※銃火器の描写についてはいい加減です。つっこまないでいただけると幸い……
pixivからの転載
その長谷部は、主の前で背を屈めた。主が持つ紙袋を取り上げる。
「荷物は俺が持ちましょう。主の手は煩わせません」
そういって紙袋を左手に持ち、主と共に出て行った。
――それを横目に見ていた自身は、自分の長谷部の背中をばんばんと叩いた。煩わしそうに眉間を顰めたが、構うものか。大声でいう。
「あれ! 俺もあれがいい! 長谷部、あんな風にいってみてよ!」
すると彼は審神者を一瞥して、背筋を正したのち、にっこりと笑んだ。
「……ははっ」
渾身の嘲笑だった。
「ただいまー! 清光ー! 御手杵ー! 聞いてよ長谷部がひどいんだよー!!」
「お帰り、主。どうせ主が何かやらかしたんでしょ」
「だよなぁ」
「2人ともひどい!!」
「主。手洗いとうがいをしてくださいね。俺は荷物を執務室に置いておきますから」
本丸。帰還して早々に怒鳴る審神者に近侍と部隊長の反応は冷たい。縋る審神者の背後を、万屋への買い物に付き添っていた長谷部は荷物を片手に素通りしていった。玄関に出てきた加州と御手杵はやれやれと頭を振った。
「ほら。長谷部の言う通り。まずは手洗いとうがいしよっか」
「するけども俺の話も聞いてね!?」
「それで主は今度は何をして長谷部を怒らせたんだぁ?」
「今日は怒らせてないよ! 今日は!」
彼らに付き添われながら水場へ向かう。審神者はぽこぽこと怒った。
「余所の長谷部が余所の審神者さんに忠臣ぶりを見せてたからさ、真似してっていったら『真似したくなるような主になってください』って!」
「それは長谷部が正しい」
「主はあんまり主君って感じじゃないよな~良くも悪くも」
「2人してひどい!」
「だって主、特に長谷部に対しては悪戯し放題じゃん」
水場に辿り着くと、手を洗う審神者に加州は頭を振った。
審神者は悪戯坊主である。鶴丸が着任する以前からそうだった。そもそもは侵入者対策と銘打っていたブービートラップは数知れず――そして主に引っ掛かるのは、トラップの発動対象の「脇差以上の体格で単独行動をしている刀剣(敵ならば短刀ならば大した脅威ではなく、単体ならば複数より隠密性が高いのでそれこそ捕らえる必要があるから)」の長谷部だった。ここの彼は大倶利伽羅以上になれ合いを好まない質だった。今でこそ博多や黒田組と共に行動することが増えたが、それ以前はトラップが発動すれば長谷部が被害者というのが毎度だった。彼を狙ってのことではないとは審神者の言だがだからといってトラップを控えることはない。
堪忍袋も摩耗する。具体的にいつキレたのかは周りには定かでない。いつしか審神者が鶴丸と共に長谷部と鬼ごっこを演じる姿が日常となった。そうでなくとも、どうやら世の長谷部よりもここの長谷部は審神者にぞんざいらしいというのがこの本丸で周知されるところだった。
それでもなお審神者はいう。うがいを終えてコップ片手に。
「前にもいったけど長谷部を狙い撃ちしてのことじゃないし! それにしたって長谷部はさ、『何をちんたらしてるんですか、持てないんならさっさと荷物を寄越しなさい』とかっていうんだよ! 言い方!!」
「結局持ってくれたことには違いないじゃん」
「長谷部はいい奴だなー」
「長谷部がいい奴のはよく知ってるさ! じゃなきゃとっくに膾に叩かれてるよ」
「わかってるならトラップ作りを控えれば」
「それは防犯上むり」
コップを置いた審神者は頭を振った。加州は嘆息する。自分たちに対しては比較的真っ当で寧ろ分別のありすぎるのに、長谷部に対しては妙に遠慮のない主だ。
(あるいは普段しっかりしてる分、もっとしっかりしてる長谷部に甘えてんのかな)
「主。まだここにいたんですか」
廊下を歩いていた先で、縁側の向こうから長谷部が駆け寄ってきた。足元にはこんのすけがいる。長谷部は書類を片手に言った。
「政府から違法本丸摘発の協力要請です」
「いつものか」
「いつものです。御手杵、部隊の面子に話を通しておいてくれ」
「お願いね御手杵。清光は長谷部と一緒にひとまず話を聞こうか」
