海を思わせる青い目が、今は憂いでさざ波を起こしている。卓袱台に頬杖を突いた長義は、ほう、と息を吐いた。
「俺は、なんでこの本丸に来てしまったのかな……」
「お前が配属されたのは去年の暮れだろう。五月病に当たる時機を逸してないか」
「そういうマジレスは求めてないよ偽物くん」
「写しは偽物とは違う」
卓袱台を叩く。それに対し、洗濯物を畳んでいた国広は動じる様子もない。5月、初夏の夕暮れ。洗濯物はぱりっと固く乾いていた。畳みながら、国広は自分の服と長義のものを選り分けていく。お互いの肌が汗ばんでいることは、この陽気が証明している。200年前、令和元年の5月もこんな気候だったらしい。新手のリバイバルだろうか――閑話休題、長義の話に戻る。長義は頬杖で顎を支えていた。いつものクールビューティーぶりはどこへやら、まるで子どもだ。子どものように頬を膨らませている。
「大体、山姥切の本歌である俺を尊重して『本歌』なんて主も周りも呼んでくるし」
「よかったじゃないか。お前は俺の本歌だ」
「食事は美味しいし」
「23世紀までに辿った食事の品質の向上のためだろうな」
「お風呂は気持ちいいし」
「一っ風呂浴びたあとのコーヒー牛乳は最高だな」
「フルーツ牛乳派の俺に喧嘩を売ってるのかな」
「それで、何が不満なんだ」
Tシャツを畳む。夕暮れだからだろう。鴉がどこかで鳴いていた。
頬杖を突いたまま、長義は嘆息した。
「刀の癖に人としての生活を経て。俺たちは、俺は何をしているんだろうな。と、ふと思っただけだよ」
その声は小さい。それをしっかりと聞き取った国広は、最後の1枚を畳み終えた。そして立ち上がる。
卓袱台を回って長義の前に座った。視線を合わせてくる長義の肩を掴む。
唇を重ねた。舌をねじ込み、歯列をなぞり、唾液を絡み合わせる。そして、そのまま押し倒した。畳の上に。ぽかんと見上げてくる青い目は、先程よりは凪いでいた。国広は長義の内番着のチャックを下ろす。手早い動作に、長義はやっと我を取り戻した。
「何するのかな、偽物くんっ」
「写しは偽物とは違う。知っているか。五月病とは神経症のようなものらしい。つまりは、考えすぎだ。頭にエネルギーを回しすぎている」
青いVネックの裾を捲った。
「つまり、体を動かすことでそのエネルギーを消費するのが1番だ。運動療法というやつだな」
「ちょっと待て、それなら走り込みでも手合わせでもいいだろう!」
「それもそうだが」
払いのけようとしてくる長義の手を、手袋越しに口づけた。
「気持ちいい方がいいだろう。五月病に効く薬は」
「ちょっと待て、あ」
――夕餉の時刻だと、報せに短刀男士が飛び込んでくる数分前のことである。
了