▼どうも、肥前の放置ボイスで無事に召された口です
pixivからの転載
審神者は晴れやかに笑った。手を差し出す。
「どうも、改めて肥前忠広。これから宜しk」
「俺に近付くな。斬るぞ」
返ってきたのは鋭利な無愛想だった。
文久土佐藩への特命調査。まだ調査自体は続いているが、先行調査員だった肥前忠広は、南海太郎朝尊と併せてこの本丸の正式加入と相成った。現在は高練度の極短刀男士たちが高知城に詰めている。歓迎会は調査が終わってからにしよう、そう審神者が厨組と話し合ったのはつい数分前。そして陸奥守に連れられてやって来た肥前と対面し、手を差し出して現在に至る。
手を差し出したまま笑っている審神者を見ていられなかったのか、陸奥守が困った様子で口を出す。
「おいおい肥前、なにしちゅう」
「なにもどうにもあるか。握手なんぞできるか」
「たかが挨拶じゃろ。ここでやっていく以上、しちゃり」
「断る」
「……」
陸奥守と肥前のやり取りを眺めながら、審神者は笑っていた。笑顔のままだった。そんな審神者を、肥前は怪訝そうに見遣る。
「なんだよ」
「……」
「おい」
「……」
「……」
「あっ!」
「!?」
審神者が外を指差した。それに釣られて肥前はそちらを見る。
その途端、右手が掴まれた感触がした。
ゆるゆると見遣ると、審神者は笑顔だった。笑顔で――余所を向いた肥前の右手を握っている。ぶんぶんと握った手を振っていた。
「宜しく!」
「……お前」
「主はそういう奴じゃき。諦めぇ」
睨む肥前の眼もものともしていない。にこにこと笑う審神者は、手を放すと「次、朝尊。握手しよう」と黙って一連の光景を眺めていた朝尊へ握手を求めた。朝尊は自ら進み出てその手を握る。
「これから宜しく朝尊」
「ああ、こちらこそ」
「……」
「ほれ、南海も大人しく握手しとるじゃろ。それを否定するがか」
「……わかったよ。だが、同じことは2度とするなよ」
念を押すように言う肥前に、審神者は笑っている。
「引っ掛かるとは思わなかったんだよなあ」
「おいなんか言ったか。聞こえてんのか!」
怒鳴る肥前。それを陸奥守と南海は微笑ましそうに眺めていた。
「なぁ! あいつなんなんだよ!」
「なんなんだってなんじゃ」
執務室を辞したのち。朝尊と共に本丸を案内されていた肥前が、堪りかねたという様子で陸奥守に問う。陸奥守は振り返りながら問い返した。彼についてきていた肥前は、憤懣やる方ないという様子だ。朝尊は面白そうに眺めている。
「いくら俺がリセットされて再顕現されたばかりの身とはいえ、刀剣男士の隙を突くってどういうことだよここの審神者は!」
「うーん」
それに対し、陸奥守は顎に手を添える。そしてぽつりと呟いた。
「鍛えすぎたかのぉ」
「はぁ!?」
「おんし、ここに来てすぐに引ん剥かれたじゃろ。血は不衛生じゃって」
「おぉ……いきなり何するのかと思った」
そう答えて、肥前は自らの衣服を改める。ここの初期刀だという加州は、出迎えるなり肥前の服を剥いだ。今、肥前が着ているのは予め支給されていた内番着だ。陸奥守は肯いた。懐かしむ様子で。
「衛生に気を使わんといけんほど、主は病弱でなぁ。ウチの主は他の本丸より先行して戦線に着任したんじゃが、最初の頃は季節の変わり目には必ず風邪を引いてインフルエンザに罹って、喘息も起こして……最初の冬は、沖田組に寝室に軟禁されちょった。それぐらい病弱な奴じゃったき、体力をつけさせようっちゅう話になったのは自然の帰結じゃった」
「体力がついたようだね、今は」
「おん。わしが鍛えたからのぉ」
「お前が?」
肥前に問われ、陸奥守は肯いた。
「誰が鍛えるか、っちゅう話になって色々話し合いの結果、わしが稽古をつけることになっての。あれから4年も経ったき、いやぁ強うなった。わしが極の修行に行く直前のときは手合わせで5本に1本は取られた。今は10本に1本ぐらいじゃな」
「なんでそこまで強くしたんだ!? 審神者を強くする必要はなかっただろ!」
「強うなってしまったもんは仕方ないき。でもまぁたしかに」
全力でつっこむ肥前を見て、陸奥守は笑った。
「主が直接戦うようなことがないようにするのも、わしらの仕事じゃ。宜しゅうな」
「……ちっ」
肥前はそっぽを向く。
「仕方ねぇな」
それでも返事をしたから、陸奥守は朝尊と笑い合った。しかし陸奥守はすぐにその笑みを引っ込める。
――肥前の本心がどこにあれ、ここに来た以上戦ってもらうしかない。
(主。おんしはどこまで肥前の心を開かせられるかの)
執務室に残った今の主に思いを馳せながら、「それじゃ案内の続きをするぜよ」と2振りを先導するのだった。
了