連作
「消えた記憶の、裏【男審神者+三日月】」(https://novel.syosetu.org/85876/4.html)←ここで出た別の審神者が出ます
「書架の隙間【男審神者+三日月】」(https://novel.syosetu.org/85876/5.html)
「Who is this?【男審神者+御手杵】」(https://novel.syosetu.org/85876/11.html)
「What are ■■ ■■■■■■ made of?」(https://novel.syosetu.org/85876/21.html)
「心ある刃物【男審神者+御手杵】」(https://novel.syosetu.org/85876/44.html)
「ターニングポイント」(https://novel.syosetu.org/85876/45.html)
弟
「刀剣の苦労、主知らず【ショタ審神者+三日月&山姥切】」(https://novel.syosetu.org/85874/3.html)
穏やかな昼下がりの午後。執務室。襖も障子もかっちりと閉めきられたそこで、御手杵が正座で座す。差し向かいに審神者がいた。彼は一文字に引き結んでいた口を開く。
「それでは御手杵。心して受け取ってくれ」
「おう」
返す御手杵もやや緊張した面持ちだった。今からすることを考えれば当然だろう――審神者は政府に殴り込みに行くつもりだ。しかしまずは政府に迎え入れられる口実が必要だった。そのために彼は手段を選ばなかった。誰も犠牲にしない方法を採った。ただ自分以外は。
審神者は口を開く。
「俺の真名は■■■■■。そして俺の――」
外は静かだった。縁側では三日月が正座をして事態を見守っていた。
その部隊で嘗てと同じ事件が発生したと通報を受けたのは、「彼」の本丸だった。とはいっても当の審神者は覚えていない。ここのこんのすけ――をアバターとした年老いた役人――が記憶を操作しているからだ。
だから彼はまるで今回がはじめてというように、幼い審神者を連れ出した。
「あなた様はお名前を以て呼び出すだけでいいのです」
「なんていう名前なの」
「――着いたらお教えしますね」
「おい。主に無茶をさせるなよ」
近侍の山姥切がいい、付き添いの三日月が重々しく肯く。こんのすけは黙って、耳まで裂けた口で笑うだけだった。
そう、このときは笑っていられたのだ。
嘗てと同じ事件。それは三日月宗近が審神者に憑依・一体化するというもの。体を構築していたエーテル体が解け、付喪神としての魂が審神者の体に癒着する。彼がはじめてこの事件に遭ってから他の本丸でも数例報告されていたものだ。巫覡の素養があれば神降ろしができる。それゆえ付喪神は、エーテル体という仮初めの体よりも肉の器を好むのだ。特に刀剣男士の本体である武器を素手で触っていればいるほどそうなる確率が上がる。
ゆえに、この本丸の審神者は十二分に気を付けていたはずだ。なにせ以前は呼び水にならないように癒着した記憶ごと数ヶ月分を消去処理されたほどだ。それが再び三日月宗近と癒着してしまった――厳重注意で済むか。
名を告げた途端、再び兄のことを思い出し動揺したこの幼い審神者を三日月が宥める。普段はこんのすけのアバターを借りている役人は無感動に見下ろす。そして目元に手をやった。
この義眼は「神々の義眼」と呼ばれるものだと知ったのは、若い頃にこの目を買われて政府に入ってからだ。以降、自分は目を戻すこともできず政府に仕え続けた。理由はあったし自分にはこの目のありとあらゆる方法を学ぶことができた。そして今、この目は洗脳の域にまで達している。目を合わせた者に偽の記憶を流し込む。そうすれば大将は意のままに操れた。――今だってそうだ。若い頃。特異な「目」を与えられ、姉からは「目」を奪われた。それがずっと足枷だった。しかし、その姉は3年前に亡くなった。自分を縛るものは何もない。
(この審神者は、審神者の素養がとんでもなく高い。逃がす訳にはいかないんだ)
自分で決めた言葉を反芻する。そしてその胃を新たにして、待合室に踏み込んだ。審神者と山姥切たちを連れて。
そこには、予め記憶を処理するための術師の審神者が控えていた。面布をして顔色はわからない。どちらにしろいるのは予定通りだ――ただし、それにプラスして5人の刀剣男士がいた。動揺した。
顔を上げたのは鶴丸だ。紫の袋に包まれた長いものを抱えている。政府の金属探知機を抜けただろうか不審なものではないだろう。こちらを見て立ち上がると、親しげに歩み寄ってくる。
