比企谷八幡がイチャラブするのはまちがっている。R 作:暁英琉
夜更かしをした小町と炬燵に入るといろいろ危ない(1)
朝。それは一日の始まりであり、皆シャッキリおめめを開けて活動を開始する時間だ。いや、もちろんそうじゃない人もいると思うけど。夜仕事がある人とか、自宅を警備しながらインターネットに興じる人たちとか。
しかし、比企谷家にはそんな夜行性人間は存在しないのである。親父とお袋は社畜精神のせいで三周回って規則正しい生活を送っているし、俺や小町は学生の身だ。遅くとも七時半頃には平日の我が家は空っぽになる。
だから七時を少し過ぎたこの時間、俺たちは普通に朝食を取っているはずなのだが……。
「あー……コタツ君愛してるよぉ……」
「…………」
制服に着替えて降りて来たら、マイリトルシスターが炬燵の中で求愛行動を取っていた。炬燵に対して。
やばい、今の“炬燵”のところを“川崎大志”に変えると完全にR-18だ。むしろR-18Gになる可能性を秘めている。なんだ川崎大志の中で川崎大志に求愛行動って、小町食われてるじゃん。おのれ川崎大志め、今度会った時は簀巻きにして雪ノ下建設の建材にしてくれる。
いやまあ、それは置いておいて。もうすぐ冬休みが近づいてきた十二月中旬、炬燵に首まで入って布団部分に頬ずりをする小町の周りには、勉強道具らしきものが散乱していた。どうやら昨日の晩ここで寝っ転がって勉強していて、そのまま寝落ちしてしまったらしい。春に俺が寝坊した時も思ったが、起こしてやれようちの稼ぎ頭共……あの二人の目には仕事しか映っていないのかしら。
あの時は小町にも起こされず、結果黒のレースに出会うことになった俺だが、さすがに受験生の我が妹を同じ目に合わせるわけにはいかない。総武高校を目指して頑張っているのだから、昼間のうちに教師という社畜を使えるだけ使わせなければ損だ。教員なんて使い潰すためにあるんだからな。ふえぇ、公務員もブラックだよぉ。社会人って闇しかないな。やっぱり働きたくねぇ……。
「小町ー、朝だぞー」
前髪が重力でかき上げられて露わになった額を指先三本でペチペチ叩きながら呼びかけるが、寝坊娘は全く反応しせず、相変わらずうわ言のように炬燵に求愛行動をしている。こいつ炬燵愛しすぎだろ。将来的に炬燵と結婚して炬小町って名前にしてきそう。ないか。炬燵に戸籍ないもんな。それに、ココドラみたいな名前はさすがに嫌だよな。
「おーい、起きろー」
仕方がないので今度はぷにぷにのマシュマロホッペを指先で突いてみた。口の中の空気が薄く開いた唇からわずかに漏れ出してプヒュッとかわいらしい音を漏らす。つうか、こいつの頬やわらけえな。さいかわな妹が特別柔らかいのか、それとも女の子という生き物の頬が皆マシュマロ製なのか。あいにく妹以外に試す相手のいない俺には分からない。とりあえず小町の柔らかい。ちい覚えた。
ぷに、ぷに、と。
ちょっと楽しくなって二度、三度とさほど力を入れていない人差し指で突く。その度に柔らかな肉が優しく凹み、口腔内をたゆたっている空気を少しずつ押し出して、こひゅっと間抜けな音を鳴らした。
「にゅむ……むにゅぅ、小町とコタツ君を、引き離すことはできないんだぞぉ……」
しかし起きない。というか、これ本当に寝ているのか? どっちかって言うと酔っ払いみたいな反応な気がするのだが……。
仕方がないので次のステップ、右の親指と中指で挟むように両の頬を押し込む。ぐにっと柔らかな頬が内側に沈み込み、自然とおちょぼ口になった唇からプシュー、と間の抜けた音が溢れ出た。同時に、その眉がキュッと真ん中に寄って、眉間のところにさも不快そうな皺を作り上げる。結構な力で押し込んでいて、閉じられていた上下の顎を無理やり押し広げられているのだから当然だろう。後で怒られそうだなぁ。お兄ちゃんは妹のために心を鬼にしているのに、ちょっと理不尽。
いずれにしても、ぴっちり閉まっていた瞼の岩戸がうっすら開いているし、さすがにここからさらに寝るなんてことは――
「……お兄ちゃん、小町は今コタツ君との楽しい一時を満喫してるの。邪魔するのは野暮ってもんだよ」
「理不尽じゃね?」
確かに目覚めはしたが、気だるげに瞼を半分ほど上げた小町は兄の好意を完全否定してきやがった。こんにゃろ……こっちは妹が学校に遅刻しないように優しく起こしてやろうとしていたのに。
ちらっと時計を見ると七時十五分を過ぎようとしている。急がなくてはたとえ起こしたとしても朝食を食べる時間がなくなってしまう。うちの朝食は大体しっかりとした和食物だから、食べるのに時間がかかるのだ。妹よ知っているか。朝食を抜くと太るんだぞ? プリティな小町が太るとかそんなのだめじゃねえか!