審神者は長谷部や加州と共に執務室へと向かう。長谷部が元来た道へと引き返して2人を先導するのを見送り、御手杵は思った。
「仲良いよなぁ」
所謂ブラック本丸。その中でも23世紀時点での違法に抵触する行為が確認された本丸は優先して摘発の対象になる。本丸という閉鎖空間と大量の男手という特殊性から組織犯罪が発生しやすい。違法薬物の製造、人身売買、違法ビデオの撮影――原則として現代の刑法が成立する以前に座標を置かれている本丸は通常の警察では取り締まれない。ゆえに自治が必要だった。
「今回は武器密造・密売をしていた審神者の本丸の摘発だ」
「主。それはわかったんだけど、この着せられたボディスーツはなんだい」
いいながら小竜は、服の下に着込んだ黒いそれを引っ張る。今回が摘発任務初参加の彼は、政府の一室。他の本丸の刀剣男士たちがざわめく中で審神者に尋ねた。審神者もまた狩衣の下に同じものを着込んでいる。
「それは23世紀の某企業で開発された超高質ケブラー繊維製のボディーアーマー。さすがに大砲なんかを撃たれたら衝力で吹き飛んじゃうけど、ライフルとかぐらいだったら撃ち抜けない素材でできてるんだ」
「へぇ! そんな便利なものがあるならもっとみんなに支給してくれればいいのに」
「そうしたいのはやまやまらしいけど、高いらしいよ。今俺らに着せたのも飽くまでレンタルだからね。本来は特殊部隊のみに使われる代物らしいから。それにこれは防弾はするけど防刃性はないから」
「それで、今回の任務っていうのはあらましでまとめてくれない? 主」
鯰尾がポニーテールを揺らして尋ねる。話はされたはずだがどうやら今ひとつぴんと来ていなかったらしい――審神者は今回編成された面子――長谷部、堀川、加州、小竜、鯰尾、物吉の6振りを順繰りに一瞥してからいった。
「さっきもいった通り、これから向かう本丸は武器の製造を違法に行っていた部隊だ」
「はいはい。武器の製造って鍛刀とは違うの」
「いい質問だね清光。そもそも鍛刀や刀装作りという行為が銃火器製造に当たってしまう。でもそれを行う本丸の座標は、原則として銃刀法が成立する以前の時代に置かれている」
「つまり」
「銃火器を作って自分たちの戦で使うだけだったら、ぶっちゃけ黙認される事態だ。……帰っても作らないからね。それで彼の本丸で問題になったのは、審神者が外部勢力と繋がって製造した銃火器を密売している事実が確認されたからだ」
いって審神者はテーブルに手を突く。そこにはモニターがあり、絵図面が広がる。無駄に洋風の本丸らしく、吹き抜けの廊下、2階の天井にシャンデリアがあるのが窺えた。それを示しながら彼は彼らにいった。
「要はただの銃火器の製造が、外と繋がったことで『本丸を利用した犯罪』になったのが問題なんだ。俺たちは早急にこの本丸を取り締まらなきゃいけない。……が、例によってここも運営自体はホワイト本丸なんだ」
「自分の主を守るのに必死になりそうですね……だから今回はボディーアーマー着用になったんですね」
「政府の話じゃ戦場で刀装兵じゃない銃火器を使ってるって報告も上がってるからな。向こうの刀剣男士たちが銃火器を使って攻撃してくる可能性は高い。かといってこっちが慣れない銃火器で迎撃する訳にもいかないからひとまず体の保護ができるボディーアーマー着用で鎮圧に向かうことになった訳だ。盾兵が使える奴ばかりなのは頭部や手足の保護のため。そういうわけで、鯰尾。お前らがやるのは本丸裏手から入って執務室の鎮圧。正面から突入する部隊と合流する形になるな。審神者の確保が第1だ。わかったかな」
「りょうかーい」
「主。そろそろお時間のようです」
「おっし。それじゃお前ら行くぞ」
他の部隊が室外へと向かう。審神者が歩み出したところで長谷部がいう。
「主。……今回はいつもと勝手が違います。あなたは刀装を使えないんですから」
「おう? それはいつものことじゃん」
「……いいから、俺から離れないでくださいね」
嘆息する長谷部は、そういって審神者の頭を軽く叩いたのだ。
だからこの事態は考えていなかったのだ。
「主! 長谷部!!」
