景趣ごとにいえることだが、その気温や天候の調整はランダムだ。熱帯化した現世ほどではないが、夏の景趣に指定していると、そこそこに暑い日がある。その熱気を夜にまで引き摺ることも稀にある。今夜がそうだった。まるで、頭までぬるま湯に浸かったよう。
「おぼれそうだな、長義」
「うんそーだね国広」
「……雑誌を読んでないで、こちらに集中して欲しいんだがな」
下半身は繋がっている。しかし、今ひとつ心は離れているようだった。国広と長義は蒲団の上で睦み合っている――はずだ。ただひとつ、そんな下半身に構わず、長義がやたらとかわいらしい表紙の雑誌を広げているという事実が雰囲気を妨げていたが。淫靡な雰囲気を醸そうとした国広の努力は空振りである。いつものことだ。国広は腰を動かしながら、自身と長義を妨げるその雑誌を穴が空きそうなほど睨む。一方、長義はしれっとした様子で雑誌のページを繰った。
「読みたい雑誌があるといったのに、押しかけてきたのはお前の方だろう。挿入させてやってるだけましだと思え」
「俺より雑誌の方が優先なのか……」
「これ乱から借りたんだ」
「尚更事の最中に読む雑誌ではないな! 汚したらどうする」
「汚させるような真似は今夜は慎むように。――あぁ、見ろ国広。面白いものがあるぞ」
「なんだ」
声を荒げながらも、国広は素直に目線をやる。薄暗い中、そのページには1枚の写真があった。クルミのような色をした、しかしそれよりは大粒の塊が堆く円錐状に積まれているものだ。白い粉化粧が施されていたり、飴のようにつやつやと輝いた糸が飾られたりしている。枕元の灯りが遠く、文字までは打刀といえど読みにくかった。
「これはなんだ」
「クロカンブッシュ、という仏蘭西のケーキだそうだ。なんでもこの塊の正体は小さいシュークリームらしい。食べるのが大変そうだな、と思ってね」
「クロカンブッシュ……」
「乱や短刀たちが好きそうなケーキだよな」
「――クロカンブッシュという名前には聞き覚えがある。こういうケーキだったんだな――主の書庫にあった世界菓子図鑑というのに名前だけあった。尼さんのおなら、ひっかき傷、悪魔の誘惑というお菓子の方がインパクトがあって忘れていたが」
「その3つのお菓子も気になるところだけど、お前が知っていたとはね」
「あぁ。更に知っているか、長義」
長義の足を持ち上げる。繋がりが深くなった。長義が雑誌を握っていた手に力がこもる。それに慌てて枕元に雑誌を退けた、長義に国広は意地悪く微笑む。
「その仏蘭西だと、クロカンブッシュはウェディングケーキに使われるそうだ」
「――」
「それに興味を示したということは、長義。俺とお前の結婚は仏蘭西式がお望みか」
「誰が、お前なんかと結婚するって」
「なんだ、そういう意味かと思ったんだがな。――さて、長義。雑誌を手放してくれたのは嬉しいな」
「っん……」
最奥を貫く。長義の宙に浮いた手が、彼の自らの口を塞いだ。漏れ聞こえる喘ぎ声は、国広を熱気と共に煽り立てる効果しかない。
「クロカンブッシュのように甘く、蕩ける夜にしよう」
「……可よりの不可」
「ちょっとは評価の余地があったんだな。よかった」
灯りの中、長義は喘ぎ出す。吐き出す息は、熱気の中に溶け消えた。
おぼれそうな熱帯夜だった。
了