※この作品はR-18です。

波の行方   作:アンダーグラウンド

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影の行方

 大きな小麦に隠れるようにして、シャドーから逃げ回る。どこから追いかけてくるのかわからない。

(あっ──)

 やっぱり真上だ──。真上から黒い翼を広げたシャドーが飛びかかってくる。

「見つけたぞ、ジン」

「くそっ、なにかまた魔法を使ったんじゃないか?」

「ジンの匂いが強過ぎるんだ」

「おい、やめろって──うぅ──」

 シャドーの身体はとても大きくて、僕の首を舐めてくるだけで恐ろしい。

「ライトは全然怖がらなかったのに」

 むすっとして、シャドーは僕から離れる。

 ……シャドーは兄さんと一緒に産まれた魔獣だ。兄さんが死んだあと、どういう訳か僕の影で生きている。

「なんで僕なんかの影に……」

「ん? なんか言ったか?」

 小声で言ったのもあるけど、強風が僕の声をさらっていった。

 海風を避けて内陸側に作られた小麦畑、それでも頻繁に風が送られてくる。背の高い小麦が折れないよう、この丘全体に魔法が掛かっている。

「なんでもないよー」

 またシャドーは僕の頬を舐めてくる。

「ザラザラして痛いよ、シャドー」

「だってジン、おいしいんだもん」

 おかしなニュアンスの〝おいしい〟は、肉食動物特有のものだろうか。なんだか聞きづらくて、それ以上の意味を聞いたことはなかった。

「さあ、もうパールさんのところに戻らなきゃ」

「律儀だなぁ、ジンは魔法が使えないのに」

 シャドーの何気無い一言でも、結構心に来る。

 シャドーは兄さんと僕を比べているのだろうか──。

「魔術学校は寮があって、国が支援してるんだよ。そこに入れば……」

「そこに入れば?」

 ──ここに居ると寂しいんだ──父さんや母さんを知らない人ばかりで──。

 

 

 朝からパンのいい匂いがする。

「日に日に上手くなっているなあ」

 〝パン屋の親父〟と呼ばれて親しまれている、僕のお祖父さん。見た目は40代くらいだろうか。背丈が大きくて、この村一番だった。

「今度は色々入れてみるか」

 僕はもう、毎日パンしか食べていない。いつかこの村を出て行く日があるなら、この村の思い出はパンと小麦畑だろう。

「ほら、チーズ持ってきたぞ、一緒に食べよう」

 チーズの種類も覚えられないくらいある。お祖父さんはなんで魔法使いなんてやめたんだろう。

「おーい、母さん、一緒に食べよう」

 お祖母さんを呼んで、家族で食卓を囲む。いつもの朝の風景だ。

「ジン、俺にもくれ」

 木のベンチに座ることにも、食べることにも、なにをするにもシャドーは許可を求めてくる。

 都会ではそういうのが当たり前で、マナーとか慣習らしい。見た目が違うだけで、シャドーは僕ら人間と変わらないハズなのに。

 一度それをシャドーに聞いてみたことがあった。するとシャドーは僕を押し倒して、僕のシャツを鼻先でめくり上げた。シャドーはなにも言わず、僕の柔らかな腹を丹念に舐めた。なにもしなくても力を持っている──それが答えだった。

「おいしい?」

 真っ先にシャドーに感想を求めた。

 千切ってミルクに浸したパンを、シャドーは次々と飲み込む。黒い口周りの体毛が、真っ白に濡れる。

「うん、おいしい」

 食べ物になると途端に無邪気になる。その顔が楽しみでパンを作っている。

 僕もシャドーにならい、パンを食べるときは素直に笑うことにしている。

「これなら売りに出してもいいな、隣町まで売りに行こう」

 お祖母さんも賛成して、その日も変わらず会話が弾んだ。

 

 

 僕は追われている。隣町から時折やってくる、商人の息子数人に。

「シャドー、シャドー……覚えてろよ、くそっ」

 商人の息子がやってくる日だけは、シャドーを本気で嫌った。

 いくら僕から伸びる影に呼び掛けても、シャドーは返事一つ返そうとしない。

「あっ、いたぞ、こいつっ──」

「ごめん、逃げたのは悪かった、だから許して──」

 バンッ──と目の前の映像が吹き飛ぶ。鼻の頭がカッっと熱を帯びる。

「なんだその言い方、生意気だぞ」

 バンッ──「このっ──」バンッ──

「なんでオレの魔法を跳ね返す力があって、オレと闘わないんだ」

 シャドーが姿を現せば、一瞬でこの苦痛から解放されるのに。

(力で支配されるのはイヤだ──)

「なに笑ってんだよ」

「好きなだけ殴れよ」

 単純なことに気が付かなかった。何度もひどい目にあってようやく気付くなんて──。また僕の兄さんと比べられたかな。

 商人の息子の拳が震え、僕から後ずさった。それから商人の息子は、仲間を連れて逃げ帰った。

「シャドー、もういいよ、出てきて」

「──ジン」

 熱を帯びた吐息が、僕の顔に掛かる。シャドーの舌がいつもより荒い。

「なにか過去にあったの?」

 頭の中にノイズの掛かった記憶が浮かぶ。──このノイズは、わざとシャドーが起こしている──。そう直感した。

「僕にまだ足りないことがあるの──?」

 断片的に現れるシャドーの気持ち。ラジオのノイズみたいに映像も感情も見え辛い。その中にシャドーの苦痛と、なぜか気持ち良さがあった──

「ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、行ってきて──」

 いつもなら僕の目の前でするのに──。

 僕が兄さんだったら、どんなことをしてあげられただろうか──。

 

 その次の朝はミルクに口を付けず、昨日トイレから帰ってきて、僕は一度もシャドーに触っていない。

「あのね、シャドー……」

 背中を向けるシャドーに、僕は報せを届ける。きっともう、商人の息子達に絡まれたりしない。

「僕、都会の魔術学校に行けることになったよ。もう怖い思いをしなくて済むんだよ。都会はどんなところなんだろうなあ」

 ビクリ、とシャドーの背が跳ね上がる。

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