本丸の気候は、各サーバーごとの地域に影響されやすい。景趣という強力な気候操作システムはあるが、気温の上下、冬は降雪量、夏は熱帯夜の有無・数などは地域ごとに左右される。この本丸は比較的温暖な地域のサーバーなので、雪掻きの苦労に魘されることは少なかった。
それが、この雪である。
「今年は暖冬だと思ったのだが」
「かんのもどり、ということばもあるしね。さ、ひえるからうわぎをきて」
「あぁ、有難う」
朝食を摂るべく大広間に向かう最中のことだ。縁側は冷え切っており、空からははらはらと白い花弁が降ってきていた。この日は非番の山鳥毛は、内番着の上着を小脇に抱えて素足で歩いていた。親指のトゥリングがより冷たい。そんな山鳥毛を見かねてか、後ろからついてきていた小豆が彼の小脇から上着を抜き取り、彼の肩にかける。そうするといつもの山鳥毛の内番着姿だった。小豆は彼からは見えない位置で満足げに微笑みながら、空を見上げる。花々に先駆け咲いた梅に続いて咲き乱れようとしていた庭の花々は、やにわの雪に萎縮しているようにも見えた。哀れだとは思う。しかし天の配剤には中々どうして敵わない。
そう、敵わないのだ。前を歩いている山鳥毛が指先を擦り合わせ、息を吐いているのを見かねたのも。
「山鳥毛」
「なんだ。…………本当に、なんだ」
手袋を外すと、斜め後ろから、手を滑らせる。その滑らせた手は、山鳥毛の右手を確かに握った。反射だろう、握り返されたことに嬉しさを覚えながら、小豆は言う。
「このなごりゆきだ。ひえるだろう。きみのてぶくろはゆびぬきだからね、わたしのてですこしでもあたたまればいいとおもって」
「……そうか」
そういって、一旦は握り返してきた手を解いてくる。それに小豆が内心で残念に思っていると、再び手が戻ってきた。
今度は、指ぬきグローブが取り去られた――刺青の晒された右手だった。
小豆は見た。山鳥毛の耳と、刺青が赤いのを。
「……どうせなら、こちらの方が良い」
そういって、赤い刺青の右手を閃かすものだから。
「そうだね。すはだでふれあったほうが、よりあたたかい」
そういって、小豆は大事に大事に、山鳥毛の右手を握った。その手は冷えていたが、人の身体特有の冷たい熱がそこにあった。直に温かくなるだろう。この手も、季節も。なごりの雪も、解けて消えてしまうだろう。
こういうやり取りができるのはこういうときまでだ。春になればそうもいかない。だから小豆は、このなごりの雪が降らなくなるのが少し寂しかった。
春が来る。
了