※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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※似非土佐弁 ある日の審神者の私室の夜。法や裁判制度などの細かい事については現代から200年ぐらいあとの話だからちょっと違っているかも知れませんと言い訳しておきます……しつこくこのあとも続きます あと作中の弁護士さんのモデルに気付いてくれた方は握手
▼前作の話から続いてます。三日月が審神者の謎に迫っていきます。尚、作中の和歌については百人一首のどれかがそうだった筈なんですが、資料(ドラ●もんの百人一首漫画)がどこかにいったのでちょっとわかりません。多分ググれば出て来るかも。
▼どうでもいい余談ですが、正座っていうのは江戸時代以降に広まったものだそうで。それまで(安土桃山時代以前)は、女性だろうと正式な場だろうと、あぐらが普通だったそうです。とすると、打たれた時期によって、刀剣男士の畏まった時の座り方って違うんじゃないかな……長谷部なんて意外に古いし、あんなに礼儀正しいのに主の前でもあぐらだと萌えます。本人が意識してないと尚萌えます。一期兄さんもあぐら派かなぁ……

あと明治維新前、ひらがなが教育制度の成立によって統一される前の刀剣男士達に現代のひらがなの使い方は通じるのかなと時々思います文系的に。ひらがな一文字とっても昔は幾通りも書き方があったから、昔の文字は辞書があっても解読不能……寧ろよく統一できたな明治の現場の人


書架の隙間【男審神者+三日月】

 いつだって、自分の手は汚さない。

 

 

 ヘッドセットをつける。向かうは卓袱台の上に展開される、ホログラムのモニターだ。そこに映る中年男性に向けて、審神者は顔を綻ばせた。

「お久しぶりです、先生。いつもお世話になってます」

『君こそ元気そうでよかった。前より顔色がよくなったようだね』

「ええ、お陰で風邪をひいても38度でおさまるようになりましたよ」

『あぁ、そっちは相変わらずなんだね』

「風邪ワクチンの被験者に名乗り出たいくらいですよ。23世紀でそういうのって報道出てますか」

『残念ながら、2205年のノーベル賞を受賞できる段階にはないようだよ。とにかく、少しでも健康になったようならよかった』

 それは彼らの挨拶だった。天候について交わす社交辞令のようなものだった。見る者が見れば「病院の待合室の年寄り同士の会話」を彷彿とさせただろうが、生憎とこの時に近くには誰もいない。

 いないはずだった。だが、「それ」に気付いた審神者は、俄に目の色を変える。それを見咎めたのは、モニター越しの男性だ。審神者の名を呼ぶ。だが、彼は聞こえていないかのように立ち上がった。素早く床の間に飛びつく。戻ってきた審神者は、卓袱台の縁に足をかけ――

「曲者オ!!」

「うぉわっ!?」

 槍の矛先で、天井の板を割った。即座に返ってきたのは幼い声だ。審神者のかけ声と、もうひとりの少年の声。両方をヘッドセットのマイクは拾っていた。ウェブカメラが映すのは、桜のように舞い落ちてくる細かな木片。それに、槍を引っ込めた審神者の姿だ。唖然と事の成り行きを男性が見守っていると、先に聞こえてきたのは、もうひとりの幼い声――天井から降ってきたものだ。抗議だ。

「おい大将、いきなり何すんだよ! びびっちまったじゃねーか! いきなり槍って!! 大将の私室の天井裏も探ってたのは悪かったけどよ」

「大丈夫だ、これは模造刀……模造槍? だから。大体、厚。お前なら避けるだろうと思って」

「そういう問題じゃねーよ! 大体、それ鍛錬用に本物と同じぐらいの重さに誂えて貰ったもんだろ! 掠ったら痛いどころじゃねーから!」

『おい、ちょっと、どうしたんだ』

「あ、先生。すいません、今ちょっと立て込んで……直ぐ済みますんで」

 天井から降ってくる声と、審神者の会話。それに頭を痛めつつも、男性は何とか声を絞り出す。そこで漸くモニター越しの彼の存在を思い出したらしい。審神者はそう告げると、マイクを遠ざけた。そして槍を壁に立てかけながら、天井に潜んでいた少年――厚に声をかけた。

「厚。それでどうしたの。今、私用で電話してるんだ。お前らの知らない人のプライバシーに関わる話だから、お前の用が済んだら暫くはこの部屋の周りから人払いしておいて欲しいんだけど」

