それは、なんだかんだと長義と国広が同室になることが決まった日。新しく宛がわれた部屋に荷解きをしていた最中に、長義はそれを見た。
「おい、偽物くん」
「写しは偽物とは違う。なんだ長義」
「そのドロップ型のガラスの置物はなにかな」
国広が段ボール箱から取り出したそれは、窓際の文机に置かれていた――窓があるのはここが角部屋だからだ――。この日の天気は晴れ。ドロップの中で透明な液体が光を反射していた。それを見て、国広は「あぁ」と拾い上げる。
「元々兄弟のものだったんだ。テンポドロップ、あるいはストームグラスともいう。簡単に言うと半日後ぐらいの天気予報ができる代物だ」
「へぇ」
兄弟とは堀川の方だろうか。かわいらしい見た目のアイテムは彼に似合っている。
「結晶の具合で天気がわかる。だから山籠もりをするときにはタイミングを見計らうのにぴったりだと言っていた」
まさかの筋肉の方の兄弟だった。それに内心驚きつつも、手にとって矯めつ眇めつ眺める国広を見遣る。彼は立ち上がった。
「うっかり俺が持ってきてしまったな。返して来よう」
「待て」
「? どうした長義」
呼び止められた国広は、長義を見下ろす。彼は私物らしい私物を持っていないので、支給された内番着を畳んで箪笥に入れているところだった。彼は尋ねる。
「そのテンポドロップとやらは、どこでも買い求められるものなのかな」
「あぁ、ネットで検索すればどこでも売っている。欲しいのか」
「……まぁ、欲しい、かな」
「なら俺が買ってやる」
そういって、国広は障子を開けた。目を瞬く長義に彼は言う。
「我が本丸着任祝いだ」
「……それじゃ、そのときは有難く受け取っておこうか。呉々も不良品には気を付けてくれよ」
それが昨年の暮れだ。
そしてそれから半年強。本丸では6月に入った途端、きっかりと梅雨入りした。単に審神者が景趣を切り替えただけの話だが。
この日は非番だった長義は、障子の窓を開けた。文机には、あれから宣言通り国広が買ってきたテンポドロップが置かれている。テンポドロップは、小さな結晶が浮いていた。雨である。そして窓から見える景色は、しとど濡れる紫陽花。心が洗われるような風景だった。
テンポドロップは、雨天には結晶が浮く。きれいだ、と思った。にくらしい写しが買い与えてくれたとしても、たしかにそれは美しかった。
「長義、茶と菓子を持ってきたぞ」
断りもなく障子を開いた写しに、情緒の世界は去ろうとした。むっとして睨み付けても、国広は構った様子はない。床に盆を置いた国広は、ふと長義が見ていたものを彼も見遣る。テンポドロップの仕組みは、山伏と同室だったときに知っていた。彼の代わりにドロップを見て、山籠もりをやめるよう伝えたこともある。だから結晶が浮くのを、そして窓の外の紫陽花を見て――ふ、と国広は微笑んだ。
「まるで、よひらの紫陽花に白く染まったようだな」
「……お前も、そんなロマンチックな物言いができるんだね」
「おや、俺はこの半年間、できるだけロマンチックな物言いを心懸けていたつもりだったが」
「そうだね。限りなく不可寄りの可というところだったな」
「じゃあ今は」
「そうだね。まぁ、良をあげてもいいよ」
「いつになったら優をもらえるんだ」
「そうだね」
テンポドロップに触れて、長義は優雅に微笑んだ。
「このドロップが、白く濁る頃までにはもらえるといいね」
それはそれは優雅な微笑みだった。
雨が降っている。よひらの紫陽花は雨粒を地面に垂らし続けていた。
了