(御手杵はよくもまあこんな主についていこうと思ったな)

 自身が年に見合わぬ野心家である自覚はある。そうでもしないと自分たちは世間に喰われる。そう、家族も。家で待つ幼い弟もだ。御手杵のことは嫌いではない。寧ろ気に入っていたからこその今までの関係がとても複雑な様相だったのだ。その御手杵に忠誠を誓われた。嬉しくないわけがない。だから同時に申し訳なくなる。御手杵も覚悟の上だったのだろう。自身がこの戦いを終えたのちに身を投じるのは権力争いだ。それはきっと御手杵の戦場ではない。戦うための武器なのに。同田貫と同様に戦えないことを何よりも厭っていたのに。そして戦っている御手杵こそが真に輝くと自分ですらも思っているのだ。戦が終わってしまえば本丸はただの広い家。この生涯が閉じるまで本丸は共同生活の場となるだけれど。

(いかん。頭の中がぐちゃぐちゃしてきた)

「あれ。主。遅めのおやつかい」

「……なんかある」

 頭をかきむしりながら歩いていれば声を掛けられる。バイオリンを思わせる声はこの本丸でも例に漏れず厨房主任の燭台切だ。彼の傍らには漬け物石の乗った樽が見える。気がつけば審神者は厨の前に立っていた。何やら楽しげに何かを作っていたらしい彼は機嫌良く手招きする(尤もこの刀剣男士の機嫌の悪いところなど戦で負けたときぐらいだ)。その手元を見て審神者は目を瞠る。

 青い。あと丸い。そんなゼリーがガラスの丸皿に盛られていた。燭台切の手際は良い。まだまだ作る気らしくボールと型らしい丸形のシリコンパットが見えた。丁度人間の眼球ぐらいだなとは燭台切の右目の眼帯を見て危うく口の中で消える。眼帯の下は見たことがない。しかし伊達組に彼の眼帯の下を聴く勇気は今なおない。代わりにフォークを取り出しながら「それなに」とごく単純な質問を投げかけた。彼の答えも明快だ。

「チェレンコフゼリーだよ」

「ちぇ……なに。ロシア料理かなにか」

「ううん。日本製だって。ネットで見た目が面白いお菓子ってないかなって思って。鶴さんを驚かそうと思って」

 どうやら彼の驚き効果は伊達家にいた時期がかぶっていないはずの燭台切にも及んでいるようだ。半分ぐらいは責任を感じながらもフォークで串刺しにする。ミントの風味がすっと口の中を通り過ぎた。

「うん美味しい。でもこれ見た目食欲そそらなすぎ」

「青は食欲を減退させる色だからね。美味しいならよかった。ちなみに暗いところで光ります」

「わあ益々食欲なくすわ」

 掌でにわかに作られた陰で蛍火のように灯るそれを見て頬を引き攣らせた。それでも一皿頂くことにする。旨いことには変わらないのだ。厨の土間からつながる部屋の畳に腰掛ける。また一口食べた。旨い。

「それで御手杵くんと神名と諱を交換する話は解決したかい」

「おまっゼリーこぼすところだったじゃんか」

 危うく丸いゼリーたちが皿から逃亡するところだった。なんとか未然に防ぎながら睨み上げる。燭台切は楽しそうに料理を続けている。なぜ知っているのか。無言で問うと「御手杵くんはそこのゴミ捨て場に葉っぱを捨てに来てね」とだけいった。そのときに御手杵が気軽に相談でも持ちかけたのだろう。うかうかしていると本丸中に話題が広がるのでは。というより自分が真名だけでなく諱を持っていることは知らせないで欲しかった。今更ながら口を滑らせた加州を恨みながらゼリーを口にする。乱の眼球にも思えてきたそれはやはりいちいち爽やかな味覚を残した。頭はちっとも透き通らなかったけれど。

「……そう簡単に決められる話じゃないでしょ」

「それもそうだよね。大事なことだ。僕らにとって神名は君たちの真名あるいは諱だ。御手杵くんは……概念的存在にも近いから神様っぽさが僕らよりちょっと上だ。だから尚のこと神名は重要だ」

 示唆されるのは御手杵の本尊が焼失しているという事実。200年前にレプリカが複数作られておりそれらが既に本尊と同じ扱いを受けている。存在が不確かなものに「名前」という確たるものをただの人の子に渡す。それがどれだけ重要なことか。

 どうやら次に固めるゼリーの素の用意ができたらしい。一滴も溢すことなく型に青い液体を注いでいく燭台切。彼は一時は焼失あるいは消失したものと思われていた。やはり200年前に偶々保存されていたのを発見されたと歴史書は語っていた。そんな自分と御手杵をどこかで重ねているのだろうか。この一皿で腹いっぱいになってしまいそうな色合いのゼリーをひとつ突き刺して眺める。やはり丁度眼球のサイズだ。そういえばこの間のハロウィンで目玉の形をしたお菓子が作られていた覚えがある……