「お、おぉ……五虎退の虎が1匹いなくなったって騒いでんだよ。いつもの食事の時間に戻ってこないって。だから探してやってたんだけど」

「……何だかんだで仲良いねえ」

 思わず遠い目になる。破けた、自身が破いた天井。そこから顔を覗かせる短髪の少年が、主に対しては真面目だが、意外に悪戯坊主で弟達を度々からかっている場面は何度か見かけた。度が過ぎれば窘めるものの、それもじゃれあいの一種と見なしていた。弟がかわいい気持ちは、かわいがり方こそ違えどよくわかる。年こそ離れているが、自身にも弟がいる。その弟が本気で困っていれば迷いなく手助けをするだろう。もし、第三者に何かされれば――連なりそうになった「悪い想像」を振り払いながら、「薬研に相談したか」と、現在の本丸では藤四郎兄弟最年長の名を呼ぶ。目を瞬く厚に、審神者は苦笑した。

「あいつなら、漢方薬のひとつとしてマタタビを持っててもおかしくない。マタタビもリューマチや神経痛なんかに効能があるからね。いそうな場所にマタタビを撒いて歩きなさい。それでも駄目なら飼い猫がいなくなった時のおまじないでも教えてあげるから。いなくなった飼い猫を呼び寄せるっていう和歌を貼るとか、主人の着ていた服とお気に入りのオモチャと餌を置いておくとかね」

「おぉ、ありがとな大将。でも虎にマタタビって効くのか。それに和歌はともかく、後者のまじないはなんだ」

「200年ぐらい前のテレビ番組の実験で、大の獅子がマタタビででろんでろんになってたってのがあったよ。だから同じネコ科の虎にも効くんじゃないかな。それと後者のまじないは外つ国のものだよ。それじゃ厚、そういう訳でここを通ってっていいから薬研に相談にいきなさい。和歌は三日月にでも頼みなさいね、あのじいさんなら多分知ってるし書いてくれるから」

「おぅ……?」

 困惑顔で首を傾げながらも、厚の行動は素早い。審神者が避けると、厚は音もなく天井から飛び降りてきた。そして何度か振り向きながらも、障子を閉めて廊下を歩いていった。誰かに「主が暫くこの辺に来るなって」と声をかけるのが聞こえたのち、今度こそ、誰もいなくなった。疲れた様子で穴の空いた天井を見上げると、マイクを引き上げた。卓袱台の前に座る。そこには、苦虫を噛み潰した男性の姿があった。それに待たせすぎたか、と審神者は反省しながら頭を下げる。

「お待たせしてすいません、先生。ここも大所帯でして。職場兼自宅なもんで」

『……私がいいたいのは、そこではないですよ』

 溜息混じりに、モニター越しの男性は頭を振った。中年、とは称しているが、ひいき目に見ても30代にしか見えない彼の若さの一因は、毛根が微塵も痩せていない事だ。黒髪が揺れるのを、モニター越しに見た。

『他人のプライバシーじゃない。君のプライバシーにも、深く関わる事だろう。どうしてそう、いつも自分を“除けて”考えるのかな。……一応、今は君の保護者代理を務めさせて貰ってる。あまり、君のその態度は看過し得ないよ』

「あらやだ。聞こえてましたか」

『音は遠ざかったけど、電源を消し忘れていたよ。次からは気を付けなさい』

「これは失敬。……家族は、元気にしていますか」

 肩を竦めてから、尋ねる。本当は内心で、少しだけ怯えながら。はぐらかされたのに気付いただろうに、男性は溜息混じりに答えた。どこかに迷いが見えたのは、審神者の気のせいか。しかし、それに気付かせず、男性は答えた。

『申し訳ない、といっていたよ。合わせる顔がない、とね』

「まあ実際、政府は会わせてくれませんけどね。家族に。逃げないっていってんのに。金は貰ったんだから。店の方はどうです、繁盛してるとは訊いてますけど」

『……あぁ、月ごとに黒字の成績を上げていっているよ』

 物言いたげに、しかし結局それだけをいって、男性は続けた。

『いつか、この国も買い取る程に儲けてやる。そういっていたよ』

「俺の両親なら、そうでなくっちゃ。売られた甲斐がありませんよ』

 名を呼ばれる。窘めたのだろうか。しかし、審神者は首を振る。

「少なくとも、事情を知る人から見たら、息子を売った形に見えるのは事実でしょう。でも、ウチの両親はそれでへこたれて売り上げを伸ばせないような、そんな軟弱な人達じゃないでしょう」

