▼色々と怖くて読めてなかったんですが、漸く最終巻まで読めました、清/水玲/子先生の「トッ/プ・/シー/クレ/ット」。あれが作中に出て来る元ネタです。読み終えた記念に……あとまた描かれていたそうなので 絶好調なんだろうなぁ(しろめ)
気がつけば、自身が打たれてからゆうに1000年を越えていた。「この自身」が目にしたのは、穏やかな顔の少年だった。狩衣を着た、若い、20才も越えていないような少年だった。
そんな彼は、自身を見上げて微笑んだ。
「はじめまして、三日月宗近。俺が君をたたき起こした無礼者だよ。気に入らなければその刀でぶった切っていいから」
「審神者殿!」
狐の面を被った狐が叫ぶ。自身はきょとり、目を瞬いた。それから、自身を見下ろす。それぞれ2本の手足、5本の指。「顔」もある。まるでこれはヒトのようだ。
そして、自身がいるところに気付く。蹈鞴場らしいところ。そこの片隅に立てかけられたものに気付く。2本の脚。青い狩衣。頭に飾りを付けた青年が、壁に立てかけられた鏡に映っていた。
それが「付喪神」としての自分だと――そして、呼び起こしたのは目の前の少年なのだと、三日月宗近は「理解」した。
からり、三日月が持つ玻璃の杯の中で氷が揺れる。月満ちる夜。本丸の縁側で、柱に寄りかかった少年は答えた。
「『死人に口なし』」
「……ことわざ、だな」
「平安時代からあった言葉か? まあ、人間は昔から同じ事を考えるだろうけど」
ふ、と笑む少年。その両手には同様に玻璃の杯が握られていたが、中身は三日月のものと異なり酒気のないものだ。「俺の時代だと20才以下は飲酒が禁止されているんだ」と答えた少年が、以前、無理矢理次郎太刀に酒を飲まされてその後直ぐに潰れた事を、三日月は思い出した。喧噪が近いようで遠い。灯りの点った部屋では、三日月と同じ刀剣男士達の酒宴が催されていた。鶴丸や石切丸らと酒を飲んでいた三日月が、この時にふと気付いたのは、縁側で月見をしていた審神者の姿だ。適当なつまみを持ち、向かいに腰掛ければ、審神者は追い払う事もなく笑って受け入れた。だからこそ、解せなかった。
三日月の問いかけの答えである。酒気の薄い酒を飲んでいた三日月だが、それなりに酔いが回っていたらしい。以前から疑問に思っていた事を尋ねたのだが、審神者は、そんなことわざをもって答えを返した。だから首を傾げて手酌する。
「……俺は、主殿。俺達、刀剣男士がどうやって生み出されたのか、を訊いたのだが」
「ちょっと飛躍しすぎたね。酒は全然飲んでないんだけど、少し中てられたかも」
そういって、ぼんやりと月を眺める。まるで目の前の三日月に興味がないように、空に浮かぶ満月を眺めていた。それが気に入らない、という事がなかった訳でもない。しかし、追及を止める気はなかった。杯を傾けた、三日月は問う。満ちたる月に張り合うように。杯から口を離し、三日月は重ねて問う。
「以前から、疑問に思っていたんだ。主殿。主殿の時代では、俺が生み出された時代からは信じられない程、科学――ヒトの技術が発達したと訊いている。なのに、なぜ今更『付喪神』などというものが生み出されたんだ。歴史修正主義者達もそうだ。あれらと俺達は、本質は同一のもの、と以前主殿ご自身が漏らしていただろう」
「まあ、そう急かさんな。いつもの三日月らしくない」
いって、審神者は傍らの瓶に飲み物を注ぐ。中身は果物の果汁だという。それひとつとっても、三日月が打たれた頃よりずっと省略された手段で絞られている。それらを見ると、自分達がいかに時代に逆らった存在かを思い知る。この部屋の灯りもそうだ。油の灯火ではない、天井からつり下がる「電灯」によるものだ。この本丸は自分達刀剣の時代に合わせ、極力古い形式で作られているという。しかし端々に、1000年以上の空白を感じざるを得ない。
これらの発展を重ねてきた歴史を歪めようとする歴史修正主義者。そして、自分達刀剣男士。「物に宿った想念」という点で同一だと、審神者はいっていた。
だから三日月は疑問に思ったのだ。端々にまで、科学で説明できないものがなくなったような時代。なぜ、そんな時代から、世界から、自分達のようなものが生み出されたのかと。
審神者は、目の前で杯を傾ける。酔った様子もなく、三日月が持ってきたつまみを口にした。そして、ぼんやりとした様子で、唇を動かす。
