黄昏時。執務室の障子が不意に開いた。
「Trick and Treat!」
「えっ」
審神者は文机の前。書類を前にして彼を見た。縁側に立つ緑の長身。頭には茶色い獣の耳をつけている――御手杵。審神者は溜息を吐いた。
「御手杵。お前はお菓子をあげる方だろ。見た目年齢的に」
「俺だってお菓子喰いたい、っつったら乱たちがつけてくれたんだよ」
そういって御手杵は自らの頭の獣の耳をつまむ。三角のそれは、チープそうながらふわふわとしていた。審神者はボールペンを片手にカレンダーを見る。10月31日。万聖節だ。この本丸でもTVの影響でハロウィンの風習が定着していた。数日前から吸血鬼や魔女、悪魔や透明人間、ゾンビなどの仮装に勤しむ短刀たちを見かけたものだ――その中で御手杵同様、見た目が年長の刀剣も仮装の準備に加わっていたことを思い出す。執務室から出ずに過ごしていた審神者は、この日最初に見た仮装に息を吐く。御手杵はしゃがんでいた。
「それって犬耳? 狼男なのそれ。頭だけってのが雑な仮装だね」
「俺が全身仮装するってなると身長の分大変だからなぁ。ところで主は仮装しないのか」
「俺は主人としてお菓子をあげる側なんだよ」
いって、審神者は脇に置いていた籠を引っ張り出す。それに目を輝かせにじり寄ってくる御手杵に、審神者はそれを渡した。
「はい。仁●のど飴」
「のど飴って」
「飴だからお菓子だろ。……冗談だって。最近冷えてきたからのど飴は常備してるんだよ。ほれ、トリート」
そういって差し出す菓子は個包装のマシュマロのようだった。ひとつひとつにお化けや黒猫がオレンジ色や紫色で印刷されている。不思議そうに手に取る御手杵に、審神者は同じものを手に取り開封してみせる。
「食べてみればわかるよ。ほら」
「むぐ。――お。中にチョコが入ってるんだな」
「チョコ入りマシュマロだよ。それで勘弁してね」
「……それはいいんだけどな、主。その籠の大量のチョコ入りマシュマロはなんだ」
そういって御手杵は指し示す。審神者の傍ら――そこにあった籠は、背負えるほどの大きさだった。中には御手杵に与えたものと同じチョコ入りマシュマロが大量に入っている。再びボールペンを持つ審神者は腕を組む。
「そりゃ今日はハロウィンだもの。それとも手作り菓子がよかったって? そういうのはうちには小豆はいないから燭台切か歌仙に早いうちに頼みなさい。数には限りがあるから」
「もうもらった。というかそういうことじゃなくて」
「考えても見ろ。お前まで来るとは思ってなかったけど、この部隊に何振り刀剣がいると思ってる」
いわれて御手杵は思い出す。
「50振りは越したなぁ」
「それの全員分ってなったらこれぐらいじゃないと足らないよ」
「しかしよく用意できたな。こんな量」
「ああ、審神者向け通販に配布用お菓子って売られてたんだよね。いい商売してるよ。それじゃそろそろ他の短刀も来るだろうし俺も仕事があるから」
いって審神者は、籠を寄せると再びボールペンを持とうとする。それに御手杵は何やら口籠もる。審神者はそれを見咎めた。
「何かな。他に用事でもあったかな」
「……主。俺、来たときいったよな」
「おう?」
そういって、御手杵は審神者の腕を掴む。
「『Trick "and" Traet』って」
腕を引っ張った。唇が掠める。
口の端に。
「――」
「驚いたか?」
腕を放される。そういって笑う御手杵はだれかの口まねをする。審神者は数秒固まってのち、叫んだ。
「悪霊退散!」
――審神者の部屋を訪ねに行ったある短刀男士曰く、ハロウィンの日暮れに執務室から追い出される御手杵の姿が見られたという。
部屋を訪ねると、審神者はボールペンを片手に肩で息をしていた。
「どうしたんですか、主君」
「……手抜きの狼男にしてやられただけ!」
そういって審神者は詳細を語ろうとしなかったのだった。
Trick and Treat!