劈開。それは結晶体の割れやすい性質を指す。自分たち刀には、比較的無縁の話に思えた。しかし、その言葉自体が、本来はさきひらくこと――罅が入って割れることを指すとは、この日このときまで知らなかった。
目の前で、長義の刀身に罅が入った。重傷を負った、彼の美しい刀身に。
暗転しそうな意識をこの世に留め、地に倒れ伏そうとする長義を抱き留める。彼の呼吸は乱れていた。お守りが弾ける音がする。それで、劈開が治まる。しかし、出陣する部隊に配られるお守りは基本普通のものだ。お守り・極は現状本丸に3つしかない。なので長義の破壊寸前の重傷には変わりはない。彼を抱えて、国広は叫んだ。
「部隊長! 主! 帰投だ!!」
「……くっ……」
「長義、とりあえず刀を収めてくれ」
腕の中の彼にそう語りかけると、存外大人しく長義はそれに従う。そして国広は、長義を担ぎ上げた。途端、大人しくしていた長義は暴れ出す。
「おい、普通に肩を貸してくれるんじゃないのか」
「今のあんたは担いだ方が早い。ここはもう撤退だ」
「くそ……あと少しだったのに」
肩に担いだ長義から、密やかに歯軋りする音が聞こえる。それを耳にしながら、国広は他の部隊員について歩いた。そして耳打ちする。
「敵討ちはまたこの次だ。今は帰ろう」
国広は言った。
「あんたが劈開するところなんて、2度と見たくない」
「――」
「おぉーい、ゲートが開いたぞー。重傷者から優先して運んでくれー」
部隊長の間延びした声が届く。それに応えて、国広はずんずんと歩いていった。「ひ、響く、怪我に響くからゆっくり歩いてくれ」という長義の声は聞こえなかったことにした。
心臓に悪いことをする方が悪い、と。
手入れ部屋。刀剣を妖精たちが持っていく。それをぽんぽんと磨き粉で叩いていくのを尻目に、長義は戦装束を解いていく。目の前には大きな水槽――薙刀・大太刀でも入れるサイズのそれが置かれていた。中には、この肉の身を癒やす特殊な液体が入っている。政府勤務時代にはお目にかかることはなかったものだ。なんでも性質は羊水のようなものらしく、実際何度か頭まで浸かっているが、息もできたし傷も治った。何でできているかは国家機密とやららしい。服を脱ぎ終えてきちんと畳む。そして水槽にどっぷりと浸かった。――自分たち刀剣男士は女の胎を経由せずに生まれる。それがこうして羊水に近いという液体に浸かり、赤子に返ったというのもおかしな気分だった。ごぼりと気泡が浮かんでいく。
「入るぞ」
断りもなしに障子を開けてきたのは、案の定彼の写しだった。彼の手には、傷で破かれた戦装束に替わり、内番着が握られている。同室の誼だろう。そんなことを考えながら、それでも体の修復が終わるまでは出られない水槽の中から国広を見上げる。彼は水槽の前に来ると、内番着を置き、そして傷んだ戦装束を抱えた。そして、こちらを見る。怪訝に見返すと、国広はふと、思いついたように言った。
「水槽の中のお前。お前を見るのは、慣れないから。できるだけ怪我はしないようにしてくれよ。これからも」
「わかってるさ、偽物くん」
挑発するつもりで答えた。国広は「写しは偽物じゃない」とお決まりの文句を言ってから、手入れ部屋を立ち去った。障子が閉められたあとで、水槽の中でぐるりと回転する。
刀身の劈開といい、運んできてもらったことといい、着替えまで持ってきてもらったことといい。これが終わったら礼のひとつや2つ、言っても構わないかも知れない。そう思った。
了