※この作品はR-18です。

比企谷八幡がイチャラブするのはまちがっている。R   作:暁英琉

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比企谷くんはビンカンです。6

「……さて、どこを改善すればいいか考えましょうか」

 

 木炭のようなナニカをなんとか食べ終わった――少量でよかった。マッカンがなかったら死んでいたわ。三本も飲んでしまったけれど……カロリー的に大丈夫かしら――私はそう提案するのだが……正直言って改善箇所しかない。平塚先生、この依頼の難易度高すぎるんですが……。

 なぜ彼女があれだけ失敗をするのか分からない。たぶん、私が彼女のような失敗をしたことがないから。料理を始めたばかりの頃でもあそこまでの失敗はしなかった。改善箇所は星の数ほどあげられるけれど、そこをどう改善すればいいのかが分からない。

 

「由比ヶ浜が今後一切料理をしない」

 

「それでいいんだ!?」

 

 ……まあ、食べていないとはいえあの完成品を目にしてしまった比企谷くんがそんなことを言うのももっともだろう。いえ、その案だと依頼は完遂できないのだけれど。

 しかし、本当にどうすればいいのだろうか。二人の会話に耳を傾けながら考えを巡らせるが、なかなか良案は湧いてこない。

 ただ口を噤んでいると万策尽きたと捉えられたのか、由比ヶ浜さんの眉尻がうなだれるように下がる。

 

「やっぱり……あたしって才能ないのかな。クッキーは諦めたほうがいいよね。友達も今時そういうのやらないって言うし……」

 

「それは――っ」

 

 反射的に口を開いてしまった。その声に多少の怒りが混じっていて、比企谷くんが驚いたように目を見開き、由比ヶ浜さんの身体が強張ったのが分かる。

 “才能”。それは私が嫌いな言葉だ。いえ、才能を理由に諦めてしまう言動が嫌いだ。

 確かに人間は平等な生き物じゃない。私はその才能に恵まれた方だと思うし、事実として由比ヶ浜さんと私では料理の才能に明確な差がある。

 けれど、さして努力もしていない内から諦めて逃げ出す。自分を狭めてしまう行動はどうしても許せなかった。今までだってそうだ。私に嫉妬して、けれどその差を埋めようと努力もしない。ただただ才能を羨んで、憎んで……そうして私を排除してくる人間が大っ嫌いで、その度に頭に血がのぼって叩き潰してしまった。

 それに、ここで努力が無意味であることを一瞬でも認めてしまえば――比企谷くんの今までだって否定してしまう。

 それは……嫌だった。

 私は姉さんのように器用な生き方はできない。由比ヶ浜さんには嫌われてしまうだろう。嫌な奴だと噂を流されるかもしれない。

 それでも、自分の信じるものを貫きたかった。

 彼女を見据え、意を決して口を開いて――

 

「由比ヶ浜」

 

 けれど私の声が空気を震わせる前に、気だるげな声が彼女の名前を呼んだ。

 その声の主である比企谷くんは、私の用意したレシピを眺めながら独り言のように言葉を続ける。

 

「お前さ、なんで途中でインスタントコーヒー入れたんだ? レシピには載ってねえけど」

 

「え、えっと……男子って甘いの苦手って言うし……」

 

 隠し味の理由はそういうことだったのか。彼女なりの配慮、だったのだろう。

 比企谷くんもそれは理解したようで「なるほどな」と呟くと、けれど呆れたようにため息をついた。

 

「理科の実験とかでさ、目に入ったりしたら危険な薬品使ったりするのあっただろ? あの時、先生なんて言ってた?」

 

「な、なに突然……」

 

「いいから答えろよ」

 

 私も彼の質問の意味が分からなかったけれど、由比ヶ浜さんはその鋭い視線に気押されて記憶を掘り返そうと考え出す。

 

「……『気を付けて、先生の言う通りにするように』?」

 

 由比ヶ浜さんの答えは正解だったようで、比企谷くんは首を縦に振ると持っていたレシピを私たちにも見えるようにテーブルに置いた。

 

「料理全般もそうだが、お菓子作りってのは特にその実験に近い。分量がちょっと違うだけで味がガラッと変わることもあるみたいだからな。で、お前は教わる立場だから生徒、雪ノ下は先生。お前は先生の指示を無視して別の薬品をぶち込んだわけだ。これが薬品実験ならビーカーが大爆発して大怪我だな」

