べったーからの転載
人間で言えば、もう四十路を過ぎている。鍛刀、あるいはドロップ――あるいは政府からの配給。それらを誕生日として、この本丸の刀剣男士たちは既に40年以上の年月を戦っている。審神者が年を重ねても、彼ら刀剣男士は見目が変わらない。否、それは人間とは異種族だからこそ、年を重ねる姿がわからないからかも知れなかった。
その中でも、長義は変わらない。少なくとも国広の目には、長義は変わらず美しかった。「姥桜、と呼ぶべきだろうね。それは」
花の宴、観桜会の席で、そんな話を溢した相手の歌仙はそう答えてくれた。話し相手に歌仙を選んだのは、偶々席が隣だったからである。一方、長義はといえば長船派の面子に揉みくちゃにされていた。こればかりは40年経った今も変わらない。変わらないから、長義は美しかった。酒を飲みながら、国広は問う。
「姥桜というのはなんだ」
「ほら、丁度そこに咲いている桜のことさ。彼岸桜なんかを指すね。これが1番目の理由で、2番目は『娘盛りを過ぎてもなお美しさが残っている女盛りの年増』。まぁこの2番目の意味は、正確には長義には当て嵌まらないけど――国広。君からすればそんなものだろう」
「……長義は美しい。変わらず、ずっとだ」
「……そんな君に、贈り物だ」
そういって、歌仙は懐からそれを取り出す。目を瞬く国広に、歌仙は人差し指を立てて囁いた。
「万屋で、意匠が気に入って買ったんだけどね。道具には使い道があった方がいい。――君の『美しい人』に何かあったら困るんだろう?」
「これをどうしろと?」
「これをだね……」
顔を寄せ合って、それの使い方を教わる国広。それを、長義は面白くなさそうに見ていた。大般若が杯を片手に肩を組んでくる。
「なんだ? 長義。酒が進んでないじゃないか」
「俺はこれ以上は」
「まぁまぁ大般若さん。これ以上絡み酒はよしておきなよ」
燭台切が止めに入る。それに安堵の息を溢して、長義は改めてそちらを向いた。
既に歌仙と国広は離れていた。それに、どこかホッとしていた。
「桜がきれいだな」
その日の晩のことだ。遅くまで夜桜見物をしていた面子も散り散りに、潰れた者も運ばれていった。あとに残ったのは、翌日片付けに奔走することになるだろう跡地だ。歌仙が額にクレパスを生じさせるだろう。その様を想像しながらも、向こうの縁側から歩いてきた長義を見遣ると、国広はそういいながら彼を手招きした。自身が縁側に座ると、彼は存外に素直にそれに倣う。目を瞬く長義の前で、国広は懐からそれを取り出した。
漆塗りの容れ物に入った、それは紅だった。薄暗い中でもそれはわかる。しかし意図がわからない。長義が途惑っていると、それを紅差し指で掬った国広は、長義に「目を閉じろ」という。何となく逆らえなくて言葉通りに従うと――目の縁に、何かが触れた。それも両方の眦に。
鑑がなかったから、このときの長義にはわからなかった。国広は、長義の両の眦に紅を塗ったのだ。目を瞬く長義に、国広は満足げに微笑んだ。
「魔除けだ」
「まよけ?」
「姥桜のようなお前に、変な虫がくっつかないようにな」
「誰が年増だ」
「そこだけは知っているんだな……」
呆れる国広。しかし、彼の目標は達成された。庭には爛漫とした桜。夜桜が散る様が美しい。その中で、眦に紅を塗った長義は、倒錯的に美しかった。
変わらず、40年経っても、長義は美しかった。
了