『……強かなのは家系かな』

 どうやら事実らしい。それみろ、といわんばかりに審神者は笑った。狩衣を着た袖で腕を組む。そして、ふと。目を遠くする。モニター越しの障子。そこには誰の気配もない。

 だから、そっと。息を吐く。

「家系でしょうね。辿れば、戦国大名やら海軍将校やらがいる。いつだって人の上に立つ立場の人間ばかりだ」

『……』

「いつだって、誰かを闘いに追いやり、指示を出すだけ。俺もそうですよ」

 そういって、解した腕を見る。狩衣から出た両手。ここ最近の事故で記憶は失ったものの、自身が覚えているよりも厚くなった手が、そこにある。

 あの頃、あの時。今程に膂力があれば。あんなに幼くなければ。

「……さっき、通り過ぎていった子を見たでしょう。あの子はあれでも付喪神、刀剣男士です。1番小さい刀、短刀だから子供の姿で完成されてるんですよ。そんな子を、俺は指示を出して戦地に追いやっている。彼らの誇りや矜持を傷付けたくはないけれど、どうしてもそれがいつも引っ掛かっている。アイデンティティの問題だといわれれば、それまでですけど」

『―――くん』

 名を呼ばれる。ここでは主、もしくは審神者としか呼ばれないから新鮮だ。そんな事を思いながら、審神者はモニターの男性を見た。23世紀、自身の記憶では、もう数ヶ月にわたって戻っていない時代。周りから「治療の為に1度は戻った」といわれても、思い出せないから、それは彼にとっては知らない事で。

 知らない。それが怖い。だから、今も日記を書き続ける。いつ何が起きるかわからないから。

「俺は、いつも自分の手は汚さない。他の人に汚させるんですよ。知らなかったじゃ、済まされない」

『……話を済ませよう』

 心情を察したように、男性はいった。労る声だった。それは、あのこんのすけが、時折面越しに漏らす素の声に似ていた。悪人になりきれない、優しい誰かの声だ。

『今度の裁判で、君に証言台に立って欲しい。君は、あの事件関係者の“まともな”証人だから』

「……わかりました。日付を教えてください。こっちも調整しますから。それと、政府にも連絡しないと。俺が23世紀に戻る時は、誰か護衛を連れて行かないといけませんし」

『その辺りの申請は既に済んでる。誰でも好きな刀剣男士を連れてきて良い、と裁判長や警備から許可が下りた。審神者の護衛の為に帯刀許可も下りたぞ、但し法廷ではなく廊下か別室で待機して貰う事になるが』

「今の裁判所は、時間移動対策に阻害策が済んでいるんでしょう。それなら充分。何かあったらウチの奴らはそれこそ疾風の如く飛んできてくれますから。……ただ、派手な格好じゃない方がいいですよね」

『出来れば現代に近い常識を持っている奴にしてくれ』

「了解しました。何とかします」

『それじゃ、おってまた連絡する。……今日は、早めに寝なさい』

「有り難う御座います」

 いって、電話を終える。溜息を吐いた。ホログラムのモニターは消え、ただの卓袱台と化していた。ヘッドセットを外すと、無造作に卓袱台に放った。そして、壁に立てかけたままだった槍を床の間に戻す為に立ち上がる。そして再び天井を見上げながら、あとで板と釘と金槌を持ってこないとな、と再び息を吐いた。さらには、23世紀の裁判所に連れて行くに相応しい刀剣男士の選出という課題があった。人が好いというより要領が悪い、あの保護者代理の弁護士の胃を痛めさせたくはなかった。

 比較的、現代に近い刀剣。そうなると、自然と新撰組絡みなどの刀剣になる。小回りが利いて、且つ、護衛として相応しい性格と能力。出来れば手加減の出来る者がいい。そして裁判所の守秘義務なども理解できる頭の持ち主……

 立ち上がり、ヘッドセットを抽斗に放る。そして書架から日記帳と万年筆を引っ張り出すと、それを卓袱台に放って障子を開け放った。暫く歩けば、人払いが利いていたらしい。「あれ、もういいの」と、何があったのやら、掴み合いの喧嘩をしていた安定がころりと顔を上げた。その喧嘩相手に用がある、と告げると、安定に髪を掴まれていた青年は、きょとりとこちらを向いた。清光である。

「清光。来月初頭、23世紀の裁判所に行くから、お前護衛な。但しその日はネイルとか禁止。帯刀許可は下りたけど、スーツを着て貰うから」

「えっ」

「あとで詳しい23世紀のドレスコードを教えてやるから。それとこんのすけにお前の分のスーツも発注しておく。あ、陸奥守、木の板と工具を仕舞ってる場所を知らない。それと五虎退の虎は見つかったかな」

 喧嘩も忘れたらしい。まくし立てるように審神者に告げられ、清光は目を白黒させ、安定は固まっている。そこにひょっこり顔を出した陸奥守に歩み寄っていくものだから、2人の喧嘩はそこで宙に浮いた。そして、互いに体を離してから、どちらともなく呟く。