「そういう点では御手杵くんは吸血鬼みたいだよね」

「……急に何を言い出す」

 思わず黒い燕尾服にビロードのマントを羽織った御手杵を想像した。スタイルがいいので着こなしてくれそうだ。しかし逆に奇妙そうな顔をしたのは燭台切だ。冷蔵庫にバットを入れながら首を傾げる。

「こういうのは君の方が詳しいと思ったんだけど。200年前だよね。ヘルサレムズ・ロットが形成されたのって」

「ああ。昔は紐育っていうところだったっていう。そういやあそこは血界の眷属の長老級が住処にしてるところだったか……」

 いわれて脳内の雑学辞書を開く。そこを世界の均衡を仕切るために結成された秘密組織があったという。更に当時世界屈指の吸血鬼対策研究家の人物が残したビデオにより伝説上の「義肢」を持つ存在が在籍していたことが尤も記録に残っていた。

 「神々の義眼」。大凡視覚に関することならなんでもこなせるという代物。実態は歴史上の事件を間近で眺めるための神々の高性能出歯亀カメラ。全てを見通す眼球は身近なモノの視力を代償に与えられる。そしてその目はそれまでどんなセンサーにも探知できなかった吸血鬼のオーラまで見透かし――

「あまつさえ長老級の諱まで読み取る。ひょっとしたら僕達みたいな神の末席の神名ぐらいは読めるのかもね。半分妖怪みたいなものだし」

「今の時代ならどこかにいそうだね。保有者が。……仮に俺がその保有者だったとしても。牙狩りじゃあるまいしお前らを狩る訳でもないんだから見えても仕方ないんだけどね」

 ゼリーをまたひとつ突き刺す。丁度それは西日が差し込んで反射した。薄青いそれは1度だけ観た例の研究家のビデオ。その中に映った青い蒼い双眸を思い起こさせた。

 精緻な美術品。神々の義眼の青さは地球の如く。動画のそれはともすれば三日月の目と比べてみたい代物だった。そんなことを思いながらふと自分の事態と串刺しにした眼球型ゼリーを見比べる。最初からその義眼とやらを持っていればいっそ悩まなかったかも知れない。

(尤も神名って真言告が唱えられないと発音できないんだけど。義眼で見ても表記しにくいし。俺と弟の諱だって神名みたいなもんだ。代々真言告の発音でつけられてるんだから)

 小さく唱える。「ア函並◎Δ@Y」「◎▽ミΘQ‡〇」。すると樽の上に乗った石が僅かに浮いた。あれも陽石だ。偶々川原の近くで見つけて拾ったそれを「漬け物石に丁度良いね」と歌仙に掻っ攫われたのを思い出す。陽石は生で陰石は死。この頃の漬け物は美味しいと評判だ。時折自身がこのように練習台として活性化させているからだ。

 真言告。そもそもこれは時間遡航技術が確立したのち。1万年と2千年前に移動した者が当時は人々と触れ合っていた神々と触れ合ったことからはじまる。

 元々は真言告は神に授けられた知恵だった。それが次第に塵と消えていった。それから1万年と2千年と少し。時間移動した者達は真言告を当時の者達から学び取った。言霊という概念は残っていた。しかし特殊な発音を要するそれは途絶えて久しかったのだ。そして戻ってくるとその言葉を使い再び天との交流を繋げた。

 神話は成立した。人々は神と再会できたのだ。神と再会した人々はそして戦の切欠となってしまった。現在審神者の選考基準に巫覡の血筋がある。更に真言告を唱えられれば――いってしまえば神を支配することもできるスキルを持っていれば待遇が向上するという。

 彼もまた真言告を発音できる者だった。だからこそ勉強が出来るのだ。7才までに真言告の発音の勉強をしなければ発声自体ができない。真言告を取材しに行った時も小学生を伴って数年滞在させたと聴く。ただし彼自身は自分の諱しか発音できないし弟の諱ですら知らない。親にいわれたのだ。

『我が家はいつからかは知らないけれど真言告で諱をつける習慣がある。平安時代ぐらいにはもうあったらしい。でもこれはとても強力なものだから決して他人に話しちゃいけないよ。尤も今の時代にホイホイ諱を出す機会があるとは思えないがな』

(ほいほい出ちゃったよ父さん)

 恐らくは口伝で細々と伝わってきたのだろう真言告の知識。それが我が家には残っている。その家の人間である自身に神名を与えるのは文字通り生命線を受け渡すに等しい。他の家族も真言告を知っているからだ。それでもきっと御手杵は自身に神名と諱を交換したいというのだろう。だから困った。