寸断された隊列。硝煙の匂いが立ち篭める屋内。吹き抜けの廊下を挟んで階段へ向かう途中で襲撃を受けた――ガトリング砲が廊下の突き当たりで構えられている。長谷部に庇われる形で頭を庇う審神者は舌打ちする。
「あんなものまで作ってたとは……本格的にマフィアの抗争向けに卸してたんだな」
「冷静に分析している場合じゃありませんよ――どうしますか」
「……お前もぼろぼろだ。清光たちにあのまま先行させて制圧を優先させる――清光! お前らはそのまま行け!」
「りょ……了解!」
「長谷部さん、主様をお願いしますね!」
そういって加州たちは階段の向こうへと消えていく――ここの執務室は2階にあると絵図面にはあった。場慣れしている加州に任せれば大丈夫だろう――そう考えたところで、長谷部が動いたのが見えた。襖の影。ガトリング砲が向こうの壁に孔を空け続けている。それに長谷部が刀を携えたのを見て審神者は慌てる。――長谷部の衣装は潜入してから浴びた銃撃で既にぼろぼろだ。内側のボディースーツが露呈している。たしかに着弾による怪我は防ぐ。しかし衝撃の痛みを防ぎきる訳ではない。実際審神者も何発か浴びたがその度に息が詰まるような衝撃を覚えた。それなのに――長谷部はどこに行く気か。胸の裡を読んだように長谷部はいった。
「あの砲撃をやめさせます」
「どうやって――まさか突っ込む気か!?」
「主。たとえここの審神者を拿捕しても、万が一攻勢をやめなかった場合はどうなります。弾切れを待つにしても、密売のために大量の武器を作っていた本丸です。どれだけ時間がかかるか」
「時間がかかっても消耗を待つ方が」
「それにこのままだと、俺たちが挟み撃ちになるかも知れません」
いわれて審神者は耳を澄ます。――別の方角から銃撃の音が近付いてきていた。息を飲む審神者に長谷部は笑った。嘲笑に近かった。
「どちらにしろお互いにこのままじゃどん詰まりです――主。俺は気が短いんですよ」
「長谷部!」
砲撃が一瞬途切れた。瞬間、長谷部は廊下へ飛び出した。
慌てた声が聞こえた。再び砲撃がはじまる――しかし聞こえるのは、刀装盾兵が弾を弾く音。それに長谷部の淀みなく走り続ける音――床を、壁を蹴る音がした。慌てて廊下を覗く。
審神者が見たのは、吹き抜けの天井――そこまで飛び上がった長谷部が、シャンデリアの釣り具を叩ききるところ。
砲手がさすがの素早さで慌てて避ける。シャンデリアは砲撃を放っていたガトリング砲の真上に落ちてガラスを飛散させた。
着地した長谷部は満足そうにこちらを見ていた。そして――肋骨を押さえた。
「そりゃあれだけ砲撃を浴びたら、いくら頑丈な刀剣男士でも骨に罅が入るよ!」
「はは。見栄えを優先しました」
「ばかだろ! 他にも優先することがあるだろ!」
政府の手入れ部屋。今回の摘発で負傷した刀剣男士が手入れを受けている。特に今回目立ったのは銃砲を浴びての骨折(罅)だったらしく、手入れ部屋にやって来た長谷部のように腕や足をおさえている者が散見された――それにしてもと審神者はいう。
「だいたいいくら盾兵が頭や掌を守ってくれたとはいえ、真正面からつっこむなんて――」
「あれぐらい派手にやれば俺の方に目が向くでしょう」
途端、長谷部の言葉に怪訝そうに眉を顰める。長谷部は、横たわった寝台の上で不敵に笑う。
「ああして敵の注意を引けば、万が一俺が折れたとしてもあなたは逃げられたでしょう」
「――」
「俺が主に唯一望むのは、どう足掻いてでも生き延びることなんですから」
「……それでも。次は俺の言葉を聞けよ。一緒に逃げて、相手の消耗を待った方がよかったんだからな。今回は」
「はは。善処します」
今度の笑みは、穏やかなものだった。
水しぶきの音がした。
「あーるーじー! 鶴丸ー!!」
同時に鞘走る音がする。足音が複数。それを聞くと今日も本丸は平和だと加州は実感する。御手杵が洗濯籠を持って通りかかったとき、箒を片手に持つ加州は御手杵にいった。
「長谷部と主ってさ。結局あの関係に落ち着いちゃってるよな」
「俺。2人の関係に似たアニメを観たことがある」
御手杵はいった。
「トム●ジェリー」
「伏せ字の意味があまりないよ」
どっちが猫でどっちが鼠かは2人とも敢えて明言しなかった。
了