「やあやあ、よく来てくれた。まぁ座ってくれといいたいところだが、そっちの坊ちゃんが俺たちの主と三日月を助けてくれるんだよな」
「あ……えっと……」
「そうでございます。今のところこの方以上に
「やっぱり」
「え」
「いやあ、三日月――ああこっちのな。今ウチの主に憑依しちまってる方。そいつがごく幼い審神者だったといっていたからな。そんなのをわざわざ連れてくるってことは彼以上のはいないんだろうなと」
「ああ……そうです。それでは皆様、こちらでお待ちください。術師の方、待機していてください」
「……わかった」
相変わらず高くも低くもない声で返事をする。面布越しにややくぐもっていた。そして幼い審神者を連れて行こうとすると、三日月が睨んで手をふりほどかせる。
「あなたの手を煩わせない。主は俺が連れて行こう」
「……それでは私はこちらで待っていますね」
逃げるなどとは考えていない。どこに逃げる。実家はこの子どもが人道的に扱われていると思っている。迎えは来ない。
今政府に関わっている中でただひとりの兄は、今は三日月をその身に降ろしている。そして一度剥がされても、中々起きないのが常だ。その間に弟の審神者を連れて行くには十分だ。
そのはずだった。
今、思い出した。自分には兄がいた。家族もいた。自分の意思とはいえ、今までそれらを忘れさせられていたのを思い知る。
「主。大丈夫か」
「……うん。でも三日月、手を握ってて」
「あいわかった」
労る声が降ってくる。自称じじいといって憚らないこの刀が、本物の祖父であったら。洗脳されていた間も考えていたことだ。今は切に願っている。
病弱な兄を支えるために、少しでも足しになれば願った。こうして兄を助けることは本望だ。それなのに、また自分は忘れさせられるのか。それがかなしくて辛かった。審神者に戻るには、辛いこともかなしいことも忘れさせられる。いっそそれは優しさかも知れないけれど、それは――
「■■■■が告げる。■■■■■が三条派太刀、『三日月宗近』。『ここ』に」
刀掛けに三日月宗近の本体がある。それが寝台で横たわる少年から、まるで気体が抜け出しヒトの姿を形作った。
それが完全に形を成したとき、こちらの三日月が揺れた。顔を見上げる。彼は腰のものに手を掛けていた。
見れば。向こうの三日月は刀掛けの本体に手を伸ばしている。迅速な動きだった。あわや、自分たちが何をしたというのか。驚いていると――その三日月はもっと驚く行動に出た。
「御手杵!! 終わったぞ!!」
突然。耳を塞ぎたくなる大声を出した。――声を出す方角は、扉の向こう。控え室がある方だ。
(そういえば御手杵もいた)
ショックを受けていて俯いていたが、その場にいた面子は覚えている。御手杵、加州、長谷部、同田貫、鶴丸。やや偏った編成だったのが気になった。それに、なぜそんなにいたのだろう。近侍一振りで充分だったはずだ。
その意味を知るのはこの次の瞬間だった。向こうから扉が乱暴に開かれる音がする。それにつられ男の悲鳴が聞こえた――聞き覚えがある。あれでは他の職員が来るだろう――
(ひょっとして、むしろそれが狙いか)
その考えに至ったのは、幼いながらこの兄の弟だったからだろう。
扉が開かれる。鶴丸があの役人を下敷きにしていたが、暴れていた。その上から御手杵の声が劈いた。
「御手杵が告げる。真名は■■■■■、諱はⅨ∃Πσⅱ∥ζ傚Ν㏄。起きろ!!」
――真名はおろか諱も預けた!?
途端、兄が飛び起きた。鶴丸が長い包みをあちらの三日月に向けて投げる。紫の包みからそれを取り出す。
日本刀だ。銘は不明だ。しかし付喪神が憑いている様子はない――それは、兄に投げ渡された。
飛び起きて素足のまま、扉の方へ駆け寄る。雪崩れ込んでこの部屋の中。御手杵が槍を顕現させる。暴れる役人の顔の横に突き立てた。そこでようやく動きが止まる。
騒ぎを聞きつけたらしい。遠くから足音がした。ただひたすら呆然と、こちらの三日月にしがみついていた。どうやらこちらの三日月も同様だったらしい。見詰めていると――一体どれぐらいぶりだろう。どれだかれから時間が過ぎたのだろう。兄が、刀を抜いて、陽炎のように役人の前に立った。あとから聞けばそれは模擬刀だったらしいが、出来が良すぎて本物の鈍い光を放っていたし、何よりそのときの兄の様子があまりに鬼気迫るものがあった。他の3人の刀剣男士たちが囲む中、日本刀を片手にした兄は、いっそ優しい声音で尋ねた。
「これはうちのこんのすけにも聞いたことなんですがね。お役人さん――そちらのこんのすけ、といった方が宜しいか」
のどが鳴った。
