それは梅雨時の晴れ間の日。ぬかるんだ地面にも関わらず、短刀男士たちのはしゃぎ声が執務室にまで響いていた。開かれた障子。池で鯉が跳ね、水面が揺れた。鳥が鳴く。ぎぃぎぃと鳴くあの声はコゲラだろうか、ムクドリだろうか。外を眺めながらぼんやりと思っていたときだ。
「御手杵。俺のこと、殺してくれる」
聞き間違いかと思った。ゆっくりと顔を向ける。審神者は、変わらずホログラムのモニターに顔を向けている。キーボードを叩く指捌きも淀みがない。いつもの審神者だった。あまりにいつも通りだった。だから、無言で顔を見る。目が合った。
「御手杵。俺のこと、殺してくれる」
聞き間違いではなかった。目を瞠る。相変わらず、短刀たちの笑い声が届く。風が吹き込む。そんな中、審神者は当たり前のように死を乞うてくる。いつの間にか彼の手は止まっていた。真っ直ぐに、こちらを見つめてくる。自身はその視線を受け、出そうとした言葉を飲み込む。
何かあったのか。どうしてそんなことを言い出したのか。俺で良ければ力になる。
しかしそれらの言葉は無意味だった。自身は、彼の瞳に見出した。この世すべてへの絶望を。
だから、自身は彼の肩を掴んだ。座卓に向かっていた体をこちらに向けさせる。片手に、自身の得物を出現させた。
「あぁ。わかった」
槍を突き立てた。
審神者が声もなく絶命する。自身の肩口に顔が埋まった。その頭を、撫でた。
そして自分の心が死んだのに、気付いた。
(足りない)
死んだ心がそう言った。
「御手杵。仕事終わったよ。起きて」
「んがっ」
審神者の声に、自身は唸って、顔を上げる。
そこは本丸の審神者の執務室。自身は障子に背中を凭れて座っていた。背中が痛い。見ると、審神者は座卓に浮かんだモニターに向かっていた。自身が顔を向けたところでモニターは消される。やれやれといった様子で、座卓の前で彼は言った。顔には苦笑が浮かんでいた。
「御手杵。俺の仕事中は暇なのはわかるけどそう堂々と昼寝しないで欲しいな」
「悪い……退屈だったから」
「はっきり言うね。まあわかるけど。それよりそろそろおやつの時間だよ。今日のおやつはなんだろうね」
「あー、たしか小豆が水無月だっていってた」
口を拭う。涎は垂れていないようだった。それに安堵しながら、指を組んで背筋を伸ばす審神者を見る。
外からは短刀たちの声が聞こえる。池では鯉が跳ねたらしい水音がした。鳥が鳴いている。夢のままだ。きっと外の音が夢の中まで届いたのだろう。今の状況は、夢の中そのままだった。審神者がモニターに向かって仕事をしていた。短刀の声がしていた。水音がした。鳥が鳴いていた。
「主」
「なーに」
けれど、こちらを向いた審神者の目は、活きていた。
だから、それに胸をなで下ろす。
「あんた、俺に殺して欲しいってことはないか」
「何それ。また変な夢でも見たの」
怪訝そうに首を傾げられる。けれど審神者は、少し考える様子を見せた。
そして言った。
「殺して欲しくなったら、そうだね。言うかも知れない。御手杵に心の臓を突き刺されて死ぬのは、理想かな」
「……」
「でも」
審神者ははにかんだ。
「そのときは、『一緒に死んでくれる』っていうかな」
そのとき、自身は納得した。
足りなかったのは、欲しかったのは、審神者の心だった。自身と連れ添ってくれる、彼の心だった。
「……そうだな。そのときは、一緒に死んでやるよ」
仄暗い。それでも、それは確かに歓喜の言葉だった。
了