「科学だよ」
「は」
「お前らも、科学の産物なんだよ。立派な、ね」
三日月の浮かぶ目を瞬く。それは、嘗て自身が呼び起こされた時のようだ。挑戦的な挨拶は、しかし、審神者の本音だったのだと、のちに三日月は述懐する事になる。
少年らしい円らな目で、彼は三日月を見据えた。満月を見るのに飽いたのか、今度は目の前の三日月を見ている。思わず杯を持ったままの三日月に、審神者は続けた。
「お前の打たれた時代から、丁度1000年ぐらいあと。……俺のいた時代からだと150年ぐらい前だな。その頃に、ある手法が開発されてしまったんだ」
「手法」
「死んだ人間の、脳の記憶を『見る』技術だ」
「――」
いわれた言葉を、反芻する。そして、理解した瞬間、酔いが醒める思いをした。
脳。頭をかち割れば、その中にヒトが思考し、記憶する為の中枢がある。三日月の時代だと全くわからなかったが、ヒトは生まれてから全ての記憶を脳に記録しているのだという。これも、以前審神者が教えてくれた事だ。暇を持て余したという鶴丸に話してやっていたのを、居合わせた三日月も訊いていた。
だから、「死人に口なし」という言葉がある。たとえどんなに物覚えのいい人間でも、死んでしまえばそれを伝える手段はなくなる。それは、三日月の時代から存在した発想だ。秘密を知った者には、死を。それが当然の発想だった。
ならば、その技術は。
目を瞠る、三日月。杯を傾ける審神者は、どこまでも自分の調子を保っていた。その態度は常ならば自身のものだ。しかし、今はただ、驚きが身を満たしている。鶴丸ならば喜ぶだろうか。今は石切丸らと共に酒を飲む同年代の刀剣に逃避を図る。しかし、1度口を滑らせた審神者は、そのまま滑らかに言葉を続けた。
「元は別の……医療の為の技術だった。けど、いつでも、どんな技術でも思わぬ発展はつきもの。脳みそさえ新鮮且つ無事なら、150年前に既に開発されていた機械……からくりにかけて、その脳が見ていた記憶を、映像として見る事が出来た。これは、最初は米国……外つ国で作られた技術だった。主に使われたのは、罪人や、犠牲になった者の『真相』を明かす為だった」
「……確かに、死んだ者の記憶が見られれば、ほとんど謎解きの前に答えを見るようなものだな」
「まあ、最初はそう簡単にはいかなかったらしいけどね。目が見えない人もいるし、場合によっては動物の脳も使われた。思いこみによる記憶違い、というのもあった。いつの時代も犯罪は絶えない。その真相を明かす為に、技術は次々と発展していったんだ。……そして、それから暫く経って、ある極地に辿り着いたんだ」
審神者は、杯を呷る。それを空けると、事もなげに彼はいった。
「『モノの記憶』というものも、読み取れるのではないか。とね」
「――モノに、記憶を宿す機能とやらはないぞ」
「さて、行きすぎた科学は妖の術と変わらない。昔の人はこういったそうだ。詳しい説明は省くけど、形成する粒子のパターン、触れられた残滓……結論として、それは可能だった。その行き着いた先が、お前ら付喪神だよ」
酒を飲むように、杯に飲み物を注ぐ。ここで最後まで飲むつもりだったのだろうか。彼の傍らには、何本もの瓶が置かれていた。まだ栓の開けられていないものもある。それを思わず眺める。三日月に、審神者は淡々と続けた。
「150年前に戻るけど。この捜査方法の唯一の難点は、『音声』。これだけが再生されない事だった。記憶の映像に出る人の、唇の動きを読んで、何を話しているか読み取るしかない。この問題は中々解決しなかったらしい。でも、前世紀になって、ふと、ある人が発想したそうだ」
「『記憶に喋って貰えばいい』、とでも」
「正解」
最早、目つきは胡乱だ。しかし、審神者に構った様子はない。信じるも信じないも自由、といいたげだ。だが、審神者の気質を、三日月は既に知ってしまっている。
ウソはいわない。ただ、本当の事をいわないだけだ。「訊かれなければ」。
「さて、喋って貰うには、口が必要だ。自分達にわかるように喋って貰わなければならない。その為の技術の開発に、だいぶ時間をかけたらしい。その間に時代遡航の技術は開発されるし、他にも色んな技術が開発されていった。人間は欲望の為に進歩する生き物だ。『知りたい』、その欲求だけが、死んだ人の記憶。それに、モノに宿った記録に、口を与える結果となった。尤も、声を出すには気管支も必要だ。身振り手振りが必要な場合だってある。だから結果として、『記録を口にする事が出来る媒体』――古来の言葉に由来したものが作られた」
