pixivからの転載
ふと思った。この戦は、自身が生きているうちには終わらないだろう。
戦は、うまくすれば立身出世の糸口だ。将来、上に立ってやるために今から政府にいろいろ恩を売っておこう。そう思っていた。けれど、陰が差す。
「お前、そんな人生を望んでいたのか」
部屋の片隅を見る。そこにはミットが2つと、ボールがひとつ置かれていた。
昔は何を考えていただろう(10年そこそこしか生きていない癖に!)。昔は、「将来の夢は?」と聴かれてなんと答えていただろう。
「やきゅうせんしゅ!」
無邪気に笑う幼い自身の鏡像が、音を立てて割れた。
梅が咲き綻ぶ頃のことだ。雪が溶け、見事な紅梅の蕾が、我先にと開かれている。そんな中、審神者が「キャッチボールをしよう」と言い出したのは、あまりに唐突だった。頼まれた御手杵は、目を瞬きながらも、投げ渡されたミットを手にする。庭に出てそれに手を嵌めながら、御手杵は笑った。
「久し振りだなぁ、あんたがキャッチボールを誘ってくるなんて」
「そうだっけ」
見遣る審神者の服装は着流しだ。あれではキャッチボールをしづらいのではないかと思ったが、審神者は構う様子もなくミットを嵌めている。そして御手杵が身構えるのを見ると、ボールを投げてきた。楕円を描いて、御手杵のミットに収まる。御手杵は言った。
「あんたが体を動かすといったら、陸奥守に剣を鍛えてもらうときだろ」
「何となく、気分になって」
ボールを投げる。審神者のミットに収まった。それを見ながら、御手杵は何でもない様子で尋ねる。
「それで、どうした。何かあったんだろ」
「……」
審神者は直ぐには答えない。ボールが数回往復した。そうして、やっと、審神者は言った。
「御手杵。一緒に死んでくれないかな」
御手杵はボールを取りこぼした。おっと、と身を屈める。地面に転がったそれを拾うと、御手杵は首を傾げながらボールを投げた。
「それって、あんたを殺して俺も折れろってことか」
「あー、刀剣的にはそうなるかー。だよね、刀剣男士は普通の方法じゃ死なないもんね」
傍から見ると異常なやり取りのはずだった。キャッチボールをしている片方が心中を持ちかけ、相手があっさりと答えているのだ。しかし彼らはその異常には気付かない。あるいは、気付こうとしていない。御手杵はけろりとした様子で言う。
「あんたら人間は色んな方法で死ぬもんなぁ」
「そうだね。投身、斬殺、轢死、溺死、圧死、縊死、窒息死……俺、自殺っていったら海で溺死のイメージが強いんだよね。太宰治の影響かな。好きだし」
「だざいおさむって作家だっけか。人間は水の中だと息ができないもんなぁ。息ができなくなるってことは、死ぬんだろ」
「うん。大抵は死ぬ」
ボールが行き交う度に、物騒な言葉がやり取りされる。御手杵がキャッチし、投げる。審神者がキャッチし、投げる。やがて再び沈黙が降りた。ボールがミットに収まる音が響く。それが何度か続いたのち、御手杵が言う。
「なぁ。あんた、そんなに死にたいのか」
ボールが投げられる。審神者が受け止めた。
「わからない」
審神者は、奇妙な無表情だった。
「ただ、ふとね。先が見えないなって思ったら、そんな考えが浮かんで」
ボールが投げられる。それを数度繰り返し、そして御手杵が言った。
「ならさ」
審神者が目線を合わせた。
「俺が、あんたの望み通りの殺し方をしてやるよ」
「――」
「海で死にたいなら、連れて行って溺れさせてやる」
「――」
「身を投げて死にたいなら、高いところに連れて行ってやる」
「――」
「縊死したいなら、縄を用意してやる。……それで、そのあと俺も折れてやるから。殺してやるから」
ボールが投げられた。御手杵は、笑っていた。
「約束だ。一緒に死のうな」
審神者はボールを待ち構えた。
――刀剣男士は、折れれば本霊に還る。
それでも、御手杵は一緒に死んでくれると言ってくれる。
審神者はボールを受け止めた。そして笑った。
「うん。一緒に死のう」
ある日の、一振りとひとりのプロポーズの話だ。
了