「……実家で、元気に学校に通っているはずの弟が、なぜ、今、そこにいるんでしょう。俺はいいましたよね。政府と契約するとき。『弟に健やかに学校に通って過ごして欲しい』と」
床に、刃がぶつかった。
「これはどういう不始末か。弟の本丸でこんのすけを務めていたというあなたにお聞きしたいのですがね」
「――誰か! こっちだ早く!」
「何事ですか!?」
足音荒く人々が駆けつけてくる。スーツの職員たちはたしか銃を携帯していたと、幼いながら審神者は知っていた。鶴丸に締め上げられたままだった役人は老いぼれた声で怒鳴る。
「狼藉者だ! 刀剣男士が不逞を働いた。拘束しろ!」
「どちらが不逞の輩、――!?」
「視野混交(シャッフル)!」
「うわっ」
「なんっ……おええっ」
役人の目が青く光ったのを見た直後、体が傾ぐ。視野がごちゃ混ぜになる。これは何事か――まるで視界をシャッフルされたような。
鶴丸の目も同様だったらしい。彼の体から力が抜けたらしく、役人は御手杵の槍が刺さっていない方へと転がり出た。年の割に俊敏だ。しかし逃げる方向がまずかった――幼い、弟の方の審神者がいる方。彼自身ならまだよかった。
問題は事態を見て、自身も刃を向いた三日月がいたことだ。
「おい。退けお前ら」
「なっ、――!」
さらには出口の方から、駆けつけた黒スーツの男たちを掻き分けて来る慕わしい声がする。ボロ布を被った青年――山姥切だ。事態を見て彼も部屋から出てきたらしい。
ふと、あの部屋に今残っているのはあの術師だという審神者じゃないだろうか。幼い審神者はそう考えたが、直ぐに目の前の事態に意識が戻る。スーツの男たちも、駆けつけたはいいものの明らかに多勢に無勢だ。他の人手が来るにはさらに時間がかかるだろう。まして、今、兄が役人の首根っこを掴んだ。そして首元に刃を引き寄せる。
「ひっ……」
「悪いね。ちょっと今日ばかりは敬老精神に休暇を取ってもらっているんで」
「●●様!」
「へえ。●●っていうんだ。様付けされるような身分なら、今から俺がいうこともよくわかるはずだよな」
ひたひたと、冷たい刃が役人の老爺の首筋に当てられる。我が兄ながら悪党に堂が入りすぎている。駆けつけてきた他の職員たちが廊下に詰める。その中で兄はいった。
「審神者●●●●●●号、真名■■■■■が日本国憲法●条『国民は公的機関に調査を要求する権利がある』に基づき、真名■■■■の本丸、特に『こんのすけ』について第三者に調査を要求する!」
職員たちがざわめいた。役人の顔色が音を立てて青ざめた。
「こちらからも口添えしよう」
足音がした。静かな足音がいやに響く。
見ると、あの術師の審神者が、片手を上げてこちらを見ている。表情は読めなかったが、どこかすっきりした様子を見せている。
「自分も、職務以外にその役人にいわれてその子どもの記憶を消去するよう荷担させられた。その件についても調査請求をする」
「な――なぜだ! 今までそんなことをひと言も言ってこなかった癖に」
「いい加減うんざりしていたんだ」
術師は――見えた唇の形から女性だろうと審神者たちは判断した――、吐き捨てるようにいった。
「100年も政府に縫い止められている。いい加減好きなようにさせてもらおう。生憎ウチの刀剣男士も自分に従うといってくれているしな!」
術師が言った言葉は衝撃だった。しかし彼女の老成した雰囲気からその年輪を察し得たから、審神者たちは妙に納得してしまったのだ。
役人は、味方を失いがくりと項垂れた。
「……要求を認めよう」
「結局、三日月を憑依させたのも、政府に俺を呼び出させるための罠だったんだね」
「わざわざ兄弟を引き合わせるという危険を冒してまでってことを考えると、それが妥当だったからね。駄目だったら他にもいろいろ考えていたさ」
彼の「こんのすけ」は真っ黒だった。神々の義眼という特殊能力をフル活用して幼い審神者を非人道的に扱っていた――その調査のために、今は兄の元に弟の審神者は身を寄せている。傍には初期刀の山姥切と近侍の三日月を置いて。今彼らは、久方ぶりに兄弟水入らずで縁側で話す彼らを遠巻きに見ていた。食べている茶菓子は一緒だったが。縁側の端で茶菓子を食べている2振りが気になるらしい。弟の口にカボチャのマフィンを突っ込んだ。それを咀嚼すると兄はいった。
「そうだね。まず俺が買った呪いの書物を用意します」
「あっもう嫌な予感がするからいいや! 本当、俺が1発で来てよかったね」
「本当だ。……本当に、本当に悪かった。政府が俺以上に審神者の素養がある奴を放っておくはずがなかったんだ。迂闊に信じた俺がばかだったよ」