「もうちょっと寝たいー。コタツ君と愛を育みたいのー」
しかし、ろくに時計も見ていないであろう小町はこちらに背を向けて、あろうことか二度寝の体勢に入ろうとしていた。つうか、ここまで朝を拒否する小町は数年ぶりかもしれない。こいつ一体昨日は何時まで勉強してたんだ。
いずれにしても、このままでは兄妹そろって遅刻確定だ。我儘な妹を置いていかないあたりお兄ちゃん的にポイント高い。
こうなってしまっては仕方あるまい。今までの生温い手段ではなく、強硬手段で起こすしかないようだな。
「ふにゃっ!? お、お兄ちゃん!?」
そう決心すると俺自身も小町が捕縛されている炬燵に潜り込んだ。それもただ潜り込んだわけではない。正方形の炬燵の四つある侵入口、その中であえて“小町と同じところ”に身体を捻じ込んだのだ。さすがに二人で入るとかなり狭いが、入れないことはない。
前にネットで見たのだが、男子学生が一番目を覚ます起こし方は「母親が同じ布団に入ってくる」というものらしい。うちの親はそもそも起こしに来たことがないが、おそらく思春期の独り立ちしたいあれとか、遺伝子的嫌悪によって目が覚めるのだろうとその記事を読んで思った。
それを女子学生に当てはめるのなら父親なのだが――実際小町は親父の露骨なスキンシップを嫌っているし――、遺伝子的嫌悪ということは、禁忌とされている近親相姦対象である兄や弟でも同じ効果が得られるのではないかと考えたのだ。
つまり、俺が炬燵に入ることで小町は嫌でも炬燵から脱出したいと思うようにな――
「…………」
ちょっと待て。この理論で行くと、小町は俺のことを親父同様に毛嫌いしているということになるのでは……。やばい、このあざと可愛い妹ならありえそうだ。けど、溺愛しちゃう。千葉のお兄ちゃんだもん。
しかし、今この瞬間に新たな黒歴史を作りながらも、自分の身を削りながらも俺にはやらねばならない使命が存在するのだ。小町に一般的な女子学生らしい生活を過ごさせるために、お兄ちゃんは心を鬼にして自分の心に傷をつけるしかなかった。……マゾヒストかな?
「ほーら、小町。早く炬燵から出ないと、お兄ちゃんが抱きついちゃうぞ?」
言っていることは完全に変態すぎて今にも昇天してしまいそうなのだが、妹のためという大義名分があるからまだ死ぬわけにはいかない。ただでさえ狭い炬燵の一辺に収まった二人の距離を、じり……じり……と近づけていく。
「…………」
「急がねえと、もうすぐ近くにいるぞ?」
小町は、動かない。背を向けたまま、炬燵布団に顔を押し付けてその表情を見ることは叶わないが、どうやらここから出る気はないらしい。強情な奴だ。よく俺の腕に抱きついてくる妹だが、さすがに俺に抱きつかれることは嫌に違いない――今のでまた一人未来の八幡が死んだ――。早くここから脱出して登校準備を済ませればいいものを、何を頑なになっているのだろうか。
じり……じり……と小町に猶予を与えるためにゆっくり、ゆっくりと近づく。ちょっと身体を大きめに動かせばあっという間に詰めることのできる距離を妹の背中に向けてミリ単位で縮めていくと、何やら不思議な気持ちが湧き上がってくる。こいつってこんなに小さかっただろうか、とか。ここまで小動物然としたか弱さがあっただろうか、とか。
俺がいつも見ている小町はもっとエネルギッシュな感じで、小動物は小動物でも猫のようなアクティブな印象があって。
だから、今目に映っている様子は少し新鮮というか……。
「……ほら、動かねえから……」
いつまでも動く気配を見せない寝ぼすけのせいで、せっかく十分に用意した猶予はあっさりとその距離をゼロにしてしまった。俺のさして厚くもない胸板と小町の小さな背中がピタッと触れ合って。
その途端――
「っ――――!」
小町の身体が、ビクンと大きく跳ねた。
「……小町?」
よくわからない妹の反応に首を傾げながら尋ねてみると、小町はいつもより少し上ずった声で「なんでもない」と返してくる。
「べ、別にお兄ちゃんに抱きつかれたって、小町は平気だから!」
「いや、平気とかそういう問題じゃ……」
「小町はまだコタツ君から出る気はないんだからね! だから……だから…………」
むぅ、もう完全に目は覚めているようなのに、なぜここで出ないなんて宣言するのだろうか。まじでもう時間がないのだが。ひょっとして、なにか炬燵の中に隠しているのでは? と新たな疑惑も浮かんでくる。
「……ったく」
いずれにしても、ここまで来たら当初の予定通りに行動する以外に選択肢はない。
さっき以上に炬燵布団に顔をうずめた小町に右腕をわき腹から腹に回し、左腕は炬燵の下に敷かれたカーペット側の首から通して右肩を掴むように抱きしめる。変則的な形だが、まぎれもなくハグと言える状態だ。
さすがにこれには小町も嫌がって――ここでまた未来で死ぬ八幡が増えた――炬燵から出ようとするだろう。
そう、考えていたのだが。
「――――っ! ~~~~っ」
妹は、俺の腕の中で小さく小刻みに身体を震わせながら、いやいやと首を横に振っていた。しかしそれは、明らかに俺に抱きしめられて嫌がっているものではなくて。
綺麗に切りそろえられた後ろ髪から覗く首筋は、しっとりとした熱を帯びていて。
「こ、こま……ち……?」
それを認識した途端、俺の喉は干上がるようにカラカラになってしまった。
というわけで、最初は小町のお話でも。
元々は一般のお話にするつもりだったんですが、書いているうちに「あれ? これどうあがいてもR-18では?」となったので、潔くR-18の箱にぶち込みました。
数話で終わる予定ですが、3000~5000くらいの文量で毎日投稿して完結させようかななどと考えていたり。
八幡と小町の兄妹だからこその自然ないちゃつきが……尊い。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。