「それが、付喪神か」
「そして、それに飛びついたのが歴史学者だ。お前達刀剣は、歴史の節目に立っている。彼らの記憶を知る事が出来れば、地道な研究なんてせずに済む。そうして、安易に『お前ら』を呼び起こした」
再び、杯を呷った。審神者は、疲れた様子で溜息を吐く。
「最初の試みは失敗するもの。それが、『歴史修正主義者』達だった。人の身体を元にして作られた彼らは、中途半端ながらも、感情も持ってしまっていたんだ。記憶と感情の関連性は、十分にわかっていた筈なのにね」
「――」
「彼ら……いや、俺らに必要だったのは、ただ、『記憶』だけだった。ただの、記録を口にしてくれるお人形さんだったのにな。それで、『俺』らが派遣される事になったんだ。歴史修正主義者達が、遡ってしまった場所へ」
「……じゃあ、俺達は、その成功作というところか」
「今のところはね。ま、裏切られればその時点で『失敗作』って事になるけど」
少しばかり、剣呑な声になる。それに構った様子はない。気付いているだろうに、ただ、酒を飲むように果汁を飲んでいく。つまみを喰う審神者は、口の端を釣り上げた。嘲笑うようだった。それが誰に対してのものか、三日月にはわかるような気がした。尚のこと、顔を歪めてしまう。
偽悪者。そういう言葉が頭に浮かぶ。彼は、自らを悪人に仕立てる事で、自身を殺させようとしているのではないか――しかし、その理由がわからない。だから、三日月は手酌した。酒が、欲しかった。
「……それでは、もうひとつ訊きたい事がある。今、主殿が話した事に、ひとつ疑問が生じた」
「何かな」
「歴史修正主義者達は、どうやって時代を遡った。俺達には、主殿の力を借りないと、戦場に赴く事も出来ないんだぞ。ましてや、中途半端だったという最初の試作品の彼らは、どうやって時代を遡った」
「考えてみなよ。答えはひとつだ。その時代を遡るなんて技術は、民衆にそう簡単に公開できない。こうして歴史改竄を阻止する必要があるんだから」
そういって、再び息を吐く。審神者は、今度こそ疲れた様子だった。
「政府の中に、彼らを各時代へと送り込んだ奴らがいたんだ」
「――」
「三日月。お前の頃もそうだろ。武器は、使われる為に作られる。武器は争いの為の道具だ。いつの時代も、戦乱の種がある。三日月。23世紀は、こんな行きすぎた科学の為に、ちょっとした爆発の寸前なんだよ。俺みたいな、ちょっと科学に長けすぎただけの、頭でっかちな子供も使わなきゃいけない程にね」
「……主殿は、おいくつだったかな」
改めて、問う。いつかも尋ねた気がした。少年は、へらりと笑った。
「20才にもなってないよ。この見てくれ通りの年だ。今の最先端科学を理解し、それを行使できる――お前ら『付喪神』と話す事になる人間。それは限られてる。ちょっと頭の出来が良すぎたのが仇になったね。頭の悪いふりをしてりゃ、23世紀で、まあ、ちょっと危なっかしい世の中とはいっても、まあ平凡に過ごせたと思うよ」
「主殿は」
「お前らとこうして過ごす日々が悪くない、とは思えてるけどね」
そういって、微笑む。審神者は、やはり少年の顔をしていた。だが、口にする言葉は、あまりに冷たい熱がこもっていた。
「だから、いったでしょ。『死人に口なし』って」
「もう、主殿の時代では意味を成さぬ言葉では」
「そう。だから、死語だよ。俺らの時代だとね」
審神者は杯を握った。強く握った。
「『付喪神』っていう、記憶という名の情報の塊に口がついてるんだ。このことわざを考えた先人も、これじゃ形無しだね」
吐き捨てるように、審神者はいった。常にない様子は、やはりこの酒気に中てられているのだろう。すっかり酔いの醒めた頭で、三日月は相対する審神者に、そんな感想を抱いた。抱く、事にした。
満月が彼らを見下ろしていた。
死語。
死人の言語を解する。それが審神者という名の科学者だった。
23世紀の政府は、各地で起きる暴動をおさえながらも、これ以上の騒動を招かぬように彼らの働きに期待する事しか出来ずにいた。
End.