▼まともにたぬきを書いたのすごい久々な気がする 処女作たぬきだったのに
pixivより転載
一閃。
「キエェェアァ!」
敵の太刀に、刃が沈む。それが最後の一振りだった。敵だったものたちの残骸の中に、その最後の一振りも加わった。やがて音も立てずに消えていくそれらを見下ろして、同田貫は息を吐く。
「ふん。呆気ねぇな」
「ちょっと、たぬき!」
「あぁ? そう呼ぶなっつってんだろ」
刀を鞘に収めていると、加州が自らの本体を片手に駆け寄ってくる。肩には審神者の式神が乗っており、その眉はひどく顰められていた。
「勝手な行動をとらないでって言ったよね!」
「倒せたんだからいいだろ」
「作戦とか陣形とか、他の連中の行動にも関わってくるんだよ!」
「駄目だったら全部俺が倒すっての」
「もう! たぬき!!」
「だからそう呼ぶなっつってんだろ」
「おーい、そろそろ帰るぞぉ」
部隊長の御手杵が遠くから声をかけてくる。他の隊員も加州と同田貫を遠巻きに眺めながら、転移装置を前にしていた。さっさとそちらへ向かおうとする同田貫に、加州は眉を顰めたまま、指を差して吐き捨てるように言う。
「今はそうやって力押しで行けるかも知れないけどね、いつかそういうやり方じゃ通用しない戦場が来るからね!」 それには答えず、同田貫は歩いていく。加州も逡巡ののち、さらにかけられた御手杵の声に呼応して同田貫のあとを追った。
(今日の加州は煩かったな)
風呂上がり。縁側をひとり、同田貫は歩く。夜空にはぽっかりと穴の空いた満月。夜風もそろそろ温くなってきた季節だ。手拭いを首から引っ提げて歩く同田貫は、きちんと洗ったはずの頭をばりばりと掻く。
帰投したのち、昼食を摂り、おやつを食べ、夕食を摂ったのちに風呂に入った。その間、燻り続けたのは、戦場で加州に言われた言葉だ。
『いつかそういうやり方じゃ通用しない戦場が来るからね!』
「……俺らは戦ってりゃいいんだよ」
「おや、風呂上がりかい」
ひとりごちたその先、不意に声をかけられる。驚いて、声の主を捜した。
果たして彼はそこにいた。同田貫が通り過ぎた部屋。そこの障子が開かれ、灯りが漏れていた。そこに立っていたのは、この本丸の若き――というより幼き主だ。そういえばここは審神者の私室だったと同田貫は思い出す。彼が振り返った先で、審神者は縁側になにかを置く。縁側に腰掛けた彼が、その上の一冊を手に取った――そこではじめて、それが紙媒体の書籍だと気付く。
2205年、23世紀では書籍は電子媒体が主流だ。その性質上インターネットでデータを買い求める形が主で、紙媒体の書籍を扱う所謂書店は、各都道府県の中で1件か2件が関の山だ。そしてここの審神者が、その珍しい紙媒体愛好家、特に古書を好む傾向にあるというのは本丸ではよく知られていた。のちに資料室として本丸の中央に部屋を転移させることになる書庫には、審神者が実家から持ち込んだ文献が所蔵されている。今、審神者は、恐らくその1部だろう書物たちを持ち出していた。同田貫は近寄ってしゃがみ込み、晒された2冊目の本を手に取る。活版印刷ですらない、和綴じの本だ。歴史書のようである。手に取った本を矯めつ眇めつ眺めながら、同田貫は審神者に言う。
「あんた、変わってるよな」
「そうかな」
「たしかに俺ら付喪神に対する審神者っていうのは、古いもんを大切にする性質の方がいいんだろうけどよ。こんな古い本、よく読んでられるな」
「そりゃ、役に立つしね。特に今は」
「役に立つぅ? なんだそりゃ」
本を開いていた審神者は、月明かりと部屋から漏れる灯りの双方に照らされながら笑って言う。
「温故知新……っていうより、実践的に役に立ってるよ。たとえば今俺が読んでいるのはいにしえの日本の兵法書。当時使われていた主流の戦法が載ってる」