 

 大怪我という単語に由比ヶ浜さんが顔を青くして震えあがる。確かに彼女は隠し味の件以外でも私の制止を無視してアレンジを加えることがあった。それを止められなかった私も私だけれど……。

 

「実験でオリジナルなことをするのはプロの仕事だ。初心者は初心者らしく、先生の言う通りにやりゃあいいんだよ」

 

「う、うん……」

 

 コクコクと慌てたように頷く由比ヶ浜さんにもう一度嘆息すると、飲み物を買いに調理室を出て行ってしまった。

 

「あーあと、諦める理由に友達使うんなら最初からここにくんな。依頼を受ける側として不愉快だし、体よく使われた友達もいい気分じゃないだろうぜ。友達なんていないから知らんけど」

 

「あ……ごめん……」

 

 とどめとばかりに由比ヶ浜さんを落ち込ませて。え、これ私がフォローしなくてはいけないの?

 まあ、彼が言わなかったら私は暴走してしまっていたかもしれない。彼にそんな気があったのかはともかく、助けられた以上はアフターフォローは引き受けるべき、か。

 

「なんか……やっぱりヒッキーって怖いね」

 

「そう、かもね」

 

 彼の態度の理由を知っているだけに、同意も否定も明確にできない。幸い、私の曖昧な返答は気にしなかったらしい彼女は「でも」とうなだれていた肩を少しだけいからせた。

 

「ヒッキーの言う通りだね。雪ノ下さんにも失礼だし、優美子や姫菜が聞いたら嫌だったと思うし」

 

 どうやら、彼女は思っていたよりもポジティブな人間だったらしい。暗に彼から任されたアフターケアはしなくても大丈夫なようだ。

 それなら……私がするべきなのは後押しか。

 

「それに、そんな彼にちゃんとお礼をしなくては……でしょう?」

 

「え? ええっ!? なんでそれを!?」

 

 狼狽する彼女に思わず笑ってしまいながら、一年前の事故のことを話す。それこそ彼女はまたプチパニックになってしまったけれど、彼が事故のことをあまり気にしていないということを知ったからか、次第に表情から硬さが抜けていく。

 

「あの……雪ノ下さん」

 

「なにかしら?」

 

「その……もう一回、一緒に作ってもらっていいかな?」

 

 元よりそれが依頼だ。本人にやる気があるなら、私にそれを拒否する選択肢なんて存在しない。

 

 

 

 そうしてまた一からクッキーを作った。今度はアレンジもしていないし、砂糖と塩も間違えないように気を付けた。卵の殻だってちゃんと取り除いた。焼き上がったそれは真っ黒に焦げてもいないし、まぎれもないクッキーだ。

 しかし、それを作り上げた本人の表情は芳しくない。

 

「なんでこんなに違うんだろ……」

 

 クッキーを盛りつけた二つの皿。片方は由比ヶ浜さんのクッキー作りを手伝いながら、私が作ったものだ。料理は自信があるし、クッキーだって何度も作ったことがある。手作りクッキーとしてはかなりのレベル、と言っていいだろう。

 対して由比ヶ浜さんのクッキーは確かに真っ黒ではないが多少焦げてしまっているし、形も少々歪。そんな二つが並んでいると、どうしても比べてしまうのだろう。……なんとなく楽しくなって作ってしまったのは失敗だった。

 原因が私にあるため、落ち込んだ彼女をどうはげませばいいのか分からない。中途半端に開いては閉じ、開いては閉じを繰り返してムニムニ動いてしまう唇がもどかしい。

 

「ふーん……」

 

 そんな私たちの空気なんてまるで意に介さないといった声色を漏らす比企谷くんを目で追ってしまう。いつもの気だるげな表情で二つの皿を見つめていた彼は由比ヶ浜さんの方を一枚摘まんで――

 

「あっ……」

 

 口に放り込んだ。

 そっぽを向いてしまった彼の表情は、西日のせいもあって分からない。けれど、その肩はかすかに震えているのが分かった。

 それでも、昼食の時よりも速い速度でサクサクという咀嚼音が響く。緊張か驚きか、私と由比ヶ浜さんは言葉を発することもない。

 

