※pixivからの転載
審神者が執務室に戻ると、机に置きっぱなしだったデバイスが丁度鳴り響きはじめた。慌てて飛びついて画面を見る。やや久方ぶりに見るその名前に、目を瞬きながらも電話に出た。
「はい。もしもし」
『もしもし、■■法律事務所の■ですが。■■■くんかな』
「はい。お久しぶりです■先生。どうされましたか」
電話の主は、彼の顧問弁護士だった。
彼が審神者になった折、契約の関係で実家とは直接連絡がとれなくなった。代わりに保護者として寄越されたのが、実家の店の顧問も務めている弁護士の■だった。■とはさる事情から、もっと幼い頃からの付き合いでもある。今日連絡してきたのもその「さる事情」に絡むことだろうと審神者は予想した。果たしてそれは当たった。
『例の裁判のことでね。また君に証言台に立って欲しいんだ。打ち合わせはまたあとで改めて電話するから』
「わかりました。前からもう3年ですもんね。また新しい情報でも入りましたか」
『そういうのも追々ね。それで何時頃電話の都合がいいかな』
「あー、じゃあ1時半頃で」
『わかった。それじゃぁ』
「あっちょっと待って先生」
切れかかった通話。待ったを掛けると向こうから不審そうな気配がする。それが伝わったので、審神者はすぐさま用件を伝えた。
「先生。先生ってお料理されてるんでしたね」
『必要に迫られてね。それがどうしたのかな』
「病人食のデザート的なもののレシピって知ってますか」
『あぁそれなら――って君、また風邪をひいたのか。声は普通だけど』
「ご心配有り難う御座います。でも俺じゃなくて、うちの刀剣が」
『……刀剣も風邪をひくんだね』
「ひくらしいです。それで、詳しいレシピをお願いできますか」
くしゃみがひとつ、ふたつ、みっつ。その余韻の中、清光は袢纏を握りしめた。
「あー……寒い、暑い。春なのに寒い、暑い」
「今日は暑いよ」
「そういう問題じゃないよばか安定……あー、御馳走様。燭台切に有難うっていっておいて」
そういって卓袱台の上に乗せられた土鍋に蓋をする。そして敷きっぱなしだった蒲団へと這って戻っていった。相棒の食事を見守っていた大和守は、土鍋を盆に乗せながら溜息を吐く。
「わかったよ。それにしても半端な時期に風邪ひいたね。刀剣風邪」
「本当にね……どこでもらったんだろ。やっぱこの間の審神者会議かなぁ」
「病弱な主が平気そうなのに、お前は風邪をもらってきたっていうのも変な話だね」
「煩い。もー寝る」
袢纏を脱いで蒲団にかけると、そのまま潜り込む。背中を向けたため、大和守の再び吐いた溜息は聞こえたものの、障子を開いて出て行った姿は見えなかった。そしてそのまま、部屋には沈黙が落ちる。遠くから短刀たちの高い声が聞こえた。今は昼餉が済んだ頃だ。食事を終えて遊んでいるのだろう。その聞こえ方が少し遠くて、加州は寂寥を覚える。
加州が今寝ている部屋は空き部屋だ。本来は大和守と相部屋だが、風邪をひいたので自ら部屋を移させてもらったのだ。さすがに蒲団などを運ぶのは他の者にやってもらったものの、できるだけ他の者にうつさないように、厠なども動線の少ない方へと通っている。しかし自らが決めたこととはいえ、熱が上がってくると、何とは言えない寂しさが募る。
(そもそも風邪ひいたのもはじめてだしなー……症状は人間のそれと変わらないっていうし、主はいつもこういう苦しい思いをしてたのか)
額に貼られた冷却シートはそろそろ温い。一旦引っ剥がして振り、再び額に貼り付ける。冷たさが戻っていた。このごくささやかな知恵は、審神者の看病で覚えたものだ。審神者は節目節目に風邪やインフルエンザをひいて寝込んでいた。大典太が来てからはその頻度はやんだものの、3年の付き合いだ。審神者が病弱だという印象は根強い。そして人間ではない自分が寝込むという事態は、まるで想定していなかった。病気なんて他人事。そう思っていた自分が随分遠くに思える。
「あーぁ、情けないな」
荒れた声でひとりごちる。噎せこんだ。体を丸める。押さえた口元を見て、それが色に染まっていないことに安堵する。そして枕に頭を戻した。
短刀たちの声が大きく聞こえる。
「清光、入るよ」
「! 主」
「あーゆっくり起きて」
慌てて起き上がる。熱のせいで勘が鈍ったのか。障子を開いた少年――審神者の気配に全く気付かなかった。そんな審神者は、驚く加州を宥めながら後ろ手に障子を閉めた。加州が気付いたのは、いつもの審神者ならば、両手で障子を閉めることだ。しかしそれができない理由は明白だった。もう片方の手に盆を持っていたからだ。審神者は笑って言う。
「安定から食欲はあるようだって聞いてね。食後のデザート的なものを持ってきたんだけど」
「食べる食べる。何? 小豆が作ってくれたの」
熱でやや朦朧とはしているが、デザートと聞いて体が先に動く。思いつく名を上げると、審神者は盆から器を下ろしながら頭を振った。
「うんにゃ。俺が作った」
「主が!? 久し振りだね、げほっ」
「ああ大声を出すなって。さっきレシピを手に入れてね。俺が今度寝込んだら作ってもらおうかと思ったんだけど。はい。リンゴとさつまいもをレモンで煮たの」
フォークを差し出される。器には薄切りにされたリンゴとさつまいもが汁の中で綻んでいた。それに加州も微笑む。程良く煮込まれた具をフォークで突き刺した。口にする。
「美味しい」
「有難う。ゆっくり食べてね」
「うん。……本当に、主のご飯って久し振りかも。2年ぶりぐらいじゃない」
「えっもう少し頻繁に作ってなかったっけ。偶に厨の手伝いには入ってたよ」
「一から十まで主のお手製ってのは本当に久し振りだと思う……少なくとも、俺が食べたのは随分前だったと思うよ」
鼻が詰まっておりやや味覚が鈍っているものの、優しい甘さが舌に馴染む。それがやけに嬉しくて、ついフォークの動きが速くなる。「ゆっくり食べなさい」と再びいわれ緩める。審神者は頭を掻いた。
「そんなにかあ……ぶっちゃけ、燭台切たちの超人的な調理速度についていけないから本当にちょっとした手伝いしかできないし。厨は彼らの城だからなあ。俺が立つ隙がないのかも」
「でも主のご飯は好きだよ。やっぱ最初に食べた味だし」
「母の味ってか。はは」
茶化すように笑う審神者。それに、加州も笑い返す。卓袱台に頬杖を突く彼の前で、新たに具にフォークを突き立てた。
泣きたくなったのは、きっと、この優しい味のせいだろう。
無意識に俯く加州に、審神者はそっと囁いた。
「また来るから」
「……うん」
早く治ればいい。しかし、今感じているこの寂しさも、少しだけ慕わしく思えた。
その後、審神者が風邪をもらった――ということもなく、他に感染者を出すこともなく終わった。
そして、加州に出されたデザートは、その後本丸で稀にしか見られなかったという。
了