「……裁判所って」

「僕達の時代だと、お白砂の事だよな……?」

 主、何したの。薬研が縁側に撒いていた、すり潰したマタタビの粉を踏みつけた途端に草むらから子虎が飛び出してきた。それによる惨事を止める為に陸奥守と一緒に駆けつけたので、それについて尋ねるのはあとになった。

 

 

 

 きっちりと締まったネクタイ、スーツに革靴。髪だけは嫌だと断られたのでそのままだが、括る紐は黒いヘアゴムだ。何より、彼を象徴する赤いマニキュアは、今日ばかりは剥がされていた。裁判所に着いたら外せといわれているものの、それが落ち着かないらしい清光は、両手を白い手袋で覆っていた。尚、これは常に戦闘でも手袋を嵌めている長谷部からの借り物である。対する審神者も、常の狩衣とは異なり、黒いスラックスに革靴、白いシャツにベストと、大人しいものだ。何より、霊力を少しでも上げる為に伸ばしていた髪は、「23世紀だとあまり良い印象じゃないから」と既に床屋で短く切り揃えられていた。現代の衣服に見慣れない見送りの刀剣男士達は、拗ねた顔のままの審神者の隣に並ぶ清光に同情やら苦笑いやら浮かべている。清光の肩を叩いたのは審神者だ。

「御免ね。それでもついてきてくれる清光には感謝してるよ」

「……俺が最初の近侍だし」

「ささ、それじゃ行きますぞ。お二方」

「それじゃ、前もっていっていた通り、今日の仕事は残りは薬研に任せたから。帰るのは夕方頃になるから、各今日の任務が済んだらあとは自由に過ごしていいよ」

「うむ、達者でな」

 そういって、大袈裟に見送るのは三日月だ。今日の彼は出陣の予定はないので、内番の為に作務衣を纏っている。その笑みに、ふと、首を傾げながらも、審神者は清光の手を引いてこんのすけに先導されて姿を消した。

 あとに残されたのは、この日、隊長役を任された薬研達筆頭、刀剣男士である。「さて」と切り出した薬研は、早速指示を出した。

「今日の鍛刀と刀装作りはもう済んでいる。あとは俺らで出来る仕事だ。出陣と演練、それに内番の奴らはそれぞれ赴け。装備を忘れずにな」

「りょうかーい」

「わかりましたー」

「あぁ、こら、逃げないで」

「おい、もう鈴をつけとけよお前の虎ども」

 一気にざわめきが生じる。それぞれに割り振られた仕事に赴く者達。その中で、ひとり。畑の内番を任せられていた陸奥守と共に畑へと赴く。その途次、人気がなくなったところで陸奥守が首を傾げた。

「そういえば、何で加州なんじゃろうな」

「23世紀に比較的近い常識を持っている者、となると新撰組の刀剣男士が真っ先に思いついたらしい。お前は方言がきついからな」

「あ、わしが候補に入れられなかったのはそういう理由か。それなら、しゃーないのぉ」

 なるほど、と納得する程度には頭が柔らかい。自身より数百年単位で若い打刀に感心しながら、1000年以上の歴史を誇る太刀はそれに言葉を連ねる。

「それにまず和泉守。奴は体格が良いが、血の気が多い。次に堀川。護衛としては理想的だが、いかんせん、見てくれが少々幼い。何せ主と年頃が変わらんように見える」

「あの2人はのぉ……ああ、じゃあそれなら大和守はどうなんじゃ。あいつは見た目だけは温和そうだし」

「あやつは、手加減を知らぬからな」

 出来れば、万が一危険が及んでも、相手が一般人だった場合は死に至らしめると分が悪い。精々腱を切る程度に傷をおさめないと、のちのち尾を引くのは目に見えていた。ましてや、これから審神者が赴くのは裁判所。付喪神に人の身体を与える事が出来ても、尚人が人を裁く場所だ。その「人」の心証を悪くしたくないのが本音だろう。それを思うと、三日月は頭の隅で思う。

 裁判。それに、あの幼さで関わるのは、23世紀ではほとんどない。そして、お役所仕事に時間がかかるのは、時代を経ても変わらないだろう。そうなると、彼が関わっている裁判が何年越しのものか。一体、何年前からはじまったのか。更に、審神者がどれだけ重要な立ち位置にいるのか――

「三日月、どうしたんじゃ」

 きょとり、目を瞬く。先日、天井を模造刀ならぬ模造槍で破ってしまったという審神者が自ら使って修理したという工具が一緒に入っている道具小屋。それを前にして農具を取り出す陸奥守が、顎を掴んで考え込んでいた三日月に尋ねる。それに、三日月はにこりと微笑んだ。