「普通にクッキーじゃん。これで依頼達成じゃねえの?」

 

 やがて口の内容物を飲み込んで息をついた彼は、腕を組んで首を傾げた。

 

「で、でも! 雪ノ下さんのクッキーと味も見た目も全然違うし……」

 

 尻すぼみになっていく由比ヶ浜さんの声にまた「ふーん」とどうでもよさげに声を漏らして、今度は私の皿から一枚クッキーを摘まむ。西日の陰になりながらもかろうじて見えた彼の顔には脂汗が浮かんでいたけれど、止めようとする前にこちらが目で制されてしまった。

 私のクッキーを食べた比企谷くんは瞑目して少し考えた後、ゆっくりと口を開く。

 

「……確かに、雪ノ下のクッキーの方が断然うまい」

 

 言外に自分の方が不味いと言われて彼女がまた肩を一段階深く落とす。

 

「でも、そんなの当然だろ」

 

「え?」

 

「さっきも言っただろ。お前は生徒で雪ノ下は先生。ちょっと教わっただけで碌に料理もやったことがない生徒に追いつかれたり負かされる先生なら、教える前に自分が鍛えてこいって話だ。手際の良さも違うんだし、二回目でこれなら上出来だろ」

 

 彼の言葉を由比ヶ浜さんは何度も頷きながら聞いている。料理自体実習以外でしたことのない由比ヶ浜さんにいきなり私よりもおいしいクッキーを作られたら、自分の努力が無駄だったように思えてしまうだろう。いえ、彼女に才能があったとしたらそうなのかもしれないけれど……。

 そこでふと思う。中学時代、留学から帰ってきた私を排除しようとした彼女たちもそう思ったのではないだろうか。今まで自分なりにしてきた努力を、いきなり現れた私がかっさらっていってしまった。勉強も、男女関係もなにもかも。

 私だって努力をしてきた。けれど、その努力を彼女たちは知らない。だからそんな私を認められなくて排除しようとしたのでは……。

 ……まあ、今となっては確認のしようがないわね。

 

「これで完成なら、このクッキーをラッピングしましょうか」

 

「うん!」

 

 料理初心者としては十分な出来。由比ヶ浜さんも納得したようで、用意していたらしいラッピング用のギフトバッグにクッキーを詰めていく。

 綺麗に十枚ほど詰めたピンクの袋の口を赤いリボンできゅっと結び「よしっ」と小さく呟いた彼女は……けれど途端に心細そうに眉尻を下げてしまう。沈んでいく夕日を眺めていてこちらに気づかない比企谷くんとラッピングしたクッキーに視線を交互に移して、上下の唇を離れ離れにしようとして……もどかしそうに引き結び直す。

 無理もない。あれから丸一年も経っているのだから。

 謝る、お礼をするという行為は、一度タイミングを失うと驚くほど難しくなってしまう。一年も経って、普通ならそのままうやむやにしてしまうだろうに手作りクッキーでお礼をしようと思い立っただけでも、彼女の勇気は相当なものだと思う。

 それでも、いざ面と向かってお礼を言うのは思い立った時以上の勇気が必要なはずだ。どうしても尻込みしてしまうのは仕方がないことだろう。

 けれど……。

 

「由比ヶ浜さん」

 

 ここまで来てうやむやにさせるわけにはいかない。きっとそんなことになってしまえば、由比ヶ浜さんはあの事故のことをずっと悩むことになってしまう。高校生活にずっと後ろめたさを抱き続けることになってしまう。私は許されたのに、彼女が許されない、それ以前の状況にいるのを放っておくことは――嫌だった。

 「大丈夫」と口には出さずに目で訴えかけると、彼女はやはり不安そうな表情を浮かべる。それでも一度瞑目して、数瞬自分の作った“お礼の形”を見つめて――覚悟を決めたように真剣な顔を上げた。

 

「ヒッキー! これ、一年前のお礼! 受け取って!」

 

 

     ***

 

 

「まさか、自分へのお礼の手伝いをしてたとはな。いや、俺は全然手伝ってねえけど」

 