そういって弟の頭を撫でる。その手は短刀男士を撫でるときのように優しい。
あのあと、まずは鶴丸に予め刀は金属探知機に引っ掛からないのを利用して、審神者用の模擬刀を持ち込ませていたこと。それになにより政府内でテロ紛いのことをしたことと脅迫が、本丸お取り潰しになりかねない行為だった。しかしそうでもしないと、弟の審神者を助けられなかった――どうして連絡手段が断絶していた弟の本丸の内情を知り得たかも調査された――ことが、精々が審神者と刀剣男士全員の減俸で済んだ。元より高かったのだ。
尤も兄としてはまさかこんのすけ本人が黒幕だと思っていなかったが――なにせ自分たちの本丸のこんのすけが普通だった――ついこの間「なにを知っているか」と脅迫したのでいまだにやや怯えられているが――から、こんのすけから話を聞くにしても黒幕は他にいるかも知れないと考えていた。まさか中の人間があそこまでの老爺で、かつなにやら特殊な目を持っていたとは思いもしなかった。
次のこんのすけはもっとまともな者を寄越すという。そもそも自分が審神者になったことも政府の騙し討ちのようなものだからどこまで信用できるかわかったものではなかった。それでも信じないとはじまらない。審神者は弟を膝に抱えて思った。
弟がふと振り返る。
「そういえば! 兄ちゃん御手杵に真名どころか諱まで教えてたよね!? いいの!?」
「あー。だって作戦上俺をたたき起こすには1番の方法だったし」
諱はその者を縛る。この名を以て命じられたことには決して逆らえない。真名よりも質の悪いものだ。しかし兄は弟を膝に抱いたままのんびりという。
「大声でいってたから、人間は簡単に発音できないからいいとして……刀剣男士には知られちゃったな。まあ正式に諱を受け取ったのは御手杵だしいっかなって」
「いっかなって」
「俺はね、――」
兄がそれを言うと、弟は円らな目を瞠った。そういう兄の様子がとても凪いでいた。だから弟は安堵したのだ。
「よかった。兄ちゃん。嬉しそうだ」
「そうか。俺はお前が元気になってよかったよ」
その兄弟の様を、片端からは弟の三日月と山姥切が。もう片端から鶴丸と加州がにやにやと見ていた。ブラコンで何が悪い! と兄が騒ぐのは数分後だ。
「よかったのか、主。今更だけど、俺なんかに諱を教えて」
夜。弟を自室で寝かしつけたのち、厠に向かう途中で御手杵が待っていた。
そういう彼に、審神者はいった。
「将来、予備役に編入したらお前を近侍にしようかと考えてる。だからいいんだよ」
「へっ。俺を」
思ってもみなかったという顔だ。目を見開く。薄暗い中でも彼がとても驚いているのがわかった。
主要任務を終えたのち、本丸主体の生活を終えて現世に戻った者は、有事のために予備役として名簿に名を残す。それ以外では一般人と変わらぬ生活を送る。その際に本丸に残した部隊とそれを繋ぐゲートの役目をこなすのが近侍だ。生涯の主従関係、そして日常生活を送る以上真名を知られることを指すそれは諸刃の剣だ。ましてや諱を持つ者ならそれを知られる可能性もある。彼らの場合、その予約をしたようなものだった。寝間着姿のまま、審神者は狼狽える御手杵にいう。
「お前がいいなって思ったんだよ。色々あって。勿論清光や長谷部もいるけど、揉めに揉めたからお前とは一生主従関係を結んでいてもいいなって。お前の気持ちは聞いてないけどね。断られたらそれでいいとも思ってるよ」
「ちょっ……と吃驚した」
「だろうね。でも考えておいて」
そういう彼は、これまでにないほどに穏やかに微笑んでいた。それを見て御手杵は、混乱しながらも、思う。
彼の人生は嵐のようだ。聞いただけでは、自分には理解できないものもある。入院したまま審神者になったというから、彼が心穏やかであるかわからなかった。しかし、こうして事件を解決して、彼は、一皮脱げたように見えた。
それが御手杵にも嬉しかった。
「そうだな。前向きに考えておくよ」
彼の名は
「結局戻ってきたのか」
その審神者が政府から本丸に戻ってくると、近侍の山姥切は嘆息した。彼ないし彼女は首を傾げる。
「戻ってこないと思ったのか」
「前にいっただろう。『辞めたい』と」
「あぁ……そうだったな」
いって面布の脇から頬を掻く。見える本丸の空は以前より広く見えた。
「安心しろ。少しだけ胸が空く思いをしてきたところだ。少なくともこの戦いが終わるまでは政府にいてやるつもりだ」
「そうか」
返す言葉は素っ気ない。しかし安堵が含まれているのを審神者は感じた。
問題はすべて解決した訳ではない。これからも辛いことはあるだろう。それでも、生きていける気がした。
End.