連作
「消えた記憶の、裏【男審神者+三日月】」(https://novel.syosetu.org/85876/4.html)←ここで出た別の審神者が出ます
「書架の隙間【男審神者+三日月】」(https://novel.syosetu.org/85876/5.html)
「Who is this?【男審神者+御手杵】」(https://novel.syosetu.org/85876/11.html)
「What are ■■ ■■■■■■ made of?」(https://novel.syosetu.org/85876/21.html)
「心ある刃物【男審神者+御手杵】」(https://novel.syosetu.org/85876/44.html)
弟
「刀剣の苦労、主知らず【ショタ審神者+三日月&山姥切】」(https://novel.syosetu.org/85874/3.html)
御手杵の槍は、重さは三名槍でも1番だ。
審神者に伴われた御手杵の槍が、こんのすけ越しに畳に突き立つ。刃が、日光で鈍く光っていた。それにこんのすけは――彼をアバターとした中の人間は――非常に嫌な汗を掻く。御手杵を伴った審神者はずんと黒く重たい雰囲気を纏っている。常ならばこんな真似は刀剣男士にさせない人だ。これだけ怒らせたのは誰だ。黙して審神者の隣に立つ御手杵の前で思い当たる節がいくつも浮かぶ。尤も、自分のような下っ端には知らされていないこともあるだろう。
「こんのすけ。はいかいいえで答えろ」
地を這う低音。御手杵の槍は突き立ったまま。彼の一声があれば、こんのすけの身を突き立てるだろう。そうなればアバターといえど中の人間も無事では済まない。審神者は、笑いもせずに尋ねた。尋問という言葉がぴったりだった。
「お前は、俺の弟が利用されていたことを知っていたか」
「――」
知らない。審神者に弟がいるのは知っていた。しかし彼の行方は自身は知らない。知らされていなかった。
しかし答えようにも、情けないほどにのどが引き攣ってしまった。
――今日、はじめて参加した審神者日本史会議で何か知らされたのか。こんのすけは必死で思考を巡らせた。
審神者会議という名のクラブ活動。ここの審神者が参加しているのは幾多もある。
「そりゃこちらが拘束してるんですから、こちらの審査が通ったところなら入って良いとはいいましたけど。ちょっと入りすぎじゃないですか。もう10個ぐらい入ってるでしょう」
「だっていろいろ面白そうな会議ばっかりでさ。それでいいでしょ、審神者日本史会議。別の会議で誘われてさ」
執務室。こんのすけと顔を突き合わせていたのはここの審神者だ。彼は手にしたビラを片手に愛想を振るう。
「俺の先祖が大名ってことで、別の会議で会った人に参加してくれっていわれてさ。他にも同じ背景を持つ人がいるから仲間が欲しいってことで」
「あぁ、そういえばそうでしたね。零細大名でしたか」
「零細ってつけるな。企業か」
こんのすけは思い出す。そもそもこの審神者が採用されたのが、彼の家の本家が大名だったことに起因する。
本家は小さいながら大名だった。しかし小さいゆえに明治維新後に容易く没落。早くに商売をはじめていた分家が台頭した。よくある話だ。この審神者はその分家の生まれだが、折しも歴史遡航軍との戦いがはじまり、政府は少しでも刀やその由緒に関係ある者から審神者を募った――結果として、一応は大名の子孫に当たる彼が、神に好かれる巫覡の血筋でもあるということで採用されたのだ。審神者はいう。
「日本史なら俺も関心があるし入りたいんだよ。歴史遡航軍と戦っている以上切っても切り離せない話だし。ね、お願いこんのすけ」
「構いませんがね……まったく、なんであなたを拘束してるんでしょうね政府は」
「えっ、こんのすけは知らないの」
目を瞠る。こんのすけは気まずそうに肯いた。
「ええ。私は上の者からあなたを出すなといわれているだけで」
「ふうん……どうせろくでもない理由だろうけど、任務が終わったら出してもらいたいもんだ」
「主ー! やっとうの稽古の時間ぜよー!」
「わかったー直ぐ行く! そういうわけで明日早速行ってくるから」
そういって審神者は服を着替えにこんのすけの前から辞した。
そのときはこれで終わると思っていたのだ。
「元気そうだな」
日本史会議。そう声を掛けられたのは、他の者と伊達政宗の撫で切りについて話していたときだった。
「ええと、失礼ですがどなたでしたっけ」
話しかけてきたのは面布の人物だ。山姥切を伴っている。それだけなら珍しくもないが、声は高くもなく低くもなく、それだけで性別の区別がとんとつかない。他の者との討論を終えて加州と茶を飲んでいたとき、その人物はどこか親しげに話しかけてきた。審神者は困惑して尋ね返したのだが、その人物は困ったようにいう。
