べったーからの転載
春は桜が咲き誇る。夏は向日葵が咲くし、秋は紅葉が散る。冬は雪が淡い光を灯す。四季の象徴といえばそういったものか。これまでの景趣はそれぞれ四季に準じたものだったが、この頃は二十四節気に合わせた景趣も出ている。近頃手に入れた景趣が、「藤」だった。審神者の執務室からは藤の花の行列が一望できる。
「この藤は、木に絡みついてるのかな」
その執務室から、茶を片手に藤の花を眺めていたのは長義と国広だ。現在、審神者は不在だ。政府の所用で近侍と共に外出していた。「その間に執務室から花見ならぬ藤見をしてていいよ」と審神者から言質を取っていた。それを聴いたのは偶々外出するところに出会した国広で――藤見に誘い、そして断らなかったのが長義だった。長義は国広に連れられるまま、厨で茶と菓子を用意し、こうして藤見に興じていた。
(何で俺は偽物くんの誘いなんか断らなかったんだろう)
長義自身もそれに困惑していた。そして腹立たしさも感じていた――藤の花が絵になる男だ、この国広という刀は。何に対する腹立たしさかも判断しかねていたから、毒を吐く替わりに茶を飲んだ。汗ばむ陽気だ。冷たい茶の方がよかったかも知れない。そんなことを思っていると、国広はようやく答を返す。
「藤は単体では生えることができない花だからな。近くでは見てないが、恐らく松の木にでも絡みついているんだろう」
「松」
「昔から藤といえば松に絡むもの、縁起物だったらしい。松は長寿、そこに青紫の花が咲き誇れば美しい――あぁ、そういえば、この景趣の藤はどちらかといえば赤紫だな」
「ウィステリア」
「ウィステリア?」
長義は言った。案外博識の国広に対抗したくなったのもある。
「英語で藤の花のことだよ。海外の藤の花は日本のそれより青味が濃いんだそうだ。日本でも一般的にはそちらの方がイメージが強そうだね」
「へぇ、知らなかった。俺の藤の花に関する知識は今ので空になったが、長義の教えてくれたことで知識が増えた。有難う」
素直な礼を言われて、内心で途惑う。ただ自分は対抗しただけなのに。そして、それは自身の本能に基づく行為でもあったというのに。
「持てるものこそ、与えなければ」
「いつものか」
「あぁ。――与えられるものはすべて、」
そこで言葉を切る。風が吹いた。藤の花が靡いていた。執務室に向かって。花弁が散る。藤の花びらが、吹き付けてきた。やがてそれが止んで、湯飲みの中に花弁を見つける。藤の花が、そこに鎮座していた。それを見つめていると、不意に目線に気付く。顔を顰めて問うと、国広は気まずそうに答えた。
「長義は藤の花が似合うな、と思ってな」
「……そうかい」
考えることは同じだったらしい。そんなことを思いながら、先程自分が言いかけた言葉を自省していた。自分は何を与えるつもりだったのだろう。すべてを、などと。
すべて、とっくに与えていると思ったのに。
「藤の花もいつまで咲いているんだろうな」
「……景趣は特別だからね。主が変えるまでいくらでも咲き続けるだろう」
藤の花ごと茶を啜った。仄かに蜜の味がした。
了