「すまん、厠に行ってくる」

「さっき済ませてたじゃろ」

「じじいになると切れが悪くてなぁ。しかも時間がかかる。すまんな、陸奥守」

「早う済ませろ」

 ひとりでやるよりは2人でやった方が早い、と呟きながら陸奥守は農具を担いで畑へと行く。それを見送ったのち、三日月は足早に去っていった。厠とは正反対の方へ。

 目指すは、審神者の私室である。

 

『日記帳を見ろ』

 もう、1ヶ月は前になる。ある事故で、審神者と三日月が23世紀に赴いた。その事件の治療による副作用で審神者はこの数ヶ月の記憶を失ったのだが、その時、何かを知っているらしい者に告げられた言葉がそれだ。ただそのひと言が、この1ヶ月程、三日月の頭の隅に居続けていた。

(主殿が日記をつけている事など、それ程多くの人が知っている訳ではないだろうに)

 その事実が、三日月を信じさせる根拠だ。三日月は障子を開く。そこは審神者の私室だった。元々、日本建築はプライバシーに疎い。そうでなくとも、審神者はこと、自身のプライバシーというものに頓着しない。こうして堂々と三日月が私室に入っても、もし誰かが見ていても咎める事はない程だ。書架に並ぶ、洋本の装丁本風の日記帳を目の前で短刀が読んでも、構わずに本を読み続ける。元より日記帳は、先の長くなさそうな我が子の足跡を知る為につけさせはじめたものだという。だから元々、他人に読ませる為のものだ、と、審神者が答えた事もあった。ただ、それでも日記をつける個人的習慣を自らいう人柄かと問われれば、三日月は頭を振るだろう。

 問われた事は答えるが、問われない事は何もいわない。最低限、必要な事しかいわない。審神者はそういう少年だった。

(そう、少年だ。主殿がなぜあのお年で審神者などをやっているかを、結局、俺達はまだよくわかっていない)

 いいながら、しゃがみ込む。障子は開いたまま。誰かに見られても、単に審神者の部屋の本を読みに来ただけだと思わせる為だ。万が一にも障子を閉め切った場合、侵入者と間違われ斬りかかられる可能性もある。薬研や厚などの武闘派の短刀に襲いかかられれば、さすがの三日月も無傷でいられる自身はなかった。だから、飽くまで「普通」を装い、書架を見る。

 日記帳は、わかりやすい。他の本が印字なのに対し、それらは手書きだ。幼い頃から現在に至るまでに成長が見られる、審神者の字。それを目で辿っていく。

 見つけたのは、その空白だ。

「……10代にもならない頃ではないか」

 それは、丁度1年分。1冊につき1年分だと、審神者はいっていた。その審神者が10才かそこらの頃の年の日記帳。その年だけが、すっぽりと抜けていた。同じ棚に並んだ他の書物が、その隙間を埋めるように詰められている。

 その、前後。隙間の「枠」の2冊を、手に取った。開いていくのは幼い字。「隙間」の年の直前の部分。そのページを、斜め読みしながら辿った。そして、三日月は見つけた。

 

 

 

 

 身体検査とは名ばかり。少なくとも、刀剣男士の清光にされたのはそんなものだった。現地で合流した、彼の家の弁護士だという眼鏡の男性が突きつけた政府の許可証に、裁判所の警備の人間が僅かに目を瞠るのが見えた。そして苦い顔をして自身を見、清光は嫌でも感じた。現在の「政府」の権力の強さ、そして強い権力には必ず反発が生じる事を。

 しかし、隔てるのは壁。人気のない廊下で、ひとり。清光は刀を抱えてソファに座る。清潔な廊下、柔らかい椅子。何回か着てみたものの、いまだ着慣れないスーツで、膝を抱える。清潔さは、「政府」を思い出させた。自然と表情が暗くなる。いつでも、この壁の向こう。保護者代わりだという弁護士が同じ部屋にいる。「自身のすべき事」を果たしているという主の事を、道中、少しだけ訊いたせいかも知れない。