「へぇ……」
「この戦法を攻略しに来る歴史修正主義者がどういう手を打ってくるかを予想しておくことができる。それに、今たぬきが持っている本は古地図の研究書。他にも歴史上の有名人がどの戦でどういう動きをしていたかとか学究した本とか」
「……読んでて楽しいか」
同田貫には、聴いてて頭が痛くなりそうだった。しかし、対する審神者はけろりとしたものだ。
「楽しいよ。それに」
そして口の端を釣り上げた。
「強くなれるよ」
そのひと言。それで、同田貫は持っていた本に視点を定めた。
しばらく黙っていた同田貫。審神者は手元の本に視線を落とす。ページを何枚か繰ったところで、同田貫は持っていた本と、審神者の小脇に置かれていた本の数冊を無造作に掴んだ。審神者が見ると、同田貫は掴んだ本を両手に、立ち上がる。
「借りるぞ」
「えっ、いいけど汚さないでよ破かないでよ」
「わーってるって」
同田貫はそうして、自室へと引き取った。
同田貫は、はたと顔を上げた。そして隊員たちに小声で囁きかける。
「お前ら草むらに伏せろ」
「え?」
「いいから!」
言われて、戸惑いながらも部隊長の御手杵を含めた隊員たちが近場の草むらに身を伏せる。
それが数分ほど。加州が顔を上げかけたところで、声が聞こえた。
「――――!」
声は馬の轟きと共に駆け抜けていった。それがしばらく続いて、やがて静かになったとき、同田貫が「もういいぞ」と頭を上げる。御手杵が尋ねた。
「たぬき、今のは?」
「たぬきじゃねぇっつってんだろ――この時代の重要人物たちが駆け抜けていったんだ。さっき倒した敵に妨害されなかったからこっちを通って行ったんだろ」
「でも政府から支給されたデータにはそんなのなかったぞ」
「こんなこまけぇ動きまで把握してないんだろ」
「じゃあなんでたぬきは知ってたの」
加州が目を瞬きながら僅かに見上げてくる。それに同田貫は真っ直ぐに答えた。
「昨日読んだ本に出て来たんだよ。歴史の研究書。当時の布陣はこうしたんじゃねーとかっての。正直当たるかどうかわかんなかったけど、どうやらあの研究書は当たってたみたいだな」
「へぇ、たぬき、本なんか読むんだ」
「意外だなぁ」
「……なんでもいいだろ。おら、それより帰るぞ。いつまでもここにいるとこの時代の連中に見つかっちまう」
そういって、御手杵たちの背中を同田貫は押した。
そのとき、はたと御手杵の肩に乗った式神が目に入る。審神者の式神だ。基本部隊長に憑いているこの式神は、本丸にいる審神者と視界を同調させる。恐らく今の状況も見えていたはずだ。
振り返った、その式神が言ったように思えた。
『ね? 強くなれたでしょ』
はたと気付く。そういえば、先日。同田貫が無茶な行動をして加州に咎められたとき。あのときはこの式神は加州の肩に乗っていなかったか。
そしてその日の夜に、審神者は自身に話しかけてきた。戦術書を持って――
(――主の掌に転がされたか)
そう思い至ったとき、多少面白くない気はした。
しかし、賢くなることで得る強さにも気付いてしまった。
同田貫は部隊の殿を務めながら密かに笑う。
「……上等じゃねぇか」
それはごくごく小さく低い声だったので、誰の耳にも届かなかった。
足音荒く、同田貫が縁側を歩いていく。片手には数冊の書物がある。辿り着いた先は審神者の私室だった。断りもなく障子を勢いよく開く。
「主! 本を借りに来たぜ」
「またあ?! ちょっと本当に大事にしてよね! それで今度は何を借りたいの」
「■■時代の■■の戦いの布陣に関しての本はあるか」
「ああ~ちょっと待ってあったはず……もう、俺は司書じゃないんだよ。主だよ。こき使わないでよね!」
ぼやきながら書庫へと姿を消す、そのさまを同田貫は何とはなしに満足げに見送るのだった。
了