「覚えていないか。この間の事件でも会ったぞ」
「この間……どの事件でしょう」
かえってわからなくなってしまった。審神者はブラック本丸の摘発や捜査のために政府から呼びかけられることが何度かあった。そのときは例外はあったものの、汚れ仕事を平気で請け負う長谷部を伴っていたから加州には尋ねようがない。長谷部を連れてくればよかったと内心で思っていると、その人物はいった。
「三日月宗近に憑依された事件だ」
「――え、そのときにお世話になったんですか」
加州の顔がやや強張る。当時のことを思い出してのことだろう。審神者もいわれて思い出した。
初期の頃だ。巫覡の血筋が活性し、付喪神たる三日月を、刀剣男士としてではなくそのまま体に憑依させてしまった。それもヒトの形に顕現したあとでそれを取り込む形に。審神者の目に三日月が宿っていくのを見て大層焦ったとのちに聞いた――なにせこのときのことは、活性化を抑え込むために記憶ごと丸まる忘却処理されてしまったのだ。おかげで数ヶ月前にはいなかった刀剣男士がいるという事態に陥ったが現在はその補填もできている。喉元過ぎれば熱さを忘れる。正直な話忘れていた。しかし加州にとっては今なお忘れがたいトラウマだったようだ。やや青ざめる加州を宥めていると面布の人物は小さく謝った。
「そういえばあのとき、お前……あなたは寝ていたな」
「すいません。お世話になったようですが。……ここにいるということは審神者の方なんでしょうが、術師でいらっしゃる」
「術師には違いない。しかしあなたを助けたのは別の者だ」
「……?」
首を傾げる。はて、そういわれるとどういう処置を施されたのか審神者にはわからなかった。
推定されるのは自分の体から三日月を引っ剥がした者。それと記憶の処理を行ったものだろうか。
それにその人物は、口があるだろう場所に手を寄せた。
「……そちらの三日月には知らせたんだが」
「え」
「ひとまず、自分がした処置は記憶処理だ。引っ剥がしたのは他の者だ」
「それはどういう」
「……喋りすぎたな。また今度、会うことがあれば。行くぞ」
「……ああ」
それまでひと言も喋らなかった山姥切が、返事だけをして立ち去る人物に追従した。
置いて行かれた審神者と加州は、顔を見合わせた。
ひとまずわかったのは、三日月が何かを黙秘しているらしいということだ。
三日月はとうとうこの日が来たか、と悟った。
「そういうことがあったんだけど。三日月、面布をした性別のよくわからない術師の人に覚えはない」
「あるぞ」
帰ってきて早々、審神者は加州を伴い三日月の元を訪ねてきた。そのとき丁度部屋でひとり座っていた三日月は、訪ねてきた主たちを歓迎しながら、その言葉に肯いた。そして文箱を取り寄せてくる。
それを手元に置きながら三日月はいった。意図して、ゆっくりとした口調だった。
「たしかに、その者には世話になった。……お前のことも知れた。お前が必要以上にしっかりと審神者という仕事を務める原因も察しがついた」
「――にっかりから調べてるとは聞いたけど、将にどんぴしゃの記事を持ってきたね」
「なに、それ」
文箱の中にあったのは切り抜きのコピーだ。「22世紀末の青髭事件」と題されている。それを受け取る加州は、次第に顔色を悪くしていった。会議でも同じような顔色をしていた。倒れこそしないだろうが凄惨な事件だ。三日月はいう。
「医療施設での児童虐待事件。ひと言でいえばそうなるんだな。虐待の内容については触れていないが……主の日記帳の中で1年だけ抜け落ちているものがある。それがこの事件の起きていた期間と丁度合致した。――主。この記事の『被害者の日記帳が重要証拠になった』とある。有名だそうだ。これは主のことだな」
「そう。……それにしてもよく調べたね。たしかにあの年の大きい事件っていえばこの事件だけど」
無表情で嘆息する。加州は息を飲んだ。――以前、裁判所に出頭したときに護衛についたのは加州だった。そのときのことを思い出したのだろう――将にこの事件の証人として出たのだから。三日月は淡々と尋ねる。
「病弱な主なら医療現場に関わった事件だろうと安直に推測しただけのことだ。――憶測だが、主。主がその年に見合わず何もかも大局を見るのはこの事件が契機か」
「だろうね。自分でも意図せずそうなったって気がする。……政府の関係者なら把握してることだよ。特に隠してたつもりはない。――お前に何かしら教えたっていうなら、あの人は政府の中でも重鎮だったのかな」
「それは知らん。――主。その上で問う。主」
三日月は、欠けた月の灯った目を審神者に向けた。審神者も、加州に見守られながらそれを静かに受け取った。
