pixivより転載
「ねぇ、バレンタインっていうの、僕らもやってみていいかな」
それが1年目の2月。以来、一昨年、去年と燭台切主導の「チョコレートを作る日」は恒例行事となった。
そしてそれが今年も巡ってきただけのことである。2月14日。甘ったるい香りが本丸を漂う日、その男は唐突にやって来た。
「なぁ、主」
その男――御手杵は、執務室。入るなり、座卓に向かい仕事をしていた審神者の横につかつかと歩み寄ってきてどっかりと胡座を掻いた。そして、ホロのモニターを尻目に目を瞬く審神者に、そんなことを言い出す。その眼差しは、ごく真剣だった。
「あんたは、俺にちょこはくれないのか」
審神者は手を止める。そしてゆっくりと、隣に座した御手杵を見据えた。そしてこう答えた。
「えっ、欲しかったの」
途端、御手杵が項垂れる。明らかに落胆しているようだった。審神者は手を止めて御手杵を見遣る。
「……そりゃねぇだろあんた」
「だ、だってお前、そういう行事に興味があるようには見えなかったし」
「正直俺だってついさっきまで忘れてたよ」
「ほれ見ろ」
「でも今朝から本丸を歩いてたらよぉ……いわれるんだよ、そこらの奴らに」
御手杵は顔を顰める。
「『御手杵さんは主からもらうんですよね』って。会う奴会う奴会う奴皆にいわれたんだよ。去年まではこんなことはなかったぞ」
「そりゃあ……俺らの仲が周知されちゃってるってことだろうねえ」
いわれて、自分たちの関係を振り返る。
1年目、始動して間もなくの本丸にて、バレンタインはごく1部の刀剣男士の間でのみ行われていた。このときは親愛をこめた相手に渡すというのが主流で、審神者は渡されることはあっても渡すことはなかった。そして御手杵は顕現したばかりだった。
2年目、この頃になると日本におけるバレンタインの本来の意図が知られるようになり、また発生していた衆道の念友同士でチョコレートなどの甘味を贈り合うことが流行りだした。この頃の御手杵と審神者は体のみの関係が先行しており、関係が縺れている真っ最中だった。
3年目、チョコレートなどの食品に限らないということも知られるようになり、物品を贈り合う念友が見られた。この頃の御手杵と審神者は精神的にも結ばれたものの、その関係をゆっくりと温めている最中で、正直な話バレンタインのことは頭から飛んでいた。
そして4年目。今年である。御手杵は顔を上げた。温厚そうな垂れ気味の目には、気のせいか険がある。それに少々たじろぐと、御手杵は両膝に手を突いた。
「忘れてた俺も俺だけどさ。こうも周りからいわれると、あんたからもらわないっていうのはおかしいんじゃないかと思って」
「ええ~……周りからいわれたからってなにも欲しがらなくても」
すると御手杵は、唇を尖らせた。
「たしかに切欠は周りからいわれたことだけど、それは思い出させられたってだけで、他の誰でもないあんたからだけチョコが欲しいっていうのは本当だぞ」
審神者は、そんな御手杵を胡乱に見た。
「……そんな風にいえば、俺がいうことを聞くと思ってるでしょ」
「へぁ?」
「ちょっと待ってて」
いって、審神者は立ち上がる。戸棚を弄っていたかと思うと、御手杵の前に再び戻った。そしてそれを手渡す。
……チョコ菓子だ。ただしスーパーで売っているような、個包装のチョコレートがたくさん詰まっている袋だ。開いていた口から手を突っ込むと、咄嗟に広げた御手杵の手にそれをもっさりと載せた。
飴玉に似た包み紙のチョコレートたちが、御手杵の手の上でじっとしている。審神者は満足そうに袋を閉じた。
「はい。俺の買い置きのチョコ。来年はもう少しましなのを用意しておくから、今年はそれで勘弁して」
「……主。いっそ袋ごとくれた方が嬉しかった」
「このチョコは俺も気に入ってるんだ。さ、溶けないうちに食べちゃいなよ」
「……おう」
御手杵はジャージのポケットに手渡されたチョコを突っ込む。内心で溶ける前に食べきって欲しいものだと願った。御手杵は1個だけ残したチョコレートのラップを取り去ると、それを口に含む。
そして、チョコレートの袋を小脇に置いていた審神者の顎を掴んだ。
審神者の腔内に、苦く甘い味が広がる。肉厚の舌の感触が口蓋をなぞった。
かと思えば、あっさりと離れる。
「御馳走様」
口元を拭った御手杵は、してやったりといわんばかりににやりと笑った。
審神者は、自分がなにをされたのかを、数秒をおいて理解した。刹那、顔を耳まで赤くする。
「それじゃあ、チョコは大事に食うぜ」
審神者の拳が空を切る。身軽に立ち上がった御手杵は、ポケットに手を突っ込みながら執務室を出て行った。
あとには、御手杵を殴りそこねた拳と、甘いチョコ菓子の入った袋が残された。
4年目のバレンタイン。今から来年が待ち遠しかった――来年はこちらから驚かしてやろうと。
了