pixivからの転載
「なんだ。起きていたのか長義」
「……偽物くんこそ」
その日の夜、長義が寝付けなかったのには訳がある。昼間の興奮が冷めやらなかったのだ。
節分の豆まきである。政府主催のそれは去年から行われているものらしく、豆は鬼という名の敵から回収する。そして本丸で撒くのだ。長義も自分で言っていて訳がわからなかったが、実のところここの本丸の面子も訳がわかっていない。閑話休題、そんな訳のわからないイベントで神経が昂ぶっていたらしい。いつもなら10分もすれば寝付くものが、今夜に限っては1時間経っても寝付けなかった。蒲団の中でごろごろと寝返りを打つのも飽きて、ホットミルクでも飲もうと厨に来たのである。そこに先客がいて、それが自分の写しであることに些か驚きながらもどこかで納得していた。
昼間、共に出陣し、刀を持つ右手で最も鬼を屠っていたのはこの写しだ。誉を何度もらっていたことか。さすが自分の写しだ、という誇らしい気持ちと写しのくせに、という気持ちが綯い交ぜになっているのが正直なところである。それはともかく、そんな戦闘を繰り返していたら、寝付けもしないだろう。冷蔵庫を開いているとこを見ると、自分と同じ考えに至ったらしい――しかし、予想に反して取られたのは、卵が2つ。牛乳パックも取られたが、卵に目が行く。それに小鍋も見受けられた。目を瞬いていると、国広は振り返る。
「その様子だと寝付けなかったようだな。ホットエッグノッグを作るから長義も飲むといい」
「ホットエッグノッグ……?」
「本来はブランデーも入れるものらしい。南蛮の卵酒といきたいところだが、生憎酒の類は飲兵衛共が持って行ってしまった。料理酒の日本酒やワインは最低限残っているが……」
「……」
「飲まないのか」
「……偽物くんが作ってくれるというのなら、飲ませてもらおうかな」
「わかった。堀川の兄弟直伝だ。まず卵をかき混ぜて――」
そのあとの台詞は生返事で相槌を打った。長義が見ていたのは、今は泡立て器を持つ国広の右手だ。
あの手は、敵を滅することもできれば、こうして料理を生み出すこともできる。それが、なんとなく不思議だった。
「――で、あとは小鍋で温める。長義、タイマーを5分セットしてくれ」
「――あぁ、わかったよ」
冷蔵庫に貼り付けられたキッチンタイマーを手に取り、分のボタンを5回押す。ゴムべらで小鍋の中身をかき混ぜるその手を、ひたすら見つめていた。
「できたぞ」
「……美味しそうだね」
「お好みでシナモンをかけてくれ」
厨のテーブルにつく。国広の手から調味料が置かれたが、長義はひとまず一口だけ口にする。
温かい味だった。濃厚で優しい風味が口に広がる。それに思わず目元を蕩けさせる。
そしてふと、先に席に着いていたはずの国広が、まだカップに手をつけていないことに気付いた。長義は怪訝に尋ねる。
「どうしたんだい。まさか変なものでも入ってるのかい」
「料理をしているところを見ただろう。変なものを入れる隙はなかった――ただ、お前の右手を見て、不思議だなと思ったんだ」
「俺の右手がどうしたのかな」
湯気に顔を照らしていると、国広はカップを口元に寄せながら言う。
「昼間、あんなに鬼を屠っていた右手なのに、今は大人しいものだな、と」
「……皮肉かな」
「単に感想を言っただけだ」
そしてエッグノッグを口にする。そんな国広を胡乱な目で見ながらも、今はこの温かな味のドリンクを飲み干すことに専念することにした。
きっと、飲み終えたら、心地よい眠りが約束されているだろうから。
半分ほど飲み終えたところで、同時に口を離した国広が言う。
「それでお前、もしかして蒲団が冷えて眠れないのか。ならこのあと一緒に寝よう。大丈夫なにもしない、多分」
「いい話で終わらせて欲しかったな!」
長義は右の拳で、テーブルを叩くのだった。エッグノッグが波打った。
了