 ぼそりと呟いた彼は、いつもの力ない眼を少しだけ気恥ずかしさに震わせている。それがちょっとだけおかしくって、思わずクスクスと笑ってしまった。

 

「由比ヶ浜さんもあなたがここにいるとは知らなかったのだから、仕方がないわね」

 

「まあな」

 

 由比ヶ浜さんは依頼であったクッキー作りの先、比企谷くんへのお礼をちゃんと果たすことができた。比企谷くんは

「別に気にしてない」とか「自分のペットなんだからちゃんと責任持って世話しろよ」なんて言っていたけれど、少しほっとしているように見えたのは私の勘違いだろうか。

 

 依頼も完了ということで由比ヶ浜さんと別れ、今は部室で二人きり。

 

「それにしても、さっきは助かったわ。お菓子作りに詳しいのは意外だったけれど」

 

 普通の料理以上にお菓子作りにおいて分量が大事なこと、それを化学の実験に例えたこと。体質のあってお菓子作りなんてしたことないでしょうに、本ででも読んだのかしら。

 

「ん? ああ、あれな。妹が料理とかよくするからな。うちの妹しゃべる方だから、色々聞かされてんだよ」

 

 なるほど、妹さんがいるのね。聞いた感じだと性格は似ていないようだけれど、見た目は似ているのかしら。彼みたいに気だるげな目をしているとか? ちょっと想像できないわね。

 しかし、今回の依頼は失敗が多すぎた。由比ヶ浜さんがなぜあんなに失敗するのかも分からなかったし、私のクッキーと比較して落ち込んでしまった彼女は比企谷くんがいなくてはあのままだっただろう。

 自助努力を促す手助けをする。文字に起こしてしまえばこんなに短い行為のなんと難しいことか。奉仕部という環境で、優秀と言われる学力のなんと無意味なことか。

 その結果、比企谷くんに無理をさせてしまった。本当なら彼は無理をしてあの場でクッキーを食べる必要はなかったのに。

 

「そういえば、お前ってなんで奉仕部なんて作ったんだ? お悩み相談の部活なのに非公開でさ」

 

 そんな私の葛藤が伝わってしまったのか、ふと思いついたような質問をされた。どう答えたものかと一瞬悩んで、ありのままに言葉を紡いだ。

 

「――私はね、人ごと世界を変えたいと思っていたのよ」

 

 中学時代、日本に戻ってきた頃から考えていた目標。ふとJ組で漏らした時には皆が皆尊敬するように肯定してきた子供じみた思考から始まる奉仕部創設までの経緯を、彼は静かに聞いていた。

 そして、全て話し終えると――

 

「お前も、相当こじらせてんのな」

 

 呆れたように、けれど少し面白そうにクツクツと喉を鳴らして、「そんなことできる人間なんて、ブッダやキリストくらいのもんだろ」なんて否定の言葉を紡いでくる。

 

「……そうかもしれないわね」

 

 一度は本気信じていた思想。それを否定されたというのに、私の心はどこか落ち着いていて……むしろ嬉しいとすら思えていた。

 へりくだるように私に接してきて、崇拝するように無条件に私の意見に賛同するクラスメイトや同級生。“雪ノ下陽乃の妹”や“雪ノ下家の娘”としか私を見ず、過剰な期待を押し付けてくる教師や大人たち。

 そんなものよりも私が欲してきたものは――

 

「そろそろ下校時刻か。帰ろうぜ」

 

「そうね。今日は終わりにしましょう」

 

 “雪ノ下雪乃”という普通の高校生として私を対等に扱ってくれる……友達だったのかもしれない。

 




 この作品書き始めた段階で一番悩んだのがガハマさんの扱いでした。3Pとかさせるつもりはさらさらなかったですし、かと言って事故の話を出しているのに、ガハマさんをほったらかしにするわけにもいかない。
 で、うんうん悩んでいた時にありがたいアドバイスをもらいました。

「別にガハマさんが入部しない世界線があってもよくね?」

 そもそもこの八幡は自分に近づけさせないために怖いイメージを周りに刷り込んでるんで、ガハマさんがお礼を言ってその後は普通のクラスメイトでいいじゃんという結論に至ってこういう話になりました。
 こんな世界線もあるんだなって感じに捉えていただけると幸いです。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。
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