『俺が、お前らを戦わせてるのは、歴史を変えさせない為。そうだろ』

 そういって、常とは異なる衣服を纏った彼は、戯けるように、しかし声音だけは真剣にいった。

『少なくとも、俺はその大義自体は支持しているよ。だって』

「あぁ、君。えぇと、加州君。終わったよ」

「!」

 刹那、ざわめきが生じる。扉が開かれた。出てきたのは、弁護士の男性。30代程にしか見えないが、先日50才の大台に乗ったという眼鏡の彼は、審神者の肩を掴んでいる。肩を掴まれた審神者は、表情は毅然としていたが、顔色が悪いのが見て取れた。それににわかに表情を閃かせたが、「大丈夫、気疲れしただけだから」と直ぐに審神者自身からいわれ、殺気を萎えさせられる。他にも何人かの人間がこちらを見ていたが、清光に睨まれて直ぐに視線を引っ込めた。その中で、審神者は顔色が悪いまま、「ちょっと便所に行きたい」と言い出す。直ぐ傍だという弁護士は、さすがに慣れ親しんでいる様子でトイレへと導く。それについていく清光の耳に、ある言葉が捉えられた。

『あれから、もう何年だ』

『あの子も、すっかり変わったな』

『大きくなってしまったな』

『せめて、あの子が成人する前に裁判を終わらせたいものだ』

「……主は、大丈夫なの。あれ」

 トイレの前。男2人が並ぶ。ここのトイレは洋式だという。「裁判のあとは、いつも個室で休憩してるんだ」と答える弁護士を、尻目に見て問うた。本当ならば個室の前に張り付きたいが、弁護士の言葉を聞くと、それはプレッシャーにしかならないだろう。ただでさえ、自分のプライバシーを大事にしない主だ。それを尊重し、清光はトイレの前に張り付く。弁護士は、腕を組みながら、グラス越しの視線を中空に彷徨わせた。

「帰りに、君に新色のネイルをポケットマネーで買ってやるつもりだ、とはいっていたよ。今日、一緒についてきてくれた褒美にって。私が保護者としてついていくつもりだった」

「えっ」

「気力はあるんだが、体がついていかないようだ。それでも、昔に比べれば充分丈夫になった方なんだが」

 初耳の言葉に、嬉しさと戸惑いが同時に生じる。恐らく、その褒美の事は今日の裁判が終わったら告げるつもりだったのだろう。しかし、同時に彼の言葉に途惑う。そんなに何度も、いや、何年も前からこの「裁判」に関わっているのか。まだ、あんなに年若いのに。先程、聞こえてきた声もそんな事を呟いていた。赤い眼で見上げる清光に、弁護士は頭を振った。

「守秘義務でね。これ以上はいえない」

「……それじゃ、これだけ答えて欲しいんだけど」

 刀を腰に帯びたまま、清光は問う。

「保護者としてついてくる、っていったけど。本当は、監視の間違いじゃないの。折角23世紀に帰ってきたんだ、ご両親は健在なんでしょ。弟さんだっているって訊いてる。なのに、主から帰省の言葉はひと言も聞かなかった。……会いに行かせない為じゃないの。普段から、『使命を果たすまでは、治療や公的な召喚などの例外を除いて23世紀に戻ってはいけない』って、ウチの主、凄く厳しく規制されてるもの」

「……間違ってない。そして、君の主も、それはよくわかっている。だから私に、その『監視役』を頼んできたんだ。せめて、生まれた時から知っている奴が監視してくれている方がいいって。私は、彼が生まれる前から、彼の家の店の顧問弁護士を勤めている。店が傾いた時も、奔走したんだが……本家の神社におさめられていた刀が写しだと知られ、本物の日本刀がこちらにあると政府に目をつけられてしまった時には、遅かった」

 声が、低められる。これも本来は守秘義務に違いない。だから一言一句聞き逃すまいと、清光は目線を逸らしたまま、耳を欹てた。

 知っていた。訊いていた。戦国大名だった本家。主の家はその分家だった。明治維新以降、商家として栄えていた分家が、借金の形に本家から代々の家宝だった日本刀を奪った。建立された神社におさめられたのは、とても素晴らしい出来の写しだった。そこから数百年が経ち――それが切欠で、丁度身代が傾いていた店は、その「本物」の刀を買い取られ、ついでに、審神者の才があった長男も「買い取られた」。だが、ふと、清光は気付く。

 なぜ、その可能性に気付いたのか。なぜ、年若い、病弱な長男に審神者の才があると、声をかけたのか。確かに、先祖に巫覡の才があったのかも知れない。しかし、いくら戦力が必要とはいえ――スカウトの人間は、入院中だった当時の主をわざわざ訪ねてきたという。その切欠が、わからなかった。

(切欠は、何だ。どうしても、あんな風に主を育てた両親が、わざわざ自分達から息子を売るようなマネをするように思えない。この弁護士の人だってそうだ。じゃあ、なぜ、政府は、主を見つけた)