「俺が今から口にすることは、そうやって大きな事件に関わった主に、再び大きな事件に関わらせることになる。今のお前ならば受け止められるとは思うが――それでも構わないか」
「ああ」
審神者は肯いた。
「お前にそんな顔をさせるような事実を、仮にも主の俺が受け止めない訳にいかないだろう。――あの日、何があった」
あぁ、この少年は強くなった。三日月は眼を細める。最初の頃に比べて、心身共に強くなった。
あの術者が心配していたのは、将に彼が幼く弱い、それも一度は傷付ききった子どもだったことだ。それがこれだけ強くなった。ならば、政府の闇にも立ち向かえるだろう。自分たちもだ。
「主。お前が審神者になった最大の理由は、弟の学費を含んだ彼の将来のためだったな」
「そうだよ。何で今弟の話をするの」
目を瞬く彼は何も知らない。三日月は憐れみをこめた。
「会ったんだ」
「は」
「彼は、審神者をやっていた。――記憶を操作され……兄のことも忘れさせられていた」
このときの審神者の顔を、三日月と加州は一生忘れないだろう。
「主。どこに行くんだ」
御手杵が見咎めたのは、刀を持った審神者の姿だ。彼が本丸の門、ゲートの前に立っていた。苛立たしげに仁王立ちしている。手合わせを終えた彼が審神者に歩み寄ると、審神者が持っているのは真剣ではなく愛用の模擬刀であることに気付いた。真剣は持っていない。ただし殴るぐらいはできる。本物の重さを再現して刃だけ潰してあるのが模擬刀だ。稽古のときに使っている様を見たことがあるが、この怒気を漲らせている審神者はこれを持ってどこに行こうというのか。肩を掴めば振り払われる。
「止めないで、御手杵」
「止めるもなにも、あんたがどうしたいのか知りたいから聞いてるんだぞ」
「……政府に殴り込みに行く」
穏やかではない答えが返ってきて御手杵は目を瞠る。審神者は鞘を握りしめた。政府に行くといっているのに面布をつけていないあたり、相当に怒りに燃えているようだ。それの理由はわからなかった。自分がどれだけ傷付いても、それについては怒らないことは今まで接してきた中でいやが上にも知らされてきたことだ。きっとこの怒りも自分のことではないだろう――御手杵は尋ねた。
「政府に何を聞きたいんだ」
「弟が審神者をやらされている。しかも洗脳されて。――嘘か誠かわからない。ただ、聞きに行く必要はある。本当に弟は実家にいるかどうかをな」
「こんのすけに聞いたか」
尋ねると、審神者はゆっくり振り返った。その顔には思っても見なかった、と書かれている。それに御手杵はやっととりつく島が見えた。
「まずはこんのすけだろ。あいつが知っているか知らないか、それだけでも違うだろ。それにあいつがいなきゃ政府へは行けないだろ。忘れてたのか」
「……頭が煮えてた。有難う御手杵。それじゃあ」
「それと、殴り込みに行くなら俺も連れて行け」
今度こそ審神者はぎょっとした。彼の横を通り過ぎようとして足を止める。見上げてくる審神者の顔は幼い。とてもではないが、修羅を背負うには若すぎた。
それは自分たちの役目だ。
「あんたひとりで行くつもりだったのか。いえよ。俺以外にも声を掛ければ一緒に来てくれる連中がいるだろ」
「でもこれは、俺の家の話で」
「こういうときなんていうんだっけ。『水くさい』ぞ」
「そうですよ主! そんな楽しそうなことを独り占めするなんてずるいです!」
「いたのかお前」
御手杵の背後。手合わせ相手だった鯰尾がひょっこりと顔を出す。その声につられるように他の刀剣男士もちらほらとこちらを見てきた。審神者は苦笑した。
「楽しい訳じゃないし、殴り込みとはいったけど飽くまで『話を聞く』ために行くつもりなんだけどね」
「模擬刀とはいえ日本刀を持って行って『話し合い』ですか」
「ぐうの音も出ないね」
「……話は見えないが、主がどこかに行くなら、守るのが俺たちだ」
鯰尾の方へ骨喰が歩いてくる。彼らを見て審神者は遠い目をする。
歴史を守るためだけに刃を振るわせるつもりだった。しかし彼らがそうしたいというのなら、自分に止めることはできないだろう。
それぐらいなら自身が彼らの行動の責任を取ろう。
目を瞑って、そして御手杵にいった。
「そうだね。まずはこんのすけを問い質す。御手杵、ついてきて。それから大広間に人を集めておいて」
審神者は笑った。不敵な笑みだった。
「政府に殴り込みに行くのについてきてくれる奴を選抜するからな」
「おー!」
ターニングポイント
「主。あれはどういうことだったんだ」
少年の審神者が立ち去ったのち。山姥切は声を潜める。賑やかな集いの中、彼の主はいう。
「転換点だ」
「……?」
「あいつも自分も、人生の転換点に辿り着いただけのことだ」
Next......