 家族のために。弟のために働いてきた。そんな日々をこれからも真摯に支えたいといってくれる存在。自身がそれに値するかがはなはだ疑問だったからだ。いっそあの義眼を持っていれば何も悩まずに済んだかも知れない。神名も諱も全て手の内だというそれなら。ゼリーを再び串刺しにした。現在の無常さを嘆いて。いつか弟に再会する日には御手杵を伴っている覚悟ができているだろうか。

 

 

 

 

 

「『アΔΘ用韭①生』『ヱ匹Σ区∇Hム』『アΔΘ用韭①生』『ヱ匹Σ区∇Hム』『アΔΘ用韭①生』『ヱ匹Σ区∇Hム』」

 少し目を離した隙のことだ。昼寝をはじめた幼子のために毛布を取って来てすぐに気付いた。「こんのすけ」が真言告を語りかけているのを。皺のある声音は不可思議な響きをしている。老熟したそれに山姥切は歯軋りをする。気配を消して部屋の前で忍んだのは今回の奴の目的を知るためだ。このところ「こんのすけ」はここの幼子の審神者をよく「使う」。その度に洗脳を繰り返す。はじめの頃はまだ帯びていた明るさもこのところは常に微睡んでいるような状態だ。今も判を捺すだけの状態の書類を決裁している最中に眠気が襲ってきたようだった。その隙をつけ入れられてのことだ。そして同時にその真言告に聞き入らぬように精神を尖らせる。

 「こんのすけ」――このくだぎつねをアバターとしている真言告の熟練した術師がいる。神の眷属である自分たちにも時折影響を及ぼすほどの陰石を使ってみせたこともある。決してそれは自分たち刀剣男士に向けてのことではなかったが。

 飽くまでこのこんのすけが狙い利用するのはあの幼子なのだ。初期刀として近侍としてできうる限り付きっきりでいた。しかし情けないことに隙を見せてしまった。歯噛みする山姥切の耳にわずかに声が届く。

「……よくお眠りなさい。審神者殿。これからもあなたにはご活躍いただかなければなりません」

 声音は優しい。優しい老爺のそれだ。だからこそ山姥切は心底憎たらしい。目に映るようだ。畳の上で無造作に寝転がった幼子。いつか実の兄を助けるために記憶をむりやり引き起こされたときの悲憤。そしてそれをさらに洗脳され忘れさせられた子ども。それら全てはこのこんのすけの謀りだ。それらすべてが自身が出世したいがための。

 優しい優しい声音が不可思議な響きの声を放つ。

「――えぇ。この『義眼』で見ましたよ。あなたの諱を。●●●●●殿。『これからも私のいうことをきいてください』。返事は」

「……うん……」

 ――諱を使っての真言告。こんのすけの金色の目が青い光を放っていることは想像に難くなかった。

 忌まわしかった。あの目が。恐らくは「神々の義眼」と呼ばれる双眸を持った政府最高の真言告の術師――子どもの精神は容易く洗脳される。それも真言告による諱を見抜かれそれを正しく発音された人間に逆らうことはできない。

 救いがたいのが、この状況を誰に助けを求めればいいかわからないということだ。三日月とも幾度も相談を重ねた。しかし本丸からの出入りは戦場のみ。ましてや狡猾なことに自分たち刀剣男士には仇を為さない。さらには表面上は審神者に対しても丁重な態度をとっていることだ。そしてあのこんのすけの中の人間は立場がある。信頼も篤いだろう。政府の人間すら相談してもむだに思えた。

 咄嗟に身を隠す。こんのすけが出て行った気配がしたからだ。そして数秒待ってから執務室に入る。やはり健やかに眠っている様子の審神者はあどけない子どもだった。彼の前で膝を突き泣きたくなる。

「……あんたの諱は●●●●●というんだな。主」

「……」

「●●●●●。俺たちはどうやったらあんたを救える。どうしたらあいつから」

 返事はなかった。だから毛布をかけた。せめて、ひとときの安らぎを。

 

 1度洗脳を解かれたときに三日月が会ったという主の兄。せめてまた彼に接触を持てれば。主の名を心に刻みながら山姥切は強く眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

Next......




▼花丸アニメがとにかく凄くって毎週ボディーブロー食らってます。特に6話はゴッ・コー・ティー・カウからゴッ・コー・ティー・コーン食らった気分です。萌えで殴られる。なんやの……EDで泣かせないでほんま…………
▼作中のゼリーについてはこちら→http://togetter.com/li/992585(外部リンク) 本来は四角形です。1度作ってみたい
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