 隙間だ。見えない隙間が、そこにあった。そして、ふと顔を上げる。ひどく難しい顔をしていた、その横顔は年相応に見えた。そんな弁護士に、清光は、思いつくがままに問う。

 ふと思い出した。先日、五虎退の虎が1匹だけ失踪した。それの捜索の手伝いをしていた最中、足に怪我を負いそうにながらも、虎が見つかって喜ぶ五虎退。その五虎退の額を指で弾く厚。その厚の頭を小突く薬研、という光景を、とても――否、ひどく、微笑ましそうに見ていた。

 そんな審神者に、弟がいると訊いていた。年が離れているという弟の顔は、知っている。日記の中に挟まっていた家族写真。その中で、無邪気に笑っている子供がいた。今よりも幼い主と、もうひとり。面影が似ていた。

「あのさ、せんせ」

「何かな」

「主の弟さんに、審神者の才能はないの」

 それは、思いつきだった。先祖に巫覡を持つ為に、神に好かれやすい体質の人間を審神者に据えた方が良い。そういう考えならば、同じ両親から生まれた弟も、いずれ、その対象に選ばれるのでは。以前、三日月が審神者に憑依してしまうという事態が発生した時、万が一の事態に自身の新たな主になるとしたら誰だろう。そんな事を考えていた事を思い出した。

 その時、弁護士が何を答えようとしたかはわからない。個室から、水の流れる音が聞こえたからだ。張り詰めた空気が切れる。直ぐに扉が開き、個室から審神者が出てきた。手を洗い、ハンカチで手を拭きながら出て来る審神者は、清光の目には比較的いつも通りに見えた。へらりと笑う。

「お待たせしました。それじゃ、先生。約束通り、エ●シーまでお願いしますね。清光、今日はよくついてきてくれたね。ご褒美に新色買ってあげるから、好きなのを選びなさいね」

「あ、うん、有難う主!」

「……女性客で群れ上がっているんだろうな……」

 中年男性には堪えるらしい様子を想像しつつも、ひとまず清光は、審神者の手前喜んでみせる。実際、褒美自体は嬉しい。どうやら女性に人気のある店らしいから、期待していいだろう。「長谷部とかにも土産を買わないとな」と顎を掴んで思案げの主は、既に視線が遠い。出口へと向かう中、それでも警戒は怠らず、周囲を見渡す。そして、弁護士と主の様子を窺う。

 審神者は、時間が経つ毎に顔色を取り戻していっているように見えた。一方、弁護士の顔色は悪くなっている。先程の問いかけは、どうやら、意味があったらしい。それに、理解はしきれないが、先に、直感のようなものが働く。

 何か、重大な事実がそこにある。この審神者が、「選択」するような事態が生じる事が。

『歴史っていうのは、選択の連続だ。選択には、意志が伴う』

 思い出すのは、審神者がいっていた言葉だ。

『俺は、今日もその“意志”を尊重する為に、証言台に立つんだ。イフを考えるのは良い。それでも、意志は尊重されるべきだよ。たとえ手段やその結果が、褒められたものではないとしてもね。後から悔いる事は、後になってからしかないんだから』

「ああ、先生。そういえば忘れてましたね」

 駐車場。刀だった頃は見た事もない鉄の籠に目を瞬く清光の前で、車の後部座席の扉を開く審神者は、運転席の扉を開く弁護士に告げた。何気ない様子で。

「例のものは、終わったら実家に送ってください」

「あぁ、わかった」

 業務連絡だったのだろうか。清光が戸惑いながらも車に乗り込むと、審神者が身を乗り出して「こうやるんだよ」と扉を景気よく閉めた。

 車は、裁判所の前から出て行く。目指すのは、ブランドショップの並ぶ町並みだった。

 

 ここのところ、胃が痛い。政府のせいだ。

「先生、大丈夫ですか」

「あぁ、うん。まぁ」

 同僚に問われ、苦笑いを浮かべる。自身が「政府」の案件に関わってしまった事に同情しているらしい。少なくとも、こんな小さな事務所が関わるような事態ではなかった。芋づる式に「こう」なってしまった事に、先程まで電話をしていたヘッドセットを外して背筋を伸ばす。長男の方は、元気にやっているようだ。少なくともこうして様子が見られる。何やら賑々しすぎるようだが、それでも元気が1番だ。

 1番心配なのは、様子がわからない、次男。弟の方だ。彼が、切欠になってしまった。

(この時勢、「審神者」の才能は、不幸しか呼ばない。せめて、あの子が丁重に扱われているといい)

 政府に、先祖伝来の太刀が売り渡される場で、弁護士として居合わせた。その際に起きた事件を、今でも生々しく思い出せる。

 そして、それを、長男に伝える事は、政府から禁じられていた。その両親からすらもだ。

『あの子は意志が固い。それがあの子の不幸です。屹度、弟の方は、一応は政府に丁重に扱われるでしょう。あそこまで強いものは珍しいそうですから。うまく堪え忍べば、無事に帰ってくる筈。そういう話も聞きますから。ただ、あの子は、先生。貴男も御存知でしょう。あの事件で1番の証人となってしまったあの子は、決して忘れようとしない。事件を知るまともな者として、全てを、いつまでも、ずっと覚えていようとしている。そのせいもあって、体調も崩して……あの子は悪くないのに。悪くいってしまえば完璧主義者なんです。あの子が弟が切欠となって、自分がスカウトされたと知ったら』

(あの子が冷静で、頭が回る事は、俺がよく知っている)

 数年前起きた、あの事件。「世紀末には事件がよく起きる」という俗説がある。20世紀や21世紀にも同様の空気があったらしい。その通りの事件だったと、覚えている。その詳細を記した証拠物件は、今でも裁判所で、検察で、警察で厳重に保管されている。内心でひとりごちる、弁護士は手を組んだ。溜息を吐く。

 あの頃より成長し、人を指揮する事も覚えた。恐らく、将としての才もある。それを考えると――政府に弓を向ける事に、屹度躊躇いはない。そして、その的を外す事はない。

 だから、知らせてはならない。弓を向けさせてはならない。守秘義務と、仕事と、私情。それら全てが、知らないでいる方が、あの少年にとって最大の幸福だといっている。少なくとも、「厚」と呼んでいた少年と交わす口調は明るかった。

 だが、彼が「知る不幸」を選ぶ事を、彼の弁護士はよく知っていた。生まれた時から見ていたのだ。

「……今夜は胃に優しい料理にしよう」

 家人と共に摂る夕食は、節約の為にも彼が作る事になっている。小市民の幸せを大事にしている彼にとって、「政府」という大きなものに関わってしまった彼らが、あまりにも不幸に映った。

 

 

 思ったよりは短い便所だったらしい。しかし、戻ってくる三日月の足取りに元気がない事に、畑を耕していた陸奥守は気付いた。手拭いで汗を拭いながら、「どうした」と問う。それに、三日月は笑った。

「何、残尿感があるだけだ」

「年寄りは大変じゃな」

 相当深刻なのだろうか。それとも何かの言い訳なのか。恐らく後者なのだろうが、三日月は腹芸のうまい男だ。決して明かさぬだろう。それを予想して、「一汗かくぜよ」と農具を渡す。それを受け取った三日月は、すっかり慣れた様子でそれを構えた。

 振り下ろす、鍬に、重みがあったのは陸奥守の気のせいか。

 三日月の脳内には、忍んだ審神者の私室。そこで確認した「隙間」の枠を読んで、気付いた事を考え続けていた。

 

12月●●日 くもり

 今度、新しい病院に転院する事になった。何でも、施設の中で街の機能が成立しているから、患者はほとんど外に出る必要がないらしい。小児科専門だから、屹度、年の近い子供がたくさんいる。話が合う子がいるといいな。

 

 これを最後に、この年の日記は終わっている。転院の作業に追われていたのか。

 そして、年が飛んだ。この間の1冊は存在しない。

 代わりに、といわんばかりに、次の年のはじめの日記は、こんな書き出しだった。

 

1月1日 雪

 あれは先生が預かるといっていた。然るべき場所に提出するという。ちゃんと、役に立てばいい。俺も、この体がもう少し治ったら、少しでも覚えている事を話そうと決めた。俺は、覚えてなくちゃいけない。全部、覚えてなくちゃいけない。それが俺に唯一出来る事だ。

 

 印象的だったのは、その空白の1年の間に、文字の書き方がとても綺麗に整った事だった。まるで、血の滲む程、何かを書き記し続けたかのように。

(あの1年に、何があった)

「……もう1回、便所に行ってくるき?」

 心配して、顔を覗き込んでくる。その程度には、自身は険しい顔をしていたらしい。三日月は「どうせ出ないからいい」と、再び農具を振り上げた。そして、彼はまた思案した。

 刀剣男士に、特に情報制限はされていない。図書館に近い機能を持っている施設も本丸にはある。そこで、あの年にあった事件を調べよう。恐らくは、医療現場に関わる事件だ。20世紀頃から、医療に関わる事件に世間は敏感だという。更に子供の保護に関してはそれを上回る勢いだという。その風習は23世紀に至っても続いているらしい。三日月は、月の浮かんだ湖畔の瞳の奥で、そう静かに決めた。

 

 それが、のちの火種。書架の隙間から起きた発火だった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。お土産買ってきたよー」

 

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